第10話
焼け焦げた土の匂いが広がっている。
未だ消えていない熱気のなか、涼しげに立っている白い麗人は不気味だった。
思わず顔を顰めながら、こちらを見て微笑むその人に問いかけた。
「派手にぶっ放したのはあなた? なんなの? 宣戦布告?」
はっきりとした敵意を込め、鋭い視線を送った。
「まさか」
私の威圧を受けても白美人は微笑を崩さず飄々としている。
並みの人間であれば、高レベルである私の威圧を受ければ縮み上がるはずなのに、こうして平然としている辺りが異様だ。
「そんなつもりはありません。貴方にもう一度会いたくて……やはり、来てくれました」
呼び鈴代わりにメガフレアをぶっ放したと?
こいつ、頭がおかしい上に相当な実力者だ。
私の頭の中で要注意のパトランプがけたたましいサイレンを鳴らしながら点灯した。
「いい加減にしろ! すいません、あれはこいつが勝手にやったことで……決して攻撃するつもりはないんです!」
そう言って白美人を制止するように前に出てきたのは、血のような赤い髪に氷のような青い瞳のイケメンだった。
背が高く体格も良いので、綺麗といよりカッコイイ。
執事服の上からでも程よく筋肉がついていると覗えるがゴツゴツとした感じはないので、ロックバンドのヴォーカルなんかが似合いそうだ。
種族は獣人族で獣耳がある。
猫のようだが、先が黒い毛で……虎耳かな。
格好良いイケメンに獣耳なんて可愛いものがついていてギャップ萌えです。
ええ、好物ですよ。
白美人にドン引きしていた心が少し和んだ。
彼も献上品として来ていた連中の一人だ。
ちなみに彼は『△』で、白美人が『〇』だった。
あと、地図でも分かっていたことだが残り二人が姿を消している。
「あと二人はどうした? さっきのメガフレアで死んだの?」
「まさか! 国に報告するため戻りました。国にはクイーンハーロット様に従うように言われていたので、全員で引き上げようとしたのですが、こいつが動かなくて。オレはこいつがおかしなことをしないように見張りで残ったんですけど……」
「したわよね、おかしなこと」
「すみません……」
虎イケメンの彼を責めるのは酷か。
メガフレアをぶっぱなせる奴を止めるのは難しい……というか無理だろう。
「クイーンハーロット様、お側において頂けませんか?」
「断る」
私の機嫌を損ねないよう戦々恐々としながら話をしている虎イケメンに目もくれず、白美人は境界ギリギリまで詰め寄ってくる。
お願い、空気読んで。
こんな奴を身近に置くなんて物騒過ぎてお断りだ。
いきなりメガフレアをやられたら私でも危ない。
私やサニーは大丈夫でも兄弟を守ることは出来ないかもしれない。
「あなたは何者なの? なんでそんなに私のところに来たいの」
何故か私に執着しているようだけど理由が謎だ。
どこかで会ったことでもあるのだろうか。
白美人に問いかけると「良くぞ聞いてくれた!」と言わんばかりにパッと目を輝かせ、口を開いた。
「貴方は俺の運命の人なんです」
はい、アウト。
気持ち悪い、痛い人確定です。
仲良くなってはいけないタイプの人です。
虎イケメンの彼だって頬が引き攣っている。
怖い怖い、『運命』とかこういうのが一番怖い。
「話にならん。帰って!」
「帰りません。お側において頂けるまで此処にいます」
相変わらず微笑みは崩れていないが『引かない』という意志が見える。
……面倒だ。
私の機嫌が悪くなってきたことを察知し、虎イケメンは慌てて白美人の前に回りこみ説得を始めた。
「いいかげんにしろ! 引き上げるぞ! ここでしくじったらどうなるか分からないんだ。道連れになるのは御免だからな!」
だがその説得は一瞬で跳ね返された。
「邪魔するなよ。消すぞ」
驚く程低い声で言い放った言葉は、魂を凍らされるような冷たいものだった。
得体の知れない恐怖と不安に襲われる。
虎イケメンの彼は耳が垂れるほど怯えているし、私が少しでも圧倒されたということはやはりこいつもかなりの高レベルということになる。
……やっぱりヤバイわ、普通じゃない。
それに単純に、美人が凄むと怖い。
「怖くてとても側には置けないわね」
「やだなあ、冗談じゃないですか」
ぽつりと呟くと、虎イケメンに向けていた冷たい目が嘘のような美しい笑みを見せた。
……その二面性も怖いってば。
「お願いします。貴方のお傍に……」
私を見る目が真剣だ。
本当に領地に入れるまで居座るつもりだろう。
……勘弁してくれ。
ああ、腹が立つ……段々苛々してきた。
思わずヒールの踵を鳴らして、貧乏揺すりを始めてしまった。
連れて行くには危険だし、放っておいても何を仕出かすか分からない。
……どうしろと?
「ああ、面倒くさい!」
これも全てルフタ王国が馬鹿だから悪いのだ!
面倒なものを送りつけやがって!
……そうだ。
いらない物を送りつけられたら返品すればいいのだ。
帰らないなら、直接叩き返せばいいじゃないか。
面倒で放っておく、という選択肢しか思いつかなかった私が馬鹿なのだ。
よし、さっさと送り返そう。
一週間経っていない、『クーリングオフ』だ。
念のため自分に魔法・物理反射のリフレクトシールドをかけた後、境界から踏み出した。
私が近づいたことに驚いている二人の手首を掴む。
「え? 何を……」
「ああ…今、触れている」
約一名気持ちが悪い台詞を吐いているが、スルーしながら『移動』でルフタ王国王城前を選択。
一気に飛んだ。
※※※
「はい、到着」
視界には白を基調にした、ドイツの城を思い出させるような優美な巨城。
屋根や装飾、金属類はシルバーで統一されている。
城を取り囲む塀や城壁には、ルフタの象徴である天秤のシンボルが描かれた旗が掲げられている。
間違いなく、ルフタ王城前だ。
まあ、間違えることなんてないけど。
選択間違いならありえるが。
「ここは……!?」
「……ルフタだな。瞬間移動か」
連行された二人は急に景色が変わり、驚いたようだ。
ルフタに移動したことを認識すると目を瞬かせた。
この世界の人達は『瞬間移動』が出来ない。
場所に定着した移動陣『ワープゾーン』はあるが。
人が使わないのはよく分からないが、色々匙加減が難しいらしい。
私の場合はただの『機能』だから魔力も使わないし、細かい計算も設定も関係無しだ。
ありがとう、便利機能。
予想外の出来事に放心している二人の執事服の首元を捕まえ、ずるずると引き摺って連行開始。
摩擦やら打撲やらで虎イケメンが痛いと騒いでいるが問答無用だ。
ごめん私、耳が遠いの。
「何者だ!」
「侵入者! 侵入者!」
当たり前だが白には王国兵がうじゃうじゃいるわけで見つかった。
隠れていないんだから当然そうなる。
シルバーの鎧を纏った槍を持つ下級兵士に、同じシルバーの鎧でも細かい装飾が施され様々な補助効果がついた装備をしている騎士達。
ローブを着た魔法職の連中もいるし、文官や使用人の姿も見える。
立ち向かって来る者、避難する者、傍観する者。
行動は様々だが、ごちゃごちゃと騒ぎまわって非常に鬱陶しい。
「ええい、鬱陶しい。蟻のようにちょこまかと私の周りをうろつきやがって……!」
お返しとばかりにここでメガフレアをぶっ放してやろうかと思ったが、王城が壊滅してしまいそうだから自重。
私は戦争にきたのではない。
返品、クーリングオフの手続きに来ただけだ。
ここで死者を出したら「世界を滅亡させるために動き出した!」とか言われて、ルフタ王国以外にもいらぬちょっかいを出されるようになってしまいそうで嫌だ。
平和的に解決するために、ステータスのアクションから『威圧』を選択、実行する。
「うああああああ!」
「ひいいいいいいっ!?」
ルフタ王国兵が、恐れ戦きながら次々と吹っ飛んでいく。
これはその名の通り威圧するアクションで、覇気の風圧で吹っ飛ばした上に恐怖を与えるというものだ。
ただのアクションなのでダメージは無し。
恐怖もステータス異常にまではならないし、魔物には全く効果はない。
ゲーム時代では『どやっ!』と決めポーズの時に使っていた『ネタアクション』なのだが、今は目の前でちょろちょろする邪魔者を排除するのにちょうどいい。
私は威圧を繰り返し、王国兵をふっ飛ばしながら国王を捜索した。
地図で城内を探ると謁見の間に人が集まっていたので、そこに行ってみることにした。
謁見の間に近づくにつれて王国兵の質が上がり、量も増えていく。
これは……国王いそうだな。
謁見の間の扉の前には、扉が見えないほど王国兵が集まり、バリケードのようなものをしていたが関係なく『威圧』、『威圧』、『威圧』!
「「「うぎゃああああああ!!!」」」
おお、良く飛ぶ。
扉は全容を現し、遮るものは無くなった。
白美人と虎イケメンを引き摺っていて両手が塞がっているので、重厚な扉を足で蹴破る。
扉は少々壊れ……いや、全壊したが、無事に謁見の間に到着することが出来た。
その場にいた者が一斉にこちらを向いた。
「……うわあ、凄く見られているよ」
扉を蹴破ったのだから当たり前のことだが、物凄く注目されている。
見られると気まずい。
謁見の間には三十人程がいた。
王座には『いかにも国王』な中年男性が座っていた。
はい、ビンゴ!
白髪交じりの黒髪で五十歳くらいか。
中肉中背で普通のおじさんだ。
貫禄のあるナイスミドルを期待していたのに少々残念だ。
国王の近くには身なりの良い、恐らく国の重要なポジションにいる面々。
その周りには上位の王国兵、騎士だろう。
突如現れた私を警戒し、剣を抜いてこちらに向けていた。
王の前で跪き、謁見していたのは見覚えのある執事服を着ているので、私への献上品として来ていた者なのだろう。
ちょうど私に関することを報告していたのかな。
実にタイムリーな話題の人物の登場に一同唖然、と言ったところか。
ポカンと口を開けている人が多い。
王国兵と騎士の皆さんは戦闘モードである、偉いな。
でもそんなに睨まないで欲しい。
これでも割りと気が小さかったりするんだからね!
そんなことはいい、用件は『返品』である。
手に持っていた二人を前に放り投げる。
あ、床に投げ出された拍子に二人の頭がぶつかった。
痛みで同じように唸っている。
地味に痛そうだ、ごめん。
だが君達にかまってはいられない。
さっさとクーリングオフを進めよう。
息を大きく吸い込み、王に向かって叫んだ。
「こんな奴らいらないから! 先に戻ったそこの二人にも言ったけどね、私を怒らせたくないなら構わないで。今度こういうことがあったら宣戦布告だと受け取るから。覚悟して頂戴!」
……決まった。
どやっ! と決めるために威圧を選択。
完璧だ。
あ、白美人と赤髪が近くにいたから吹っ飛んだ。
君達の存在を忘れていたよ。
重ね重ねすまないね。
でもそれがきっと君達の役割なのだよ。
残念な二人から国王に視線を移すと、金魚のように口をぱくぱくと動かしていた。
何なの、可愛くないわよ。
王だけではなくルフタ側の人間は誰一人口を開かない。
リアクションが無い。
総無視ですか?
……悲しいでしょ、何か言ってよ!
まあいい……言いたいことは言った。
痛い、いい加減視線が痛い。
そして辛い。
……帰ろう。
嫌なこの感じ、最近あったなあ。
もう散々だ。
黙って『移動』を選択。
なんとなく白美人に目が行ったので横目で見ると、恍惚とした微笑を浮かべてこちらを見ていた。
怖っ。
城に盛塩をしておこう。
そんなことを考えながらルフタ城を後にしたのだった。
返品クエスト終了、である。
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