第11話 襖のむこうに待つものはで、ましまし(2)



 丹羽善三の話しはメジロボールの説明から始まった。

 余計な部分はいりません。巣箱を送りつける結果となった、「妻メジロ」について教えてください。そう言いたかったが、わたしは大人しく耳を傾けた。多分あいつらの秘密を知る機会は今しかない。そう判断したからだ。


「天鳥。大鳥。そしてうちの羽鳥。現在メジロボールを扱っているのは、こんだけだ」

「以前は五組みあると訊いていましたが」

 永井さんの台詞を思いだし尋ねると、

「以前はね。うちの爺の爺の頃はもっとあった。それが段々少なくなってきて。今やメジロボール制作は風前の灯火ともしびってわけ」

「はあ……」

「なんせ、そうそう売れるわけでもないし」

 そう言うと善三は肩をおとした。

 まあ、そりゃそうだろう。あんな奇天烈きてれつなものに、需要があるとは思えない。逆に三組みも残っているのが奇跡である。とは、まさか制作者本人に向かって言えるわけもない。

 わたしは至って差し障りのない言葉を選んだ。


「需要と供給のバランスの関係ですかね」

「需要は意外とあるんだよね」

「え、本当に?」

 素直に驚くと、善三が「意外でしょう」と言う。

「ええ、まあ……」

 わたしは失礼にならない程度に浅く頷いた。


「一度メジロボールに失敗しちゃった人でも、未練がましく再チャレンジを望んだりね。ま、そういう人にはゼッタイ渡さないけれど」

「失敗? そんな事あるんですか?」

「あるある。どちらかと言えば半分はそうなるかな。元々メジロボールは運試しの福引き景品だから。

 鳥好きに渡ればめっけもの。鳥じゃなくても、動物でも植物でも子供でも。ちいさな命を預かって、責任とれる人じゃないと、まず失敗するから」

 なにやらわたしが想像していた以上に重い。思わず背筋をのばした。


「そもそも何で景品なんですか? それならいっその事ペットとして、それなりの商店で販売したら良いんじゃないですか?」

 わたしの質問に、善三は、「う〜ん。そうねえ〜」間延びした声をだした。


「失礼だけど、前迫さん。あいつらがやってきて歓迎しました? あ、建前は良いです。今まであなたの所にちゃんといるんだ。良好な関係を築いているって理解できます。だからこそ本音で話してもらって大丈夫ですから」

「質問に、質問で答えるんですか?」

 わたしは少しばかりむっとした声をだした。しかし善三は気にする素振りもみせずに、「すみませんね。俺、どうにも説明って苦手なもんで」と頭をかく。

 とてもそうとは思えないが、まあ良い。わたしは簡潔に告げた。


「たいへん迷惑をこうむりました」

「あらら。こりゃまた正直で」

「失礼で、すみません」

「いえいえ。前迫さんメジロボールの予備知識ゼロだったでしょう」

「無論です」

「そういうパターンでね。速攻戻される場合もあるんすよ」

「そうなんですか?」

「そうそう。福引き場所に戻されるパターン。生き物が景品なんて、はた迷惑だの。常識がないだのと、怒る人もいます。困る人もいます。ただこういう場合は、とても真面目な反応なわけなんですよ。ある意味、信用できる反応です」

「クレームなのに?」

「そりゃあね。怒られるよりは、喜ばれる方がこっちとしても嬉しいですけど。反応ってのは様々あって当たり前でしょう。

 最初だけ、うわあ可愛いって感じでかまい倒して、飽きたらまったく世話しないとか。珍しいからって、商売道具にしたり、金儲けにしたりとか。ま、色々ありますよ」

 善三の言葉にわたしは顔をしかめた。

「金儲けとか……酷いでしょう」

 わたしの反応に善三は、「どうしてそう思います?」尋ねる。


「だって。……あいつらは自分の意思というものを持っています。普通の犬猫だってそうでしょう。さらにあいつらは、しゃべるし、自己主張だって激しい。そんなもので金儲けしようだなんて。……なんと言って良いのか、上手く言えないけれど。ダメでしょう」

「だよね」

 善三が身を乗り出してくる。


「今、前迫さんが言ってくれたのが、俺があなたにすべきだった説明」

 そう言ってこちらを探るような目つきで眺める。イヤな感じはしない。学生時代に、教師がこんな目つきを時々していたっけ。

「あなたはね。自分で理解しているはずの質問を、さっき俺にしていたわけ。金儲けの対象にしちゃあダメだ。されたらメジロは苦しくなるし、そんな関係は互いにいびつになってしまう。

 ね? あいつらを使って金をかいするペット商売なんて、成り立たない。それをしたらダメなんすよ」

 善三にダメだしをされ、胸にことんとおちてきたものがある。


「ああ……そうか」

 そういうわけか。

 わたしは腕を組むと、かろく目をつむった。

 瞑ったまなうらに、あいつらの姿がぽかりと浮かぶ。

 三羽そろっても、両の手のなかにすっぽり入ってしまうちいさな命だ。

 そんな小さくもろい命を預かるのは、面倒であった。

 なんでわたしが。という思いがあった。

 社の人間はちやほやするが、二十四時間一緒にいると、正直カワイイだけではすまされなかった。

 あんなに小さいのだ。食いすぎで腹を痛めたらどうすれば良いだろうか。薬は手にはいるのか。獣医は診てくれるのか。怪我や病気をしたらどうなるのだろう。そう考えると不安に思った。

 万が一死んでしまったら、いたたまれないどころの騒ぎではない。責任などとてもとれぬと思った。だからと言って、居着いてしまったものを、今さら放り出す事もできなかった。

 わたしの心配をよそに、幸いにもあいつらはしぶとく元気であった。それでも丸きり心配にならぬ日などなかった。

 面倒にかわりはなかった。喰わせ、外に連れ出し、糞の始末をして、夜はなるべく暖かくしてやった。なのにちっとも感謝などしない。それどころか、でかい顔ばかりする。

 いきなりおしかけて来て、こちらをご主人と呼びながら、ちっとも言う事はきかない。いつも威張りくさっていたり、とんでも行動をおこしてばかりだ。わたしはやつらに振り回されるばかりであった。


「ああ、そうか。子供か……」

 思ってもいなかった言葉が、するんと口から飛び出た。


「そうそう」

 相づちに目を開けると、善三が盆を片手に襖の脇に立っていた。いつの間にか部屋を出て戻って来たらしい。足音をさせぬ、猫のような男である。

 えっこらせと又も言いながら、善三が座る。


「手間はかかる。かかった分感謝されるわけでもない。見返りもない。ただ一緒にいる。そして側にいれば世話してしまう。基本は家族と一緒なんだよね」

 善三が言う。

「そして家族は金では買えない。得に子供なんかそうでしょう。頭のできが良いとか。運動がめっちゃできるとか。容姿が良いとか。子供に望むものは色々あっても、そんなの親は選べない。子供だって親を選べない。

 さずかりものって、昔から言うじゃないですか。メジロも一緒なんです。あいつらは福を引いて、たまたまやって来たもんなんです。合わない人のところからは、すぐにも戻ってきます。大事にされていると、居着きます。前迫さんのところからは戻って来なかった。だから巣箱を届けたんです」


 善三が盆を卓上に置く。

 鮭とばと、スケトウダラの干し物。それにぐい飲みがふたつある。

「前迫さん、いける口?」

 そう訊きながら、手を延ばし、一升瓶を部屋の隅から取る。銘柄めいがらは「十一州」日本酒だ。


「まあ、そこそこは」

 日本酒を飲むと、わたしは悪酔いしやすいのだが贅沢は言わない。なにせ他人の家。しかも初対面。しかし飲みたい気分ではあった。ありがたくぐい飲みを頂戴する。

「なら、飲みましょ。あ、足崩して。どうぞ」


 善三が、わたしの手にしたぐい飲みに酒をつぐ。わたしも、と言ったが断られた。

「俺は基本手酌なんで。気にしないで」

「ああ、はい」

 乾杯もなにも無く、善三は酒をあおった。良い飲みっぷりであった。わたしも口をつける。冷えた酒を口中に含むと、ふわりと香りがたつ。飲み込むと喉が焼ける様な熱を感じた。

 酒のつまみをむしりながら、善三はぽつぽつと話し始めた。

 善三の話しに耳を傾けながら、飲んだ。飲むと熱くなってきて、コートを脱いだ。足を崩した。なんだか旧知の家にいる気分になっていた。


「ところで何で、わたしの事を知っていたんですか?」

 飲みながらそう切り出すと、善三がにやりと笑った。

「企業秘密」

 左手は卓上の「メジロマニュアル」なるファイルをぽんぽん叩いている。その動作がからかい半分なのか。挑発行為なのか。イマイチ分からない。

「それに、わたしの個人情報満載なんて、ないですよね?」

 わたしはファイルをあごで示した。

「さあ?」

 善三は肩をすくめる。目が笑っている。

 以前メジロ共は松岡所長のめいで、わたしのスマホを検索していた。付き合いの浅い所長であってもこの始末だ。ましてや自分たちの誕生と絡んでいる善三の命であったならば、なんだってホイホイやってしまいそうな気がする。


「ね、ちょっと見せてください」

 手をのばすと、「門外不出の極秘資料だから」そう言って、善三は背中にファイルをさっと隠す。

 嘘つけ!

 内心でわたしは叫んだ。門外不出の極秘資料なのに、床の間の雑多ななかに埋まっていたぞ。「見せてください」「無理。ムリ」「ちょっとで良いので」「全然ムリ」をくり返した結果。善三が、「じゃあ。羽鳥組うちのメジロ起源の話しをしましょう」と言い出した。


「前迫さん。見るなの座敷ざしきって。知ってます?」

「いえ。全然」

 わたしは頭を振った。アルコールのせいか、振ると頭がふわふわする。

「前迫さん、本読まないタイプでしょう?」

「です。です」

「あ、やっぱり」

「丹羽さんはよく読むんですか?」

「見えます?」

「ぜんぜん」

「あたり。バカなんだから本読めって、よくおかあちゃんに怒られた口」

 なんだ。同類だ。

 二人で顔を見合わせて笑った。酔っぱらいなので、何を聴いても可笑しくなってしまう。


「でも。見るなの座敷はこんなチビの頃から」

 善三は親指と人差し指でちいさな隙間をつくると、「爺にイヤって程きかされて育ったんで、前迫さんに教えられます」

「へえ」

「昔むかしーー」

 善三が語りだす。


 昔むかし。

 ある男が山のなかで道に迷う。途方にくれながら歩いて行くと一軒の屋敷が現れる。山のなかには不似合いな豪奢な屋敷だ。そこで一晩の宿をう。

 屋敷にはそりゃあもう美しい娘がいて、男をもてなしてくれた。

「いつまでも居てください」娘は男にそう言うのだった。

 やがて男は娘とねんごろになる。屋敷のなかで、男は自由気侭に振る舞う。しかしひとつだけ。屋敷にはしてはいけない事があった。

「この座敷にある四つの襖のひとつ。四番目は決して開けてはいけません」

「わかった」

 男はわけも分からぬままに頷いた。決して開けやしないと約束する。

 この襖というのが不思議なもので、開けるとそこには別世界が広がっている。


「一つ目の襖で夏景色。二つ目の襖で秋景色。三つ目の襖には冬景色」

 タラをむしりながら、善三が言う。

「まあ、これには諸説あって、四つの蔵っていうのもある。襖の場合は四ではなく十二だという話しもある。ただどれも最後は決まっていて、男は禁忌をおかしてしまう」

「じゃあ、禁じられていた四番目を開けてしまうわけだ」

「そうそう」

 善三は酒で赤い顔をしてうなずく。


「やめときゃ良いのに、開けちまう。開けた襖の向こうには満開の春の花。そして梅の樹には一羽のうぐいすが居て、ほけきょと鳴いている。

 美しい春の世界に惚けた様子の男に、鶯が告げる。

 あなたさまは禁をおかしてしまいました。これでお別れです。

 気がつくと屋敷も美しい娘もどこにもいない。男は元の山中にただひとり取り残されている。そこで終わりだ。ちゃんちゃん」

「ふんふん」

 わたしは鮭とばを齧りながら頷いた。

「昔話の定番だ」

「だね」

 善三が頷く。


「で?」

 わたしは尋ねた。

「なんで、今この話しを?」

「うん。実はさーー」

 善三がひそめた声で言う。

「この話しは鶯長者ともよばれていて、主役が鶯なんだけど。メジロだって説もある」

「は?」

「って、爺の爺のそのまた爺の代から、我が家では語り継がれている」


 善三がまっすぐにわたしを観る。

 その顔は酒で赤い。だらしなく頬杖をつき、口からは鮭とばの先がちょろりと出ている。だが目つきはコワイくらいしっかりしていた。


「メジロボールのメジロは普通のメジロじゃない」

 善三の言葉にわたしは無言で頷いた。

「羽鳥組のメジロの起源は、この見るなの襖の向こう側。常世とこよの春に住むメジロだって語り継がれてきた」

 今度は頷けなかった。わたしはぽかんと、善三の顔を眺めるばかりだった。善三はそんなわたしに構うことなく、静かに告げた。


「あいつらは、かみさんなんだ」

 

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