四季の吸血鬼
グランドカイザー
第1話
雪が降りそうな雰囲気を匂わせる、とても空気の冷えきった冬の日だった。
面接を終え教室から出て稲穂はほぅ、と息を吐いた。
一応の手応えはあったけれど不安なことは変わらない。
試験は終わったというのに身体が張るような緊張が抜ける気配はなかった。
廊下には稲穂と同じようにこれから面接を受けるのだろう、様々な制服の中学生達が静かに並び座って待っている。
次に面接を受けるのは誰だろう。
後は帰るだけなので少し余裕ができたのだろう。
何となく次に試験を受ける生徒が気になった。
次の生徒に呼びがかかる。
一人の少女がゆったりと静かに腰を上げた。
彼女は自らの人生を決める場面だというのに全く緊張していないように見える。
腰まで伸ばした黒い髪と白い肌の美しい、セーラー服の女の子。
目鼻立ちが整った、けれど何の表情も映さないその顔はどこか暗い印象を与える美少女だった。
こんななんの特徴もない普通の高校の試験にどこのお嬢様が紛れ込んだのかと思った。
じろじろと見過ぎたのかもしれない。
目が合った。
ドキリ、と心臓が跳ね上がる。
その闇よりも黒い瞳に引き込まれるようで、目が離せなくなった。
彼女の薄く赤い唇の口角が、僅かに上がる。
……笑いかけられた?
呆気に取られていると、彼女は面接会場へと向かってしまった。
気づけば試験のことなどどうでもよくなっていた。
心臓が熱くて痛くて顔が火照った。
彼女のことが頭から離れない。
夢に見そうだ。
稲穂は呆然とした頭で帰路へと着いた。
彼女とはまた会える。
そんな気がした。
単なる願望だとは思うけれど、なぜだか疑いようもない事実として自分の中で信じてしまった。
これがいわゆる確信という奴かもしれない。
中学最後の時間は、彼女のことを考えていることだけに費やされた。
寝ても覚めても彼女の姿が焼き付いて、頭から離れない。
稲穂は自覚した。
これはきっと恋なんだ。
女の子に一目惚れをした。
斯くして稲穂と彼女は再び布藤高校で再開できた。
お互い布藤高校の生徒で同級生で、しかもクラスメイトだ。
狙ったかのような再会に対し、恋い焦がれる高校に入学したばかりの少女が運命を感じてしまったとしても、それは無理からぬことだろう。
稲穂は普通の女の子。
髪は色素が薄くてちょっと茶色に見えるし、髪型は運動がし易いよう常に邪魔にならない長さ。
ちゃんと流行りや身嗜みにも気を使うし、周りに話を合わせる。
軽薄に笑って穏やかに時を過ごす、稲穂は普通の女の子だった。
クラスに溶け込みながら、稲穂は視界の隅に黒髪の美少女の姿を常に追っていた。
彼女の名前は紅葉子。
名前はようこだけれど、みんなもみじと呼んでいる。
葉子はクラスから浮いていた。
孤立しているといってもいい。
常に一人だ。
しかしいじめを受けているわけではない。
水に垂らした油みたいに交わることがないだけだ。
誰とも進んで喋らないし誰とも目を合わさない。
何かに耐えるみたいに常に無表情だった。
しかし彼女の行動なんて些細な事だ。
それぐらいなら根暗な人間にはよくある事で、似たような気質の人間と気が合ったりするものだ。
葉子には近寄りがたい、人を寄せ付けない雰囲気というものがあった。
それはその美しすぎて威圧感のある容姿のせいかもしれない。
彼女の側にいると、誰もが自らが虫にでもなったような気分になるのだ。
同じ人間なのに生き物としての格が違うような、人としての尊厳を傷つけれるような。そんな気分に。
そして彼女に恋をする稲穂もまた声をかけるということをしなかった。
話しかける度胸がないだけかもしれない。
しかし稲穂はこうも思っていた。
彼女はあれでいい。
誰も話かけてはいけない。
触れてはいけない。
邪魔をしてはいけない。
きっと彼女は一人で完結していて一人で完成している。
だから稲穂は彼女に話しかけたりしなかった。
彼女を思う度にどきどきしていたけれど。
彼女の姿を見る度に息が詰まったけれど。
稲穂はそれでいいと思っていた。
ある雨が降る日の昼休み。
稲穂は裏庭で傘を差して佇む葉子の姿を見つけた。
廊下から彼女の姿を眺めていると、ふと視線が合った。
葉子は目を細め、眩しそうに目を覆った。
稲穂は吃驚して、彼女の顔を見つめた。
口角を上げて、ニヤリと笑ったのだ。
遠すぎて気のせいかもしれないけれど、その薄い唇から覗く歯は尖っているように見えた。
学校で彼女の感情を現した姿を見たのはそれが最初で最後になった。
ゴールデンウィークが終わり一週間も経った頃だろうか、5月も半ば。
学校に葉子の姿はなかった。
彼女は行方不明になっていた。
5月に入った頃からずっと家にも帰っていないらしい。
この年頃の少女にありがちな家出だろうと誰もが思った。
稲穂も似たようなことを考えた。
でもその家出は世間一般のそれとはちょっと違うと思う。
きっと、彼女は違う世界へ行ってしまった。
彼女はここにいるべき人間ではなかった。
暗い、普通の人間が住む所とは違う場所へと行ってしまったのだ。
だから残念には思ったけれど不思議と心配はしなかった。
稲穂はそう考えて自分で納得した。
稲穂が自分を騙しきれない馬鹿らしい考え方が間違っていなかったと知ったのは、そのすぐ後だった。
気候が段々と暖かくなり始め、季節は初夏に入っていた。
その頃、クラスにはある一つの噂が流れていた。
死んだ紅葉子が蘇り駅前を歩いている、なんて滑稽な噂が。
部活が長引いてしまった。
太陽は沈み、暗い空に僅かに赤い光を射すだけだ。
稲穂は人工的な光が夕闇を照らす駅前を歩いていた。
今日はいつも読んでいる雑誌の発売日で本屋に寄りたかったのだ。
「えっ……」
思わず目を見開き、声を漏らしてしまった。
人々が忙しく行き交う雑踏の中に、確かに葉子の姿を見た。
落ち着いた柄の黒いワンピースに身を包んでおり、とても大人びて見えた。
黒く艷やかな長髪は相変わらず美しく、その肌は光源のせいもあるかもしれないが恐ろしく白い。
彼女はスーツ姿の中年の男性と腕を組んで歩いていた。
なんなんだろうか、あれは。
誰なの、あのひとは。
稲穂の足は知らず知らずのうちに彼らを追っていた。
心臓が痛いぐらいに脈打った。
信じられない。
何が信じられないというと何もかも、彼らの姿も彼らを捕らえる自らの目も。
だから追った。
姿を隠すことはせず、ただひたすら見失わないようにしながら追った。
暗い路地を歩いて行く。
街灯も疎らになってきた、人通りの少ない路。
彼らはなにやら仲良さそうに話している。
笑っていた。
愛想笑いでもなく、身内に向けるような柔らかな笑いでもない。
とても不気味だ。
二人が辿り着いたのはラブホテルだった。
あそこが目的地だったのだろう。
なんの躊躇もなくすんなりと入っていった。
稲穂は入り口の見える位置で座り込んだ。
ここは普通なら色々と邪推するべき場面なのだろうが、中で行われていることを想像したくなかった。
見てはいけない場面を見てしまった気がする。
それも個人のスキャンダルではなく、噂にあった死体が歩いているのを実際目撃してしまったような、そんな気分。
稲穂は自らの第六感なんてものを信じていない。
それでもこの場に佇むだけで背中に嫌な汗が吹き出した。
太陽は完全に沈んだ。
どれくらい時間が経っただろうか。
ラブホテルの入り口から葉子が一人で出てきた。
彼女が暗闇に踏み出す。
葉子と目が合った。
その瞳の奥からは紅い光が漏れていた。
心臓を握りつぶされたような気分だ。
息ができない。
葉子がゆっくりと暗い道を歩いて来る。
こちらに近づいてきているようだ。
静かな路地に軽くて、なのによく響く編上げブーツの靴音が鳴る。
ここにいる人間は自分達だけ。
周りには誰一人存在しない。
目の前に葉子の姿が現れる。
彼女は笑っていた。
先ほどのよくわからない笑いとも違う。
楽しそうな、満足感に満ちた、嗜虐的な笑みを。
葉子はそのまま稲穂の横を通り過ぎた。
稲穂は身体を硬直させるだけで声を掛けることすらできなかった。
足音が遠のいて行く。
もう葉子の姿は見えず気配は感じられない。
ゆっくりと、慎重に息を吐く。
まだ心臓はドキドキと脈を打っている。
懐からスマフォを取り出して時間を確認すると、丁度日付を越えた頃合いだった。
……確かめないといけない。
翌日の学校を休む覚悟でその場に留まることを決めた。
暗闇の中一人で震えるのはとても怖いことだけれど、中で何があったのか確信が持てるまで歩き出す気になれなかった。
稲穂が家に帰る気になったのは陽の光が地平線に埋まってオレンジ色になる頃。
翌日の夕方だった。
結局あの男性が建物から出てくることはなかった。
――あぁ、それにしても。
とても恐ろしかった。
殺されるかと思った。
しかし。
――綺麗だったな……。
闇に溶け込む彼女の姿はとても愛おしく思えた。
「先に帰るなら帰りにでっかいホチキス買ってきてくんない?」
「別にいいけどー、あれ駅前の文房具屋じゃないと置いてないよ」
「まぁまぁ。あ、領収書忘れないでね」
「当然」
季節は秋になっていた。
稲穂のクラスは文化祭の準備で大忙しだ。
そんな中、稲穂は自分の担当が終わり手伝えることも少ないので帰ろうと思った矢先のことだった。
既に日は落ちて夕暮れというにはもう遅い時間。
正直クラスメイトに頼まれたお使いに向かうのは少し億劫だった。
帰るのが遅くなるため、本屋に寄る以外の用で普段一人で駅前に近寄ることは滅多になかった。
けれどこの夕闇を眺めているとなんとなくだが期待してしまった。
また彼女の姿を見ることができるのではないか、と。
結果的にいえば彼女に会うことはできた。
暗い路地裏。
誰一人通らない暗い夜道。
そこで彼女は、紅葉子は食事をしていた。
彼女は見知らぬ少女の首に歯を立て、その血を啜っていた。
噛まれている少女は白目を剥いて涙を滂沱と流し、その顔は恐怖と苦痛に濡れている。
とてもではないがあれが生きている人間の顔だとは思えない。
食事をする彼女の側には血に濡れた人間が何人か転がっている。
稲穂は呆然としてその光景を眺めてしまった。
ふと、葉子の動きが止まる。
赤い瞳が稲穂の目を覗き込んだ。
稲穂は逃げた。
美しく恐ろしい、人間が触れてはいけない化け物から、全速力で逃げた。
駆けて、駆けて、灯りに包まれている駅前まで戻った。
息を切らせて背後を見やる。
雑踏の中に彼女の姿はない。
葉子は追ってこなかった。
後日、新聞やテレビを見ていたが行方不明者や殺された人間が出たというニュースは一切聞かなかった。
噛まれていた人や倒れていた人は死んでいなかったのだろうか。
風が冷たい。
マフラーを巻き直して見を竦めるがそれだけで冷えきった身体が温まることはなかった。
季節は冬。
クリスマスが近い。
街は浮かれムードで人々の往く足はどことなく逸っている。
稲穂は駅前でただ佇んでいた。
学校が終わってすぐにここに来て、道行く人々を眺めていた。
部活は葉子から逃げ帰った翌日から行っていない。
あれからずっとここで佇み、人の波がなくなったら帰るという生活を繰り返していた。
逃げ帰ったのを後悔していた。
だから寒いのが辛くても、たまに来るナンパがうざくても、我慢した。
「ねぇ、君ひとり?」
ガラの悪い男が話しかけてきた。
最近は大分このやりとりに慣れてきてしまった。
上手くあしらわないと……。
溜息を隠して、しかし興味ないのを示すように目線をやって。
――…彼氏と待ち合わせしてるから。
と言葉にしようとした瞬間、腕が誰かに抱きつかれた。
「ごめん、待った?」
誰とも待ち合わせなんてしていないがその人物を待っていたのは間違いではない。
そこには、稲穂が待ち焦がれた少女がいた。
相変わらず黒髪が美しいく、肌は白を通り越して少し青い。
今日は学校指定の制服を着ていて、着用している時間は自分よりも少ないはずなのにやっぱり似合っているな、なんて思ってしまった。
葉子の顔が稲穂に近づく。
瞳の奥に紅い光が蠢いているのが見えた。
「ひゃっ!?」
手に氷でも押し付けられたのかと思って身体が跳ねた。
見れば、葉子が稲穂の手を握り引っ張っていた。
彼女の手は人間のそれとは思えないほど冷えきっていた。
いくら手が凍える冬場だといっても限度がある。
滑らかで張りがある肌なのに血と骨が詰まっているだけみたいなその手は、とても気持ち悪い。
「行こう」
「……うん」
冷たい手が何処かへと誘う。
引かれるままに足を踏み出してしまった。
抵抗なんて考えられない。
ナンパ男も呆気に取られたのか何も言わずすんなり見送ってくれた。
闇夜に沈む路地には自分達以外の人影はない。
街灯さえ届かず、住宅から漏れる光と月だけが二人をぼんやりと照らすだけだ。
葉子が立ち止まり、手の力を抜いた。
稲穂も手を離す。
本当は離したくなかったけれど、繋いていた手は痛いぐらいに冷えていてそのまま繋ぎ止めることはできなかった。
ここまで連れてきた張本人は背を向けたままだ。
「もみじさんから話しかけてくるとは思わなかったな」
「そう?」
ずっと思っていたことではあるが、ここはそんなに田舎ではないのでどこにでも人の目というのはあるものだ。
だというのに彼女を追う時は常に誰もいなかった。
そういう場所を選んでいるのか、それとも。
「だって、ずっと探してたから……」
「この前は逃げたのに?」
「だって怖かったし」
あれを怖がらない人間なんているのだろうか。
あまりの恐怖に本当に死ぬかと思った。
「それに……初めて話したし」
そう、実は会話を交わしたことは一度としてなかった。
ただたまに視線が交わされるだけの仲だ。
高校に入ってから少し同じ時間を過ごしただけの同級生で、葉子は稲穂のことなど興味がない。
たまたま出くわしたから目があっただけ。
餌とすら認識していない虫けらのごとき人間。
きっと葉子はそう思っているのではないかと思っていた。
……勝手な想像だが。
だからこんな風に向こうから接触してくれるだなんて思いもしていなかった。
「そういえばそうだったかな……どうでもいいことだ」
本当にどうでもよさそうだ。
背中を向けているのでその感情の程は伺えないが、その声音には会話相手に対する興味がやや欠けているように思えた。
「それで、その……」
そこまで言って後が続かなかった。
ただ会いたい気持ちだけでここまできただけなのだから、何も用意していなかった。
「ねぇ、聞いていいかな」
稲穂が黙ってしまうと、葉子はしびれを切らして雑談を打ち切ってしまった。
「なんであんなところにいるの?」
「……」
答えにくい……。
ずっと探していたなんてストーカー紛いのこと言ったら気持ち悪いと思われるんじゃなかろうか。
人目をいつも気にする稲穂には、まして好意を抱く相手に嫌われそうな行動の説明をするなんてことは憚れれた。
「こんなことを語るのはとても滑稽だし信じ難いかもしれないけれど――――」
彼女は歌うように語る。
「私はね、吸血鬼になったんだ。吸血鬼はね、ひっそりと生きているものなんだ。闇に紛れ、人に知られないところで、死んだように、幽霊のように生きるべきものなんだ。なにせ吸血鬼は陽の光に当たることはできないのだから」
何を説明したいのだろうか。
おそらく彼女が吸血鬼だというのは事実だろう、と稲穂は信じられる。
あんな怪しい場面を見たのだからそれぐらいはすんなり信じられる。
しかしこれは、そのこと自体の疑いを晴らすための説明ではない。
ではこれは何のための説明なのだろうか。
それは。
「わたしたちも食事をしたい。しなければならない。吸血鬼っていうのはね、無闇に人を喰ったりしないんだ。事件になると陽の光を当てられてしまうからね。だから社会から零れ落ちた、どうでもいい、いらない人間を喰わせてもらっているんだ。それだけで足りるんだ。でもね、あなたみたいな付き纏ってくる人間がいると、とても不自由になるんだ。私達の密かで静かな暮らしが脅かされてしまう。あなたにその気はなくても、あなたの生活が私達を脅かす。だから」
葉子が顔をこちらへ向けてきた。
学校では一切口を開かない、あんなに無口だった葉子が言い聞かせる為にこんなに喋っている。
だからこの言葉はきっと、彼女にとってよほど大事なことのはず。
嫌だ。
その先を聞きたくない。
「――――――……離して」
気づけば稲穂は葉子を背中から抱きしめていた。
目頭が熱い。
涙と共に言葉が溢れる。
「……聞きたくない」
葉子は、無表情で見つめ返してくるだけだ。
「好きなの。だから姿を追っていて、それだけなの。お願い……」
許して欲しい。
好きでいさせて欲しい。
せめて、姿を見るぐらいさせて欲しい。
「やめて」
強烈な張りてで胸を突き飛ばされ、たまらず腕を離し尻もちをついてしまった。
葉子が稲穂を見下す。
その整った顔に見られるのは、怒りと侮蔑。
あぁ、そうだ。
本当は拒絶されるのが怖かった。
嫌われたくなかった。
好きなだけじゃ駄目だった。
そんな当たり前のことに今更気づいてしまった。
葉子の細い指が稲穂の襟首を掴む。
ぐい、とその細腕からは考えられない怪力で身体を釣り上げられた。
背はほとんど変わらないはずなのに足が浮いてしまう。
「あ……がっ……」
ギリギリと首が締まって苦しい。
息が詰まり顔が赤くなった。
涙でぼやけていた視界が段々と狭くなる。
「わたしの邪魔をしないで」
もう、暗闇の中で紅く灯る美しい瞳が薄っすらと見えるだけだ。
「――――……」
耳が遠い。
言葉が聞き取りづらい。
それはきっと拒絶の言葉だろうけど、聞き逃したくない。
だって、もうこれで終わりだろうから。
「――――未葛花稲穂」
闇夜の中に、煌々と輝く月が見える。
「ごほっ」
喉が詰まっていて、咳と共に血が出た。
口の中が鉄臭くて気持ち悪い。
身体は冷え切ったコンクリートに寝そべっていた。
涙の乾いた目尻に再び涙が滲み、流れる。
そして、自然と笑みが浮かんだ。
稲穂の胸には、暖かな満足感があった。
もう二度と会うことはできないだろうけれど、もう十分だった。
だって彼女は名前を憶えていたのだから。
彼女にとって路傍の石ころや虫けらでなかったというだけで十分だった。
「あは……」
嫌われて拒絶されて、日向にいる人間だから殺されなかった。
交わろうとすればするだけ彼女の迷惑なんだ。
嫌われたくないならそんなことはもうできない。
「さようなら、もみじちゃん……」
稲穂は一人寂しく別れの言葉を告げた。
四季に出会った吸血鬼へと、本人に届かない自らの決意を告げた。
あの美しい吸血鬼に会うことは二度となかった。
稲穂も探すことはなかった。
四季の吸血鬼 グランドカイザー @hinsi
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