第4話

暗がりの中、佇む彼女は、それでいて、どこかあどけなくて。

「抜け出してきたの。」

そう言った彼女を、蒼は信じることができなかった。

あの駅長室は、ササキさんの魔力で封じ込められていて、幼い少女が勝手に抜け出すのはほぼ不可能だ。 

仮に俺と同じ、夜担当の神塚さんがまだ預かっていたとして、俺に比べて魔力も実力も圧倒的に強い彼女が少女を持て余すなんてことはあるのだろうか。

「... お前、ここに来て何してたんだ?」

「ううん、何でもないよ。」

少女は首を振る。

その目の下には青黒い隈が出来ていた。

「何でもないってことはないだろ。あと、一体いつからここにいたんだ。」

少女は答えない。

笑顔のまま、何でもない、と言う。

「ごめんね。お仕事の邪魔だね。駅長室に戻ります。」

「... あ、送ってく。」

「いいよ。」

やんわりと断られた言葉に思わずカチンときた。

「だって、場所も開け方も分からないだろう!?人がせっかく... 」

「場所も開け方も知ってる。もし開けられなかったら開けてもらえればいい。」

「いや、でも。」

幼い子供にこの駅で一人にさせるわけにはいかない。この駅の本当の怖さをおそらく彼女はまだ知らない。

思わず怒鳴ってしまったが少女は眉をひそめ、更に蚊の鳴くような声で言った。

「... お願い。だって、お兄ちゃん怖いし。」

思いもがけない言葉に、蒼は目を丸くした。

ごめん、としか言えなかった。

少女に怖い、と思われていたことがショックだった。

(「最初、初めて会ったときも怒鳴ってたしな。」)

黙れ、声を出すな、と叫んだとき彼女はどのように思っていたのだろう。

(「だから子供は嫌いなんだ。」)

立ち直ったとばかり思っていたのにな、と唇を噛み締める。


暗い後悔。

いつまでもつきまとう後悔。

過去に縛れていて、呼吸が出来ず、もがけばもがくほど見えない傷が深くなっていく。

あの子もそういう経験があるのかもしれない。

どこか頼りない後ろ姿は階段を上り、曲がっていった。駅員用階段はその先だ。

電車がホームに滑り込んでくると、ホームにちらほらといた人が電車に乗り込む。

そんな。

そんな夜の人の波が行ったり来たりするのを、見ながら、蒼は一人、浮いていた。

(「... 彼女は本当に捨てられただけなのだろうか。」)

しっかりとしてどこか真剣な眼差し。

まるで、駅長室も、駅の内部も熟知しているかのように慣れた足取り。

抜け出してきた、といったときの笑顔。

はっきりと蒼を拒絶し一人で去っていった。

それはどう考えても、幼い少女の言動ではない気がする。

顔をあげると、もうとうに電車は去っていて。

「キュイイイン!」

(「しまった!て、2日続けて闇使かよ!?」)

それでも注意を疎かにしていた自分のミスだ。

慌てて、客たちの前に立つ。

電車がもう出発しているのが救いだ。

ホームに残っている客は2人。

次の電車を待っているのだろう。

突然現れた闇使を凝視し、怯えている。

「とりあえず、逃げてください!階段の方へ向かって!」

そう叫んでから、腰に提げていた刀を構える。柄は魔力で自動で外した。

「キュイイイン!」

闇使は叫び声を上げて、蒼に突進する。

... と思ったかと思うと、のたうち回った。

(「え?」)

「キュイイイイイイン!」

蒼をかすめ、階段の元へ向かおうとする。

しかし、その数秒後には蒼の目の前にいた。

「キュイイイン!」

なにか、苦しんでいるように、のたうち回って。

(「苦しんで?」)

そうか、と蒼は悟った。

「苦しいのか?」 

「キュイイイン!」

「どこか怪我をしているところでもあるのか?それとも病気?」

「キュイイイーー... !」

闇使はもがきながらも叫び続ける。

そして蒼は気づいた。

闇使の左の赤い目が潰れていることに。

「... 何かにぶつかったのか?」

そう、尋ねた瞬間。

のたうっていた闇使の鋭い鍵づめが蒼の右腕を貫通した。

「... いっ!!」 

痺れたように力を失った右腕は、カラン、と甲高い音を立てて冷たい無機質な床に転がった。

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