第21話

 色々あって疲れた私は趣味の畑仕事を楽しんでいた。

 マンドレイクや薬草などの他にも少し普通の野菜も育てている。

 今日はかぼちゃを収穫だ。


 かぼちゃはおいしい上にハロウィンの雰囲気が出る素敵な野菜だ。

 それに馬車にもなる。

 ああ、なんて素敵なんだろう。

 誰かかぼちゃの馬車で私を王子様の元に連れて行ってくれないだろうか。

 王子様といえば森の王子ことソレルを思い出すが、連れて行ってくれるならもう少し優しそうで、ちやほやしてくれそうな王子がいいなあ。

 そんな王子はいないか。

 本物の王子のなんて滅多に知り合えないなあ。


 ……魔王なら近所にいるけど。


――ドオオオンッ


――ドオオオオオオン


 今日は私の自慢のスクーム&シャウトがかき消される程、余計なBGMが流れ続けている。

 ルシファーがぶっ放す『メガフレア』だ。

 お出掛けから戻ってきてずっとこの調子だ。

 環境破壊もいいところである。

 もうあの一帯は焼け野原だろう。

 ここまで熱気は来ているし、本当に迷惑極まりない。

 煩くて苛々苛々苛々苛々苛々苛々するが、心を無にして畑の恵みに感謝しつつ畑仕事に勤しむのだ。


「全く懲りませんね」

「放っておきなさい」


 畑仕事を手伝ってくれているサニーもうんざりしている。

 ユミルとネルは城の掃除中だ。

 ユミルがメガフレアに怯えて団子虫のように丸まっていたが、美少年の弟に転がされて掃除に駆り出されていた。

 ちゃんと掃除しているか心配だがネルがいるなら大丈夫だろう。


「マイロード。まだ距離はありますが気配が二つこちらに接近しつつあります」


 サニーに言われてマップを開いてみると、確かに遠くに反応が二つ。

 凄いな、こんな遠くまで分かるのかサニーは。

 「警戒していたから分かった」とのことだが有能すぎて惚れそうだ。


 二つの反応の詳細を見てみるとバルトと美エルフのソレルだった。

 大使はバルトだけだから、ソレルは来たら駄目でしょう。

 でも、それは向こうも分かっているはずだから何かやむを得ない理由があるのかもしれない。

 とりあえず今近くまで来たら危ない。

 メガフレア花火が連発中だし、今の状態のルシファーに見つかったら殺されてしまう可能性だってある。

 話を聞くために、迎えに行くことにした。


 ついてくるというサニーを『一瞬で帰ってくるから』と宥めて、二人が通る少し前の地点に移動。

 まだ距離があるが、前方の空にグリフォンが見えた。

 可哀想に、バルトはまたあれに乗っているらしい。

 そういえば別れ際に用があると言っていたような気もする。

 あの時は早く帰ることが最優先事項だったから仕方ない。

 高所恐怖症なのに、ごめんねバルト。


 分かりやすいように空に向けてファイアボールを打つと、向こうは気がついたようで警戒しながら降りてきた。


「クイーンハーロット様、こんなところでどうされ……うぷっ」


 明らかに体調の悪い青い顔でグリフォンから降りてきたバルトがリバースしそうになっている。

 気の毒だが、私の前でリバースしたらぶっ飛ばしてやる。

 バルトと一緒に降りてきた王子は無言の冷めた目で私を見ていた。


「とりあえず移動しましょ」


 またルシファーに見つかったらたまったものじゃない。

 挨拶も説明も不要。

 有無を言わさず二人を私のテリトリーにご招待した。


「マイロード、ご無事で何よりです」

「ただいま、サニー」


 瞬きしている間に一瞬で美人戦士のお出迎えだ、素晴らしいだろう。

 バルトは瞬間移動には慣れたようで特に驚かず、グリフィン乗る時間が減ったことに喜んでいる。

 ソレルは薄目を開けて私を見ていた。

 顔に『今お前を警戒しているぞ』と書いているような表情だ。

 今日も森の王子はツンツン通常運転中のようだ。


 さて、移動して領土内に入ったことにより、安全が確保されたのでゆっくり話をしようじゃないか。

 二人に用件を聞いてみる。


 まず『何故ソレルがいるのか』だ。

 私は目と心の保養になるから問題無いが。

 さあ、ご説明をどうぞ。


「前から大使がバルトだけでは心許無いから、もう一人増やしたいという要望をあんたらに出すことになっていたんだ。人選は一度ここに来ているし、あんたには好かれそうな風貌だからとオレになった。迷惑な話だが。要望を出す前だったが、ここが火柱上がりっぱなしの異常な事態ということでオレも行けって言われたんだよ。ったく、お前ら本当に迷惑」


 と、森の王子は心底不愉快そうに仰せであります。


 詳しく聞いていくと、どうやらソレルはルフタから貢物として来ていたメンバーの一人だったらしい。

 気がつかなかった、こんな子を見落としていたとは……ショックだ。

 私もまだまだである。

 って脱線してしまったが、バルトだけでは心配だがなるべくこちらを刺激したくない。

 なので私が気に入りそうな『外見の良い男』で、最初の貢物メンバーでもあったソレルが選ばれたと。

 まだ男好きとかそんなイメージ持ってるのか……いい加減分かって欲しいのだが。


 ソレルがバルトに同行する許可を取ろうとしていた矢先に、謎のメガフレア事件が発生。

 まあ、今も発生中なわけだが。

 ルフタからすれば、すわ世界侵略開始か!? と大騒ぎになったそうだ。

 お出掛け時の私達を見ていたソレルはその可能性は無いと進言したが、確証のないルフタは万事に備えるため進軍する用意をしているらしい。

 併せてバルトとソレルがこちらで起きている事態の把握に向かったということだった。


 ……大事になってるじゃないか!!


「どうせくだらないことなんでしょ。すぐに止めないともっと面倒なことになるよ。今でもオレは十分迷惑だけど」


 まあ、くだらないことといえばそうかもしれないけど……。

 そんなに睨まれても私が悪いのだろうか?

 私はツンツンされても美味しいが、あんまり度が過ぎると後ろの美女戦士に討伐されてしまうよ?

 バルトもソレルの態度の悪さにドキドキしているのか、さっきから小声で注意している。

 全て華麗にスルーされているが。


 この子は始めからこんな態度だったけど何故だろう。

 初対面の人には大体怖がられるのだがソレルにはそういう様子はなく、ツンツンしかされていない。

 なので思わず聞いてしまった。


「私、君に何かした?」

「はあ?」

「なにか嫌われるようなことした? それとも普段からそんな感じなの?」

「ソレルは大体こんな調子です!」


 バルトが間に入ってフォローしようとするがちょろちょろ動いて邪魔だ。

 じーっとみると大人しく座った。

 なんだかバルトの虎耳が猫耳に見えてきた。


「何を言っているのか分からない。ただ、あんたらみたいに好き勝手やって、自分達以外の者を虫けらのように扱う下衆連中には反吐がでる」


 ソレルが怨みの篭もったような暗い目で私を見ながらそう吐き捨てた。

 そんな目を向けられ、私は思わず固まった。

 そして次の瞬間、サニーが無言でソレルの首に剣を当てていた。

 バルトも一瞬固まったが、その後はどうしようかとオロオロしながら私を見ている。

 それは私になんとかしろってことか?


「サニー、やめなさい」

「ですが」

「いいから下がって」


 サニーは渋々ったが、ソレルから目を離さず殺気を放ち続けている。

 ソレルの方はつまらなそうにサニーを見ていた。


「私は別に、自分以外の者を『虫けら』なんて思ってないけど」

「思っているね。見ていれば分かるよ。力があって常に上に立っていて、下からの景色なんて考えたこともない。好きなことをやって、それで何が起きても自分には関係ないし、そもそも他を『思いやる』『配慮する』なんて発想を持っていない」

「……」


 少し思い当たるところがあってハッとした。

 確かに、この世界では自分を脅かすような存在はそういないと高をくくって、何かする時あまり深く考えていないところがある。

 でも、人のことはそこそこ思いやれると思っているし、ソレルが言っているような下衆とまではいかない。

 ……と思いたいが、全く的外れだと声高に反論出来なくて辛い。

 そんな私の思考を悟ったようにソレルは冷ややかな視線をこちらに向けていた。

 サニーが再び動こうとする気配がしたので、手で静止をして溜息をついた。


「そこまで下衆でも無いのよ、私。……信じて貰えないだろうけど。それはさておき、とりあえずアレをなんとかしましょうか」


 殺伐とした空気になってしまったが、気持ちを切り替えてアレをどうにかしなければならない。

 あれは……あいつは……確かにソレルのいう下衆に違いないな。




※※※




 領土の境界、エリュシオンの手前にサニーとバルト、ソレルを連れて移動する。

 そこはメガフレアの熱気と地響きで、地獄のようになっていた。

 その地獄の中で、私は予想していなかった光景を見ることになった。


「頭の中真っ白で馬鹿だからレイン様に嫌われるんだよ、ばーか!」

「糞羽虫調子に乗るなよ! さっさとこっちに出て来い! 跡形無く焼き尽くしてやる!」

「行くかばーか! 僕はこれからレイン様の所に戻って一緒に楽しく過ごすんだよ! レイン様は頭真っ白馬鹿より、僕が好きだって言ってくれたしー!」

「さっさとこっち来いっつってんだ羽虫っ!!!」


 ……何これ。


「何、この茶番……」


 森の王子様、同感です。

 バルトまで生暖かい目で見ている。

 何故だ……何故ここに、ネルがいるのだ。

 ネルとルシファーが非常に低レベルな言い争いをしているが、周りの被害は尋常じゃない。

 ああ、ソレルの視線が痛い。

 そうです、これが下衆です。


「こんなことを解決するために軍が動き、オレ達は働かされているわけ? ふざけるなよ」

「……ごめんなさい」


 私のせいじゃないと思うのに、居た堪れなくて謝ってしまった。


「ネル」

「!!!!」


 呼びかけると、意気揚々とルシファーを煽っていたネルの体が固まった。


「なんでここにいるの。何してるの」


 首が錆びてしまったのかというくらいぎこちない動きで振り返り、こちらを見るネル。

 今回は私も笑って見過ごせない。

 メガフレアが上がりだした時には一緒にいたから、わざわざその後ここに来てルシファーを煽りだしたのだろう。

 お出掛けの時の復讐か?

 メガフレアをぶっ放し始めたのはルシファーだし、彼が諸悪の根源なのは間違いないが、ネルが煽らなければ現状まで悪化しなかったかもしれない。

 何故こんなことをするんだ。


「レイン! その羽虫をこちらに放り投げてくれ!」

「あなたは黙ってなさい!」


 思わず怒鳴るとルシファーが目を丸くして固まった。


「大体いつまでメガフレア撃ってるのよ! うるさいわよ! それにネルも! 煽ってどうするのよ! 二人ともいい加減にしなさいよ!」


 ネルはしゅんと首を項垂れて、小さく「ごめんなさい」と呟いた。

 潤んだ瞳で見上げられても今日は許さないぞ。

 後で思い出してにやにやするかもしれないけど!

 ネルはまだいい。

 問題は下衆の方だ。


「レインが冷たくするからだろう! せっかく触れ合えたのに! この羽虫は癪に障るしさ! ねえ、俺の城に来てくれたら許してあげるよ」


 素敵な笑顔でこちらを見るルシファー。

 歯磨き粉のCMくらい白い歯が輝いて見える。

 いつもなら心臓を打ち抜かれる美しすぎる笑顔だが、今日は違った。


 ……何なのこいつ。

 なんで上から目線なの!?

 さっきのソレルの話を聞いてからだからか、余計に癪に障る。

 それにずっと鬱陶しいメガフレアを我慢していた苛々が重なり……我慢の限界だった。


「この下衆が! 大馬鹿者!!」


 怒りに任せて領土を飛び出し、ルシファーにドロップキックを入れた。

 領土から出た瞬間、一瞬ルシファーがにやりと笑ったがそれも構わず、魔法で攻撃力アップと加速もかけて全力で思い切り蹴り込んだ。

 ブラックマリアとセットのピンヒールで。

 ルシファーは恐らく私を受け止めて捕まえようとしたのだと思う。

 そのような動きが一瞬見えたが……私の勝ちだった。

 ルシファーは後ろに高速で吹っ飛び、背後のエリュシオンの断崖にめり込んだ。

 めり込んだ勢いで周りの外壁も崩れ、周りに土埃が舞った。


 それに乗じて私はルシファーをめり込んでいた断崖から引っ張り出し、『移動』で飛んだ。

 行き先は此処から一番距離が遠い海のど真ん中だ。


 一瞬で視界は蒼一色に変わり、強い潮風が私にぶつかってきた。

 足場になっているのは海から突き出した鋭く尖った岩場。

 高さは五メートルほどある。

 幅は人一人立つのがやっとで、風に煽られて落ちそうだ。

 そんな悪い足場にピンヒールで立ち、片手でルシファーをぶら下げるように持っている。

 重いな、こんなものは早く捨ててしまおう!


「頭冷やせ! 暫く帰って来るな!」


 何か言おうとしている気配がしたが、無視をして海に放り込んだ。

 暫くして波音に混じって、バッシャーンと良い音が聞こえた。


「よし」


 それを聞き届けてから一人で戻った。

 これで少しはゆっくり出来るだろう。


 すっきりして意気揚々と戻ると、そこには口を半開きにした面々が立ち尽くしていた。

 土埃は収まっている。


「わ、我が王は……」


 声の方を見ると、イカツイマッチョことベヒモスがいた。

 気がつかなかったがさっきからいたの?

 彼はルシファーが見当たらず、体に似合わないおろおろとした様子だ。

 だから教えてあげよう。


「海に捨てた」


 大丈夫、暫くしたら戻ってくるでしょ、と言っておいたが聞こえていないのかわなわなと震えている。


「マイロード、お疲れさまです。ですが、そんな雑用は私にご命令くだされば……」

「いいのいいの。自分でやるからすっきりしたのよ! ねえ、サニー。埃がついちゃったからお風呂に入ろうよ」

「承知致しました」


 わいわいと仲良く雑談しながら城に帰る私達の後ろで、立ち尽くしている男連中は放置だ。

 はーちょっとスッキリした。

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