第16話~赤い靴~Ⅴ

そして始まったパーティー。

パーティー自体が極秘中の極秘であるため、ホンモノの国賓が集まるにしてはいささか手狭で派手さに欠けた会場であったが、それは生身でこの世界で今最も危険である日本に来日したというからには100%生身の国賓の目当てがあった。

それは食事である。

先の時雨の持ってきた江戸前ウナギに代表されるように、日本には独自の食文化があるとともに要人の義体化が進む中、味覚の機械的表現は今現在完璧にされていない。それゆえに食通である人は毒殺などの危険があるにもかかわらず、人間の欲求に最も敏感な食の劣化だけは回避したがる。

ただし義体は義体でも例外がある。それはあの魔女かぐやの作った義体だけは完璧に人間の五感を再現し、義体特有の機械的な判別もできるという両方の特性を併せ持つ。

それを知るのは今現在、全身義体である烈火と時雨であるもその義体製造技術は各国要人、大金持ちはまるで童話のかぐや姫へ求婚するかのように彼女に自身の義体を作るようにせがんだが、彼女は国を傾ける額の金を要求したり、義体を手にしても後にはなにも残らないほどの財産、無理難題を突きつけてケラケラと遊び倒したことがあり、今ではそれをせがむものはおらず、彼女のことを姫と崇めるものはいなくなり、魔女と比喩することが流布されていった。

そう、テロの危険がありながらも、ホンモノの日本食を食べれるというのはドールでの外交が主流となってしまった要人たちにとって、危険をど返しするほど求めるものであったのである。

ワイングラス片手に談笑しあう、要人たちに給仕たちが食事を運んでくる。その様子を見て感嘆の声が上がる。

「フォーティ、あのブロンドのロングヘアーがベルメリオ?」

そう顎で指す先にはフランス首相の隣で笑顔で対応するブロンドヘアーの女性がいた。

「・・・はい、ベリーお姉ちゃんです。スキャンしましたが、体温変動が周りの人と違います」

「それに動きが戦いを知ってる動きね。笑顔でいながら周りの警戒を怠らず、どの方位へも対応できるような体捌き・・・」

視線の先の女性をアリスは観察する。

「しかし、随分現金な連中ね。公式で生身での外交ができるからって豪遊するなんて」

「そんなに珍しいんですか?」

ひょこっと舞台袖から顔を出すアリスとフォティア。

「今や外交は機械ドールでの建前上通信回線での外交しかできないように日本は超危険国家として国際連合に指名されているのよ」

「でもそれって変じゃないですか?じゃあなんでこんな危険なところで会議するなんて?」

「一応、核が3度落とされて超危険国家になっても、世界からは平和の象徴だからね。そこで各国要人が実は世界平和のために生身で勇敢にも会議してましたって後から、メディアに流してテロの不安を一掃するっていう腹なのよ」

「安心安全なところでの会話で済ませるよりも、このほうが利点があるって話ですね」

「むしろそれが主目的の気がしてならないわ。昼間、あそこにいる連中が国会議事堂に入ってからここに来るまで、表に出た?」

「あ・・・」

フォティアが気がついたという風に手を打つ。

「ようは、今超危険な日本でも超平和だから安心してくださいっていうハリウットも驚く合成なしの世界平和映像を作りに来たって話・・・んで、これが打ち上げパーティー。なんでこんなやつらのためにピアノ弾かなきゃならないのよ・・・ってフォーティあんた歌は平気なの?時雨との訓練中心で全然練習したとこみてないんだけれども・・・」

「ああ、5課に行く前に1日コーチしてもらってOKが出て実戦訓練になりましたから」

「・・・・・・なにこの教育格差」

げんなり顔のアリスに不思議そうな顔をするフォティア。

「まあ、いいわ。あの飯だけに目が行っているやつら振り向かせてやろうじゃない・・・まああの女が貴方を見てどう動くかで演奏時間が決まるけれど」

不敵な笑みを浮かべたアリスであった。


司会者のアナウンスでピアノ演奏が始まるというのが流れると共に、会場の雪助はベルメリオを視界からはずさず、やや窓際に移動した。

そして舞台に現れるアリスとフォティア。だが、その姿を見ようとするものはほとんどいなかった、皆食事に夢中であったからである。そしてベルメリオは今の役割としての通訳として笑顔で他国の要人と首相の架け橋に集中していた。

それが彼女の明暗を分けた。

アリスは鍵盤に指を軽く乗せる・・・かぐやの演奏を・・・昔聞いた子守唄のような演奏に、つい昨日まで聞いたはっきりとした確かな彼女の演奏を頭の中で反芻していた。

『強弱はすこし・・・音を響かせるように自然に・・・』

そうすれば自然と音楽は応えてくれる。ただの譜面の演奏ではない。作曲者の演奏でもない、かぐや・スカースカの演奏でもない、アリス・スカースカただ唯一の演奏がここに完成する。

入りの音は小さく、でもそれはとても繊細に流れるように、力がないわけでない必要とするところで音は流れ自然と力強くなる。

そして同時に場を支配するのは、緩やかな風を含んだソプラノのブレのない声。その小さな体のどこから出てくるのか怪しいともいえる力強くも伸びのある声。それが会場全体に響き渡る。その声楽すらもかぐやは持ち合わせている。だが、アンドロイドだからと真似できるものではない、限り無く人間の構造に近く、気流コントロールを得意とする彼女だからできる即席の高等歌唱。

それ2つが合わさり、会場全員が舞台に振り向いた・・・そうベルメリオも。

「なっ!?」

ベリーはフォティアの姿を見て目を見張る。そしてその腰にある衣装に似つかわしくもないのに彼女の容姿が有無を言わせず持たせることを許したかのような熊のぬいぐるみも・・・

そしてフォティアのシリーズ随一のステルス能力のことも。

「はめられたっ!?」

そう口走ったとたん司会者が声高らかにアナウンスする。

顔を掴みその手を掴むとばりっというおと共に司会者の顔が変わる。そう生身の人間、および生身の脳をもつならば完全な侵略力を特機でもつ『侵蝕汚染』の10位、地獄巡恋。

「レディース&ジェントルメンッ!!!肥えた無能な豚ども僕を見ろっ!!!!」

反射的に要人たちがそちらに振り向き、アリスと雪助が目を閉じ耳を塞ぐ。


パチンッ・・・


軽い指の残響を残し、要人たちの表情が能面のように変わった。

「えっ!?」

驚いたのはベリーだった。隣にいる首相も目の焦点が合っていない。

「さあさあ二次会会場はこの先さ!牛追い祭りのように駆け抜けろっ!」

そう叫ばれ、全員出口に向かって走っていく。

「それじゃあ後はよろしく頼むよアリスちゃん♪」

「やるなら初めから言いなさいよ私と雪助ハマッてたわよ」

動いたのはベリーだった。すぐさま恋に走りこみ、射程に捉えると右のハイキックを繰り出す。

「地獄巡先輩!!!」

そう叫んだ雪助だったが、恋とベリーの間には腰まである艶やかなウェーブを揺らす、「平和への核兵器」シンフォニアがガードに入っていた。

「ちっ!」

それと同時にアリスと雪助、フォティアも動き、雪助の背後にあった窓ガラスが割れ弾頭が転がり込んできた。それを手に取りピンを抜くと中にはエクレールと拳銃2丁にスティンガー2本が入っていた。

「アリスさん!」

エクレールを投げて寄こす雪助からそれを受け取るとそのままベリーに向かって走る。

「雪助!フォティア!援護っ!!!」

エクレールを嵌めるとそのままベリーに向かって走っていく。

「おいおい赤い靴、僕の彼女の相手もいいけど、後ろのやつらのほうがやっかいだよ~・・・・・」

そういうと恋は出口に向かっていくと共に手を振る。

「くっ!!」

標的よりも強く感じた背後の殺気に目標を変更する。それを確認するとシンフォニアも要人の誘導に加わっていく。

ベリーのふり向きざまの回し蹴りを低い姿勢で避けるとそのまま右フックがカウンターのようにベリーの胸に突き刺さる。

ドンッ!

という、衝撃とベリーがこれまでに感じたことのない電撃を感じる。

「うぐっ!?スタンナックルかっ!」

「すこしは効いて安心したわ」

「お姉ちゃん!!!」

フォティアの声に『フルパワー』で飛びのくアリス。

そしてベリーに収束するガスと高濃度の酸素。

「まずっ!!!」

そのままベリーは床に手をつき開脚したところで、円柱状の爆発が起きる。

「僕が引き出しを空けさせます!」

雪助は爆発の瞬間の彼女の行動と心情の色を見逃さなかった。諦めの色ではなかった。

爆炎のなかに銃弾を打ち込むが、金属音がするだけだ。

そしてあらわれたのは服の焼け焦げたベリーだった。

「まずは生身のお前からっ!!!」

雪助の相手の目を狙った射撃を足ですべて払いのけていく、そして左のミドルキックを放つが雪助は拳銃を捨て、スティンガーの持ち変え、防御体制をとる。

ぶつかる足と腕。バキバキという音共に砕け散る腕の音にそのままベリーは左を振り抜かず、右のハイキックで頭を狙う。

普通の人間ならばこの時点で終わりだろう。だが雪助は違う。折れた右手で相手の右足を狙いに行く。

「!?」

それに驚くベリー。逆手に持ったスティンガーを骨の折れた右腕は力なくも遠心力によってさながら、鞭のように大きくしなり相手を穿とうとする。

そして足が頭を捉えるより先に雪助の攻撃が当たる。

「くっそ!貫通しないのかっ!!!」

射出された小型の針型爆弾の爆発によって姿勢を崩すベリーにすぐさまアリスが続けざまに攻めに入り、フォローする。

「雪助お兄ちゃん!」

「大丈夫・・・でも、かぐやさんの言ってた通りだ、装甲の厚さが違いすぎる」

雪助のスティンガーは戦車の装甲ですら、貫く貫通力を持つ。それを人の皮膚の厚さで防いでいるのである質が違いすぎる。

すぐさま治る雪助の腕、だが、さきほどの爆炎を無傷で耐えたのだ。おそらく爆発の直前に足を回転させて気流を乱して威力を軽減したのだろう。戦闘でのスキルもトリッキーで意表を突いてきたフォティアと違った意味で段違いである。

そして目の前で相手の攻撃を紙一重で避け拳を打ち込んでいっているアリスであるが、相手も拳を警戒して初撃から一度も直撃を受けていない。

「これが対アンドロイド用童話シリーズ、ベルメリオ・・・」

圧倒的に火力が足りなかった。フォティアの全力をぶつけるにしても、範囲攻撃だ近接のアリスが動いた時点で攻撃が読まれる。そしてなにより、相手がフォティアの能力を知っていた場合、先読みされてしまう。

そして・・・

アリスと攻防をしている中で、ベリーは左の窓先を見る。

「狙撃手までいるのかっ!!!」

アリスが距離をとった瞬間会場に対戦車の砲弾が飛んでくる。が、それをベリーは歯を食いしばり、右の蹴りで受け止める。

「うそ・・・でしょ」

数瞬止まる砲弾とベリーの足、そして絶妙な角度でその砲弾は受け流される。

そのベリーの表情と色を見て叫ぶ。

「アリスさん避けて!!!!」

逸らされた砲弾はそのままアリスに向かって飛んでいき、会場の後方に吹き飛ぶ。その砲弾を寸でのところで『フルオート』で横っ飛びに避ける。爆風をフォティアは床への強烈なダウンバーストによる風の壁を作り仲間を守る。

「よくも!よくも人間!フォティアをたぶらかしたわねっ!!!」

怒りの表情でベリーはブロンドの髪を揺らし立っていた。

「違うのベリーお姉ちゃんっ!!!私たちは戦いたいんじゃなくて・・・」

「すぐに助けてあげるわフォティア」

そう歩み寄ってくる赤いヒールを履いたブロンドの女性ベルメリオ。

「雪助・・・」

「もうダメだ、真っ黒・・・敵意しか向いてない。話を聞かないよ」

「そんな・・・」

歩み寄ってくるベリーの側面に烈火による狙撃がされるもそれを避け、蹴り落とし前に向かってくる。

そして表情変えぬままトリガーを引く烈火が、独り言のように口をあける。

「さあ来いよ、お前が3位かどうか・・・同じステージに立てるのかその二つ名に恥じない戦いをしてみろ時雨・・・」

狙撃の嵐を意も介さなかったベリーに一陣の風が吹き荒れる。

彼女の纏う鎧は数十個のジェットブースターを各所に配置し、両の手に携えるのは、かぐやが対童話シリーズ用にと作った二刀、そして生身の脳を持ちながらも、これ以上ない兵士として優秀な心を持った対童話シリーズ義体をもつ彼女の名は・・・

時雨・アンダーソン。積み木を持つ前から銃弾を持ち、パズルで遊ぶ前に銃の組み立てをマスターし、木の枝でのちゃんばらをするときには、一振りのナイフで人を殺していた、数学を理解する前に爆薬の知識を教え込まれた生まれながらの兵士。

だが、今は違う。


特機ランキング3位『神風』時雨・アンダーソン


その力が今試される。

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