第22話
大量に収穫したかぼちゃの山を見て処理に悩んだ。
こんなに食べるのは大変だろうし、飽きる。
ご近所にお裾分け……といってもご近所はアレなわけで。
届けたところで対応するのは多分ベヒモスだろう。
イカツイマッチョベヒモスの『あらあら、ご親切にどうもぉ』なんて隣の奥様な姿は見たくないし。
大体は食べるとして、いくつかはかぼちゃのジャックオランタンを作って遊ぶことにした。
特に難しいことはない。
細かい道具があれば便利といえば便利だが、小さいナイフがあればどうにでもなる。
むしろ制限された中でハイクオリティを目指すのは腕がなるというものだ。
ゲームで縛りプレイをするような心境か。
意気揚々と何の変哲もない小さいナイフを片手に、ジャックオランタンの製作を始める。
サニーにもジャックオランタン作りを一緒にして貰うことにした。
彼女も小さいナイフで私がやっている過程を見真似て黙々と作業をしている。
表面にくり貫く顔のデザインを書き込んでから、中身をくり貫いて種を取る。
「ああ、手がかぼちゃ臭いわ」
愚痴を零すと、同じくかぼちゃ臭い手のサニーがさっとおしぼりを出してくれた。
素敵です、私の相棒。
中が綺麗になったら下書きした顔の部分を慎重にくり貫いてから魔法でちゃちゃっと乾かし、中に蝋燭を入れたら『はい簡単、出来上がり!』だ。
私もサニーも中々上手に出来上がった。
「やばい、可愛い。そして思った以上に楽しい」
「はい、有意義な時間を過ごせました」
「もう一個作ろう」
「御意」
そこから私とサニーのジャックオランタン職人の道が始まったのである――と言いたくなるくらい私達は没頭した。
最初は良くある怖可愛い顔を彫っていたのだが、いつの間にか私達の作業は彫刻とも言えるレベルになっていた。
「サニー、中々やるじゃない」
サニーが作ったジャックオランタン……もはやそう呼べるのかも分からない、かぼちゃで作り上げたものは大きな満月をバックに不気味なシルエットが浮かび上がる古城だった。
多分この領土の城をモデルにしているのだと思うのだが素晴らしい。
もう芸術だ。
「マイロードには適いません」
私は笛吹きが先導するパレードだ。
蛙の頭をした子供や首狩鎌を持った兎。
デザインを描いているうちに止まらなくなり、物凄く凝った仕上がりになった。
満足。
この達成感、素晴らしい。
「サニー、楽しかったね」
「はい、とても」
ほっこりお花を飛ばしながら微笑み合う私達。
ああ、幸せだ。
「レイン様、お邪魔します……って、うわあ! 一層かぼちゃ臭くなってますね! 凄い異臭です、鼻が曲がりそうだ」
「曲がれ、むしろ捥げろ」
「同意です」
「ひどい!」
ほっこり弛んでいた目じりを一瞬で鋭くさせた男は、もちろん残念な兄ことユミルだ。
「何しにきたの? 用件を済ませて一秒でも早く退室しろ」
「……レイン様、私にも心があるのをご存知ですか?」
白々しい嘘泣きには付き合いきれず冷たい視線を向けると、ユミルは手に持っていた誕生日ケーキが入っていそうな箱を差し出した。
「何? 嫌がらせの虫とか?」
「そんな自殺行為しません!」
「それもそうか」
箱を受け取るとじんわりと暖かく、かすかに良い匂いがした。
食べ物だと分かり、本当にケーキかもしれないと期待しながら手早く箱を開けた。
「わあ!」
箱の中身はパンプキンパイだった。
しかも色を少し変えた生地で可愛いコウモリの模様がついていたり、かなり凝っていて綺麗な上美味しそうだ。
「これ、作ったの?」
「はい」
「ネルが?」
「私です!」
分かっていたけど信じられず一ボケしてしまった。
料理が出来るというのは本当だったのだな。
サニーも思わず顔を近づけて凝視している。
見すぎて今にも食べそうだ。
「さっきもこちらにお伺いしたんですけど、お二方ともかぼちゃで何かを作るのに集中されてて全く私に反応してくれなくて……。その時に食べられそうな部分が捨てられているのを見て勿体ないなあと。回収してパイにしちゃいました」
「貧乏性め」
「はは……そうですね、申し訳ありません。勝手なことして」
「いや、珍しく良いことをしたよ。むしろ余ってるとはいえ、食べ物を粗末にした私が悪かったわ。有効利用してくれてありがとう」
「ええ。珍しく賛辞に値します」
私とサニーに褒められるという未知の体験をしてユミルは戸惑っている。
照れながら頬をかいていたが、少しして気まずそうにこちらに視線を向けてきた。
「あの……ご褒美とか貰えま」
「「調子に乗るな」」
完全に揃った私達は一心同体なのかもしれない。
少し褒めるとこれだ。
そんなに項垂れても駄目だ。
だが、この見事なパンプキンパイに免じて一応話は聞いてやらなくはない。
「参考までに聞いておくけど、何が欲しいの?」
そう言うとユミルの目は輝き、姿勢を正して真っ直ぐこちらを向いた。
そんなに気合を入れられると嫌な予感しかしないが……。
身構えて何を言うのか待つ。
だがすぐには話し始めない。
言うのを躊躇っているのか?
何なのだ、面倒臭いやつだ。
視線で早く言えと催促すると表情を崩して、ぽつりと話し始めた。
「欲しいものっていうか、これで許してやって欲しいんですよね、……ネルのこと」
「ほう?」
ネルが何かやらかしたのかというと、例のアレだ。
ルシファーを煽った件だ。
帰って来てから、何故あんなことをしたのか聞いたが返事は無かった。
黙っているばかりで埒が明かないので、『どうしてそんなことをしたのか』と『反省の念』を文書で提出するように言いつけた。
所謂『反省文』というやつだ。
自分の考えを纏めるにも文章にして書き出すというのは有効だから、自分でも混乱している様に見えたネルにはぴったりの罰だと思ったのだが、それはまだネルから提出されていない。
「私はネルに反省文を書けと言っているのだけど、まだ貰ってないわ。だから駄目よ」
と、言ってももうネルに怒ったりはしていない。
自然と子供に『ごめんなさいって言うまでご飯抜き!』みたいな状態にはなっているとは思うが。
「ネルはきっと書けないと思います。というか……書けてもレイン様が困惑するようなことばかりだと思います」
「と、いうと?」
「上手くは言えませんが……。多分、我々が思う以上にネルはレイン様のことを想っていて、ネルは自分が思っている以上に子供なんです。だから、もう少し余裕を持たしてやりたいっていうか……。どうしてあんなことをしたかっていう答えを、今レイン様にお伝え出来る段階じゃないと思うんです」
「んー?」
分かるような……分からないような……。
とにかく、ユミルが案外ちゃんと『お兄ちゃん』なんだということは分かった。
なんだか少し嬉しい。
「……仕方ない。パイに免じて反省文はいいわ。ルシファーを煽るようなことを今後一切しないようにお兄ちゃんからしっかり言っておきなさい」
「レイン様……ありがとうございます」
「!」
初めて見る打算のない爽やかな笑顔を見せられて一瞬どきりとした。
そういえばこいつも忘れていたが美形である。
何せあの完全正義美少年ネルの兄だ。
だが次の瞬間。
「ああ良かった! これで追い出される心配もないやー!」
「……」
それが目的なの?
結局自分なの?
「貴様、早く部屋を出ろ、空気が減る」
「ひどい!」
サニーの氷の視線を受けて逃げるように飛び出していった。
さて、ユミルが飛び出していった反対の扉にはずっと気配があった。
「盗み聞きなんて悪い子ね。盗み聞きをした反省文なら書けるかしら?」
扉を開けるとそこには眉間に皺を寄せたネルが膝を抱えて座っていた。
「聞いての通り、反省文はいらないわ。でもちゃんと言いつけは守りなさい。ルシファーに無闇に近づかないこと。本当に危ないのよ?」
顔を覗くが俯いて顔をかくされてしまった。
拗ねているのだろうか。
ため息を一つつき、ネルの前に切り分けたパンプキンパイを一つ置いた。
「良いお兄ちゃんじゃない。大事にしなさいね」
私が見ていたら食べないだろうから、扉を閉めてそのままにしておいた。
時間が経ってから覗くとお皿ごと姿は消えていたから食べたのだろう。
ああ、思春期の少年って本当に難しい。
※※※
「レイン様おはようございます」
「レイン様、今日もお美しいです!」
翌朝、清々しい笑顔の兄弟に朝の挨拶をされた。
二人とも、というかネルは落ち着いたのだろうか。
視線を向けると小首を傾げる天使の微笑を頂いたので大丈夫だと思う。
私はなんだかすっきりしないけど。
しかしまあ、いつまでも辛気臭い顔をしているわけにもいかないので気分を変えていこう。
絶叫と悲鳴が轟く森だが外の空気を吸おうと窓を開けると、エリュシオン方面で気配がすることに気がついた。
訝しみながら気配の方に目を向けると、そこにはイカツイマッチョが浮かんでいた。
「うわあ……凄く…凄くこっち見てるよ」
『ちょっと用事があるのですけど!』というふうな佇まいだ。
放置しててもいいのだが……ずっとあれに見られてると思うと嫌だな……。
っていうかあいつの眼力ほんと怖い。
「ごめん、サニー。用件聞いてきて」
「承りました」
自分で行くのは嫌なのでサニーに行って貰う。
自分が嫌だからといって人に行かすのはどうかと思うけど、あいつとルシファー抜きでやりとりすると思うとなんか嫌だ。
少ししてからサニーが戻ってきた。
そして聞いてきた用件を聞いて私は戸惑った。
「魔王が戻って来ないので、どのあたりに捨てたのか教えて欲しいそうです」
え?
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