第15話

 悲鳴が木霊する森に聳え立つ黒城の一室、ゴシック調に揃えられた部屋。

 紫に染められたシルクに黒のレースを纏わせた、妖しい雰囲気を放つソファに横たわる黒のウェディングドレスを着た美女。

 剥き出しになっている肩に、幼さを残した美しい少年の白い手が触れていた。


「ああ、気持ちいいっ……そこ!」

「……ここ、ですかっ」

「そう! もっと強くして!」

「……はいっ!」


 ああ、良い。

 素晴らしいなあ……『肩叩き』。


「うぅ、きくううぅっ」


 私は今、ネルの『ご奉仕』を受けている真っ最中だ。

 ああ、至福だ……癒される。

 全財産をネルに差し出してもいいんじゃないかという考えさえ浮かんでくる。

 気持ち良い上に、叩いてくれているのが美少年だなんて……贅沢だなあ。


「レイン様。そろそろ私が」

「ネルがいい」

「そ、そうですか……」


 ユミルが申し出てくれたが今は邪魔しないで欲しい。

 エルファープスーツを着ている時だったらお願いしたかもしれないが。

 ネルに『そろそろ疲れた?』と聞くと、平気だと天使の笑顔で微笑んでくれたので更に癒された。

 君は家宝だよ。

 視界の端でユミルが黄昏ていたので少し切なくなった。


「ユミル、サニーにしてあげたら?」

「そうですね!  従者様、肩を……」

「断る」

「そうですか……」


 ……ごめんユミル。

 傷に塩を塗るつもりはなかったのだ、許せ。


 それはさておき。


 ネルの癒しを受けながら面倒事を考える。

 例のご近所魔王についてだ。

 私の目指すところは『出来る限り平穏に暮らす』だ。

 魔王が隣人だなんて今まで通りの平穏は絶望的だが出来るだけ穏便に、出来るだけ早く状況を立て直したいところである。


 思いついた対応策は大きく分けて三通り。

 『敵対』、『友好』、『無視』である。


 『敵対』は、魔王を倒して排除する。

 だがこれは魔王を倒せるかどうか分からないし倒したところで、世界中から警戒されて穏やかに暮していけるとは到底思えない。


 『友好』は文字通り友好的な関係を築く。

 お醤油が足りなかったら我が家のをどうぞ的なご近所付き合いだ。

 ……違うか。

 とりあえず諍いを起こさないでやっていこうというものだが、魔王の思惑も分からないし油断するのは危険だ。

 この界隈で起こる迷惑処理をしてくれると言っていたがそれもどう転がるか分からない。

 自分でやった方がかえって後々苦労しないかもしれない。


 『無視』も文字通り相手にしないということだが、出てこなければメガフレアをぶっ放し続けるとか戦争でも起こしておくとか言ってたなあ。


 あれ、どれも出口が見えない。


 やっぱりさっさと出て行って貰うのが一番だが、出て行くつもりはなさそうなので追い出すしかない。

 でも物理的に追い出すのは無理だ。

 生物であれば一緒に移動して置き去りにしてこれるがエリュシオンは流石に移動では持っていけないし、魔王だけ連れて行って放ってきても戻ってくるだろうし。


 ああ、もう面倒臭い。

 メガフレアに耐えながら引き篭もるのが一番楽かもしれない。

 ……でもストレス溜まるな。


 三人にも一応意見は聞いてみた。


 サニーは問答無用で『私が排除してきましょう』の一点張りだった。

 一応、多分魔王なのですが……。

 でもサニーなら倒せそうな気がするから一瞬『じゃあ、お願い』とお使いでも頼むような軽い返事で言ってしまいそうになった、危ない。

 魔王だけなら大丈夫かもしれないけど、追従する魔獣とか一斉に攻められると私とサニー二人でも危なそうだし何があるか分からない。

 サニーを亡くすなんて絶対嫌だ。


 ユミルとネルはまだ『魔王』という存在に半信半疑のようだ。

 ユミルなんて一時期同じ境遇として身近にいたものだから余計に信じられないらしい。

 信じる信じないはさておき、たとえ魔王であってもこの領地内にいれば何があっても大丈夫な事を伝えると『ここで篭っていればいいじゃないですか』と二人揃って素敵な笑顔で言われてしまった。

 身の安全が保障されているなら他の面倒は彼らには大した問題ではないようだ。

 大物だよ、君達兄弟は。


 駄目だ、私の残念な脳は面倒を回避したいと思うばかりで良い案が浮かばない。

 少し平和呆けしているのかもしれない。

 今は魔王の動向を探りながら様子を見よう。

 結局いつもの行き当たりばったりな道を選んで落ち着くのであった。


 それに……。


「気になるしねえ、ルシファーの事」


 ルシファーは自分を魔王ではないと言っていた。

 でも私が知る限り『ルシファー』は魔王の第一段階の姿、云わば変身前の状態で変身すれば『サタン』。


 つまりは魔王だ。

 でも実際には違うのだろうか?

 だが王の根城のエリュシオンは彼の意思で動かしているようだし……やっぱり魔王じゃないの?

 そこも含め、これから探っていこう。


「マ、マイロード」

「うん?」


 サニーがうろたえた様子でこちらを見ている。

 気がつけばユミルもだ。

 肩を揉んでくれていたネルの手も止まっているし、振り返って見ると私を見て硬直していた。


「え、何? 皆どうしたの?」

「レイン様、彼が気になるとは……ど、どういった意味でしょう?」

「意味? そのままの意味だけど?」

「マイロード、あれは絶対医駄目です。賛成出来ません!」

「何が!?」


 私だけ話についていけていないのですが!

 物凄く責められていることだけは分かるが、魔王と思われる人物の動向を気にして何が問題なのだろう。


「この兄弟については黙認致します。ですが! あの男を囲うのは断固反対です!」

「囲う!?」

「レイン様……私達ではご不満なのでしょうか! それに魔王なんですよね? 危険じゃ……」

「僕、頑張ります!」

「不満!? 頑張る!? ちょっと待って、貴方達どういう認識なの!? 私はユミルとネルを囲ってるの!?」

「違うのですか?」

「違うわ!」


 三人が困惑の表情を浮かべ、互いに首を傾げあっている。

 いやいやいや、首を傾げたいのはこっちの方だから!

 私は共同生活というか、生活の場を提供しただけのつもりだ。


 何なの、まだ例のご奉仕とかの件が継続中だったの?

 あれ、じゃあネルのこの肩叩きとかは私は嫌だったら拒否してもいいよという前提で頼んでいたつもりだけど彼らは命令として受け取ってたのだろうか?


「ネル、私のお願いが嫌だったら正直にそう言っていいんだよ?」

「そんな! 嫌だなんて思ったことはありません! 可愛がって頂いて嬉しいんです!」


 ああ、駄目だ……、眩暈がした。

 そんな『可愛がって頂いて』なんて台詞が出てくるなんて。

 囲われてる感が滲み出ているじゃないか……!

 ホストクラブで大金を使い、好き勝手やっている悪趣味なセレブにでもなったような気がして泣きそうだ。

 そこは仲良く出来て嬉しいとか、そういう風に言って貰いたかった……。


 ぽっきりと折れてしまった心をなんとか支えながら三人の誤解を解くべく自分の考えを伝えた。


 別に私の機嫌を取ろうとすることはないんだよ。

 ああ、刺さる、心に刺さるわあ。

 何が辛いって、サニーにも誤解されていたのが一番堪える。

 マイロードも欲求不満か、とか思われていたのだろうか。


 寝よう……。

 今日はもう寝よう。

 今宵は枕カバーが涙でぐっしょりと濡れることになるだろう。




※※※




 エリュシオンの中心に陣取る魔王城の屋上。

 そこには純白の薔薇が咲き誇る庭園がある。

 ここに咲く薔薇は決して枯れることのない、枯れることの出来ない、運命に囚われた薔薇だ。

 どんな色の薔薇を植えても、必ず白に変わる。

 白でなければ受け入れられない。

 全てが白で塗り潰されてしまう哀れな薔薇達の墓場のような場所だ。


 城の主にとってこの場所は不愉快な場所だ。

 必要もなく足を運ぶことはない。

 だが今日は不思議と用もないのにこの場に足が向かい、留まっていた。

 視線の先には淀んだ森。

 そしてその中に佇む暗城。

 あそこに『彼女』がいる。


「アメ、か」


 名前を聞くとそう返事が来た。

 間違いなく嘘だ。

 どうやら彼女はあの底の知れない恐ろしい力には似合わない可愛らしい性格のようだ。

 あの隠せていない目の泳ぎっぷりを思い出して思わず頬が緩んだ。


 だが間違いなく彼女は油断ならない人物だ。

 あの力もそうだが、『魔王』という存在についても何か知っている様子だった。

 自分が知らない『魔王』について知っている、そう感じた。


 気が遠くなるほど長い時を生きてきた。

 いつから『俺』だったのかも分からない。

 時と運命に流されるままの塵のような日常だったが、何かが変わるかもしれない予感に胸が高鳴る想いがした。


 明日も会える。

 上手くやらなければならない。

 篭られてしまっては手も足も出ないのだから。

 焦らず、ゆっくりと距離を縮め、謎を埋めていく。


 そうだ、明日こそは一人で会いに行こう。

 今日は煩い部下が護衛として無理やりついてきたが、どうやら彼女の好みではなかったようで部下を見て随分眉間に皺を寄せていた。

 その様子を思い出して再び思い出し笑いをしてしまった。


「王よ。随分と楽しそうですね」

「ベヒモスか。彼女がお前を嫌がっていた様子を思い出してな」


 姿を現した大男が件の部下だ。

 見た目は凶悪だが中々話の通じる柔軟な考えの持ち主だ。


「随分と美しい女でしたな。見惚れていると不愉快だったのか、睨まれてしまいました」

「見惚れていたのか? 俺には睨んでいたように見えたけどな」

「そんなつもりはありません。王もご存知でしょう」

「分かってるさ。だが彼女の機嫌を損ねたくないからな。明日はついてこないでくれよ」

「そういうわけにもいきません。美しい薔薇には棘があるものです」

「棘ぐらい自分で抜けるさ」


 さあ、明日は何を話そう。

 何を聞きだせるだろう。

 時間の流れがもどかしく感じる。

 こんな感覚を未だ感じることが出来るとは。

 いつもは不愉快な薔薇も今日は不思議と美しく見えた。

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