膝枕をしてくれないか?

 謎の鍬が飛んできたのはいいが、俺の体はボロボロだった。生きてこそいるが、クマの蹴りを受けたんだもんな。そりゃやばいよな。

 俺はさっきの場所で寝そべって、とりあえず痛みが引くのを待っているが……日が落ち始めてしまっていた。


「やばい、どうしよう。動物って夜行性も多いよな?」


 そんな時、デジャヴを感じるように俺の顔が影に包まれた。


「何でこんなところで倒れてるのよ」


 さっきの金髪少女だ。いや、少女といっても高校生、ヘタすれば大学生くらいなんだろうけど。


「いや、クマに襲われて、危機一髪で生き残ることができてな……なんでこんな所まで来たんだ?」

「大きな魔力を感じたからきたのよ。そしたら、またあんたが倒れてるんだもん……しかも、こっち町と反対方向よ」

「そうだったのか。いや、地理もさっぱりわからなくてな」

「この先にあるのはいいところ、断崖絶壁とどでかい滝よ」

「生身で突っ込む場所ではないことは理解したぜ……ついでと言っちゃなんだか」

「何かしら?」

「一晩泊めてくれないか。ついでに、傷の手当をお願いしたい」

「図々しさがすごいわね、それで簡単にはいというと思うの?」

「はいと言ってもらいたいというやつだな」


 だって、頼れる人間がいないわけだしな。ここが現実だと認識したとしても――いや、したからこそ頼れる人間も場所も宛が存在しなくなってしまったわけだしな。


「……はぁ。まあ、うちの近くで死体がでても嫌だから。いいわよ、一晩くらいなら」

「恩に着る……それならついでなんだが」

「なによ?」


 俺は鍬を杖のようにして立ち上がる。


「肩を貸してくれないか。怪我したのが脇腹で、歩くたびに痛みが酷いんだ」

「……本当に図々しいわね、あんた」

「それぐらいやばい状態なんだよ」


 俺がそう言うと、少し彼女は考えるようにしてから、何かに気づいたように下の方に視線を向けた。そして、右手で指差す。


「…………じゃあ、後でその鍬見せなさい」

「ん? こいつか?」

「そう。その鍬」

「別にいいが、さっき突然現れたものだぜ? 得体が知れないだろ」

「それが多分さっきの反応だから」


 さっきの、そういえば魔力がどうこうとか言ってたな――いてて、駄目だ。流石に他のこと集中して考えることはできそうにねえや。


「ほら……」

「……いいのか?」

「日が暮れると、アタシだっていろいろとやりにいくから早く帰りたいの、まだ作業してた途中だったし」

「そいつはすまん」

「あんたはついででそっちの鍬が本命だから気にしないでいいわよ」


 肩を借りると、なんというか今更な柄に思うのは、俺は女子の体に触れるなんてのはそれこそ数年ぶりなのではないかという現実だった。

 そしてそれなりに大きい胸に、目が言ってしまった。

 肩を借りつつ、腕の長さ的に触れるとかやましいことを考えた瞬間に、傷がいたんだ――神様がやめろ馬鹿と言ってるぜ。

 そのまま俺はおとなしく、家まで運ばれていった。


 ***


 俺は埋まっていた畑の横の彼女の自宅までたどり着くと、椅子に横たわされて上半身の服を脱がされた。


「……骨はやってないから、簡易魔法で十分そうね」


 そう言うと、彼女は俺の痣になってた傷に手をかざす。すると緑色の淡い光を放って、傷が癒やされていくのを感じる。

 おい、なんだよ。この医療を超えた何かは。


「これで傷は癒えたはずだけど、他に傷はある?」

「いや――」


 ないと言おうとしたがよく考えろ。少しだけこの状況はおねだりできるのではないだろうか。こんな女の子と今後関われる機会があるかもわかんねえし、ここは一度頼んでみるのもありなのではないか。俺の心にそんなやましい考えが浮かんだ。

 そしてそれに反するように天使がでてくる。

 せめて程度はわきまえような。

 やめろとは言わなかったぞこの天使。


 よし、それならセクハラにならない程度で傷に関係するようなお願いといえば――


「心の傷が癒えてないから膝枕をしてくれねえか」

「…………は?」


 すごい冷たい目をされてしまった。

 バッドコミュニケーションだぜ。


「いや、すまん。五割冗談で五割本気だ」

「そう……まあ、毛布くらいはだしてあげるから今日はその椅子で寝なさい」


 彼女はそう言って、奥の恐らく自室へと入っていってしまった。


「つうか、椅子じゃなくてソファだがいいのか……?」


 その優しさで、心の傷は癒えた気がした。

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