第14話
空中砦『エリュシオン』。
ゲームのシナリオを楽しむ、ストーリーモードで出てくるラストダンジョンでラスボス『魔王サタン』の根城である。
ストーリーモードは何回も出来るので何回でもサタンを倒すことが出来るのだが、時間がかかる割りにあまり経験値が入らないので私は一回しかやらなかった。
「サニー、様子を見てこよう」
「了解しました」
「ユミルとネルは城の中で待機。すぐ戻ってくるから」
「分かりました」
「レイン様、お気をつけて」
サニーを連れて領地の境界まで飛ぶ。
そこには高原が広がっていたはずだが、今では巨大な島が不自然に乗っている状態で異様な光景が広がっていた。
「これは……。何が起こっているのでしょう?」
「碌でもないことだってことは確かね」
「そうですね。上まで様子を見に行ってみますか?」
「どうしようかな」
様子を見ないことにはどうすることも出来ない気もするが魔王がいるかもしれない。
迂闊に近づくのも危険か。
自分が知っている魔王なら倒せないことはないが、そうとは限らないので少し様子をみて経過を見守ってもいい。
どうしたものかと思案していると頭上から声が降ってきた。
「麗しき我が花嫁よ。出迎えてくれたんだな!」
「マイロード!」
サニーが私の前に出て剣を抜いている。
見上げると二つの影がこちらにゆっくりと浮かびながら降りてきた。
お前か……。
一人は見覚えのある顔、例の『白美人』だった。
服は執事ではない。
白地に銀の糸で刺繍が施された貴族風な衣装に白のロングマフラーを巻いている。
髪は相変わらず雪のような美しい白だが、髪型がきっちりと整えられていた前回と違って今は肩までの長さで軽くウェーブが入っているラフな印象だ。
こちらの方が個人的には好みだし、相変わらずの美貌で見惚れそうだが中身が残念ということを忘れてはいけない。
ああ、本当に勿体無い。
もう一人は白美人の後方で私たちに敵意むき出した。
身体が縦にも横にも大きい、いわゆるマッチョだ。
黒のロック風なコートに身を包み、肌は褐色で坊主。
頭に竜の顔のような刺青がはいっている。
瞳は緑で翡翠のように綺麗だがそれ以外はすべて怖い。
睨まないで、物凄い怖いから!
「やあ、険しそうな表情も美しいね」
いや、美しいのは貴方ですから。
貴方が綺麗とか褒めると嫌味にしかならないから。
というか何者なの。
「貴方、ルフタ王国の死刑囚じゃなかったっけ?」
「ああ、あれはね。ああやって混じってれば君に近づけるかなって。なんとか取り入ろうとしたけれど振られてしまったし、失敗だね。そんなことより、何度見てもこの結界は凄いね。エリュシオンでぶつかってもびくともしないね! あ、エリュシオンってこれね」
無邪気に断崖の岩肌をぺちぺち叩いている白美人は放って置いて、絶句するしかない。
何てことしてくれちゃってるの!? ぶつけた!?
あの地震は着陸した振動だけでは無かったのか、そりゃあれだけ揺れるはずだ!
どういうつもりだったのだろう?
『領土』のシステムが完璧だということを再認識させられたが、普通はこんな島をぶつけられて衝撃に耐えられるなんて思うはずがない。
私を殺すつもりだったのだろうか。
サニーも同じ考えに至ったようで殺気を放っているが、私とサニーがいるところはまだ領土内だから安全だし、話を聞くため後ろに引いてもらった。
「どういうことなの? 私ごとぶっ潰そうとしたわけ?」
「まさか! この結界が強固なものだってことは分かっていたから、どうせなんともないだろうけど少しくらい綻びが出来て、あわよくば進入出来たらいいなあと思って試しただけ。これも駄目だったね! やっぱり凄いなあ。ねえ、君は何者なの?」
「いや、貴方こそ何者なのよ。……まさか、魔王サタンとか言わないわよね?」
嫌な予感がずっとしていた。
だって、もう……そうとしか思えないじゃない!
あのメガフレアにこの空中砦エリュシオン。
それ以外に考えられないでしょ!
白美人はうっすらと笑みを浮かべてこちらを見た。
「違うよ」
違うのかよっ!!
なんだ……私の勘違いか。
なら良かった。
最悪の面倒は避けられた気が一瞬したが……あれ、じゃあ本当に誰なの?
「そう呼ばれているのは俺だけどね」
「は?」
どういうことだろう。
まさか……私と同じパターンですか?
違うけどそう認識されているという?
「意味が分からない」
散々自分が言われてきた台詞を自分がいう日がくるとは。
妙に新鮮な気分になったが今はそれどころではない。
「詳しく聞きたい?」
軽い上目遣いで誘惑するような視線を向けられ、どきりとした。
美貌って何にも勝る武器だと思う。
だがここで屈する訳にはいかない。
「用件だけ話して帰ってくれない?」
誘惑を断ち切るように憮然と言い放った。
今のわたくし百点。
自画自賛してると白美人はにやりと口角を上げた後、声を出して笑い始めた。
何なの? 今のどこに面白ポイントがあったの?
「冷たいなあ。俺はこんなにも君の事で頭がいっぱいなのにね?」
「!」
まずい。
言われたい台詞上位ランクインのひとつを言われて少し動揺してしまった。
ここで負けてはいけない。
心の中で負けない呪文を唱えよう。
『中身は残念中身は残念中身は残念中身は残念中身は残念中身は残念』
そんな私の様子を綺麗な紫水晶の目が捉えている。
見透かされていそうで怖い。
「帰れと言われてもエリュシオンは暫く動かせないし、帰るつもりもないよ。これからはここにお邪魔させてもらうから。宜しくね。早速、一緒に食事でもどうだい? 俺のことも話すし……君のことも知りたい」
くっ……なんという攻撃力。
美貌に対しての防御力が低い私はこれ以上正面から戦っていては無理だ。
ここは一旦勇気ある退却だ!
「食事は結構よ! 馴れ合うつもりはないわ。私は貴方に興味もないし私に構わないで。一刻も早く立ち去って頂戴。では、御機嫌よう……」
「大騒ぎになると思わない?」
「え?」
「エリュシオンは魔王城として知られているからね。それがクイーンハーロットの住処に現れたんだよ? 衝撃的な出来事だと思わない? この辺りは賑やかになるだろうねえ。この前の言動からして、君は人間に騒がれるのが好きじゃないんじゃない?」
白美人は流し目で微笑を浮かべ、こちらを見ている。
なんということだ……。
やられた!
私の平穏な日々が!
世界の災悪と謳われている魔王と大淫婦が接近したとなったら、世界中に衝撃が走るだろう。
二大災悪の衝突か、はたまた結託か。
どちらにしろ世界的には大問題だろう。
終わった……。
私の輝かしいスローライフが……。
「心配しなくてもいい。面倒は俺が引き受けるよ」
「……どういうこと?」
「この辺りを、君の周りをうろちょろしようとする奴等を追い払ってあげるよ」
まず貴方自身に立ち去って頂きたいのですが。
面倒くさがりの私にとっては魅力的な提案だが事の原因は貴方でしょう。
何かおかしいぞ!
「何故? 貴方になんの得があるの?」
「変わりに君との繋がりを要求する」
「繋がり?」
「そう。君に近づきたいんだ。君が結界内に篭もってしまうと俺はどうすることも出来ないからね。俺としては毎回メガフレアを撃てば出てきてくれるならそれでもいいんだけど?」
「迷惑」
「だろう? だから毎日、決まった時間にここで会おう」
「断る」
「そう? だったら君が出てきてくれるまでメガフレアを撃ちつつけるか、世界中に宣戦布告して君が出てきてくれるまでの暇つぶしにここで戦争でも始めようかな」
「なっ……やめて!」
なるべく平穏無事に過ごしたい私に拒否権はないじゃないか。
これは脅しだ。
ここに来て話を始めてしまった時点で私はまんまとしてやれてたのだ。
「マイロード、討伐の許可を」
「待って」
始末した方がいいというサニーの判断は正しいと思う。
ただよく分からないが、白美人は魔王じゃないけど魔王と思われているという。
正体が分からない、得体が知れない。
だったら争うのは得策ではない気がする。
「まあまあ、そんなに警戒しないでよ。君と仲良くなりたいだけなんだから。とりあえず、今日はこれくらいにして明日またゆっくり話そうよ」
「……分かったわ」
どちらにしろ、今は良い考えが浮かばない。
ゆっくり考えて打開策を考えたい。
「君の名前を教えてよ。『クイーンハーロット』が名前じゃないでしょ?」
「え?」
どういうことだろう。
白美人は私がクイーンハーロットではないことを知っているような口ぶりだ。
前に来たときに違うと言ったっけ?
よく覚えていない。
まあいい。
クイーンハーロットと呼ばれるのは好きじゃないし、特に名前を言っても支障がない……はず。
「アメ」
「嘘でしょ。目が泳いでるよ」
「……嘘じゃないわよ」
私は知らないけど、名前で縛る魔法とかあったら怖い。
『雨』だから意味的には嘘じゃない。
「まあいい。俺はルシファー。お見知りおきを。じゃあ明日のこの時間、此処に」
そう言い残し、二人はエリュシオンに舞い戻って行った。
相変わらず褐色マッチョはこちらを睨んでいる。
怖いって、何しにきたんだよ。
ほんの少しの時間の出来事なのに激しく疲れた。
ああ、ネルで癒されたい。
早く戻ろう。
心のオアシスに…………いや、ちょっと待て。
待てよ、『ルシファー』って聞いたことあるな。
どこで……どこで?
ふと目の前のエリュシオンが目に留まった。
…………エリュシオン…………魔王の根城…………魔王の…………あ。
……思い出した。
『ルシファー』って『サタン』の第一形態じゃないか!
やっぱり魔王じゃないかああああああっ!!!
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