第28話

 検問を素通りし、指定された場所に足を向ける。

 最近はルフタ兵も村人も『水色の髪のエルフ』は不浄の森に住むクイーンハーロットの所に出入りしていると知っているため、自然と距離を空けるようになっていた。

 腫れ物に触るような、穢らわしいもののような扱いを受けることもある。

 蔑む視線には慣れているが、決して気持ちの良いものではない。

 振り切るように歩調を早めた。


「ソレル!」


 目的の場所、ルフタが借り上げた村の一軒家の前で派手な色の頭をした獣人族の青年が待ち構えていた。

 露天で買ったらしい肉の串焼きを頬張りながら空いた方の片手を振った。

 彼も不浄の森を出入りしているため、心地の悪い扱いを受けているはずなのだが気にしている様子などなく気楽に見える。

 その脳天気さが少し羨ましいと溜息を零し、合流した。


「バルト。戻っていたのか。ハーヴェイ様は?」

「奥で待ってる。また色々凄かったんだって? お前の話を聞きたくてうずうずしてたぞ」

「『蘇生』のことだろうな。魔法のこととなると、あの人は……」


 報告を待ち受けている様子が目に浮かび、乾いた笑いが出た。

 彼は自分達死刑囚を監視、管理する立場でありながら高圧的な態度は取ることなく、分け隔てなく接してくる変わった人物だ。

 ルフタお抱えの魔法使いでもあるらしい。


「偉いさんなのにわざわざクイーンハーロット調査団に志願したんだろ? 変な人だよな。クロスホライズンの結界魔法に携わってたらしいから、破られて悔しかったのかな」


 確かに、刑を免れるために任務に就いている自分達とは違い、自らの意思で災悪に近づくなんてどうかしていると思う。

 だがあの人の場合、魔法が関わると身の安全よりも興味が勝つのだろう。


「ユミルもあんな所に住み着くなんて変な奴だと思ったが、あいつは色々やらかしてるから外にいた方が面倒なんだろうな。親は凄え人だったのに、なんでああなったんだろうな」


 無駄口を叩きながら近くにいたルフタ兵に塵となった串を押し付け、家の中に入るバルトに続いた。


「魔王の方はどうだったんだ?」


 後ろから声を掛けると足が止まり、全身に影が落ちた。

 肩は下がり、毛並みの良い耳も垂れ下がっている。


「はあ」


 深い溜息をつき、こちらに恨めしそうな視線を寄越して来た。


「お前はいいよな。クイーンハーロットの方でさ。俺の方なんてさ、最初は魔王にずっと無視されていたから用件だけ厳つい奴に伝えて帰ろうとしてたら『詳しい話をしろって』急に首絞められてさ。どこかに消えた隙に慌てて帰ってきたよ……グリフォンでな。思い出したら……うぷっ」


 吐き気を堪える様子に嫌悪しながら追い抜いた。

 仕方の無い奴だ。


「お前はもっとまともに任務をこなせ」


 どうもこの男は緊張感が無い。

 目的の部屋まで辿り着いたというのに崩している身なりを整える様子もなく、気分が悪いと座り込もうとしている始末。

 友好的な態度を取ってくれているとはいえ、ハーヴェイは自分達の行く末を握っている上官。

 態度を改めるように注意をし後、彼が待機しているという部屋の扉を叩いた。


「ソレルです。帰還しました」


 すぐに入室を許可する返事が聞こえた。

 扉を開けてバルト共に部屋に入ると、ハーヴェイは村の一軒家には不釣り合いな高価なソファーで足を組んで優雅に座っていた。


「戻ったか」


 顔を僅かに動かし、目の前のソファーに座れと指示を寄越してきた。

 『話を聞く準備は万端』といった様子だ。

 促されるまま、報告を始めた。


「先だって聞いてはいたが……魔物がクイーンハーロットになりすましていたとはな。あちら側も一枚岩ではないということか?」


 ハーヴェイは魔王とクイーンハーロットによる魔物の統率に乱れが生じているとでも考えているのだろう。


 どうもハーヴェイも国も事態を難しく捉えているような気がする。

 自分の目から見た印象では、もっと単純でくだらないものだったのだが……。

 あの鳥の魔物の言動から察するに『魔王に対する言動や態度が許せなかった』とか、その程度のものだと思う。


 『くだらない』という印象はクイーンハーロットと呼ばれている自称エルフの女と対面するようになってからいつも抱いている。

 国は事を大きく捉えすぎだ。

 それを伝えても、魔王とクイーンハーロットが結託という世界の平和を揺るがすかもしれない事態に何を言っているのだと聞き流されてしまうが。

 仕方のないことかもしれない。

 自分も実際に会うまでは、災悪と呼ばれる者の中身があんなに気の抜けたものだとは思わなかった。


「魔物が目を覚まし次第原因を追求するようです」

「そうか。確認が必要だな」

「オレは行かなくて良いですよね!?」


 先に報告を済ませていたため、黙って聞いていたバルトが身を乗り出して口を開いた。


「いや、ソレルは魔王に認めて貰っていないのだろう? だったら、お前が行け」

「ええええ!!?」


 両手で顔を押さえ背中を丸める姿には、虎の血の勇ましさは感じられない。


「報告にはクイーンハーロットが蘇生魔法を使ったとあったが、それは本当か?」


 ハーヴェイにとっての『本題』に入った。

 興奮しすぎないようにと努力している姿勢は見えるが、目が輝いている。


「はい。炭になった魔物が蘇りました」

「ああ……この目で見たかった! その魔法はなんという魔法か分かるか? 属性は? 詠唱はあったか? どんな魔方陣だった!?」 

「そ、そこまで詳しいことは……」


 口を開くごとに興奮を増していく上官。

 落ち着くように努めていた姿勢はすでにない。

 その勢いに引いていると、彼の視線が自分の手に止まった。


「そ、それは!?」


 ソファーの間に合ったテーブルに身を乗りだしたかと思うと、いきなり手を握られた。

 横に座るバルトも驚き、顔を引きつらせている。

 彼の視線の先を辿ると、そこには先程譲り受けた『身代わりをする』という指輪があった。


「なんだこれは……禍々しいかと思いきや、聖なる力が凝縮されている? どういうことだ? これは何だ?」


 元々この指輪についても報告をするつもりだったが、見開かれた目で問い詰められ、頭の中で纏めていたはずの言葉がスムーズに出てこなかった。

 後ろに下がって距離を取り、たじろぎながら説明をした。


「『身代わり』だと? つまりこの指輪には、一つの命と同等の魔力が込められているということか!?」


 手を握られ続けるのが不快なため、指輪を外して渡した。

 興奮した様子で受け取ると、目に入れてしまいそうな程近づけて確認している。


「『いっぱいある』と言っていました」

「いっぱい!? どれくらいだ!?」

「そこまでは……」

「なんとかもう一つ入手することは出来ないだろうか……。この指輪を拝借したいが、ソレルがつけていないことをクイーンハーロットが気づいたらどうなるか分からんからな……」


 ぶつぶつと呟き続けるハーヴェイを生暖かい目で見守った。


「しかし、クイーンハーロットとは底知れぬ存在だ……」


 一頻り指輪をなめ回すように見続けた後、ハーヴェイがぽつりと零した。


「本人はただのエルフだと言っています」

「そんな馬鹿な……」

「あの容貌は『忌み子』だからだと」


 『忌み子』、文字通り『忌むべき子』である。

 当事者でもある人物からその言葉が出てきた緊張感で室内は一瞬静まった。

 彼らはソレルのそれを直接目にしたわけではないが、耳にして知っているのだ。

 ハーヴェイが仕切り直すように咳払いをし、口を開いた。


「その話を信じるには無理があるが……。百歩譲り、もし本当にそうだというのなら、クイーンハーロットの方に取り入ることは出来ないか?」

「『取り入る』ですか」

「そうだ。お前達は特殊な共通点がある男女、というわけだろう? 女心を利用しろ、とまでは言わないが心を開くこともあるだろう。魔王とクイーンハーロット、お互いが潰しあうよう仕向けることは出来ないか? それが一番都合が良いのだが……」

「なるほど! ソレルだったら出来るんじゃないですか? 誑し込んじまえよ! お前、そういうの得意だろ?」


 ハーヴェイの言葉に意識を傾けていたが、バルトから吐かれた言葉が聞き捨てならず、鋭い視線を向けた。

 何を持って『得意』と言ったのか。

 恐らく自分の『罪』から察し、言っているのだろう。

 それが不快でならない。


「わ、悪い。そういうのは言いっこなしだったな」


 舌打ちをし、馬鹿は相手にしないと正面を向き直した。


「魔王に狙われているので城に留まるよう勧められました」

「ええ!? 俺なんて早く帰れって言われるのに!」

「そうか。だったらお前はクイーンハーロットのところに行け」

「……分かりました」

「じゃあ、俺は行かなくていいっすよね!?」

「ソレルに危険があるのなら、お前も行ってこい」

「ええええ!!?」


 気の毒ではあるが、隣で大声を出さないで欲しい。

 横目でジロリと睨むと押し黙った。

 その様子を見ていたハーヴェイが苦笑しながら口を開いた。


「本当は私がソレルと代わりたいくらいだが。是非あの結界を中から見たいものだ」

「無理じゃ無いですか? 若いのが好きみたいですから」

「中年はお呼びでは無いか」


 和やかに笑い声を上げる二人に隠れ、こっそりと溜息を吐いた。


「取り入れ……か」


 『忌み子仲間』などとわけの分からないことを言って、無邪気に笑っていた姿が浮かんだ。

 あの時は不思議と耳に入るだけでも嫌だった『忌み子』という言葉に、苛立ちを覚えなかった。

 あれだけ何度も発せられたというのに。

 それはあの女の軽い気質に流されたのか、仲間という単語に感化されてしまったのかは分からないが。


 気乗りしない任務になりそうだと、もう一度気づかれないように溜息をついた。




※※※




「ただいま」

「レイン様、おかえりなさい!」


 城に戻るとネルが天使の微笑みで迎えてくれた。

 疲労が溜まり、荒んでいた精神が癒やされていくのを感じる。

 ネルがいるところはヒールスポットになる。

 ああやっぱり、可愛いって大正義。


「あれ、ネル一人?」


 リビング代わりに使っている部屋には、サニーとユミルの姿は無かった。


「あ、はい。魔物が目を覚ましたそうで、サニー様はそちらに。兄さんはさっきまでここにいたんですけど、大きな物音がしたので様子を見に行きました」

「そう」


 鳥が起きたなら尋問を開始しよう。

 既にサニーが始めちゃっている気がしないでもないが。

 ついてこようとするネルを止め、鳥の元へ向かった。

 ネルは駄目、あれは青少年の目の毒だから。

 操られたら面倒だしね。


「あ、レイン様!」

「何やってんの、あんたは」


 鳥を寝かせていた部屋の扉の前でにはユミルがいた。

 扉を少し開けて、恐る恐る中の様子を覗いている。


「そんなに乳が見たいか。変態か」

「違いますよ! 凄い物音がしたから、サニー様は大丈夫かなと思って覗いたら……魔物の方が大丈夫かなって」


 ユミルに促され、扉を大きく引いた。


「わお、デジャヴ? 違うな、この光景は見たばかりだな」

「お帰りなさいませ、マイロード」


 床に俯せになっている鳥。

 少し前の誰かさんのように地面にキス状態だ。

 その頭には麗しき女剣士の美しい足が乗っている。


 鳥は苦しそうだが、良いエアバッグが二つ付いているのだから大丈夫だろう。

 サニーに話をしたいと伝えると足を避け、代わりに剣を突きつけ顔を上げるように鳥に命令した。

 長い間床に押しつけられていたのか、渋々横たわったまま顔を上げた鳥の顔には板張りのフローリングの型が付いていた。

 ちょっと間抜けで面白い……なんてこと考えつつ鳥に問いかけた。


「あんた、焼き鳥になったの覚えてる?」

「……」


 応える気は無いようで、目を合わせることも口を開く様子も無い。

 どうしたものかと考えていると、サニーが鳥の顔を斬ってしまいそうなほどスレスレの所に剣を突き刺した。


「マイロードの質問に答えろ」


 サニーさん、怖いです。

 主の私がビビる程の圧力を掛けられ、鳥も小さい悲鳴を上げた。


「お、おぼえていますわっ」


 声も震えていた。

 それでも強がりたいようで、少し刃向かうように生意気な口調だったのは良く頑張ったと思う。


「流石は我が王、身も心も焦がすような炎でしたわ」

「いや、焦げてたから。焦げるっていうか炭になってたから」


 ボケなのか分からないことを言い出したが、どうやら本気で言っているようだ。

 殺されかかった……いや、正確には殺されたことは何とも思っていない?

 むしろ喜んでいるように見える。


「ルシファーに憤ったりしないの?」

「おかしなことを言うのね。わたくしは王のモノ。王がわたくしをどう扱おうと自由ですわ。そんなことより、わたくしをどうするつもり?」


 やっぱり理解出来ない。

 ルシファーは『何をしてもいい』というのは魔物側の常識なのだろうか。

 王のモノは王のモノ、皆のモノも王のモノ?


「どうもしないわよ。すぐに捨ててやりたいところだけど……何で私のフリなんかしたの?」

「お前を人間に始末して貰おうと思っただけよ」


 私が問題を起こしたように見せかけて、人間から討伐されるように仕組んだということか?


「私を始末したかった理由は?」

「王に集る虫を払っただけよ」

「虫!? 言っとくけど、集ってるのはどっちかというとルシファーの方だからね!」

「王を虫扱いしたわね!?」


 怒りで起き上がろうとした鳥だったが、サニーに背中を踏まれあえなく撃沈した。

 懲りない奴だ。


「もう二度とやらないでよ」

「お前の指図は受けないわ」


 困った……同じことをやらかすのなら外に出すことが出来ない。

 やっぱり助けるんじゃ無かった。

 ここにいつまでも置いておくのもいかがなものか。

 ネルの教育上有害だし、ユミルも操られるかもしれないし、常に監視しなければいけない。

 やだ……こいつ凄く面倒臭い!

 何か良い方法がないか思考を巡らせていると、とあるアイテムのことを思い出した。


「プレゼントをあげましょう!」


 鳥に向けて満面の笑みを向けると、嫌な予感がしたのか顔を引きつらせた。

 その予感は当たりだぞ。

 取り出したのは赤い革の首輪だ。

 正確には、『(ルームアイテム):魔物使いの首輪★8』である。

 何故ルームアイテムなのかというと、これをつけられた魔物がルームのアイテムになるからである。……『ペット』という名のね。

 そう、これは魔物をルームのペットに変えるアイテムなのだ。

 課金アイテムでは無く、ログインボーナスとして一日一回引くことの出来るくじの景品だった。

 人を傷つけることも魔法や技を使うことも出来なくなるし、勝手に部屋から出ることも出来なくなる。


「サニー、そいつの首に巻いて」

「かしこまりました」


 サニーが手際よく鳥に首輪を嵌めると、首輪に描かれた呪文が蛍光の桃色の光を放ちながらカタカタを揺れ……。


「ぐああ!?」


 苦しそうな鳥の声と同時にバチンと破裂音が響いた

 床には千切れてしまった首輪が転がっている。

 失敗だ。


 これはペットにしたい魔物につけ、ペット化が成功すると首輪がちゃんと締まる、そういう仕組みだ。

 失敗すると首輪が切れる。

 レベルが高い魔物ほど、捕獲率は低い。

 鳥もそこそこレベルはあるようだ。


「あちゃあ、失敗。次。サニー、それが首に嵌まるまで続けて」


 首輪を十個ほど纏めて投げた。


「御意」

「ひっ……やめて!!」


 どうやら首輪を嵌められるのは痛いらしい。

 鳥が恐怖に顔を歪め、サニーの足から逃げようと藻掻いた。

 だがサニーは容赦なく、そして手際よく鳥の首に嵌めていく。


「ぐううう!」


 くぐもった声と共にまた破裂音が響いた。

 また失敗だ。

 すぐにサニーが次の首輪を嵌める、失敗、また嵌める、失敗また嵌める、失敗――。


 その間、鳥の苦しそうな声が響き続けている。

 響き続ける苦しそうな女の声……なんか妖しい空間になってきたな……と思ったらユミルが挙動不審な様子で覗いていた。


「色んな意味でドキドキしますね!」

「ユミル、ハウス!」


 まだ扉の前にいたユミルを追い払おうとしていると、成功したようで『カシャン』と鍵が掛かったような音が響いた。

 鳥を見ると、呻き疲れたのか肩で息をしていた。

 だから妖しいってば。


「お利口さんになるまで、あんたは私のペットよ」

「こんな屈辱を受けるなんて……覚えてなさい!」


 私だってこんなペットは飼いたくない。

 でも外に出すと面倒なことになるのだから仕方無い。

 いつまで飼えばいいか分からないが、暫くは大人しくしてもらうしか無い。


「城の中をうろつかれても困るから、ユミルのおうちを貸してあげましょうか」

「これで私は檻から解放される!?」

「大丈夫、小さいのがまだあるから」

「ひどい!」


 そんな軽口を叩きつつ、鳥を地下にある牢に放り込んだ。

 檻はやはり、ユミル専用にとっておこう。

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