第27話
城に戻り、使っていなかった空の部屋に入った。
ルームアイテムのベッドを配置し、そこに鳥を寝かせた。
この『歩くわいせつ物陳列罪』な鳥をネルの目に入れるのは憚られるので、部屋にはサニーとユミルしか入れていない。
ユミルは鳥を見ると「凄いですね……」と呟いていた。
何がだ、乳か?
塵を見ているような視線をユミルに向けるとすぐに黙った。
今度は鳥の方に目を向けた。
仰向けに寝ているが、布団を掛けていても山が存在を主張している。
モグラ叩きのようにハンマーで潰したい……。
そんな衝動を抑えつつ、鳥の状態を確認。
体に異常は無さそうだから、すぐに目を覚ますだろう。
「レイン様、その傷はどうされたのですか?」
ユミルが私の頬を不思議そうに見ている。
「ちょっと油断してね」
「レイン様にも赤い血があるんですね!」
「どういう意味だ!」
私には血が流れていないとか、もしくは血が青いとか思っていたのか?
檻という名のおうちに帰って貰うぞ?
人睨みすると私の考えていることが分かったようでピシッと姿勢を正した。
「ったく、すぐに調子に乗るんだから。こんな傷舐めておけば治るでしょ」
「では私が」
「ユミル、ハウス!」
今日からおうちを一回り小さくしてやる。
ユミルといると気が抜けるというか、残念というか。
この緊張感の無さが良く感じる時もあるけれど、今は疲労が増すな……。
まだやることが残っている。
さっさと終わらせてしまおう。
「サニー、ソレルを迎えに行ってくるわ」
「お供します」
「この子が起きたら何をするか分からないし、サニーはここで待ってて」
魔物だし、私のことは気に入らないみたいだし暴れる可能性もある。
今思えばなんでこんな面倒な鳥を助けてしまったのかと思うが、助けてしまったものは仕様が無い。
さっきの騒動から鳥は男を操る能力があるように思えるし、ユミルとネルはアウトだ。
サニーに頼る他ない。
「ですが、あの愚か者と魔王がまだいるかもしれないところにマイロードお一人で向かうなど……」
サニーが今一番気に入らないであろう二人の所に向かうとあって渋る。
「お願い。ソレルはもう大丈夫だし、ルシファーがいたら無視するし大丈夫だから。私を信用して?」
ソレルについては油断していた私が悪いし、ルシファーにはもう気の迷いを起こさないようになるべく近づかないと決めた。
心のシャッターを閉めたので大丈夫だと思う。
あんな恐ろしい奴のことを『好きになったかも』なんてどうかしていた。
「……かしこまりました」
「ソレルが何かしたんですか?」と聞いて、サニーに舌打ちされているユミルを視界の端に入れながら移動を選択。
ソレルの回収に向かった。
※※※
町の入り口に行ってみると、ソレルが門に背中を預け腕を組んで立っていた。
何か考え事をしているようで難しい顔をしている。
そんな姿も絵になるが。
「ソレル!」
少し離れた所から声を掛けると、ソレルは落としていた視線をこちらに向けた。
「どう? 片はついた?」
「あとはルフタに帰って詳細を報告するくらいだ。一先ずクイーンハーロットが犯人では無かったことは伝えて、軍の進行も止めたし……何とかなるだろう」
「そっか」
ルフタの軍が攻めてくるなんて、一番面倒くさい事態にならなくて良かった。
全く鳥女め、あとでたっぷり搾って……じゃなくて絞ってやる。
ふと視線を感じ、俯けていた顔を上げるとソレルが私を凝視していた。
「何?」
どうしたのだろう、顎に米でも着いているのかと焦る。
米を食べてないけど。
そんなことを考えていると、ソレルの手が伸びて来て私の頬に触れた。
「!?」
何なの!?
ソレルの顔を見ると真面目な顔をしているし……本当になんなの!?
指でツーっとなぞられ、くすぐったい。
触れられた箇所がむず痒くなり、何かと思っていると仄かに青く光る優しい光が視界に入った。
あ、そうか。
「傷か。ありがとう。わざわざ治すほどでもなかったのに」
操られていたソレルに付けられてしまった傷を治してくれたようだ。
皮一枚切れただけのような傷にわざわざ回復魔法を掛けてくれるなんて、律儀なことだ。
でも触れる必要はあったのか?
ソレルの回復魔法はそういう仕様なのだろうか。
「操られてた間って記憶はあるの?」
「ああ。体の自由が利かないだけで覚えている」
「そうなんだ」
『へえ』と声を漏らしながら、だったら『鳥に乳を当てられていた感触も、覚えているんだろうな』なんてことに思考を向けていると、再びソレルが私の顔を凝視していることに気が付いた。
眉間に皺を寄せ、さっきよりも難しい顔をしている。
傷も治ったし、どうしたのだろう。
もしかして私に怪我をさせてしまったこととか、操られてしまったことが悔しいのだろうか。
「何なの? 謝りたいんだったらどうぞ!」
言いたいなら早く言おう、見つめられていると私が緊張してしまう。
「お前は……。そんなに軽いノリでいいのかよ」
何か言いたそうな表情で額に手を当て、溜息をついている。
言いにくそうだったからアシストしてあげたのに。
もしかして、違うことを言いたかったのだろうか。
軽い混乱状態に陥った。
もう考えるのが面倒だからとりあえず帰ろう。
「ふっ……」
移動リストを開こうとしているとソレルの声が聞こえた。
顔を見ると笑っていた。
「!」
初めて見る穏やかな顔をして笑っていた。
微笑みだ……ツンデレ王子の微笑だ!
今までは笑っていてもどこか棘があったが、今は棘がすべて落とされてツルツルだ。
何がこの表情を引き出したのか分からないが、とても貴重なものを見た。
今日は良き日である。
レアなツンデレ王子の微笑みを目に焼き付けようと凝視していたが、あれ……。
すぐに棘はにょきにょきと生え始め……。
一瞬で片方の口角を上げた、上から目線に早変わりした。
「というか、あれくらい避けろ」
「はあ!? あなたがそれを言っちゃだめでしょ! 素直に謝りなさいよ!」
超軽傷だが乙女の肌を傷つけたというのに!
『ごめんなさい』が言えない子だなあ、小さい頃に言われなかったのだろうか。
でもまあこれくらいの言い草がソレルには似合う。
「貸し一つだ」
一応悪いとは思ってくれているのだろう。
「触らせてくれたら許してあげる」
「何をだ」
私が恋い焦がれるものが大切に仕舞われている所を見た。
今は正面を向き合っているので尻の前の方を見ているようだが……。
股間を凝視する女。
完全に痴女だな、私。
「見るなと何度言ったら分かるんだ! 断る」
ソレルは逃げるように体を背けた。
ごめん、辱めて。
でも恥じらうツンツン王子は美味しいです。
「ちょっとでいいから。スリスリしたい」
手を伸ばすと、思い切りはたき落とされた。
痛い、頬の傷よりも何十倍も痛い!
「乙女の肌が赤くなったじゃない!」
「誰が乙女だ!」
「私よ!」
「お前はただの痴女だ!」
ただの痴女って何!?
痴女でしか無いってこと!?
「異議有り!」
確かに身長は高いし大淫婦なんて呼ばれているが、この身は未だまっさらだぞ!
リアルの生身の方は少ないなりに経験があったが、この体は汚れていない。
ユニコーンと通じ合えるのだ!
その辺りを声を大にして主張しようとしていると背後にとてつもない冷えた空気を感じ、悪寒がした。
異議を唱えるために挙手をしていたのだが、そのままの状態で固まってしまった。
「……随分、仲良しだね」
冷たく透き通った声が耳に響いた。
それほど大きな声では無いのに、纏う妖しさと殺気で声以外の音がかき消された。
……まだいたのか。
関わりたくないご近所魔王だ。
「……じゃあソレル、帰りましょうか」
私はサニーに、ルシファーは無視をすると約束してきたのだ。
見なくてもルシファーだと分かったので、そちらには一切目を向けずソレルの手を取った。
「レイン」
耳元で囁かれた甘い声とは違う、不安になるような低い声で名前を呼ばれた。
もちろん私は無視をする。
「レイン」
返事をするまで呼ぶつもりなのだろうか。
もう帰るから好きにすれば良いけれど。
移動を選択しながらそんなことを考える。
その間もルシファーは私を呼び続ける。
「レイン!」
怒気を孕んだ一際大きな声で名前を呼ばれた。
うるさい。
「何よ!」
苛々して思わず返事をしてしまった。
ルシファーの顔も見てしまった。
今まで私には向けたことの無かった殺意の篭もった鋭い目をしていた。
背中に冷たいものが走った。
「この『俺』が呼んでるんだよ、君を」
「だから何よ」
『魔王』であるということが今なら納得できる。
この威圧してくる空気は普通の人間なら耐えられず、恐怖で動けなくなるだろう。
移動するために掴んでいたソレルの手にも汗が滲んでいるし、力が入っている。
「なんでそいつを優先するんだ」
「優先もなにも、あなたには用は無いわ」
私は負けるわけにはいかない。
怖くはないが、気圧されてしまいそうになる心を奮い立たせ、胸を張ってルシファーと対峙した。
「そいつを大使に任命したんだってな」
「したわよ」
あんたが鳥とイチャイチャしている間にね。
「俺は認めないからな」
そう言い放った瞬間、ルシファーの目がぎらりと光った。
すぐに何かしでかすと察知した。
大丈夫、こんなこともあろうかと事前に自分とソレルにリフレクトシールドを張っておいたのだ。
余裕を持ちながら何をするのかと待ち構えていると、私とソレルの上に五重円の中に呪文がびっしりと書き込まれた魔方陣が現れた。
え、これって……!
次の瞬間、私達は激しい炎の柱に捕らわれた。
鼓膜を破りそうな轟音。
炭に変えられてしまいそうな業火。
燃え盛る火柱を、中から見上げる。
一面炎だ。
そんな……メガフレアを撃つなんて……!
何をするのだ、信じられない!
リフレクトシールドをしていなかったら、死んでいたかもしれない。
いや、今でもギリギリだ。
本当なら『反射』の効果もあるはずなのに出来ていない。
向こうが反射無効の効果を付けたのだろう。
そして私が押し負けた結果、反射出来なかったと推測した。
私の全力のシールドでは無かったけれど、ここまでされるとは思わなかった。
全身に嫌な汗が噴き出した。
逃げよう。
これはもう、逃げよう!
この後も何をするか分からない。
逃げるが勝ちだ!
突然の出来事で唖然とし、立ちつくしているソレルの腕を掴み、急いで城に戻った。
※※※
目に映る景色は見慣れた室内に戻った。
見慣れた相棒に、居候の兄弟。
炎なんてない、穏やかな室内。
「お帰りなさいませ、マイロード」
「レイン様、お帰りなさい!」
迎え入れてくる温かい言葉。
なんだか泣きそうだ。
「怖かった……」
安全な場所に来てホッとすると、急に心臓の波打つ音が早くなり始めた。
ドキドキしている。
自分で思っていたよりも恐怖を感じていたらしい。
思わず掴んでいたものをギュッと抱きしめてしまった。
「……おい」
顔のすぐ近くで声が聞こえた。
そちらを向くと、目の前にエルフ王子の綺麗な顔があった。
何故か困ったような気まずいような顔をしているし、少し血色の良いお顔をされてます?
どうしたのだろうと不思議に思ったが、自分が今掴んでいるものを見て納得。
抱きしめて、ギュッとしてしまったのは、ソレルの腕だった。
「あ!」
そして気づけば力が入りすぎて、胸にソレルの腕を押し当てている状態になっていた。
これは……鳥と同じことをしているではないか!
そう思った瞬間、ソレルの頬に口づける自分の顔、胸や体を押しつけている姿を思い出してしまった。
違う、あれは私じゃ無い。
私と同じ姿だけど私じゃ無くて、でも私がやったら周りからああ見えるのかと思ったり……とにかく恥ずかしい!
「し、失礼しました!」
慌てて手を離し、何故か警察官のように敬礼しながら謝った。
顔に熱が集中していることが分かる。
ああ、穴に入りたい、隠れたい!
「あ、ああ……」
ソレルも鳥がやったことを思い出しているのかもしれない。
顔や耳が赤く見える。
「……何かあったんですか」
ネルが顔を顰めて、私達を交互に見た。
「まあ、色々と……」
「色々?」
説明するのも恥ずかしい、細かく話す気は無い。
流そうとしたがネルは納得いかない様子だ。
視線をソレルに定めると眉間の皺を深めた。
「マイロード、ご無事で何よりです」
「サニー!」
サニーの穏やかな微笑みを見ると、安心からか胸に熱いものがこみ上げてきて思わず飛びついてしまった。
ああ、この安心感は何物にも代え難い。
萌えにも勝る。
サニーにルシファーが怖かった話をしようと思ったが……飲み込んだ。
どうせエリュシオンに戻ってくるだろうし、サニーに言うとややこしいことになりそうだ。
「貴様、二度は無いぞ」
私を抱きしめる腕は優しいが、鋭い視線をソレルに向けた。
頬の傷のことを言っているのだろう。
「……分かっている」
ソレルの返事を聞くと、サニーは視線を私に戻して微笑んだ。
一先ず怒りを収めてくれたようだ。
良かった、ホッと溜息をついた。
「サニー、鳥は起きた?」
「まだ眠っていますが、直に目を覚ますでしょう」
「そう。それじゃあそれまで休憩させて貰いましょうか」
「オレは報告に戻る」
ソレルもお茶にと思ったのだが、すぐに帰るつもりらしい。
でも、よく考えればソレルが今外に出るのは危険じゃないだろうか。
ルシファーはさっき私とソレルにメガフレアをぶっ放したのだ。
「ソレルも暫くここにいたら?」
「え!?」
ソレルに言ったのに何故かネルが反応した。
「どうしてですか?」
そうか、皆には話していないから事情が分からないか。
でもここで話してしまうと、サニーに心配を掛けてしまうし……。
「ルシファーがね、ソレルのこと……ちょっとね。危ないのよ」
「危険はあるが、戻らないわけにはいかない」
村で詳細を報告することになっているから、必ず戻らなければいけないらしい。
それならば仕方無い。
せめて送ってあげるくらいしよう。
グリフォンで帰ると危険性が高いし。
一度ゆっくりしてしまったら次に動き出すのが辛い。
ネル達にお茶の準備を頼み、その足ですぐにソレルを送り届けた。
監視をしている村の入り口。
私の姿を見られると面倒が起こるので少し手前の樹木の影に隠れ、ソレルと向かい合った。
すぐに『それじゃあ、さよなら』と分かれるつもりだったが、良い物を思い出して引き留めた。
「これ、あげるわ」
手渡したのは水晶で出来た指輪だ。
見る角度によって赤や紫、青など鮮やかに変化する綺麗な指輪であるが色素が濃く、どこか禍々しい雰囲気が漂っている。
「これは……なんだ?」
「オプファーリング。身代わり指輪よ。それ付けてると一回死んでも大丈夫だから。……多分」
「……は?」
オプファーリングは課金で買えるアイテムだった。
戦闘が下手な私は持ち前の成金力でこれを大量購入していた。
存在を忘れていたが、今使うのにちょうど良いと思い出した。
「お前、こんなものをどこで……」
「それは乙女の秘密」
課金して買ったなんて言えない。
あれ、『乙女』の部分にツッコミが入るかと思ったのだが、ソレルは指輪に目が釘付けで私のことなど気にしていない。
オプファーリングは珍しいのだろうか。
「本当にオレが持っていていいのか?」
「いいわよ? いっぱいあるし」
「いっぱい!?」
目を見開いて驚くソレル。
驚きすぎて、綺麗なお顔が少し間抜けな感じになっている。
今日は色んなソレルショーだな。
「……聞きたいことがある」
「なあに?」
「鳥の魔物に施した魔法は『蘇生』だと言っていたが……。『生き返った』のか?」
「そうよ。久しぶりだったから緊張したけど出来たわね。それがなんなの?」
やたら真面目な顔をして聞くから何かと思えばそんなことか。
「『何なの』って……。瞬間移動に念話、それに蘇生。どれも『出来ない』とされているものばかりだ。それにこのリングも……お伽噺話のレベルだぞ?」
「そうなの?」
どうも『今の世界の常識』というものが分からない。
世間一般のレベルは低いし、使えない魔法や無くなったアイテムもあるみたいだし……。
「本当に『ただのエルフ』なのか?」
「そうよ、ソレルと同じね」
「どうやってその力やアイテムを手に入れたんだ」
「それは……乙女の秘密よ」
二回目の『乙女』にも反応せず、難しい顔をしている。
ツッコミポイントなのに……。
暫く悩めるエルフを見守っていたが、溜息を一つ零すと村に戻るようで足を進め始めた。
別れの挨拶や、送ったお礼も無しですか?
不満を抱きながら綺麗な後頭部を見送っているとふいに振り向き、こちらを見た。
何? お礼?
「お前、その服似合ってないぞ」
「まだ言うか」
確かにマトリョーシカガールドレスは可愛い系の子が着た方が似合うと思うが。
似合わないと言われたし、いつものブラックマリアに戻した。
「そっちの方がマシだ」
そう言うとスタスタと戻っていた。
『似合ってる』て言えないものですかねえ。
まあ、それがソレルクオリティか。
ステータス画面を開き、移動。
さあ、お茶とネルに癒やされますか。
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