第20話

 『森の王子』と勝手に命名した美エルフが去って行く背中を無言で見送った。

 涼しげな水色の綺麗な髪がサラサラと風に揺れる後ろ姿は爽やかで美しかった。

 見抜かれてしまったことにも驚いたが、あの口の悪さにも胸がドキリとした。

 これは……恋か!

 なんてね。

 しかし……あの容姿、あの口調。

 あの子はツンデレ要員としてとてもハイレベルだ!

 クールビューティーがデレるところを是非とも見てみたい。

 いくら出せば見れますか?


 ……なんてことを考えている余裕はないのだった。

 冷めた美エルフとは対照的に興奮する美人がすぐ横に。


「マイロード! あの無礼者を討伐して参ります!」

「やめなさいって」


 サニーの殺気が凄い。

 これ以上騒いでいては人目についてしまいそうだ。

 そろそろ退散して領土に戻ろう。

 頭の中で移動を選択しようとしていた、その時――。


 突如全身に走る悪寒。

 そして襲ってくる嫌な予感。

 私は『重要な事』を忘れていた。


 一つは、自分は今は『領土の外』に出ていること。

 そしてもう一つ、領土近くには『推定魔王が住み始めていた』ということを。


「捕まえた」


 耳元で囁く、妖しくも透き通った声。

 背中ぴたりと張り付く温もり。


「ひいっ!」

「マイロード!!」

「レイン様!!」


 後ろから手を回され、捕獲される私。

 視界の端に映る、背筋が凍りそうな程整った白く美しい彫刻のような顔。


「……ルシファー!」

「やっと……再び君に触れることが出来たよ」

「ひっ」


 首筋に端正な顔を埋められた。

 鳥肌が立ち、全身の毛穴は全開だ。

 くすぐったいやら言い様の無い不安が混じって気持ち悪いような、でも気持ちいような……ああ、モゾモゾするっ!


「君が結界から出る時を狙ってだんだ。君のように一瞬で移動は出来ないから、あまり遠くまで行かれると無理だったんだけど。出掛けた先が俺の手が届く範囲で良かった。さあ、これから君を……どうしようなかな?」


 楽しそうにくすくす笑っている。

 楽しいのは結構だが、私は非常に困っている。

 正直パニックだ。

 ルシファーに固定されて動けないし、首筋でモゾモゾされて力が入らないし……どうすればよいのでしょう!?


「うぅ!?」


 そんなことを考えている間も密着度が増しているし、お腹にまわされた手も動きが妖しい。

 思考回路がショートを起こして顔が熱くなってきた。

 もうやめて-!


「離れろっ! クソ白馬鹿!」


 ネルが今までにないくらい凄い剣幕で怒鳴った。

 ああ、またそんなお口の悪い子に戻ってしまって!

 そんなことより、ルシファーに近づくと危険だと言おうと思ったのだが……。

 ネルはあの恐ろしいベヒモスに捕まっていた。


「羽虫は黙っていろ」


 ルシファーがネルに冷めた視線を送ると、ベヒモスがトンッと軽くネルの腹を殴った。


「うっ……」


 ネルは呻きながら力なくその場に崩れ落ちてしまった。

 ……お前……ネルに何をするんだ!

 軽くでもそんなイカつい拳で殴られたら、ネルなんてか弱い美少年は死んでしまうじゃないか!


「ネル!」


 倒れているネルを見ると気は失っているが息があった。

 殺すつもりなら簡単に殺せていただろう。

 どうやらその気は無いようだがいつ気が変わるか分からないし、無事だといっても具合が心配だ。

 早くこの拘束を解かなければ……そう思うのに身体に上手く力が入らない。


「貴様ら!」


 そうしている間に、サニーがルシファーに仕掛けようとした。

 だがその瞬間、私を拘束しているルシファーの手に力が入った。


「動くな。レインを傷つけるようなことはしたくないからね」

「くっ」


 ベヒモスが私を盾に取られて足踏みしたサニーの腕をすかさず掴み、拘束した。

 ああああイカツイマッチョ、サニーにまで!

 そんなごつい手でサニーに触るな!

 何とかしたいのに頭が回らない。

 サニーとネルがベヒモスに捕まっているし、こんなパニック状態のまま迂闊に動くのも怖い。

 私がこんな状態だからサニーも動けないし……。

 ああ、全部私が原因じゃないか……なんとかしなきゃ、落ち着かなきゃ!


「サニーに何かしたら、ただじゃおかないから!」

「マイロード……」


 サニーが申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ている。

 悪いのはサニーじゃない、私だ。

 私が迂闊だったのだ。

 私は馬鹿だ。

 力の差でいうと負けないはずなのに、こんなにあっさり捕まって……。

 ネルには怖い思いをさせただろうし、サニーの足手纏いになっている。

 本当に大馬鹿だ!

 頭ではなんとかしなければと焦っているのに、上手く動けない。

 それはきっと、ルシファーに後ろから抱きしめられているこの状況に動揺しているからで……。

 ああ私って救いようのない馬鹿!

 どれだけ免疫無いの!


 なんとかしてこの状況を抜けださなければいけない。

 ルシファーと離れることが出来たらサニーの足手纏いにはならない。

 サニーが自由になれば、二人でネルを保護して『移動』で城に帰ることが出来る。


「これでもう俺達の邪魔をする者はいないね。さあ、レイン。とりあえず、俺の城へ招待しよう」

「ええ!?」


 早速の自宅直行ですか?

 白薔薇は見たいけど行くのは怖い!


「き、気が乗らないのでお断りしたいわねえ。またの機会にして貰えないかしら」


 最後の抵抗で、余裕があるフリをしたが声が上擦ってしまった。

 恥ずかしい。

 ルシファーは私のことなどお見通しなのか、意地の悪そうな笑顔を浮かべている。


「そう言わずに」


 そういうと今度は優雅な笑みを浮かべながら私の手をとり、手の甲にキスをした。


「暫く帰さないから」


 そして、私の目をみてにやりと笑った。


「……」


 停止した。

 私の脳が、いや、全身の機能が停止した。

 こいつ、何をした?

 何て言った?


 それが分かった瞬間、私は爆発した。

 ふ……ふわあ……また悪寒がっ!

 全身の毛が逆立つような感覚がする。

 体温も急上昇して、肌で肉が焼けるんじゃないかと思うくらいだ。

 ……ああ、もう駄目だっ!!


「無理!」


 精神的に許容範囲を超えた私は肘を思い切り肘を突き出した。


「ぐっ!?」


 所謂バックエルボーというやつだ。

 それは見事にルシファーの鳩尾にヒット。

 その瞬間サニーが拘束された手を逆手に掴み、ベヒモスをぶん投げた。

 あの縦にも横にもでかい巨体が宙を舞う。

 サニーさん凄すぎです!

 そしてすかさずネルの元に駆け寄った私の前に立ち、ルシファーに剣を向けた。

 サニーが前にいるというこの安心感。

 これで私達は負けることはないだろう。

 ネルの様子を見ると特に目立った外傷はなかった。

 よかった……。


「マイロード! 今度こそ討伐の許可を!」


 『うむ。サニーさん、やっておやりなさい!』と言いそうになったその時、タイミング良く、いや悪くかもしれないが姿を現した者がいた。


「お、まだいた! よかったあ、これでグリフォンに乗らなくて済む……ってええ!?」

「君ね……」


 私を探していた様子の残念なバルトだった。


「あれ!? ま、魔王まで来て……これ、何事だ!? どどどどうしようソレル!」

「うるさい」


 うるさいけどなんか和むわ、ありがとう。


 うん?

 『うるさい』って言ったのは……。

 バルトの後ろを見るともう一人いた。

 さっきのツンデレ要員こと森の王子じゃないか!


 森の王子ソレル様はバルトを抜き、すたすたと前に出てくると忌々しそうに口を開いた。


「お前らが何をしようがどうでもいいが、やるなら自分たちの領域でやってくれ。あんたらは『手を出してくるな』というが、あんたらに騒がれたらオレ達は動くしかないんだよ。大人しくしていて欲しいなら、こちらが大人しく出来るような行動をしろ。迷惑だ」


「……」

「……」

「……」


 魔王陣とサニーはぽかーんと口を開いている。

 バルトは「やっちまったよ……」と言いたそうな遠い目をしている。

 私はと言うと……萌えた。

 ルシファーにまで至極ごもっともな意見を、凛と言い放つ姿にキュンとしちゃいました!


「君は、良い!」

「……人を指刺すな」


 思わず指差しながら感想を言うと、王子の眉間の皺が一層深くなった。

 そういうツンツンしているところもトキメクだけだし!


 そんな私をスルーし、王子はスタスタと歩き出した。

 何処に行くのかと目で追っていると私のところ……と思いきや倒れているネルの傍らで足を止め、回復を施してくれた。

 えっ、凄く良い子!

 口も態度も悪いがネルを気遣ってくれて……なんて優しいのだろう!

 私は感動した。


「うっ」

「大丈夫か?」

「……誰?」


 ごくり。

 思わず息を呑む。

 こ、これは、二人の恋が始まる予感!?


 美少年を助ける美エルフの構図は素晴らしい!

 私は心のシャッターを連打しつつ、目に焼き付けた。

 おっと、いけない。

 この方向の思考に溺れちゃいけない。


「……レイン、俺のこと忘れてないかい?」

「え?」


 ルシファーが鳩尾に手を当て、恨めしそうな顔で私を見ていた。

 ごめんなさい、忘れてました。

 顔が怖いのはさっきのバックエルボーが効いたのか、忘れていたことに怒っているのかどっちなの?

 ああ、両方ですか。


「とりあえず、この素敵なエルフさんの言う通りだし、大人しく私達の領域に戻らない?」

「戻ったら君はまた結界から出てこないだろ? 嫌だね」


 ルシファーが近寄ろうとするが、サニーがそれを許さない。

 恐らくぶち切れている状態のサニーの殺気に流石のルシファーも圧されているようだ。

 その隙に私はネルに声を掛けた。


「ネル、大丈夫? 立てる?」

「うっ……はい、僕は大丈夫です……」


 辛そうに無理矢理笑顔を見せながらネルは立ち上がった。

 動くことは出来るようなので一先ずホッとした。

 少しふらついてしまったネルの腕を掴んで支えながらエルフに目を向けた。


「エルフさん、ありがとう」

「……」


 森の王子は再び私を華麗にスルーしながら離れていった。

 うん、分かってる。

 そんなにすぐデレて貰えるとは思ってないから大丈夫!

 今はまだデレの冬眠期間だ。

 春の雪解けを待とう。


 そんなことより、早く城に帰ってネルを休ませてあげよう。

 サニーを呼び、帰るという合図を送った。


「じゃあ、そういうことで!」

「待て!」

「ああっ! ちょっと待ってください! 話があああ」


 ルシファーの焦った顔と、バルトの悲壮感漂う顔が見えたような気がしたが『移動』を選択。

 躊躇無く私は安住の地に帰還したのであった。




※※※




「いやあ、焦った。ルシファーが城を出ていることに気がつくとは思いもしなかったわ」


 移動から戻ると、すぐにネルをベッドに運んだ。

 美エルフに回復して貰ったので大丈夫だと思うが、念のためユミルに確認して貰った。

 やはり大した怪我はなく……というか擦り傷一つ無かったようでネルもすぐに部屋から出てきた。

 本当に良かった。


 安心すると一気に精神的疲労が押し寄せてきた。

 これはいけない。

 癒やしが必要である。

 お茶にしよう。

 そう思い至り、今は心和む黄金の薔薇を見ながら優雅なティータイムだ。


「二人ともごめんね。もっと慎重にならなきゃね」


 サニーは私を盾に取られたのがよっぽど悔しかったのか、戻ってきてからもずっと難しい顔をしている。

 サニーは悪くないのに、多分自分を責めてるんだろうなあ。


「私は行かなくて良かった……」


 私達が戻ったときは檻の中ではメソメソしていたユミルだったが、起こった出来事を聞くと行かなくて良かったと安堵していた。


「ユミル、あんたは行ってたら始末されてたかもねえ。もういっそ、ずっと檻の中にいたら? よし、今日から檻があんたの部屋だ」

「そ、そんなあああ! レイン様、冗談ですよね!?」


 うるさい奴だ。

 まあ緊張感がなくなるから、息抜きしたいときにはこれくらいのゆるい奴がいてちょうどいいのかもしれない。


「マイロード、外出は控えるべきでしょう」

「そうだね。まあ、遠いところにくるのは時間がかかるみたいだから、ぱっと行ってぱっと帰るくらいならいいかなあ?」

「レイン様、冗談ですよね!?」

「うるさい。ユミル、ハウス!」

「ひどい!」


 訂正する。やっぱりいらない、うるさい。

 そしてもう一人、困ったちゃんがいる。


「ああもう……ネル、痛いってば!」

「駄目です! ちゃんと殺菌しないと病気になります! 馬鹿がうつります!」


 何をしているかというと、一生懸命私の首筋を布で擦っている。

 ネル曰く、『白馬鹿菌がうつるから殺菌している』らしい。

 元気なのは良かったが、もう少し大人しく養生していて欲しいのだが……。


 帰ってきてから気がついたのだが、私の首筋には赤い痕がついていた。

 そういえば、ルシファーがくっついてきていた時にチクッとした。

 パニックになっていたのでよく覚えていないが。


 これをユミルが発見し、ネルがとうとう……などと邪推して騒いだがそんなわけがなく。

 虫刺されかとも思ったが、やはり思い当たるのはルシファーに捕まっていたあの時につけられたのでは……ということで今に至るのである。


 ネル、いつもより元気なんじゃない?

 掃除でゴシゴシしている時よりも力が入っていないかい?


 ちらりと背後に立つネルを見た。

 真剣な顔で手を動かしている。

 そろそろ擦り傷になって出血しそうなのでやめて欲しいが、いつもと変わらない様子を見ていると改めてホッとした。

 

「ネル、つけられた痕は更に上から痕をつけて上書きするのが大人なのだよ」


 すっかり落ち着いたので、いつもの調子でからかってみる。

 すると首筋を擦っていた手がピタっと止まった。

 サニーとユミルも止まった。

 え、何?

 ちょっとふざけ過ぎた?


「ネルはまだ子供です」


 ユミルに真面目な顔をして言われてしまった。

 しまった、少年相手に冗談が過ぎただろうか。


「ですから、私がします」

「ユミル、ハウス!」


 真面目に謝ろうとした私の誠意を返せ!


「子供じゃないし」


 ネルはネルで拗ねている。

 なんだか面倒な兄弟だ。


「サニー、今日は女同士でゆっくりお茶しようか」

「はい!」


 今日はサニーとゆっくり語らいながらのお茶にすることにした。

 女同士はやはり落ち着く。


「兄さんは早く檻に戻りなよ!」

「ネル、最近調子に乗ってるぞ!」


 兄弟も仲が良くて大変宜しいですね。

 そんな、和んでいる最中だった。


 いつもよりも激しいメガフレアがエリュシオン方面で上がったのは。

 ああ……あれ、怒ってるなあ。

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