第34話

「サニー、ネル」

「「はい」」


 二人を呼ぶととても良い返事がありました。

 私の両側、それも肩が当たる距離から。


「二人とも近ーい!」

「マイロード、気のせいかと」

「そうですよ。いつも通りです」

「いつもこんなに暑苦しくないわよ!」


 魔王城から麗しの女戦士に救出されたお姫様な私は、帰ってくるとすぐに和室の畳の上に倒れた。

 柔らかくてふかふかなソファもいいけれど、やっぱり畳は落ち着く。

 堅いけれどこの感触とい草の匂いが安らぐのだが……。

 足を伸ばしている私の両側でサニーとネルが綺麗な正座をしている。


 帰って来てからずっとこんな調子だ。

 心配してくれるのは嬉しいが……いや、信用して貰えていないだけか。

 また馬鹿なことをするかもしれない、という見張りなのだろう。

 確かにルシファーのテリトリーに飛び込んでいくなんて、馬鹿なことをしたと思う。

 自分の力を過信し過ぎていたところもある。

 まさか移動が使えないところがあるとは思わなかった。

 勉強出来たから良かった、と思うことにしよう。


 ルシファーもしばらく大人しくしてくれるだろう。

 城の配下はサニーにコテンパンにされた上、城自体の修復も必要らしい。

 それにサタンにならなくて済む方法を探すと約束したことで、少しだが聞く耳を持ってくれそうな様子だった。

 ルシファーについてはとりあえず落ち着いたけれど……。


「ねえ、バルト。ソレルは大丈夫なの?」


 城にまだ残っていたバルトに声を掛けた。

 今はのんきに炬燵でセンベイをバリバリと食べている。

 ユミルがいるから気を抜いているんだろうけど寛ぎすぎじゃない?


「大丈夫といえば大丈夫なんですけど……」

「えっ、怪我してるの!?」

「いえ、怪我はしてないです。でも、何も喋らなくて……。魔王に精神をどうにかされたというわけではなく、自分の意思で喋らないみたいです」

「……そう」


 私に庇われるのが嫌だと言っていたし、プライドが傷ついたのだろうか。

 ソレル、プライドが高そうだものねえ。


「こっそり会いに行こうかしら」

「やめた方がいいですよ。あいつ今凄く監視されていますから」

「そうなの? どうして?」

「さあ? 俺、下っ端なんで」

「そうでしょうね」

「肯定に躊躇がなさ過ぎじゃないですか!? 一応お二方に任命された大使なんですけどね!?」

「ははは」

「なんで笑うんですか!」


 炬燵でセンベイを食べている姿で『大使』と言われても乾いた笑みしか出ない。

『下っ端』としては説得力のある姿だ。


「あなたはいつになったら帰るのよ。なぜいるの?」

「最初はソレルを大使にすることを魔王に承認して貰えって言われてたんですよ。途中でソレルが攫われたからそれどころじゃなくなったけど。今はこっちにいろっていわれたんで……」

「ええ? 何のために?」

「さあ? 様子を見て来いってことじゃないですかね」


 バルトを見ていると、やることがないからボーッとしているだけに思えてくるけど、ルフタとしてはルシファーと私が一揉めしたことは耳に入っているだろうから様子を伺いたいのだろう。


「十分見たでしょ。帰れ。あ、ユミル。その熱いお茶を零しては駄目よ? 絶対バルトにぶっかけちゃ駄目よ?」


 バルトにお茶のお代わりを持って来たユミルに視線を送った。

 手に持つお盆には熱々のお茶が入った湯飲みが乗っている。


「……え? レイン様、それはどっちですか!?」

「おい、馬鹿なことするなよ!?」

「安心して、フリじゃないわ。……ユミル、分かるわよね?」

「!」


 やれ! っていう風に匂わせたけど、やらない方がいいわよ?

 ユミルはどうするのかと見守っていると、珍しく真面目な表情をしてスッとバルトに近寄った。

 炬燵に湯飲みを置かず、お盆をバルトの頭上に近づけていく。

 頭からバシャーンをするつもり?

 中々過激だ。


「よせ! もう帰る! 帰るから!」

「バルト、許してくれ……私はここで生きていくのだ……」

「やめてくれ! 待て! 待てって!」

「こら! 急に動くな! あっ、熱っ!!!?」

「熱!!!!」


 ……コントだな。

 バルトが逃げようと動いたらお盆にぶつかってしまい、湯飲みが倒れてユミルにかかった。

 それに驚いたユミルがお盆を放り投げたら零れた熱いお茶ごとバルトに当たった。

 結果、二人で熱がっている。

 是非ともあと一人加えてトリオを結成し、熱々おでんにも挑戦して頂きたい。


「マイロード」

「ん?」

「見知らぬ気配が近づいてきます。数は十、魔物ではありません」


 流石サニー。

 目の前でコントを披露されていても警戒は怠っていなかったようだ。

 でも魔物じゃないとしたら人間?

 それも面識のない者。

『近づいたら暴れる』と脅している状況なのに来ちゃったらまずいだろう。


「バルト、どうなっているのよ。ルフタの関係者?」

「え! 俺は知りません!」

「だよね」

「だよね!?」


 大丈夫、そんな気がしていました。

 バルトが知らないからと言ってルフタの関係者ではないとは言い切れないが、今までの傾向でいうとルフタは無理に近づいて来なかった。

 だからルフタ以外の可能性が高い気がする。


「ルシファーはまだ気づいていないのかしら」

「恐らく。エリュシオンに動きはありませんし、対象の近くに魔物の気配はありません」


 ルシファーが出て行って『約束破ったから殺そう!』なんてことになるより先になんとかしたい。


「サニーと様子を見てくるわ。バルト、あなたも来なさい」

「ええ!?」


 コントで散らかしたものを片付けていたバルトの首根っこを掴んで連行した。





 飛んだのは城とバルト達が滞在している村の丁度中間地点辺り。

 件の連中はジュターユやグリフォンのような移動速度ではない。

 少し遅く、陸路を来ている感じだ。

 でも馬よりは断然早い。

 魔物を飼い慣らしたのかと思ったが、サニーも言っていた通り魔物の反応はない。


 反応がある方向に目を向けると、何やら土埃がこちらに向かってくる。

 目で捕らえられる距離になるとそれは正体を現した。

 ……虎に人が乗っている?


「あっ……」

「あら、知り合い?」


 バルトの小さい声が耳に入った。

 顔を見ると顔を強ばらせて固まっていた。

 会いたくない類いの知り合いか?

 バルトも『虎』の獣人だし、身内なのだろうか。


 虎の集団はこのまま爆走して通り過ぎていくかもしれない。

 ファイアーボールを空に打ち上げて合図を出そうかと迷ったが、私達に気づいたようだ。

 大声じゃないと会話できないような距離を開けて止まった。

 警戒しているのだろうけど遠いよ。


 虎の上に乗っていたのはバルトと同じ虎の獣人だった。

 ほぼ男性、中には女性もいるが全員屈強な戦士と言ってもいいような身体と面構えをしている。

 ベヒモスに通じるものがあってちょっと怖い。


 そして私は彼らの服装に見覚えがあった。

 全員が着ている白の法被。

 あれは神獣ビャッコを崇めている一族の着衣だ。


「白牙の民か」

「知っているんですか?」

「まあね」


 神獣と魔物の違いは簡単にいえば敵か味方か。

 人に恩恵を与えて崇められているのが神獣、害を与えるのが魔物だ。

 だから同じ竜の類いでもセイリュウは神獣でダークドラゴンは魔物になる。

 見た目はそんなに変わらない……なんて言ってしまうと崇めている人達には怒られそうだが正直にいうと大差ない。

 私から見ればダークドラゴンの方が格好良い。


 ビャッコは霧を纏った白い大きな虎で空を翔ることも出来た。

 美しく優雅な神獣で期間限定のクエストで出てきたのだが、そのクエストがあまり後味のよい内容ではなかったからあの法被を見ると眉間に皺を寄せてしまう。


 彼らが白牙の民だとするとあの虎は…………ああ、やっぱりそうだ。

 見ている内に虎が乗っていた者達と同じ獣人に姿を変えた。

 彼らは人から獣に姿を変えることが出来るのだ。

 人の姿に戻った者達は白の法被までしっかりと着ている。

 どういう仕組みなのか分からないがこんなところで全裸になられても困るので、深く考えないようにしよう。


「貴方達ー! 何しに来たの-! 魔王に見つかる前に帰った方がいいわよー!」


 こちらを見て警戒している様子の白牙の民達に叫んだ。

 私の叫びは届いたらしく険しい表情でこちらを見据え、何やら話し合っている。

 相談するのはいいけど早く帰ろうね。

 と言っても大人しく帰らないだろうなと思っていたら、案の定彼らは手にした武器を振り上げてこちらに向かって来る。

 ああ、どうしようかなあ。


「マイロード、殲滅して宜しいでしょうか?」

「よろしくないです。強制送還するから一纏めにしてくれる?」


 移動は触れていないと出来ない。

 この人数を個別に運ぶのは面倒だ。

 間接的に触れていれば大丈夫だから塊にしちゃってください。


「出来るだけ怪我させないでね」

「承知しました」


 言い終わると同時に麗しの女戦士は風のように駆けていった。

 殲滅の方が簡単なのに、注文の多い指令でも一つ返事できいてくれるサニーって素敵。

 第一候補に殲滅が出てくるあたりも素敵で震えちゃう。


 そんなことを考えている一瞬のうちに、サニーの峰打ちで一撃ダウンさせられた白牙の民達が宙を舞って私の前に山積みにされていく。

 仕事が早くてこれまた素敵。

 怪我が少し心配になったが、皆逞しい身体をしているから大丈夫だろう。


「マイロード、完了しました」

「ありがとう。ご苦労様」


 山をジーッと見てみると半分以上気を失っていた。

 意識がある者も動けないようだ。

 丁度良い、今のうちに運んでしまおう。

 サニーに山積みの白牙の民達に触れるように伝えて自分も手を添え、余った手でバルトを掴んで彼らの住処『ビャッコの里』に飛んだ。


 あまり行きたくない場所なんだけどなあ。

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