鍬ではないようだ
次の日、起きると傷は治っていた。寝返りがうちにくくて、体が痛いがそれくらいは泊めてもらっただけありがたいというものだ。
なんとなく外に出ると、まだ朝早かったのか明るくはあるが、霧に包まれている。
そして家の近くに屋根付きの何かを置く場所があり、少し近づいてみてみる。
「……薪か?」
昔キャンプ場でみたことがある気がする。ひとり暮らしで、薪って大変だろうな。みた感じ結構数は少ないし。割られてない木材はあるみたいだから……いっちょ恩返しでもするか。
俺は近くにある斧を手にとって、木材を薪割り用の台に置く。
「筋力には自身あるし、薪割りも経験があるんだぜ!」
なにせキャンプインストラクターの資格を取る程度に、自然体験には参加者やボランティアで参加してるんだからな。
そんなことを心で叫びながら、俺は斧を薪に向かって振り下ろす――が、割れない。
「んな馬鹿な……」
木の状態を確認してみると、別に悪くないし腐ってるならなおさら割れる気がするんだよな。じゃあ、斧か。
そう思って、斧も確認してみると、
「ものすげえ錆びてるじゃねえか」
斧を元の場所に戻して、砥石とかを探してみるが少なくとも近くには見当たらない。
「どうすっかな――ん?」
が、俺の視界の先に光り輝いてる鍬があった。
「鍬じゃどうにもならねえんだよ。昨日からすげえ、自己主張してるけどよ……って鍬にいっても意味ねえか」
独り言も虚しいな――と思ったんだが、鍬が更に光輝きだした。
「おいおい、なんだこりゃ!?」
そして光が収まると、そこには斧があった。武器というよりは木こりのためのような形の斧が。
「……どうなってんだ? まあいいや」
俺はその斧を手に持って、改めて木を叩き割ってみる。さっきよりどころか、昔やったことあるときよりも断然スムーズに割ることができた。
「おっ? おぉ? おほほぉ!!」
そしてだんだんと割っていくうちに楽しくなってきて、小屋の半分程度を埋める程度割ってしまった。
「やべ、やり過ぎたかも……」
薪の山を眺めながら俺はそうつぶやかざるをえなかった。
「んぅ……何の音よ?」
「あ……」
そして扉からは家主が寝癖つけたまま登場。
「お、おはよう」
「おはよ……これあんたがやったの?」
「お、おう」
「ふうん……ありがと。でも、あんまりここの霧が体に良くないから、家の中にいなさい」
「そ、そうなのか!? 知らなかった」
俺は斧を扉の近くにたてかけて扉の中へと入る。
「コーヒー飲む?」
「お、おう」
この世界にもコーヒーあるんだな。
彼女はどうやってかはよく見えないが、ティーカップに入れたコーヒーを渡してくれる。
「ふぅ……えっと、それで……名前なんだっけ?」
「槍野……じゃなくてランサーでもういいや」
「そうだったわね……」
朝に弱いのか、すごい昨日のきついというか強めの態度からは想像できないくらい、ローテンションだ。
「薪は最近、木こりにきてもらわないといけないと思ってた時期だったから、助かったわ……それで、えっと……あれ、何だったかしら」
このコーヒーブラックかと思ったが、少し甘いな。でも砂糖の甘さとはちょっと違う気がするな。
「まって……」
彼女はそうやって言うと、ティーカップとは反対の手を動かす。すると、どこからともなく人形が動いて、新聞のようなものを持ってきた。
「そうこれよ。最近、近くの大国が魔族軍に対抗するために勇者を召喚したって話があったのよね」
「へ、へぇ」
顔近くないか。てか体も少しくっついてねえか?
体の中が熱くなってきた。俺、こんなに耐性なかったっけか。
「聞いてる?」
「き、聞いてるっつうの」
「そう……まあ、それでこの勇者って言うのが、召喚されたのが昨日だったみたいなのね。それで、この場所も知らないで、しかも魔法とか使うとビクビクしてるあんたって、もしかして異世界からきた勇者とかいう可能性があるんじゃないかって、アタシは思う――」
そういっているうちに、時間なのかコーヒーなのか眠気が覚めてきた彼女は、現状を理解したらしい。
「な、なんでこんなにくっついてるのよ」
「いや、俺をここに座らせたのはお前だぜ」
「そ、そう……ごめんなさい。朝はあんまり思考が働かなくて」
少し離れてしまったが、正直良かった気がする。俺もドッキドキだったし、これ以上はやばかった。
「まあ、えっと、それでちょっと今日は勇者について調べにいこうと思ってるのよ」
「そ、そうなんか」
「それで、あんたも来る気はない? ついでに、もう数日は泊めてやるわよ。ソファでいいなら」
「へ? ……いや、まあ願ったりかなったりだけど、いいのか?」
「あんたが勇者なら、突然現れたことも、あの鍬のことも納得がいくのよ」
「そ、そうか。あ、そういえば、あの鍬なんか斧に変化したんだが」
「ますます、怪しいわ。こうしちゃいられないから行くわよ! 着替えるから待ってなさい!」
「あぁ……うん」
部屋に入っていく瞬間、見えた彼女の顔は少し赤かった。果たして、彼女も耐性がないってやつだろうか。
待つこと、30分弱。気持ちも落ち着いたところで、彼女が準備を済ませて自室からでてきた。
「それじゃあ、いくわよ」
「えっと、どうやって?」
「町はすぐ近くだから歩きでもそんなにかからないわ」
「そうなのか」
そういえば、俺が昨日進んだ方向は真逆だったんだもんな。たどり着くはずがないから、それが本当かどうかなんて、わかるわけもないな。
とりあえず俺は、行く宛もその他の宛もなかったので、ついていくしかなかった。
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