第22話~茨姫~Ⅲ
「それじゃあいっちょエクストラモードからいってみようか!」
青紫のゴスロリ服を着たツインテールの少女は叫んだ。
そうしてそのまま岩谷が用意した舞台・・・どでかいドームにいかにも犯罪者というような義体集団がいた。
そしてそこには先客がいた。
「かぐやさん・・・」
「ママ・・・」
雪助とフォティアだった。二人とも沈んだ様子であった。
そんなところに眠姫は両手を広げて迎える。
「よう!初めましてだな!アタシは春風眠姫!臨時で呼び出された新参者だけどよろしくなっ!」
「は、はあ」
いきなりのことに驚く二人。
義体を変えたのである、今は烈火の声ではない。ただそこにいるのは春風眠姫という『茨姫』という義体であり春風眠姫という人間なのである。
「なあジジイ!あいつら全部ぶっ壊してもいいんだろ?」
「ああ、好きなようにやれ。ほとんど鉄で豚のえさにもならんし、リサイクルするほうが金がかかる。まだ埋立地の肥やしのほうがマシじゃな」
「よっしゃっ!」
バンッと拳を叩く。
「でもだめよぉすぐ壊したら。戦闘しながらリアルタイムでここから、感覚リンク調整していくんだから。一気に壊さないで頂戴」
そういうと下の会場に降りていく眠姫に舞台がみえる位置に座り携帯端末を出すかぐや。
「・・・・・あの人たち」
フォティアが下の死刑囚たちを見る。そうフォティアでもわかったのであろう、今まで相手にしてきたやつらとは違うと。強いと。
「なあニック、何分もつと思う?」
「くだらねえ賭けでもやんのか地獄巡?賭けになんねえよ。そもそもあれぐらいなら兵装すらださねえよ」
「あらら、もちかけようと思ったのに・・・じゃあ、彼女がこれ終わっての第一声当てるのはどう?」
「それこそ賭けになんねえよ」
すっと同時に息を吸い声を出す。
「「最低なイージーゲームだぜ」」
それを聞いてシンフォニアとかぐやはくすくすと笑った。
「かぐやさん!こんなのやめさせましょう!いくらかぐやさんが作ったって急造だ、敵いっこない!」
そう駆け寄ろうとした雪助を岩谷が肩を掴み止める。
「まあ、見とけ雪山・・・『眠り姫』が目を覚ましたんじゃ、その先にはハッピーエンドしか待っておらんよ」
「え?」
そう言われると同時に会場では戦闘が始まった。
そして雪助は先ほどの心配が杞憂だと知る。
会場の彼女は一撃で敵をドームの天蓋まで吹き飛ばし、数多の攻撃をすべて避けきり、迫る攻撃を武器ごと破壊し、足を引っ掛け投げようとしたのだろうが、足払いで相手の足を蹴りちぎっていた。
そしてすべての死刑囚が死刑執行されるまでにかかった時間はわずか8分。
「さいって~!!!!!なイージーゲームだぜっ!!!」
その言葉に恋とシンフォニアが笑う。
時雨が感嘆の表情で見る。
「んっもう!!!ちょっとは加減しなさい眠姫!!! ルス・ド・ルア=エスペランサ じゃないんだから間に合わないじゃない!!!」
「知るかっ!文句言うならこんなイージーモード用意したジジイに言え!」
黒髪の4つの房を揺らし会場席に叫ぶ眠姫。
それを見て雪助もフォティアも驚いていた。
そう、彼女は素手で全員破壊した。
腕が引きちぎれたとか胴体が砕けたとかでない。義体部分は限り無い鉄くずに脳核はすべて完全に破壊していた。そう、一見むちゃくちゃな戦いに見えて、義体の弱点である脳核の破壊だけは、確実に行っていた。
雪助の知る中でそんなオーバースペックのパワーを持つのは、シンフォニアだけだった。だがそのシンフォニアもまるで旧友の活躍を見ているかのように笑っている。そう、シンフォニアは彼女がこれができるのを知っていたのだ。
つまり自分と同実力を持っていることを知っているのだ。
「・・・フォティアちゃん、あの人なにか使った?その・・・時雨ちゃんみたいな磁力とかフォティアちゃんの気流とかの見えない何か」
「い、いえ・・・どのセンサーにも異常はありませんでした。あの人全部単純なパワーで倒してます・・・信じられません。童話の中でも、前期のパワータイプぐらいじゃないと」
そのフォティアの分析を聞き、さらに驚く雪助。
そんなところでなにか思いついたのか、眠姫は叫ぶ。
「お~いシンフォニア!時雨!せっかくだから遊ぼうぜ!こいつらよりはマシだろうからな。せめて兵装は使いたいしなあ」
それを聞き雪助が目を見開く。何をいっているんだと。
異常な強さを持っているのはわかった。でも、この現日本国だけでなく、全世界見渡しても、童話シリーズ以外で最高の性能をもつアンドロイドと義体である、対アンドロイド殲滅・制圧力ランキング2位と3位を同時に相手にするなんて死ぬ気なのか?
「な、なにを馬鹿なことを!?」
「言うと思ったわ、うふふ」
眠姫の声を聞きシンフォニアは妖艶に笑むとそのまま自然と隣にいた恋の唇にキスをする。
正気なのか!?シンフォニアのその行為の意味を雪助は知っていた。
それが岩谷がもつプログラムキーではない、唯一にして最も彼女の実力を発揮する臨界突破キー。
シンフォニアの知る最も尊く彼から学んだ感情・・・愛。
それがプログラムを超越した機能をもたらす。
ドクンッとシンフォニアの胸が高鳴る。
うっとりと恍惚とした表情でシンフォニアはその綺麗なウェーブを揺らし恋から離れる。
「行ってくるわ」
「久々に本気の指南してもらいに行ってきな」
対して時雨は、呼ばれたことが信じられない様子だった。
「なにぼーっとしてやがる。お前の悪い癖の全力をださないってとこ治してもらえ。あいつなら他の童話より壊れねえよ」
「う、うんっ!!」
そう答えると時雨は走っていった。そのやりとりを聞いていた雪助が違和感を覚える。
『他の童話よりも?』
時雨とシンフォニアが去った観覧席で雪助がつぶやく。
「・・・・・みなさん、あの人前から知っていたんでしょう?」
その言葉に誰も答えない。ニックと恋は会場のほうを向き、隣にいる岩谷はなにも答えない。唯一動いたのは、振り向いたかぐやだけだった。
「・・・急造っていうのも嘘ですよね?いくらなんでもあんなのかぐやさんでも作れるはずがない・・・少なくとも僕が特機に入る前にいたんだ・・・誰なんです?」
「ただの1位だよ」
そう答えたのは前を向いたままの恋だった。
「1・・・位?」
「そう、特機ランキング1位の春風眠姫。うちでシンフォニアを武力で止められる唯一にして絶対の1位」
耳を疑った。シンフォニアが2位なのは知っていた。だが、その異常なまでの強さを知るゆえに、そのさらに上がいるということを忘却してしまうほどであった。
そしてその製作者であろうかぐやが口を開く。
「彼女は、童話シリーズの前期でも中期でも後期でもない、最初期のプロトタイプモデル『茨姫』の覚醒の名を持つアコルダールのアコ・・・でも今は春風眠姫という脳核を積んだ義体よ」
「なっ!?」
これにはフォティアさえ驚いた。まさか前期の前が存在するなんて思ってもみなかった。
「ぎ、義体ってその眠姫って誰なんですか!?」
混乱する雪助にニックが口を開いた。
「おまえたちが『烈火』って呼んでたやつだよ」
言葉が出なかった。
「お~っし!バッチこ~い!!!」
青紫のゴスロリ服に似つかわしくない、まるでゴールキーパーのようにふざけて構える眠姫。
「・・・あの、本当に大丈夫なんですか?」
「ええ、心配なんか必要ないわ。こちらが相手を壊す気で行かないと彼女は拳一つで私たちのボディを貫くわ。同じかぐやが作ったボディでもね」
かぐやが口を開く。
「あの研究所にいた頃の最終試験で残った数人がペアとなって一つのアンドロイドを作って戦わせて、最終合格者を出すという試験があったの」
かぐやは無表情に続ける。
「そして私はナロードと組む事になったわ。そのとき既に将来性のある私と彼の子供たるアリスちゃんが生まれていたからね」
「そ、それで・・・」
「他のペアはこぞってアンドロイドをつくったわ。当時優れた義体を作る技術は他の子達にもあったけれど、対戦形式となれば脳神経伝達のラグが隙になるし、脳核の処理速度が問題だった。だからアンドロイドを採用したのよ・・・でも、私たちは違った」
そこにニックが続ける。
「当時、神業ゲーマーって言われているやつがいたんだ。俺は自衛隊で仕事してたが、そんなの関係なしに話題になった」
そこに恋が続ける。
「そのゲーマーのすごいところが、義体システムを利用した脳神経接続ゲームでどんなゲームでも無敗をほこったんだ。初見でもオリジナルでも、なんでも。でも一番すごいのは、それに対応できるコンピューターがなかったんだ」
「・・・・・え?」
目が点になる雪助。
脳神経接続は義体の一番根幹となるシステムだが、そのコンピューターは手動入力よりも複雑なためオーバースペックを持つ。ゆえにこれまでにできなかったグラフィックでゲームが行うことができたり、感覚として体感することができたのである。
「どういうことですか?」
「全部が全部、処理落ちするのさ。簡単に言えばその凄腕ゲーマー春風眠姫は、超人的な脳処理速度をもった人間だったんだ」
「そういうこと。それにナロードはえらくご執心でね。当時の眠姫は神経の難病で余命数ヶ月、動かせるのも首から上だけで、1日の大半は酸素マスクをしていないと生きていれない状態だったの」
かぐやはすこし悲しそうに言う。
「義体になるという手はなかったんですか?」
「もちろんあったわ。でもその両親が彼女の異常な脳を作り出した張本人だったのよ。春風博士といって脳神経バイオロジーの先駆者で、私のいた研究所でもマークしていた人物・・・眠姫のその異常な脳処理速度の代償は、彼女の身体と先のない未来・・・そしてナロードと私は眠姫に義体にならないかともちかけたわ。もちろん博士の妨害もあったけれどね」
「それで研究所の人間が博士を消したんじゃ。土の下か海の底か塵にしたかは知らんがな。当時の公安でも迷宮入りした事件じゃ」
「そうしてできたのが童話シリーズプロトタイプにしてシリーズ唯一の義体モデル『茨姫』の春風眠姫。そして彼女は圧倒的な強さを見せ、研究所の人間は『童話シリーズ』の量産化を私たちに命令したの・・・これがナロードナヤ・スカースカの物語の『始まり』よ」
そうかぐやが言ったと同時に炸裂音が会場からした。
雪助は走ってそれを見る。
「うそ・・・だろ・・・」
目の前にいたのは茨のような触手を絡め纏った青紫のゴスロリ服を纏った少女を前に倒れた時雨と膝をついたシンフォニアだった。
「お~い!かぐや!データとってんだろうな!さすがにハードモードだったから兵装出したんだからよ!調整してくれねえともう時雨はもたねえよ!」
「はいはい、そのボディになると途端にせっかちになるんだから・・・」
そう言いながら携帯端末を操るかぐやだった。
そして伸びをしながら戻ってきた眠姫。恋とニックはそのままかぐやとラボにシンフォニアと時雨を連れて行っていた。
「あぁ~悔しいけど、憎らしいけどもコレが一番しっくりくるなぁ~っと・・・」
その前にいるのは、暗い顔をした雪助とフォティアだった。
「・・・・・なんで教えてくれなかったんですか?」
雪助の慟哭だった。
「・・・なんで・・・なんでもっと早く教えてくれなかったんですか!?」
そう叫ぶ雪助の隣で、居心地悪そうにフォティアは縮こまっていた。
それに対して眠姫は簡単に答えた。
「あいつらが話したんだな」
『烈火』の声だった。ツインテールの少女からよく知った声がする。合成でもなんでもない、アンドロイドであるフォティアにはわかってしまった。『烈火』の声のほうに違和感があると。とてもよくできた義体の声だったが、今目の前の彼女は『烈火』という人物を演じているということを・・・
「簡単だよ。このボディは、あっちゃいけねえものなんだよ」
「あっちゃいけない?」
それにうなづく眠姫。
「これは童話のプロトタイプだ。かぐやは限り無く人に近いボディをナロードは兵器らしい兵器を目指して『童話シリーズ』という童話の枠に嵌める前に作り出した限界なしの機体にして、もうナロードもかぐやも作ろうとしないと決めたものなんだ」
「どういうことなんですか?」
「いい質問だフォティア。ナロードは簡単さ、6歳で水爆を超える威力をもつ兵器が作れちまう兵器作成者だった・・・その全身全霊をもって作ったら、飽きたんだよ。なにかしら自分に枷をつけないと作れなくなっちまった」
そこで一呼吸を置く眠姫。
「かぐやは・・・あいつは・・・アタシに自分の子供を重ねたのさ。似てるだろ今のアタシとかぐや?」
それは眠姫が目覚める前から二人とも気がついていたところだった。
黒髪のロングヘアーという、今のモデルでもいないような、あの魔女のトレードマークのような艶のある髪に、鼻筋の通った綺麗な顔立ちにあのアリスにも似た白い肌にかぐやと同じ色の瞳。
『趣味で作ったのよ』
そうかぐやは言っていた。
「・・・・・当時のかぐやは自分とナロードの遺伝子を掛け合わせた子供がいるということを知っていた。かぐやはナロードが唯一人間で興味を持って接した人間なんだ。どこに惹かれたのかわかんねえが、まずいえるのは愛情じゃねえ。あいつはそれをわかってても、アリスという子供の存在を知ってナロードのことを夫と言っているし、揃って作った童話も「子供」として呼んでいる、フォティアお前みたいにな」
「でも、なんでそれで、れっ・・眠姫さんをかぐやさんは自分に似せて作ったんですか?」
「ははは!この姿にこの声じゃ、わかんねえな。元に戻そう、それに今のアタシは眠姫でいいぜ・・・かぐやが自分に似せて作った理由、孤独だったんだよあいつはよ」
ここに来て悲しそうな眠姫の声で言う眠姫。
「最終試験前にあいつは唯一の兄弟を殺された。そんな中、あいつはアリスの存在を知る、でもアリスとは会わせてもらえなかった。その矛先がアタシさ。アリスの風貌はどちらかといえばナロード寄りなんだ。あいつの白い髪なんか特にそうだ。だからこそかぐやはあいつはアリスにナロードを投影する。そしてアタシはそれと正反対である母方であるかぐやに似せて作られたのさ」
それを言われて雪助は愕然とした。まさか今まで烈火として接してきた人間が、『童話』の始まりであり、ナロード、かぐや、アリスの関係の一番の根幹にいたということに。
暗くなりかけた室内に眠姫は明るく言う。
「まあ、そういう面倒なのは今回やめとこうぜ!今はアタシの姉妹のアリスを助けることが大切だ!フォティア!なんならアタシのことお姉ちゃんって呼んでいいぜ!お前が知る中ではアリスの次にホンモノのお姉ちゃんだしな!ははは!!!」
そう明るく言うも雪助は我慢ならなかった。
「なんで、あの時いてくれなかったんですか?」
それを聞いてピタリと笑い声を止める眠姫。
「あのときいてくれたら!アリスさんは!・・・うぐっ!?」
「雪助お兄ちゃんっ!!!」
叫ぶ雪助の首を眠姫は掴み軽々と持ち上げる。
「泣き言か?」
ぽつりと静かに雪助の悔しそうな目を見ていう眠姫。
「それとも負け犬の遠吠えか?」
その言葉に雪助は蹴りを眠姫に見舞う。だが顔に当たろうとも肩に当たろうとも微動だにしない眠姫。
そして彼女は吼えた。
「アタシだってそうならねえように今まで8年間『烈火』でやってきたんだよ!!!このボディはナロードにも研究所にも知れちまってる。街中なんて歩けたモンじゃねえ!アリスを助けて岩谷のジジイが資金かき集めてくれてようやく烈火としてかぐやの隣にいたんだよ!アタシだってかぐやのこと本当の母さんだって思ってるよ!なんせ生みの親はくそったれだったからなぁ!!!」
眠姫は泣いていた。
「ifなんてこの世にねえ。セカンドライフなんていうまやかしも夢の中の話。ゲームみたいにリセットしたり、教会行けば生き返る人生なんてねえし、お前みたいに薬飲んじまえば誰でも元通りになる身体を持てる世界なんてねえんだよ!!!」
そして雪助を無造作に放り投げる眠姫。
「げほっげほっ!!!」
「お兄ちゃん・・・」
駆け寄るフォティア。
「そんな夢みたいなもんくれたのがかぐやなんだよ・・・全世界の人間にとってあいつは魔女かもしれねえけどよ・・・アタシたちにとっては、ifの人生をくれた大切な親なんじゃねえのかよ」
そう言い捨てると眠姫はラボに向かっていった。
そして残された雪助とフォティアはその後姿を見つめることしかできなかった。
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