第18話
勝手にバルトを大使に任命し、こちらの要求をルフタ王国に通告してから十日程経過した。
向こう側からこれといった返事もアクションもなく、私達の近辺に近づく輩もなく……。
特に問題も無く日々過ごしている。
毎日問題発生の鬱展開を懸念していた身としては肩透かしを食らったような感じもしているが、何はともあれ平和なのは良いことである。
ルシファーから要求されていた『毎日顔合わせしようぜ』の件だが、面倒になって一度ボイコットしたら夕方にメガフレアが上がったので仕方なく続けている。
あ、一つ問題が起こっている。
問題という程ではないが……ネルがグレた。
煙草を吸い始めたとか、鉄パイプで暴れたりはしていない。
ただなんというか、口が悪くなった?
そしてそっけない。
結果、私は悲しい。
あれ……グレたというより……もしや、反抗期!?
「ネルー?」
「……なんですか」
「なんでそんなに眼光鋭いの?」
「……別に、普通ですけど」
普通じゃない!
以前のネルなら、天使の微笑でこちらを向いて語りかけてくれていたのに!
今は冷めた目でこちらをチラ見するだけだ。
最近はずっとこんな感じだ。
理由を聞いても答えてくれず、『別に』の一点張りだ。
ユミルも聞いても『はっはっは』と白い歯を見せて笑うだけで更に苛立っただけだったし、サニーに相談しても『粛清しましょう』と解決策にはならないがある意味期待通りの返事が来ただけだった。
おお……世の中学生の息子を持つお母様方、思春期の息子と接するにはどうすればよいのでしょうか。
私に啓示をお与えください!
お悩み相談ホットダイヤルはありませんか!
「レイン様、今日もあの馬鹿の所に行くんですか?」
「え? あ、うん。そろそろ行こうかな」
ネルの言う『馬鹿』とはルシファーのことだ。
ネルはルシファーのことが気に入らないようだ。
本人にも直接馬鹿と言い放ち、中々攻撃的だ。
私はこれに結構驚いている。
領土内で身の安全が保障されているとはいえ、腐っても推定魔王。
それなりの覇気や威圧感がある。
なのにそれに屈せず臨戦態勢を崩さない。
何がネルをそうさせるのか謎だが。
親、兄弟の敵とか?
ああ、残念な兄は生きてるな。
「僕も行きます」
嫌いなら行かなければいいのに何故か毎回ついて来るのも謎である。
は!?
まさか……ツンデレ!?
嫌いといって好きのパターン!?
ルシファー……ネル……。
ありかもしれない……。
※※※
「レイン、どうしたの? にやにやして」
「お構いなく。どうぞ、若い二人で……おほほほ」
扇子でさり気なく顔を隠していたつもりだったが、ルシファーにニヤニヤしていたのがばれてしまった。
駄目だ、色んな意味でこの思考は危険だ。
これで終いにしよう。
「さあ、レイン様。顔は見せたので戻りましょう。あまり長居をすると馬鹿が感染します」
「今日も羽虫がついているようだね。レイン、そろそろ駆除した方がいいんじゃないかい?」
始まったよ。
毎日恒例になってしまったやりとりが。
でも程々にして欲しい。
外野が怖い。
ネルにはサニーが『いつでも助太刀いたす!』といった佇まいでついているし、ルシファー側はベヒモスが射殺すような鋭い眼光を放ちながら控えている。
その間でオロオロする私。
ちなみにユミルはルシファーが怖くて行きたくないと言い張り、留守番をしている。
手癖が悪いので檻に入れておいてきた。
それはいいとして。
「まあまあ、ご近所なんだし仲良くやろうよ……」
「レイン様! 何仰ってるんですか! こんな頭の中まで真っ白な馬鹿と仲良くする必要がどこにあるんですか!」
「レインは俺とだけ仲良くしてればいいんだよ」
「黙れよ」
「レインに守られながら偉そうに喚くな。忌々しい羽虫め。何一つ俺に勝てないくせに、図々しくレインの近くにいるんじゃねえよ」
「な……!」
「悔しかったら言い返してみろ。お前の何が俺に勝っている?」
ルシファーはかなり苛々しているらしく、空気がピリピリしている。
でもなんか……超大人気ないんですけど……。
頑張れネル!
お母さんが見守ってる!
だが、中々言い返せないらしく、ネルが言い詰まってしまった。
それを見てルシファーは勝ち誇った顔をしている。
「ネルの方が可愛い」
私は思わず言ってしまった。
だってうちの子、本当に可愛いんですから!
将来有望なんですから!
うちの子は負けてません!
ネルを見ると複雑そうな顔をしていた。
あれ、味方したつもりなのだが駄目でした?
「ふうん?」
反対にルシファーはなにやら嬉しそうだ。
あれ、期待したリアクションが逆なのですが。
「つまり羽虫は、レインにとってぬいぐるみのような存在というわけだね。これからは羽虫をメリーと呼ぼう」
メリーというのはねずみのぬいぐるみだ。
この世界では有名なもので、小さな子供が持っている可愛らしいぬいぐるみである。
「ふざけるな!」
ネルが声を張り上げ、顔を真っ赤にしながら激怒した。
うーん、さすがに男の子にメリーはないだろう。
「いい加減ネルを苛めるのやめてくれる?」
「くくっ、すまない。メリーは守られてばかりだな」
「ぶっ殺す!!」
ルシファーに煽られ、とうとうネルが切れた。
ずんずんと歩いていき、ルシファーの方に行こうとするが……。
「やめなさい」
「レイン様、離してください!」
「だめよ。頭を冷やしなさい。あなたじゃ勝てないわ」
「っ……!」
領土を出る前に引き止める。
危ない危ない。
結界を出たら、ルシファーが何をするか分からない。
苛々していたから本当に殺されかねない。
だが、ネルは納得いかないといった様子だ。
拳を握り締めて怒りに堪えている。
「もう、帰ろうか」
「離せっ!」
「!?」
ネルの腕を掴んで帰ろうとしたが、振り払われてしまった。
……軽くショックだ。
サニーの眉がぴくっと動いたのが見えたが、目で大人しくしているように制した。
「ネル?」
「レイン様の馬鹿!」
言い残すと、ネルは城の方に走っていってしまった。
ええ?
私なにか悪かった?
ああ、分からない……難しいな思春期!
それにしても『馬鹿』って……可愛いな、ネル。
「くっ……ふ、ははは! 苛々して相手が子供だということを失念していたが目が覚めたよ。あんな子供相手に申し訳なかったね、レイン」
「今更よ」
ああ、どうしよう。
とりあえず追いかけよう。
楽しそうなルシファーは放置だ。
「マイロード、私が粛清……」
「しなくていいから」
領土内なのでサニーを城に戻らせ、ネルを追うことにした。
※※※
ネルは少し進んだ先ですぐに見つかった。
周りの木より、一回り大きな木の下で膝を抱えて座っていた。
その姿も可愛いが、あまり可愛いと言われるのは嫌なようなので口に出さないように気をつけなければ。
「ネル」
話し掛けると俯いていた顔を少し上げたが、またすぐに俯いてしまった。
今はそっとしておいて欲しいのかなと思い、少し距離をあけて同じように腰を下ろして座った。
今話しかけたら鬱陶しいと思われるかな?
何も話さず、ネルが話してくれるのを待つ。
不気味な森に悲鳴が木霊する。
こういうシーンでは爽やかな風がそよぐものだが、どうしてこうなった。
何が悪いのだ。
私の趣味だ。
私が悪いのだ。
何か……何か台無しだ。
「……レイン様、さっきはごめんなさい」
しばらく残念な悲鳴を聞きながら待っていると、ネルが口を開いてくれた。
嬉しくてネルの顔を見ると、視線はまだ合わせてくれないようでぼうっと前を見つめていた。
「ねえ、レイン様。僕、あいつより可愛いんですよね」
「そうね」
「じゃあ、あいつより僕の方が好きですか?」
「ええ」
ルシファーは綺麗だが、色んな意味で危険だ。
それに比べてネルは可愛い、大好きだ。
「じゃあ、今はそれでいいです」
「うん?」
どれでいいの?
聞こうと思ったが、本人が何か納得した顔をしていたので聞くのをやめた。
私は特に何もしなかったけど、何か解決したのだろうか。
「レイン様、僕頑張ります」
「うむ、頑張れ」
何のことか分からないけど!
「レイン様、覚悟しててくださいね!」
「分かった!」
何のことか分からないけど!
ネルが久しぶりに素敵な笑顔で笑っていたので、良しとしよう。
『帰ろう』と声を掛けると、今度はネルの方から手を出してくれたのでそれを掴み、城まで帰った。
ネルの機嫌が良くなって嬉しくなり、ついユミルを檻から出すのを忘れていたのは些細なことである。
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