第17話

 これまでの経緯を見ていると『苦労属性』を持っていると思われる虎耳イケメンが気を失っていた。

 こいつらは何故また近づいて来たのだろう。

 返品した時に『構うな』と忠告したはずなのに。

 ルフタって馬鹿なの?

 それとも私は舐められているの?


「どういう用件かしら」

「さあ? とりあえず捕まえただけだから。聞いてみようか。ベヒモス」

「はい」


 えっ……あのイカツイマッチョ……あいつベヒモスなの!?

 『ベヒモス』といえば、エリュシオンで出てくる中ボス的な魔物だ。

 図体がデカイ上、防御力も体力も馬鹿みたいにあるから、倒すのに無駄に時間が掛かる鬱陶しい敵だった。

 人型になれるのか。

 いや、人から魔物になれるのか?

 どっちでもいいが、もっと可愛げのある姿になれなかったのだろうか。

 私の中で更に好感度が下がっていった。


 ベヒモスは虎イケメンの胸ぐらを掴んで持ち上げ、バシンと頬を張り飛ばした。

 うあ……痛そう。


「うぐ……うっ!? あっ……」


 痛みに驚いたようですぐに覚醒した。

 そして自分を持ち上げている奴を見て固まった。

 気持ちは分かる。

 目覚め一番にあんな厳ついのがいたら固まるしかない。


「我が王の問いに答えよ」


 手を離され、無様に地面に落ちたが今度は頭を掴まれ、無理やりルシファーの方に顔を向けさせられた。

 ああ、見ていて首が痛い。


「王? お、お前は……ぐあああ!」

「勝手に喋るな」


 林檎を握りつぶすように頭を掴んだ手に力が込められている。

 もう止めてあげてよ! 割れる! 痛い恐い!


「話が聞けないわ! 止めて!」

「これは失敬」


 鋭い眼光でこちらを一瞥し、虎イケメンの頭から手を離してその場に落とした。

 眼力半端ないから、本当にこっち見ないでくださいお願いします!

 ベヒモスから顔を逸らしていると、ルシファーが虎イケメンの目の前まで詰め寄った。


「どういった用件でこの辺りをハエのようにうろうろしてたんだ? 鬱陶しいんだよ。分かる? 一回死体になって実際にハエに集られてみる?」


 虎イケメンは一層硬度を増して固まった。

 ルシファーは優しく微笑みながら問いかけているが、聞いてる内容も恐ろしいし目が笑っていない。

 言っていることが決して冗談ではないことが分かる。

 生かすのも殺すのも気分次第で命を奪うことに躊躇いが無い、ということが滲み出ている。


「私も聞きたいわね。あなた、素直に話した方が身のためよ?」

「バルト、正直に話した方がいいぞ!」


 石像と化した虎イケメンに助け舟を出すべく声を掛けると、ネルの後ろに隠れたユミルも声を潜めながら追随した。

 そういえば、ここに来るまで一緒だったっけ。

 虎イケメンは『バルト』という名前のようだ。

 バルトの方もユミルに気がついた。


「お前! だ、大丈夫なのか!?」

「私は大丈夫だ! 大丈夫だが……今はお前が大丈夫じゃないだろう!」

「あ……」


 二人のやり取りをルシファーは微笑みながら見守っている。


「二人で一緒に死ぬ?」

「も、申し訳ありません!」

「レイン様あああああ!」


 ユミルがネルの後ろから這い出て私に縋りついてきた。

 お前な……情けなさ過ぎるぞ!

 見ろ! ネルのあの冷めた眼差しを!

 離れるように容赦なく蹴りを入れる。

 ピンヒールで刺してやる!


「鬱陶しいわよ! 離れて!」

「痛い! そんなこと言わず! 助けてくださいよお!」

「レイン」

「なによ! あ……」


 ルシファーに呼ばれて、顔を向けると満面の笑みを浮かべていた。

 しまった……名前!


「レインっていうんだね」


 周りに花を飛ばすようににっこりと微笑む笑顔が眩しい。

 うっ……心臓に悪い!

 私を見ないで!

 微笑まないで!

 この馬鹿ユミルッ……名前は呼ぶなって言ってあったのに!


「この……ど阿呆!」

「ぐああ!」


 渾身の一蹴りを入れた後、ユミルの首根っこを掴んでサニーのところに投げ飛ばした。


「サニー、躾け直しておいて!」

「お任せを」

「君のところは楽しそうでいいなあ。俺も入れて?」

「お断りよ!」


 どうしよう。

 名前がばれてしまったが大丈夫なのだろうか。

 今のところ何もないが……。


「レイン」

「……なによ」

「呼びたかっただけ」


 くっ。

 ……大丈夫じゃなかった!

 何なのもう!

 付き合いたてのカップルじゃないんだから!

 『馬鹿か!』と思うのに、名前を呼ばれただけでどうしてこんなにずきゅんとくるのだ!

 この美貌の魔王が悪いのだ。

 何を言っても、何もやっても様になるこの美貌が悪いのだ!

 この微笑が悪いのだ!


「魔王って頭悪いんですね」

「ネル! 死にたいのか!」

「お前は少し弟の度胸を分けて貰うといい」


 後ろで三人がごそごそと何か話している。

 暢気でいいなあお前ら!

 そんなことをしている間に、ルシファーはバルトへの尋問を再開させている。


「気分がいいから手荒なことはしないであげるよ。でも俺は気が短いから、無駄な時間はとらせないでね。で、何しにきたの?」

「よ、様子を見にきただけで……」


 ワイルドなルックスと相反する怯えた様子でバルトは語った。


 ルフタ王国は私、というか『クイーンハーロット』が現れたことに混乱。

 対応を協議した結果、害が無い限り私の要求を受け入れて関わらない方針をとることに決定。

 念のため不浄の森に一番近い村から動向を監視することが決まり、バルトにその任が課せられたそうだ。

 そして村に着いて体制を整えようとしていた矢先に謎の地震が発生。

 確認するため近づいたところルシファーに捕まったということだった。


 うーん、釈然としないなあ。

 対応早すぎない?

 臨時策というか、とりあえず言うこと聞いておいて打開策を模索するとか?

 何か準備をするということかな。


 バルトは一生懸命説明を繰り返して、嘘を言っているようには見えない。

 まあ死刑囚だったというし、本当のことなんて教えられていないのだろう。

 可哀想だが捨て駒みたいなものだものね。

 ルシファーは生暖かい目でバルトを見ていた。

 私と同じような感想なのだろう。


 さて、バルトと未だ夢の中の王国兵達の処遇はどうしよう。

 私はどうでもいいと思う。

 このまま帰れ。

 そして二度と来るな。


 ルシファーに好きにしていいか聞かれたので、お好きにどうぞと答えた。

 手荒なことはしないと言っていたし大丈夫だろう。


「バルトだっけ? 君にやって欲しい事がある。あと、伝言かな」

「は、はあ……」

「君には我々とルフタの間に立って欲しいんだよね。まあ、大使のようなもの? ここからは伝言。国に伝えろよ? 『我々はバルト以外の者が近づくことを認めない。バルト以外の者が近づいた場合、魔王がルフタ王国を攻撃する』。君にも利益があると思うんだけど。捨て駒から大使に昇格、大出世じゃないか。消されることもないよ」


 バルトは展開について行けないのか、きょとんとした表情でルシファーの話を聞いていた。


「ま、まおう……? サタン? あ、まさか……エリュシオン。うわあああああ!」


 漸く状況が分かったのか狼狽え始めた。

 あれ、魔王ってこと言ってなかったっけ?

 今更過ぎる。

 この残念感、ユミルに似てるな。


「この人を大使にして大丈夫かしら。というか……大使って必要なの?」


 多分、さっきルシファーが言ったことも覚えていないと思う。

 不安でしか無い。


「こう言っておけば他国や他の大陸から面倒な奴が来ても、ルフタが俺達の周りを管理してくれるだろ? 君だけでも討伐やら封印とか色々考えてただろうけど、俺がここにいるとなれば余計に躍起になってちょっかい出してくるだろうから押し付けたのさ。それでも何か仕掛けてくるかもしれないけど、小蝿がたかることはなくなるだろ?」


 なるほど、意外に頭を使っているのだな。

 会って間もないが何も考えず『よし、殺そう』と言いそうなイメージが既に私の中で出来上がっていたのだが。


「上手くいくかしらね?」

「後でルフタのどこかをぶっ壊して脅しの一押しもしてくるよ」


 今、恐ろしいことをさらっと言ったな?


「それはやめなさいよ!」

「大丈夫。人がいないところにしてあげるさ。それに、ちょっとぐらい脅しておかないとちゃんとやってくれないだろ?」

「……『ちょっと』にしなさいよ?」

「もちろん」


 数時間後、ルフタ王国で聖域となっている女神の神殿がある山がまるごと巨大な火柱によって一瞬にして荒野に変わったらしい。

 立ち入り禁止の聖域で人はいなかったらしいが……。

 『ちょっと』でメガフレア使うなよ……。

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