第9話

 『働かざる者食うべからず』を条件の一つとして出したが、この城で特に人手を必要としていることは無い。

 だからといって何もしないで好き放題していると、人は堕落してしまうと私は思っている。

 早寝早起きが基本。

 安定した労働と自由時間が大事である。

 労働の内容は、本人達と話しながら決めていけばいい。


 さて、その前に私にはやらなければならない『使命』がある。

 それは一つ屋根の下で若い男女が生活を共にするようになって、一夜明けた際に必ず起こるというお約束。

 目が覚めると不思議な柔らかい感触がして、目を開けるとそこには同居を始めたあの子が! というアレ。

 寝ぼけていたとか寒かったからとか、そんな素敵なハプニングはここではない。

 無いのなら起こすのみである。

 私は覚醒しているし、確たる意志を持って自分からハプニングを起こすのである!


 意気揚々と目指すのはネルの部屋だ。

 優お……あー、えっとユミル? にはしない。

 あれにやっても面白くないもの。

 ネルの方が良いリアクションをしてくれるだろうし何より可愛い。


 息を潜めながら静かな廊下進み、ネルの部屋の前に着いた。

 彼に宛がったのは六畳くらいの広さでベッドと机、空のクローゼットがあるだけのシンプルな部屋だ。

 それでも自分だけの部屋が出来たと大喜びしていた。

 愛い奴め。

 案外今まで苦労して生きてきたのかもしれない。

 両親や親族はいないと言っていたが……。

 追々、生い立ちや苦労話を話してくれるようになったらいいな。

 聞いたら答えてはくれそうだが、今は別に詮索するつもりはない。


「おじゃましまーす……」


 鍵はついている部屋なのだがかけていなかったようだ。

 不用心だよ、不審者が入ってしまったらどうするのだ……私みたいな不審者がね!

 そんなことを考えながら気配を消して部屋の中に潜入した。

 もちろん服はブラックマリアではない。

 あれで動くとガサゴソと煩くて起こしてしまいそうだ。

 今身につけているのは自作のパジャマである。

 パジャマと言うより厳密にはパジャマ代わりに着ているタンクトップと短パンだ。

 『お約束』のイメージに近いものを選んだのだが、どうだろう。

 自分では良い線いっていると思う。


 部屋の中は夜が明けはじめ、仄かに明るくなってきていたので視界良好。

 もう少し明るさを足すために柄のない真っ黒なカーテンを少し開けると、差し込んだ淡い光でネルの寝顔を拝むことが出来た。


 優しい光に包まれ、猫のように身体を丸めて眠る美少年――。


 天使か!!!!


 心の中で喉が引きちぎれそうな程叫んだが、私は決してショタではない。

 ……と信じたい。

 でもこの寝顔は、私を覚醒へと導いていきそうな程の破壊力だ。恐ろしい子!

 拝みたくなるほど神聖な姿に、私はとんでもない大罪を犯しているのではないかと恐れ多くなってきたが、『お約束』は必ず遂行しなければならない。

 白いシーツに身を沈めて眠るネルの背中にくっついた。


「う……ううん……」


 私が張り付いたことで覚醒し始めたのか、身じろぎしながら唸っている。

 目を覚ます気配がする……さて、どうしようかな。

 『昨日は良かったわ』ぐらい言ってやろうかな。


「うー、ん? あれ?」


 思っていた通り、ネルが目を覚ました。

 目覚めが良いのかすぐに頭が働いたようで、寝たとは違う状況に驚いている様子だ。


 ……ここは寝たフリをして、リアクションを楽しもう。

 思わず吊り上がってしまいそうな口角は心を落ち着かせることで押さえつけ、表情を消した。

 その瞬間、ネルから視線を感じた。


「えっ……ええええええええええ!!? うあっ! ああ!」


 『どすん』という鈍い音がした。

 どうやらネルがベッドから落ちたようだ。

 期待通りのリアクションだよ!

 やはり君は期待を裏切らない美少年だ!


「あいたた……。うーん、なんで? まさか僕! あれ?」


 ガサガサと衣ずれの音がする。

 目を閉じているので分からないが、恐らく自分の身体や衣服を確認しているのだろう。

 うん、何もしてないよ。

 さっき来たばかりだし。


 悪戯が成功して満足したし、あまり青少年をからかうのも可哀想だ。

 そろそろネタばらしをしようと思っているとベッドが軋んだ。

 ネルがベッドに戻って来たようだ。


 ――ごろん


 ネルの背中にくっついていたままの姿勢、身体を横にして寝たふりを続ける私の隣にネルが戻って来て寝転がった気配がした。

 おい、何故寝る。

 まさかの二度寝?


「……」


 予想外の事態で若干混乱しているとネルから視線を感じた。

 目を閉じていいても分かるくらい、物凄ーく感じる。

 どうやらネルは同じ位置に戻って来たが、身体は反対に向けたようだ。

 つまり私達は向かい合って眠っている。


 添い寝して私をガン見?

 な、なんなの?

 何プレイなのこれ!

 小混乱は一気に大混乱に成長した。


「綺麗……」


 ネルの口から零れた言葉が耳に届いた。

 うん?

 それは私のことかい?

 これだけガン見しているのだから私のことだよね!?

 嬉しいこと言ってくれる。

 この容姿は私の力作だ。

 なのにサニー以外には恐れられるばかりで悲しかった。

 良い子だなあ。

 喜んでいると、ふいに気配が距離を詰めてきた。

「!?」


 ネルの呼吸を近くに感じる。

 顔が近づいている。

 ま、まさか……私の唇を奪う気!?


 よし、どんと来い。

 人生の先輩が受け止めてやろうじゃないか。

 心の準備を整え、その時を待つ。

 そしてとうとう、その時が――。


 むにっ


 頬を摘まれ、むにむに引っ張られた。


「?」


 何が起こった?

 想像していたことと違う出来事が起こり、脳が停止した。

 なんという……違う、違うぞ。

 そうじゃない。


 ……弄ぶ気が逆に弄ばれた?

 ミイラ取りがミイラになったというやつ!?


「ネル! そこは違うでしょ!」

「うわっ!? ぐああっ!」


 抗議をするため飛び起きた私に驚き、ネルは再びベッドから落ちた。

 さっきも落ちたのに……コントか!

 それにしても、どういうつもりなのだ。

 痛くはなかったが頬を抓るとは。


「起きてたんですか!?」

「起きているというか、寝てないわよ。それより! 私の頬を抓るとはどういうこと?」

「寝てない? あ! あの、それはっ……つい、かわい」

「ネル! どうした!」


 騒ぎを聞きつけたのか、ネルの言葉を遮って残念な兄貴が飛び込んできた。

 そしてベッドにいる私達を見て固まった。

 また何か誤解しているな?


「クイーンハーロット様!? そんな、ネル……私より先に……」

「違うから」


 ユミルが来ると一気に面倒になってきたなあ。

 でもネルの可愛いリアクションを見るという目的は達成出来たから良しとしよう。

 二人を落ち着かせるために少しからかっただけだと経緯を説明した。


「ひどいです!」

「では、明日は私の所に来て頂けるんですね?」


 ネルはからかわれたことに憤慨していた。

 怒っている姿も可愛いので問題無し。

 ユミルの頭はおかしいので問題有り。


 無事お約束イベントが一段落し、夜も明けた。

 まだ少し早い時間だが、サニーは私が動き始めたら目を覚ますから起きているだろう。

 朝食でもとりながら、彼らの仕事について話そうと食堂へ足を向け始めた時に……それは起こった。


 ――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ


「うわあ!?」

「なんですかあれ!」


 窓の向こうには、轟音を上げなから燃え上がる火柱。

 火柱の上には、五重円の中に呪文がびっしりと書き込まれた魔方陣。


 見覚えがある。


「メガフレア!?」


 メガフレアは火属性の中で最上級の魔法で、今のこの世界では私以外使える者がいないと思っていたのだが……。

 目の前で実際に、轟々と火柱は燃え上がっている。

 火柱からこの城までかなり距離はあるのに、熱気がここまで届いて熱い。

 あそこは確か、ルフタ王国の連中がいた場所だ。

 あいつらがやらかしたのか?


 地図で確認する。

 反応は二つ。

 『○』と『△』が一つずつ。


「マイロード! こちらにいらっしゃいましたか! 私はあれの様子を見て参ります!」


 白銀の甲冑ドレスをきっちりと身に纏ったサニーが駆け寄ってきた。


「いや、私が見てくるよ。サニーは二人についていて」

「いえ! あれほどの魔法を使える者がいるのです! 私もお供させてください!」

「大丈夫、領土からは出ないから。安全なのはサニーも知っているでしょ?」

「ですが……」

「頼んだよ」

「お待ちください!」


 サニーの制止を止め、ルフタ王国の連中の前に移動した。


「熱!」


 離れた城でもあれだけ熱かったのだ。

 近ければその分熱いのは当たり前なわけで。


「ああ、やっぱり来てくれた!」


 私の姿を見つけ、駆け寄ってくる男。 

 まさか……。

 あんたなの、これの原因。


 そこには以前私が『白美人』と命名した美青年が、喜々とした表情を浮かべて立っていた。

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