第3話

ほとんど誰もいなくなり、静かになった駅に薄明るい朝焼けのような光が射し込むのを蒼は見た。

少女を抱き抱えながら駅長室へ急ぐ。あの後、少女が泣き止む(というか眠る)まで2時間ほど。少女を見ていながら、闇使が来ないか見張っているのはかなり辛かった。幸い、もう闇使は来なかったが。

(「ったく、疲れた... 」)

目の下に隈を作りながら、幼い少女を抱き抱えている蒼への回りの駅員の目が冷たい。理不尽だと、蒼は思った。

三番線ホームから階段を上がり、そこからさらに関係者用階段を上がる。そこの階段の踊り場に飾ってある大きな鏡を蒼は睨み付けながら、言った。

「ササキさん、お願いします。開けてください。」

「は?自分で開ければ?バッカじゃないの?」

(「そうなるから言いたくなかったんだよ!!」)

鏡の向こう側から聞こえてくる声に毒づきながら、蒼は答える。

「両手が塞がってるんです。重いから早く開けてもらえると... 」

「あー、もう面倒くさいわね!」

知るか!と叫び出しそうになるのをこらえ、軽く目をつむる。

そして再び目を開けると、そこは広々とした鏡の向こう側の世界ーー駅長室だった。

「で?その子は何?相手は誰?」

「ちょっと待ってください!俺の子供じゃないですよ!そもそも相手が居ません。」

「... じゃあ何よ?」

椅子をクルクルと回しながら駅長ーー望月ササキは問う。緩やかな黒髪を腰ほどまで伸ばし、その瞳は黒い。つまり生粋の日本人。

「迷子みたいなんですが、親がいないようなので、保護したんです。」

ここ、日本では12時以降に、10歳以下の子供が駅を1人で利用することは禁じられている。闇使に襲われる危険性があるからだ。そんな子供を見た場合、駅長に届け出るのは駅員の義務である。

「うえー、まじか。えっと、迷子放送でもしてみる?」

「今、駅には駅員以外誰も居ません。というか、迷子届けなんて無かったんでしょう?そしたら放送したって無駄です。」

珍しいこともあるもんだね、とササキさんは首をかしげた。

世界的に少子化が進んでいるこの頃、子供を一層大事にする親は激増した。たとえ、迷子だったとしても届け出るはずだ。

ーーそれが意図的ではなければ。

「... まあ、とりあえず預かっとこか。あんたの部屋広かったけ?」

「いや、そこまで広くはな... って、俺ですか!?」

「あんたが保護したんでしょ?最後まで面倒見なきゃ。」

「嫌です!」

必死に言い張る。ここだけは譲れない。

「仕事中は私のところに置いてあげるからさ。」

「絶対嫌です!」

「いいじゃん。見張りもいるし。」

駅員逹は駅の中の寮で寝泊まりすることを許されている。ちなみに蒼はそこに住み着いているのだが、1人ですんでいるわけではなく、生意気な後輩と同室なのだ。

「いや、関係ないですよね?」

そのとき、扉(鏡)がコンコンとノックされ、1人の駅員が入ってきた。

「... え?なに、その子」

総務助役の神塚アリサがかなりドン引きして、少女を見つめている。

「あ、神やん。この子、迷子っぽいんだけど、親が見つからないんだ。なんとかなるまで預かってもらえる?」

「あ、そうなんですか。」

どことなく安心したような顔で神塚さんはうなずいた。

「いいですよ。ただ、仕事中はどうするんですか?」

「ん、私が預かっておくよ。ここ(駅長室)なら抜け出せないと思うし安心でしょ?ただ、子供を寝かしつけるのは無理だから、昼は頼んだよ。」

「分かりました。」

駅長の生活が荒んでいるのは駅員ならば誰でも知っている。どうやら不眠症らしい。そりゃ子供を寝かしつけるのは無理だろう。

寝るってどんな感じなのだと、聞かれたことがある。

自分に出来ないのに、相手を手伝うなど無理なのだ。

それを全て理解した顔で神塚さんは嬉しそうにうなずいた。

「私、子供好きなんです。」

(「女ってみんなそう言うよなー。俺は嫌いだがそれでもまあ、ありがたい。うっかり犯罪者への道に足を踏み外しかけないところだった。」)

そう思っていると、まるでその思いを見透かしたように、ササキさんが顔を向けた。

「よかったねー、社会的に死ぬところだったよ?蒼クン?」

(「う。さっきまでのやり取りわざとだったな!?」)

でも、とササキさんは続ける。

「不思議な偶然もあるんだねー。」

「ん?何がですか?」

抱き抱えていた少女を神塚さんの腕の中に入れてやりながら蒼は問うた。

「ん。なんでもないよ。とりあえず、あんたはもう寝なさい。」

(「お母さんみたいだな... 。」)

苦笑いしながら鏡を通り抜ける。魔力で鏡の物理条件を一時的に壊しながら。

(「結局、あの子、起きなかったな。あんだけ大声で話してたのに。どれだけ鈍感なんだよ。」)

すっかり遅くなってしまった。早く戻って寝よう。

廊下から明るい日差しが射し込むのを見ながら蒼はあくびをひとつして寮への帰り道を辿っていった。


なのに。

「お兄ちゃん!」

目の前にはキラキラ光る瞳で自分を見つめている少女。

「... え?」

蒼のいつもの職場ーー三番線ホーム。

暗く、よく分からない機械で雑多としているここで、その少女は妙に不釣り合いだった。

「えっと、何でここにいるの?」

「ん。抜け出して

たの。」

蒼の手の中で刀がカチャリと音を立てた。背中を嫌な汗が伝ったのが分かった。

(「えっと、... どういうことですか?」)

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