第11話

 ルフタ王国謁見の間。

 嵐が過ぎ去り、いや、嵐より質の悪い『災悪』が過ぎ去り、場は騒然としていた。


 といっても人的被害は一切無い。

 それが不気味で恐ろしかった。

 あんなに人が宙を舞い、悉く散らされたというのに誰一人怪我をしていない。

 起こった事と結果が矛盾している。

 『手加減をしてやっている』、恐らくそう示しているのだろう。

 常人では成しえないことをやってのけ、力の差を見せつけて去っていった『大淫婦』と呼ばれる美女。

 その美しさは更に恐怖を煽り、ルフタに恐怖を刻み込んだ。


 どう足掻いても何をしても太刀打ちできない。

 国王はそう悟り、途方に暮れていた。

 放心している国王の再起動にはまだまだ時間がかかることは歴然だった。

 そのため国王の傍らにいた宰相が場の収拾に動いた。


『皆の者、静粛に! 各自持ち場に戻り、被害の確認と事態の収拾に務めよ! 調査団の面々には確認することがある。この場に止まるように!』


 宰相は真っ白な長い髭、同色の長い髪を後ろで束ねている少し背の曲がった、思わず仙人と呼びたくなるような翁だ。

 金糸で刺繍施された白のローブがそれを煽っている。

 前国王の時代から宰相を務める、『ルフタの脳』と称されている。

 そのルフタの脳でも今回の事態には焦りを感じていた。

 各国との関係にしろ、クイーンハーロットの対応にしろ、『上手く立ち回らなければ』という考えで頭が一杯だった。


 まずは情報収集である。

 クイーンハーロットへの献上品として選ばれた連中を呼んだ。

 彼らは名目上『クイーンハーロット調査団』ということになっている。


「ハーベェイ、先程の侵入者が件の『クイーンハーロット』で間違いないないか?」


 献上品のまとめ役をしている進人族の男に目を向ける。

 彼は混乱の際崩れてしまっていた身なりを軽く整え、口を開いた。


「はい。確かに、我々が不浄の森で遭遇した『クイーンハーロット』と同一でした。間違いないないかと」

「随分と怒りをかってしまっていたようだが」

「それはこいつが! 帰れと言われたのに居座った上、不浄の森の前で巨大な火柱を起こして刺激したからで……!」


 虎耳の男が白い男を指差し、声を荒げた。

 決死の覚悟でクイーンハーロットに近づいた結果、予想外の展開ではあったが無事戻ってこられたのに、『失敗』ということで再び処刑囚に戻されたくはない。

 自分には非がないことを訴えるために、赤髪の彼は不浄の森前での一部始終を報告した。

 宰相は白い男に目を向け、深い溜息をついた。


「あれ程無駄に刺激するなと、指示には全て従えと契約の時に言ったでは――」


 何故かそこで宰相の言葉が途切れた。

 どうしたのだと周りが宰相に目を向けると、そこには険しい目つきで白い男を凝視している姿があった。

 その理由が分からず、戸惑いに包まれる謁見の間。

 静まっていた場に翁の言葉が響き渡った。


「お前は……お前は誰だ!?」


 白い髪に白い肌、紫水晶の瞳。

 硝子細工のような儚い麗人。


 宰相の言葉は、明らかに彼に向けられている。

 死刑囚との契約は宰相直々に行っていた。

 その宰相が『知らない』ということは……。

 その意味を理解した者は混乱を口にし、静寂は次第にどよめきに変わっていった。


「あはは……」


 視線が突き刺さる的となっている人物は乾いた笑い声をあげた。

 不穏な空気を察知した兵は揃って攻撃の構えをとり、武力の無いものは後退った。


「ふっ……あはははは! あははははあ! 面白いなあ」

「誰か! この者を捕らえよ!」


 宰相の声が響いた。

 ……だが、動くものは誰一人いなかった。

 いや、誰も『動けなかった』のだ。

 笑っているだけなのに誰もが得体の知れない恐怖に駆られ、動くことが出来ない。

 ただ、『近づくと死ぬ』という予感だけははっきりと分かる。


「益々欲しくなるなあ」


 白の麗人は独り言を零す。

 氷像と化した周りには一切興味は無さそうだ。


 暫くするとその身体は、ゆらゆらと揺れながら浮かび始めた。

 次第に彼の周りに黒い蜃気楼のような歪みが生まれだす。

 恐怖を乗り越え、動くことの出来るようになった僅かな者が彼を拘束しようと動いたがそれは叶わなかった。


 白い麗人は歪みに包まれ、姿を消していた。




※※※




 何色もの絵の具を混ぜた水で出来たような、動く斑模様の気持ちの悪い通路白の麗人は歩いていた。

 その足取りは軽い。

 頭の中は『クイーンハーロット』と呼ばれる彼女のことでいっぱいだった。


 矢張り彼女は凄かった。

 自分でもこうやって次元を渡って移動することが精一杯なのに、いとも簡単に二人を連れて『瞬間移動』を行ったのだ。

 その正確さ、魔力の量を考えただけでも興奮を抑えられなくなりそうだ。


 それに『念話』も凄かった。

 頭に直接語りかける念話は、難しいが出来ないことはない。

 ただ、何のダメージもなくそれを行えることが驚異的なのだ。

 下手な奴が使えば頭が吹っ飛ぶ場合もある。

 実際試しに使ってみて何人か吹っ飛ばした。

 だが彼女は、あそこにいた五人全員に『無痛無傷』で行ったのだ。

 信じられない、彼女が成す魔法は次元が違う。

 果たして彼女は誰なのだろう。


 自分が知っている『クイーンハーロット』は、ただの悪趣味で迷惑なだけの醜悪な婆だったが彼女は違っていた。

 背筋が凍りそうな程美しい花嫁であった。

 彼女はクイーンハーロットではない。

 では、誰なのか。

 あれだけの実力者が世に出ていないのは不自然だ。


 ……まあ、そんなことはどうでもいい。

 彼女が誰であろうと、何であろうと。

 

 彼女の存在を知ってからは手に入れようと何度と無く近づいたが、あの忌々しい結界に阻まれその姿を見ることさえ出来ないでいた。

 壊すことの出来ない結界、進路を阻む戦女神のような番人。

 思い通りに進まない現実。

 この俺の思い通りにならないことがあったことに驚いた。

 最初はそれが愉快だったが、次第に怒りを感じるようになっていた。

 結界が壊れないのならばその周りをすべて破壊し、炙りだしてやろうと思っていたところにルフタの連中が彼女との接触を試みることを知り、試しに紛れてみた。


 あまり期待していなかったのだが……意外な結果となった。

 彼女の姿を見ることが出来たのだ。

 だが、結界の中までは届かなかった。

 彼女から触れてくれたあの時に瞬間移動で逃げられないように半殺しにして連れ去るなりすれば良かった。


 改めて思う。

 忌々しいがあの結界は恐ろしいほど強靭だ。

 全く揺れを感じさせず、そこにあり続ける。

 これを保ち続ける彼女の力を考えると、再び興奮で気が狂いそうになる。

 こんなに自然な、美しい結界が他に存在するだろうか。

 まるで大地に、空に、全てに受け入られているような、あることが『当たり前』のような存在感だ。


 もしかして彼女こそが『神』と呼ばれる存在なのではないだろうか。

 またはその『遣い』。

 最近ではそう考えるようになった。

 この世の理では測れない理が彼女を受け入れ、彼女が理を創っている。

 だとしたら……なんとしても彼女が欲しい。


「次はどう出ようかな」


 メガフレアをもう一発打てば出てきてくれるかもしれない。

 そう思うと胸が弾んだ。

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