第12話

 返品をなんとか済ませ、城に戻るとサニーが悲惨なことになっていた。

 いや、サニーのせいで周りが……城が大惨事だ。

 家具は破壊され、床に散らばる残骸。

 窓も割れ、ビュービューと風が吹き込む音が空しく響いている。


「集団暴徒でも侵入してきた?」

「クイーンハーロット様! 遅いですよお……」


 衣服は破れ、髪も乱れに乱れたぼろ雑巾状態のユミルが恨めしげにぼやいた。


「おかえりなさい、クイーンハーロット様」


 同じくぼろ雑巾二号なネルが疲労の溜まった笑顔で声をかけてくれた。

 衣服が乱れた美少年なんて妄想意欲を掻き立てる。

 ご馳走をありがとう。


「マイロード! お怪我は!? お怪我はっ!」

「うへぇ!? ない! ないよ!」


 生き別れた親子の再会のような勢いでサニーに縋りつかれてしまった。

 その形相に思わず引いてしまう。

 どうしたのだろう、こんなサニーを見るのも初めてだ。


「不浄の森から、クイーンハーロット様の気配がしなくなったって暴れだして……」


 そうか、サニーは気配が分かるから、私がいなくなったことが分かったんだな。

 多分どこかに飛んだのだということは分かっただろうけど、メガフレアをぶっ放す不審者がいる中だったから心配したのかもしれない。


「探しに行くと仰ったんですけど、『言い付けを守られた方がよろしいのではないですか』と申し上げたところ、最初は大人しく我慢されてたのですが、途中から爆発されまして。ネルと二人でお止めしたのですが、我らでは敵うはずがなく……」

「そう……お疲れ」


 サニー相手に善戦したと思う、健闘を称えよう。

 よく頑張った!


「マイロード……私は! お側で! お役に! 立ちたいのです!」

「分かったから! ね? サニー、落ちついて!」


 ユミルから事情を聞いている間もサニーは私の身体をベタベタと触り、怪我が無いか確認している。

 有難いけど、ちょっと鬱陶しいぞ?

 苦笑いを浮かべつつ「大丈夫だから」と説得し、引き剥がした。

 こんなに必死になるなんて。

 そういえば兄弟が来るまでは大体一緒に行動してたし、サニーだけが出て行くことはあっても私が一人で出て行くことってあんまりなかったもんなあ。


「ごめんね。今度からは、サニーに行き先を告げずに離れたりしないから」

「約束です!」

「うん、約束する」


 私の確言を取ると、なんとか落ち着いてくれたようだ。

 良かった。

 はあ……これで面倒事も済んだし、やっとゆっくりできる。

 いや、まだ一つしなければいけないことが出来たか。


「ユミルとネル、とりあえず今から一仕事して貰おうか」

「仕事、ですか?」


 疲れた顔にはこんな状態なのに仕事をさせるのかという抗議が現れているが、こんな時だからこそしなければならない。


「そ。ここの片付け」


 二人は目を見合わせ、げんなりと肩を落とした。


「わ、私も手伝います」

「そうだね」


 流石のサニーも冷静になると、二人の疲れっぷりに気まずくなったようだ。

 思わず苦笑いしてしまう。


「私もやるよ、みんなでやろう。早く終わらせて食事にしよう」


 ボロボロの服を着替えさせ、早速作業に取り掛かる。

 ネルの服だけはそのままでも良かったかもしれない。

 ボロボロの服で掃除をする美少年……良いな。

 美少年版シンデレラのようだ。


 早く終わらせるため、私も箒を手にせっせと働く。

 『手伝わなくていい』という三人を流しながら、黙々と片付けをした。

 本当はルームテーマを再設定すれば、最初の状態に戻るから一瞬で綺麗になるんだけどね。

 でも城の傷とか汚れとかには思い出があるというか。

 この部屋の傷も『そういえばサニーが暴れたねえ』なんて話す日がきっと来るわけで。

 だから城は地道に掃除するのが一番である。


 片づけを終えた私たちは今日は食堂ではなく、庭を一望出来るテラスで遅めの昼食をとることにした。

 庭からは黄金の薔薇園が望める。


 『黄金の薔薇』……なんて悪趣味で素敵!

 成金と呼ばれていた私にぴったりである。

 ちなみに黄金の薔薇は世間一般には出回っておらず、ここにしか咲いていない。

 『黄金』は私が開発して出来たものなので他には無いのだ。


 ユミルはこの薔薇を見て『ご婦人連中に売り捌いたら大儲けできますよ!』と興奮していた。

 懲りてないというか、ブレないなあ。


 さて、取り出したるは(ルームアイテム):目出鯛御節★7である。

 これはお正月のイベントアイテムの御節で五段重になっており、一の段には立派な鯛の塩窯焼きがどーんと入っているのである。

 テラスで食べるから『お弁当っぽいもの』を選んでみた。

 『テラスで御節』なんて、珍しい和洋混同で我ながら斬新だとだと思う。

 いや、正直いうと和食が食べたくなっただけだ。


「これは……どこの料理ですか?」

「この棒は何に使うんです?」


 『棒』と言われたのは箸だ。


 ゲームであった料理なのだから知っていそうなものだが、どうやらこの世界には和食はないようなので御節ももちろん分からないし、箸の使い方も分からないようだ。

 サニーは以前も食べたことがあるので上手に箸を使って食べ始めた。

 兄弟にサニーのようにして食べるように伝えると、心なしかサニーは少し誇らしげにしていた。

 そしていつの間にか、豆の早食い競争が開催されていた。

 私は大好きな鯛の塩釜焼きを食べることにする。


「これは何かの化石ですか?」

「そうよ。ユミル、食べるでしょ?」

「無理ですよ! 化石なんて食べれません!」

「あら、残念。美味しいのに」


 化石じゃないから。

 嘘だと気がついてないようだ。

 塩を割ってはがし、鯛が見えると兄弟から『おおお』という感嘆の声が上がった。


「美味しそうでしょ?」


 鯛を取り出し、身を取り出す。

 体を乗り出して覗き込んでいるネルが可愛い。


「ネル、口あけて。はい、あーん」

「え、え!?」


 どうしようか迷っているようで落ち着かない様子だ。

 少しすると照れているのか俯きながらも口を開けたので、その仕草に萌えつつ鯛の身を放り込んだ。


「どう?」

「お、美味しいです!」


 照れて俯いたところからの上目遣いで『美味しい』と喜ぶネル。

 文句無し『百点』のリアクションだ。


「クイーンハーロット様」


 ユミルが何故かきりっと凛々しい顔をしながら、口を開けている。

 ……お前、化石は食べないんじゃなかったか?

 苛っとしたので割れた塩の塊を口にいれてやった。


「!? 硬っ! しょっぱ!」

「全部食べろ。水を飲むな」

「私への仕打ちひどくないですか!? ネルばっかりずるい!」


 可愛い弟と同じ扱いを受けられると思ったら大間違いだ。

 お前には塩さえ勿体無く感じる。


「マイロード」

「ん?」


 口を開けて待機する美女。

 サニーまで口を開けているのですが……。

 仕方がないので身をとって食べさせてやった。

 とても満足そうだ。

 最近いやに兄弟と張り合うなあ。

 親が他人の子を可愛がっていると拗ねてしまう子供の心理なのだろうか。


 楽しく食事をしながら、ルフタ王国に行って『彼ら』を返品してきたことを伝えた。

 『マイロードのお手を煩わせなくても、私がその場で速やかに始末しましたのに……』というサニーがさらっと吐いた一言に、ユミルはびくっと肩を震わせていた。

 君はネルがいなかったら本当に始末されてたかもしれないな。

 兄思いの美少年弟に感謝するがいい。


 それと兄弟に与える仕事の件だが城の管理を頼んだ。

 まあ、管理といっても主に掃除だ。

 あと意外なことに残念な兄は料理が出来るそうなので、食事も作ってもらうことにした。

 とりあえずそれで様子を見ることにした。


 そのうち私の趣味の手伝いも頼むかもしれないが、しばらくはのんびり見守ろうと思う。

 明日は溜まってる衣装を使ってネルを着せ替え人形にして遊ぼう、そうしよう。


 素敵だ。

 ああ、平穏って素晴らしい。


 私はこの時気がついていなかった。

 これがつかの間の平穏であることを……。

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