第24話

 海から戻り、大使の二人には「条約は進める方向でいいから草案を持って来て」と言っておいた。

 一から考えるより赤ペン添削してき、詰めた方が楽である。

 ソレルは正式に『大使』として任命したことにした。

 全て私の独断だが、ルシファーの許可なんかどうでもいい。

 ロリ巨乳といちゃいちゃするのに忙しくていつ帰ってくるか分からないし、待っているのも腹が立つ。


「マイロード。魔王の気配がします。帰還したようなので用を済ませてきます」

「へえ、案外すぐ戻ってきたんだ……って用?」


 サニーがルシファーに用なんてあるの?

 私がいない間に、ソレルに何か頼まれたのだろうか。


「マイロードのご気分を害した落とし前をつけて貰わねばなりません。首の一つでも落として持ってまいります」

「いや、首一つしかないから! それやったらルシファーでも多分死ぬから!」

「では腕で……」

「首も腕もいらないわよ。いいから、あの阿呆は放っておきなさい」

「……御意」


 不服そうな顔をしているが大人しくしてくれるようだ。

 やろうとしていることは過激というか恐ろしいが気持ちは嬉しい。

 そういえばさっきからネルが肩を揉んでくれたり、ユミルが紅茶を入れてくれたり、頼んでいないのに甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれている。

 三人は私を気に掛けてくれていたようだ。


 ルシファーの様子を見て帰ってきた私は物凄く不機嫌だった。

 ソレルとバルトも追い出すように帰らせてしまった。

 苛々の原因は話してはいないが、ルシファーが関係しているということは察しているようだ。


「皆、ごめんなさいね。苛々しちゃって。ありがとう、もう大丈夫よ」


 謝罪をするとそれぞれ微笑んでこちらを見てくれた。

 皆に気を遣わせるなんて私はなんて子供なんだろう。

 申し訳なかったな。

 でもこうやって、甘えられる環境がある私は幸せだなあ。


――ドオオオオオオン


「……早速か」


 最早ファイアボールよりお馴染みになったメガフレアである。

 幸せをかみしめて、ホクホクしていた私の心が一気に冷える。


「あいつ一回、絞めた方がいいかもしれない」




※※※




 頭が痛い。

 呼び鈴代わりのメガフレアにもうんざりしてきたが、行かないと呼び鈴は止まらないだろう。

 本当に厄介な隣人だ。

 海で感じた苛々を皆に癒やして貰ったのに台無しだ。


「レイン! 寂しい思いをさせてすまない! 待たせたね。さあ、おいで!」


 領土の境界、いつもの場所で私を待っていたのは何故か残念な方向にパワーアップした推定魔王だった。

 満面の笑顔で両手を広げ、待っている。

 何を期待しているの?

 そこに私が飛び込んで行くとでも?


 無言でファイアボールを胸元に撃ち込んでやった。

 それを私だと思って抱きしめるといい。

 だが、少し手加減して撃ったのが悪かったのか簡単に止められ、消されてしまった。


「もう照れるのはよさないか? 大丈夫だよ。さあ、そこから出ておいで」


 何を言っているんだろう?

 照れてないし、何が大丈夫なのだ。

 こんな美人に微笑みながら『おいで』なんて言われたら、以前の私なら無意識に足が前に出ていたと思うが、今は氷モードのスイッチが入っているので足は進まない。

 むしろ下がる。


「一々メガフレアぶっ放すの止めて。迷惑だから。っていうかもう帰ってこなくても良かったのに」

「そうやって照れ隠しをする君も可愛いが、そろそろ素直になりなよ。それに早く帰ってきて欲しいと言ったのは君じゃないか」


 確かにさっさと帰って来いとは言ったが、それは用件があったからで。

 ソレルとバルトはもう帰ったからもうルシファーに用は無いのだ。

 それを説明しようと思ったが、満面の笑みを浮かべ続けているこの残念な推定魔王には恐らく何を言っても無駄なので言わずに飲み込むことにした。


 条約の事とか大使のことを話したいのだが、まともに話が出来る気がしない。

 そもそも今この綺麗な顔を見るのが不愉快だ。

 ロリ巨乳に乳を当てられて喜んでいた様子を思い出して苛々する。

 そういえばあの女の姿は見えないが置いてきたのだろうか。


 見た目は人間だった。

 でも海であんな状態でいたのだからルシファーの配下、魔物なのだろう。

 魔物ならばエリュシオンに連れて帰ってきそうなのに姿は見えない。


「一緒にいた女はどうしたのよ」

「女? ああ、あの鳥のことかい? 知らないよ」


 鳥?

 鳥系の魔物なのか。

 どうやら連れてこなかったらしい。

 それはいい!

 あの不愉快なロリ顔巨乳を見なくてすむ。


「もしかして……妬いていたのか?」

「はあ?」


 焼く?

 何を?

 誰が?


「なんて可愛いんだ! 大丈夫だよ、俺には君しか見えていない。ああ、レイン。早くおいで!」


 ……何を言ってるのこいつ。

 ええ?

 私があの女に妬いていた?

 ルシファーといちゃいちゃしてたから?


「はあ!? 違うわよ! ふざけたこと言わないでよ!」


 違うに決まってるでしょうが!

 私はあの女の『ロリ顔の巨乳』というところが気に入らなかっただけで!

 あんな乳を押し当てられて喜んでいる男に腹が立っただけで、別にあれがルシファーじゃなくても……。

 ルシファーじゃなくても……腹が……立つ?

 あれ……?

 どうだろう……例えばあれがネルなら……。


『うちの子に何してるのよ不埒な奴め! 乳をもぐぞ!』


 やっぱり腹が立つ。

 ……でも、少し違う?

 どう表現したらいいか分からないが保護者的な視点というか……。

 うああ、よく分からない。

 では例えばあれがユミルなら。


『良かったな』


 うん、例えに持ってきたのが悪かった。

 至極どうでもいいよね。

 あれ、っていうことはどうなの?

 私、本当に妬いてたの?

 確かに、ちょっと私に張り合う乳だからってあんなに癇に障るのも不思議といえば……。


 え。

 ええええええええええ!?


「ない! ないないない!」

「レイン?」

「ない!!!」


 そんなことはない!

 私が『妬く』などと!

 そんなまるで……私がルシファーに惚れているみたいな!?


「レイン? ど、どうしたんだ」

「喋るな! 私を見るな!」


 駄目だ、意識してみると氷モードが解除されて……ああ、そんな心配そうに私を見ていて……くそっ……うあああやっぱり美しい!


「帰る! メガフレアは駄目! 今度メガフレアしたら二度と会わない! じゃあ!」


 あの場にいたら危険だ。

 ただ存在しているだけで精神が削られるなんて恐ろしすぎるぞ美貌攻撃!


 戻ってすぐに自室に飛び込み、ベッドに潜り込んだ。

 この混乱した頭の中を整理しなければならない。


 議題は『私はルシファーをどう思っているのか』だ。


 もしかして、もしかすると……惚れているのかもしれない。

 だとすれば私は……。


「なんてちょろいんだ……!」


 自分がミーハーなのは分かっている。

 美貌に弱いことも分かっている。

 ルシファーなんて美貌以外にいいところは思い浮かばない。

 そんな男に少し言い寄られているくらいで落ちてしまうなどと……!

 どんだけ免疫ないんだ自分!!

 恥ずかしい……自分が恥ずかしい……!


 いや……これは気のせいだ。

 何かの間違いだ。

 そうだ、そうに違いない!

 そうに決まっている!


 私は以前唱えた呪文を思い出していた。


『中身は残念中身は残念中身は残念中身は残念中身は残念中身は残念』


 そうだ、これを毎日唱えよう。

 それで私の目も覚めるかもしれない。


 とにかく、私は断じてルシファーなんかに惚れていない!




※※※




 翌日。

 私はルシファーに会いに行かなかった。

 顔を見るのが嫌だった。

 なんだか怖い。

 皆には面倒だからしばらく放っておこうと伝えた。


 今までは面会をすっぽかすと必ずメガフレアが上がっていたが、今日は上がらなかった。

 少し寂しいと思ったが、それは多分静かだから思ってしまった気の迷いだろう。


 その翌日も行かなかった。

 少し気になったので窓から外を覗くと見たことのある光景が蘇っていた。


「……サニー、お願い」

「御意」


 再びイカツイマッチョベヒモスが『用件あります』と前面に押し出した佇まいで浮かんでいた。

 怖いので前回と同じくサニーにお願いする。

 サニーはすぐに戻ってきた。


「ルシファーが面会を所望しているようですが拒否してきました」

「そう。ありがとう」


 予想はしていたが、やはり会いたいということのようだ。

 一応毎日会うって約束ではあったしね。

 少し意識しすぎかもしれない。

 明日は行こうかな。

 約束を守らなかったと暴れられても面倒なことになりそうだし。


「マイロード」


 ベヒモスはいなくなったが、何となくエリュシオンの方を見ながらぼうっとしているとサニーが直立不動で立っていた。


「どうしたの?」


 とても真剣そうな顔をしているので大事な話でもあるのだろうか。


「魔王だけは賛成出来ません」

「え?」


 どういう意味だろう?

 ひょっとして、サニーは私の気持ちを察するところがあったのだろうか。

 今までずっと一緒にいたし私のサポートキャラでもあるし、そういうところは誰よりも鋭いのかもしれない。


「お願いします。魔王だけは絶対に選ばないでください」

「……大丈夫よ」


 苦笑いをしながら返事をすると純白の薔薇の花束が目の前に現れた。


「預かってきました」


 そう言うと一礼し、後ろへ下がった。

 もう会話するつもりはないようだ。

 花束は以前ルシファーがくれたものと同じだったから、この花束もルシファーがくれたのだろう。


 ……どうしよう、凄く嬉しい。

 嬉しいが胸が苦しくなった。


 サニーは『ルシファーだけは選ぶな』と言ってきた。

 彼女から何かをお願いすることなんて滅多に無い。

 あったとしてもそれは全部私のため。

 そしてそれは今回も……。

 魔王相手だと危険と判断してのことなのだろうか。


 そうだね、あんな残念美人だけど『魔王』だもんね。

 やっぱり、私のこの良く分からない感情は、気のせいで終わらせなければならない。

 というか気のせいだ、うん。

 抱きしめた白薔薇から漂う優雅な香りがせつなかった。




※※※




 その日の深夜、サニーに大使が来ていると起こされた。

 なんだと……寝ていたのに!

 夜更かしはお肌の大敵なんだぞ!

 大使どもに文句を言ってやろうと私は鼻息荒く応接室に向かった。


 しかし、そこにいたのはソレル一人だった。

 バルトはルシファーの方に行っているらしい。

 おお……頑張れ。

 ソレルは大使として私がゴーサインを出したが、魔王にはまだ面会していないので念の為こっちに回ったということだった。

 というか、今回の用は私がメインらしい。


「ラウェルナ大陸にある町であんたが現れたらしいんだけど」

「は?」


 ラウェルナ大陸?

 私が住むテルミヌス大陸からは一番遠い大陸だな。

 というか、何の話だ。

 心当たりが全くない。


「いつの話?」

「昨日。町中の男があんたに攫われて消えたっていうんだけど」

「はああああ!?」


 昨日はここに引き篭もっていて一歩も外を出ていない。

 っていうか、また『男』とかそういう話!?


「私じゃないってばっ!!!!」


 叫ばずにはいられなかった。

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