第6話

「マイロード、ご所望の品です」

「サニー……」


 私は思わず額に手を当て、天を仰いだ。

 尻尾を振って『褒めて褒めて!』な可愛い目をしても駄目だ。

 何ということを仕出かしてくれたのだ!


 いや、私は止めることができた。

 それなのに、誘拐してくるなんてさすがに気のせいかもしれない……と思い、現実逃避してしまった私が悪い。

 私、有罪!


「ねえ、少年」


 声をかけると、少年はビクッと身を震わせながら私を見た。

 どう見ても進人族の『金髪碧眼美少年』だ。

 私とサニーよりも背は低く、まだ幼さの残る顔つきをしている。

 十四、五歳といったところか。


「ん?」


 この少年の顔、どこかで見たことあるような?

 整った顔立ちに重なり、誰かの面影が見えた気がしたが、気のせいだろうか。


 確認するため近づいて顔を寄せると、少年はガタガタと震え出した。

 生まれたての小鹿か!

 そんなに怯えられると、ちょっと傷ついちゃう。


 あ、そうか。

 角をやこの姿を見て、『クイーンハーロット』だと思っているのか。

 世間で『災悪』と呼ばれている者に拉致されたら、怯えるのは当然だ。


「大丈夫、捕って食ったりしないから。まあ、お茶でも飲みなさいな。サニー、ロープを取ってあげて」


 私の言葉を聞いて、怯えていた少年の表情が変わった。

 怯えながらも、不思議そうにこちらを見ている。


「よろしいのですか? 逃亡する恐れがありますが」

「いいわよ」

「マイロードのお心遣いに感謝しろ。妙な動きをしたら足を切り落とす」

「怖いって!」


 サニーの声を聞いて、再び丸まって怯える少年。

 こら、小鹿を虐めるんじゃありません!


「脅さないの! ごめんなさいね、手荒な真似をしてしまって」


 縄を解かれた姿を見ると、相当暴れたようでいたるところにロープの擦り傷が出来ていた。

 回復魔法をかけ、私の前の席に座るように促す。

 少年は傷が治ったことに驚きつつも、とぼとぼと歩き出し、席についた。

 座ったのを確認して、目が合ったところで宣言した。


「君をすぐに解放してあげる」

「え」「えっ」


 サニーと少年の声がハモった。

 サニー、『そんな馬鹿な……』と言いたげな驚愕の表情をしているが、馬鹿なことをしたのは君だから。

 私も共犯のようなものだけれど……。


「ちょっとした手違いでね。君には申し訳ないことをしたわ。すぐに元のところに送り届けるから」


 怯えないよう、出来るだけ穏やかに語りかけた。

 出来るだけ大事にしたくない。

 戻った後も黙っていて貰いたい、という腹積もりもある。


「貴方は……」

「うん?」


 てっきり喜んで貰えると思っていたのだが、少年は複雑そうな顔をしていた。

 怯えながらも、話したいことがある様子だ。


「貴方は、クイーンハーロット……様、ですよね」

「違うし!」


 そう思われていることは察していたが、直球で聞かれると心が抉られた。

 違うの、私は普通のエルフなの!


「でも、その角とか、お姿とか、このお城とか……」

「そう呼ばれているのは私だけど、私は違うの!」

「????」


 意味が分からないようで、思いきり眉間に皺を寄せている。

 そうだろう、そうだろう……。

 私も説明しながら、よく分からなくなってきた。


 それにしても、落ち着いてからは印象が変わった少年を見る。

 最初は随分と口が悪いようだったが、今は喋りも丁寧で行儀が良い。

 流れから察するに、『クイーンハーロット』に用がある様子だが……。


「それで? 私がクイーンハーロットだとしたら、何の用」

「あ、はい! あの……兄を…兄を助けてください!」

「……はい?」


 特に何を言われるか予想していたわけではないが、全く考えもしない方向の話で間抜けな声を出してしまった。

 気の抜けた私に相反して、少年の方は必死だ。


「兄を……どうか、兄を許してやって欲しいんです! クイーンハーロット様の怒りをかったことで処刑されることになって!」

「ん? 処刑? 待って、どういうこと!?」


 処刑だなんて、物騒な言葉が出て来て驚いた。


「あなたの金杯の贋作なんかを売りさばいていた兄が悪いのです。それを知ったクイーンハーロット様が怒り、不浄の森を出た、と――。そのことの責任を取りるため、兄は処刑されることになって……」


 金杯の贋作といえば、クロスホライズンの露店で目にして、この手で握りつぶした。

 あの一連の出来事は、今思い出しても胸糞悪い。

 顔だけはよかった優男をぶっ飛ばしておけばよかっ…………って、もしかして?


「ちょっと待って、君の兄って……クロスホライズンで露店していた奴?」

「はい」


 やっぱり! それで見たことがあると思ったのか。

 確かに数年経てばほぼ同じ姿形になりそうな程似ている。

 見つめていると、苛々してくるぐらいに……!

 それにしても……なんで『処刑』なんてことになっているんだ?


「私はただ、買い物をしに出ただけなのだけど……。怒って森を出たって何?」

「そ、そうなのですか? 僕も詳しくは分かりませんが……噂ではクイーンハーロット様がルフタを滅ぼそうと狙っているとか。クロスホライズンに現れ、不敵な笑みを浮かべ『破滅の宣告』をしたと。そのきっかけを作ってしまった兄は、国を危機に陥れた罪に問われたと聞いています」


 不敵な笑み?

 もしかして、クロスホライズンから帰る時に気まずくなって何故か出てきた『ご機嫌よう』のこと?

 ちょっと優雅ぶって立ち去っただけなのに、なんでそうなの!?

 『破滅の宣告』って何!?


 それはさておき、優男が連れて行かれたことは自業自得な気がする。

 確かに処刑されるほどのことではなかったが、あんな阿漕な商売をしていたのが悪いのだ。


「冷たいことを言うけれど……私が助ける義理はないんじゃない?」


 身内であるこの子や本人が釈明して、減刑を請えばいいのでは?

 もしくは、あの優男の味方をしていたマダム達を頼ればいい。


「分かっています……。でも、もうクイーンハーロット様にお願いするしか許して貰えそうにないんです! 兄は馬鹿だし、どうしようもない守銭奴だけどたった一人の家族なんです。お金は無いけど……僕に出来ることならなんでもします!」

「うーん……」


 嘘を言っている様子はないし、手を貸してやりたい気持ちも湧いてはくるが、介入することで面倒なことになるかもしれない。

 メリットがないのに、わざわざ平穏な生活を崩すようなことはしたくないのだ。


「そう言われてもね。お金なんていらないし、君に望むことも特にないよ。逆に君は何が出来るの?」

「それは……」


 私に問われ、少年は口を噤んだ。

 必死に思考を巡らせているようだが、思い当たるものはないらしい。


「体で払って貰えば良いのでは?」


 少年の言葉を待っていたのだが、待ちきれなくなったのか、サニーが口を挟んだ。

 体で……なるほど、労働か。

 部屋数が多く、広さもあるから、掃除をしてもらうのはいいかもしれない。


「それはアリね」

「!!!!」


 私達のやりとりを聞いた少年の顔が急に強張った。

 それに赤い、耳まで真っ赤だ。

 どうしたというのだ。

 そんなに肉体労働は嫌なのだろうか。


「わ、分かりました……! 僕も男だ!」


 そう呟くと拳を握り締め、勢いよく立ち上がった。

 意を決したような気迫を見せ、服を脱ぎす少年――。


 白い綺麗な肌が見え、眼福だ。

 華奢でいい。

 前の世界で好きだった、少年アイドルグループを思い出す……いいぞ、もっとやれ!

 ほうほう、この世界の少年はボクサータイプの黒パンツを穿くのか。

 ……って、そろそろ止めなければまずい!


「何故脱ぐの!」

「経験がないので、上手に出来ないかもしれませんが頑張ります!」

「何を!? 違うから! そうじゃないの! そっちの『体で払う』じゃなくて『肉体労働』って意味よ!」

「えっ」

「そうなのですか?」


 やはり意味を勘違いしていたようだ。

 まあ、『大淫婦』と間違われている私を前にすると、そっちの思考に寄ってしまうのは分かるけども!

 驚いた少年はともかく……サニーよ、君までそっちの意味で言っていたの?

 この一連のやり取りの中で一番の驚きだ。


「はあ……」と溜息をついた私の目の前では、勘違いしたことが恥ずかしい美少年が更に赤くなっていた。

 ほぼ裸だから、白い肌が赤くなっているのがよく見える。

 一部の人が鼻息を荒くして喜びそうな光景だなあ。


「にっ、肉体労働とは何をすれば……」

「城の掃除、ね」

「え、そんなことでいいんですか? やります、いくらでも! やったら兄を助けてくれるんですよね!」

「んー……まだ検討中よ。あなたの兄は今、どこにいるの?」

「分かりません。でも、アルダメリアで正式に処刑が言い渡されると聞いています」

「じゃあ、多分そこね。……まだ生きていればいいけど」

「処刑がもう終わっていたら笑えますね」

「そんな……」


 サニーよ、笑えないから!

「まだ生きていればいい」なんて、ちょっと意地悪言ってしまった私も悪いが、泣きそうになっている少年が可哀想だ。


「処刑なんて、すぐには執行しないでしょう。まあ、急いだほうがいいのは確かだから、早速探してみるわ。少年、兄の名前と年齢を教えて頂戴」


 ステータス画面から『キャラクター検索』を開く。


 これはユーザーやNPCを検索すると、検索されたユーザーのステータスや位置情報を見ることができる。

 検索項目は名前、年齢、性別、種族がメイン項目としてある。

 その他にも、役職や武器等の項目があるが、とりあえずメイン項目だけで検索してみよう。


「兄はユミルといいます。今、五十四です」

「ユミル、五十……え!? ご、五十四!?」

「え? はい……」


 あの優男が!? 若作りが過ぎるぞ!

 ……と驚いたが、彼が進人族だということに気がついた。

 進人族の寿命は、普通の人間である旧人族の倍で、老化も遅い。

 私の感覚でいうと、あの優男は実年齢の半分、二十七歳といったところか。


 ちなみにサニーは進人族だが、一緒にいた約二百年間全く老けていない。

 サポートキャラだから、特別仕様なのかもしれない。


 とりあえず今は、少年の兄の居場所だ。

 『ユミル・五十四・男性・進人族』で検索。


 【検索結果・一件】


 条件が被った者が一人もいなかったようで、一発で出た。ちょろい。

 内容を確認してみる。


 ***


 ★ユミル(進人族) レベル十 商人 (フレイヤ高原)


 ▼


 ***


 『▼』はプルダウンになっていてステータスを見ることが出来る。

 今はどうでもいいので放っておこう。

 優男の居場所が判明したのだが……あれ?


「フレイヤ高原にいるんだけど……」


 フレイヤ高原は、私の領土と隣接している場所だ。

 つまり、すぐ近くにいるということになる。


「ええ!? ここって不浄の森ですよね? だったら目の前じゃないですか! 僕、行ってきます!」

「ちょい待ち!」


 飛び出そうとした美少年の手を掴んで止めた。

 処刑されると噂の人が、私の領域の近くに来ているなんて、どう考えても怪しい


 ここはテルミヌス大陸の最西端で、偶然通りがかるようなところでもなければ、一人で来られるほど安全でもない。

 私の嫌な予感レーダーはびんびんに反応している。


「私が様子を見てくる。二人はここで、大人しく待機!」

「マイロード、私が見てきましょう」

「僕も行きます!」

「自分で確認して来たいの。少年はお留守番。サニー、後はよろしくね」

「かしこまりました」

「じゃあ、行ってくるわ」


 移動先リストから、自分の領土内で、一番フレイヤ高原に近いポイントに飛んだ。

 自分の領土はルームロックをしている状態なので、私が許可した者以外は絶対に入れないので安全だ。

 重ねて言うが、領土がルーム扱いなのは気にしたら負けだ。


 安全を確保したところで、フレイヤ高原周辺の地図画面を開く。

「すぐ近くに生体反応があるわね」


 数は五つで表示記号は『△』。

 これは敵でも味方でもないということを表している。

 敵意がないなら、近づいても大丈夫だろうか。

 いや、怖いから私は領土から出ないようにして、境界のところまで来て頂こう。


 地図の△五つを選択し、『コール』を選択。

 これは対象に話しかけられる電話のようなものだ。

 相手側もコールが出来ないと会話が出来ないので、一方的になってしまうのが不便だが、今は呼びかけたいだけだからこれで十分だ。


「もしもし、あなた達! そこで何をしているのかしらー? そのまま西に進んだ先にある『不浄の森』までご招待したいのだけれど来て頂けます? お待ちしております」


 返事を貰えないのでどうなるか分からないが、とりあえず待ってみよう。

 再び地図を見ると記号が『×』に変わった。

 これは敵意を表している。

 思い切り警戒されたようだ。


「仕方ない。まあ、当然よね……って、ええ?」


 一つだけ『〇』があって驚いた

 丸は敵意がない、味方であることを示している。


 不浄の森近くだし、今のコールの主はクイーンハーロットだと思ったはずだ。

 それなのに『〇』になるなんて、変な奴がいるのかも……。


 地図を見守っていると、五つの記号は移動を始めた。

 移動速度が馬よりも早いので、どんな手段でやって来るのか気になる。


 記号も、移動しながら×になったり、△になったり変化している。

 疑心暗鬼中、といったところだろうか。


 暫くすると空に大きな鳥のシルエットが見え出した。

 五人はどうやら、あれに乗っているようだ。


「ああ。ジュターユか」


 ジャターユといえば、『鳥の王』と呼ばれる高位の魔物なのだが、ああやって乗れるとは知らなかった。

 今度挑戦してみよう。


 そんなことを考えている間に、一行は目の前に到着していた。

 ジャターユが身を低くすると、五つの記号の正体が降りてきた。

 種族は進人族、獣人族、エルフとばらばらだが、全員男だ。

 それも異様なくらいの美男子揃いだ。


 その中に……いた。

 例の優男ことユミル、少年の兄だ。

 少し痩せた気がするが、元気そうだ。

 兄が生きていて良かったなあ、少年よ。


 それはさておき、一つ気になることがある。


「この人達、どうして全員『執事服』なの??」


 次々とジュターユから降りてくる美形執事に、嫌な予感しかしない。


「クイーンハーロット様!」


 少年の兄、ユミルが私に駆け寄ってくる……が。


 ――ゴオオオン


「はうあああっ!?」


 見えない壁に激突し、ユミルはその場に崩れ落ちた。

 そこからは私の領地だから入れないんだよ。………言わないけど。

 他の連中は、その様子を唖然とした様子で見ていた。


「無闇に近づかないで頂戴ね」


 優男は、見た目だけは良いのに、どうしてこんなに残念なのだろう。

 弟はこうならないことを願うばかりだ。


「重ね重ね、ご無礼をお許しください」


 他四人のうち、年長と思われる進人族の男性が一歩前に出て、優雅に一礼した。

 見た目が四十代くらいのダンディなオジサマだ。

 後ろに流して整えた黒髪と、ビシッと着こなした執事服は、エリートの空気を醸し出している。

 五人を代表して口を開いているような素振りから、彼が責任者なのだろうと感じた。


「こんなところに何の用なの? まさか、観光にきたわけではないでしょう?」

「ええ、もちろん。クイーンハーロット様に、ルフタ王国からの贈り物をお届けに参りました」

「ルフタから? 贈り物?」

「そうです。お詫びの品、というべきでしょうか。ルフタ国民が無礼を働いたということで、お怒りを静めて頂ければと……」


 エリート執事はちらりと優男を見た。

 すると優男は、激突の痛みを堪えて体裁を整え、深々と頭を下げた。


 なるほど、優男に怒って暴れないように謝りにきたというわけか。


「それで? その品というのは?」


 見る限り彼らは手ぶらで、何も持っていない。

 お詫びの品はどこに…………あ。


 ……気がついてしまった。

 彼らの服装……まさか……。


 目の前のエリート執事は、にっこりと笑顔を浮かべて言い放った。


「我等五人が献上の品です」


 ――くらっ

 ああっ、眩暈がする……嫌な予感がしたと思ったらこれだよ!

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