第10話~マッチ売りの少女~Ⅹ

かぐやはキーボードを瞬時に打ち鳴らしながら、モニターにいくつものコードを打ち出しているも、すべてエラーが表示される画面。

そしてキーボードを殴るかぐや。

「くっ!この短時間でシンフォニアのすべての乱数コードキーが書き換えられている上に、ロックまでしてる周到さ・・・普通のキーボードじゃあ処理が追いつかない・・・烈火!時雨ちゃん!敵の位置情報は送るけれど、私はそっちまでカバーできないわ」

いつもと明らかに違う口調に呼ばれた二人はこれまで以上に警戒する。

『なんだガチで戦争でも起こそうって声だな』

「起こしてきやがったのは向こうよ。心配いらないわ、ただの夫婦喧嘩だから。任せたわよ烈火」

『至上最凶の夫婦喧嘩だな・・・わかったあよ』

そう言って通信が切れるとともにかぐやは、ドラムセットのような入力端末の山の裏のレバーを引く。そうするとかぐやの前のデスクが目の前で分かれ、二段のグランドピアノのような鍵盤と足にもエレクトーンのような脚用の鍵盤とペダルが、そしてかぐやの前にはマイクが下りてきていた。

そして、かぐやは目を静かに瞑ると鍵盤に指を両足を足の鍵盤に置く。

『前線は任せたわよアリスちゃん・・・』

すっーと大きく呼吸をするとともに発せられる大きく澄んだ歌声。それとともに両手足が鍵盤を打ち鳴らし、一人だけのオペラオーケストラが完成する。

かぐやの喉から発せられる歌声は人では限りなく不可能に近い絶対調律、両手足が生み出す音はそれを最大限に引き出すかのような、幾重もの音の重なりが波となり、それは時に激しく時には穏やかに奏でられる。そう、それは誰も知らない歌にして完全アドリブの完成された即興曲。

かぐやの使用している入力システムは、かぐやが童話シリーズを製造していたとき従来のキーボードでは入力の限界を感じ作り出されたシステム、かぐやは月光の望み「ルス・ド・ルア=エスペランサ」と名づけた。

だが、このシステムを使えるのはかぐやだけである。

それは、単純に音声認識のロックがかかっているとか、指紋認証があるとかそんななまやさしいものではない。鍵がかかっているかどうかの問題ではないのだ。

非常に端的にたとえるならば車泥棒が盗んだ車がF1並の性能を持っているようなものである。乗って逃げようものなら初速の加速で曲がりきれず事故となるであろう。

この「ルス・ド・ルア=エスペランサ」はF1の比でない。

ただのコンピューターの入力端末の域を超えている。

まずはこの歌声、マイクが拾った声はすぐさま解析され音階を決め、微細な音程の違いがさながらいくつものマウスを同時に操り、決定とキャンセルを決めていっている。すこしのズレでもあろうものならば、通常のマウスのように反応しないか誤った選択をする。

そして両手足の鍵盤。通常のキーボードは押すだけで反応するが、これは押した強弱によっても入力された文字がすべて違う。両手足12の指と足はすべて鍵盤の数とその強弱の数だけボタン数がある。そしてペダルは全体の音量を変えるが、サイドについたボタンをはじくことにより、全く異なった音を奏でる。パソコンで言うページを変えることに近い。

普通のキーボードの入力ボタンは100そこら・・・だがこの月の望みと名づけられたキーボードの入力ボタンはそれを軽く超える。

そしてそれは入力するものによって歌声も入力パターンも違う。すべて違う即興曲なのである。

そしてその歌声は通信によって、特機全隊員に響き渡っていた。

「喧嘩にしちゃあ随分サービスするじゃねえか」

重火器を打ち鳴らす烈火。

「月の姫さんの歌が聞けるとは満月のせいかぁ?」

部隊を指揮しながら天を仰ぎ見るニック。

「ふふふ、これが聞けただけでも今回の報酬にふさわしい・・・」

ワイングラス片手に笑う倉敷。

「シンフォニア、君のための歌を彼女が歌ってくれているよ。早く目を覚ましてくれ・・・」

5課の斑に回収され、サンシャインに向かっている地獄巡。

そしてその歌声は、彼女にももちろん聞こえていた。

記憶ではない、本能が覚えていた。自分はこの歌声を小さいとき聞いていたと。

力強く、優しく、包み込むかのように母という存在を具現化したかのような歌声。

「マ、マ?」

アリスが声を出そうとした瞬間傍らにいた赤毛の少女がぽろぽろと泣いていた。

「あなた・・・」

その様子を見てアリスは確信した。この子はかぐやの娘なんだと。

そう街全体に響き渡る歌声も終焉に向かっていた。

汗を振りまき、髪を振りまくかぐやの前のモニターはすべてクリアーの表示がされる。そして最後の鍵盤を強く叩く。

画面にはコンプリートの文字。

「はあ・・・はあ・・・ひっさびさだわあ・・・はあ・・・これでシンフォニアのメルトダウンモードも解除して全部怪しいコードもデリート、再構築・・・でも、思考回路が熱で逝っちゃってるかも・・・アリスちゃん・・・を頼んだわよ王子様」

ぐでっと力なく鍵盤に倒れるかぐやの後ろの回復槽には酸素マスクだけが浮かんでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る