第12話 ネクタイとやさぐれと冴えない恋愛事情で、ましまし(2)


 

 よくぞ訊いてくれました。

 そんな感じで顔を輝かせると、「シジュウカラさんで、ましまし!」

 まっしーはむっふん!! と胸をはる。なんちゃってネクタイも、はらりと揺れる。

「ネクタイはジェントルマンのあかし。まっしーは紳士でおしゃれなシジュウカラさんとお友達になりたいで、ましまし」

 その言葉にわたしはわずかばかり安堵あんどした。どうやらシジュウカラ熱はLOVEではなくLIKE方向らしい。やれやれだ。


「お友達になるなら、ピーナッツが良いかもよ」

 山田准教授が言う。

「ピーナッツで、ましまし?」

「そう。シジュウカラはナッツ類が大好物なの。二月の節分で余ったピーナッツを、母がリースにして木の枝に下げてたりした」

「それは良い情報で、ましまし」

 まっしーが肩のうえで小躍りする。

「まっしーもやってみるで、ましまし」

 いや、お前リースなんて作れるのかよ。ゼッタイ斎藤さんか、わたしにおねだりだろう。


「それにしても凝っているねえ。シジュウカラのネクタイかあ」

 山田准教授は「どれどれ」と断りをいれてから、ネクタイをこねくりまわした。

「よくできているじゃない。これ前迫くんが作ってくれたの?」

「まさかで、ましまし」

 へっという感じで、まっしーが肩をすくめる。なんだよ、その態度。わたしを小馬鹿にしているのか。リースの手伝いをねだっても却下だ。却下。わたしはやらんぞ。

 わたしはまっしーを軽く睨みつけたが、どこ吹く風といった態度だ。

「斎藤さんで、ましまし」


 まっしーの回答に、「斎藤さん? もしかして前迫くんの彼女さん?」と、訊くではないか。わたしは慌てて頭を振った。

「滅相もない。我が社の事務員です」

「ああ、そう」

 あまりのわたしの焦りぶりが可笑しかったのか、山田准教授がくすりと笑う。


「斎藤さんはやさしくて、読書好きで、ご主人にはもったいないで、ましまし」

「しかも歳の差がおおいにあるで、あります」

 今まで大人しくしていた、にーくんまでが会話にはいってくる。

「アラサーのご主人と、新卒の斎藤さんでは釣り合わないで、あります」

 にーくんめ。的確に痛い所を突いてくる奴だ。

 しかしにーくんの余計なひと言などなんてことない。「あらあら」と、言いながら山田准教授が微笑んでいる。その事実でわたしは内心ほっこりだ。矢張りメジロは使える。場をなごませる天才だ。

 Kの原田さんは確かに手強いが、コチラには天下無敵のメジローずがいる。黒崎教授もこいつらを結構気に入っている。明日あたりメジロに教授の好物である天津甘栗てんしんあまぐりなど持たせて、ご機嫌うかがいだ。そう思っていると、やっくんがとんでもない事を言いだした。


「しかしご主人は、斎藤さんと同い年の永井さんとお付き合いしているで、あります」


「え?」と、にーくん。

「ひゃ?」と、まっしー。

「あら」と、山田准教授。

 わたしは、「はあああ”?」と唸った。


 なんだ。そのガセネタは。

 お前はいつからそんな暴露週刊誌記者みたいな、でっちあげを言うようなメジロになったのだ。しかも本人の目の前で!

 正直山田准教授さえいなければ、むんずと捕まえて遠くとおく。天の彼方にむかって投げつけてやりたい心境だ。しかし女性の前で、その様な暴挙ができようはずもない。わたしは苦虫を噛み潰したような表情で、「なに言っちゃってんのかなあ? やっくん君は?」問いただした。


「ホントであります。秘密の関係なので、ありますよ」

 やっくんは悪びれもせずに言う。


「本当にホントでありますか?」

 にーくんが食いつく。

仰天ぎょうてんの事実で、ましまし」

 まっしーも食いつく。

「やるじゃない」

 山田准教授までもが食いついてくる。

「どんな人なの? メジロちゃん達知っている?」

 しかもその表情には、焦りや嫉妬は一欠片ひとかけらもない。純然たる好奇心。もとい野次馬根性が見てとれる。それがわたしのデリケートなハートを傷つける。


「信金レディースのお一人で、ましまし」

 まっしーが言う。

「しんきん? 銀行員さんって事?」

「そうで、ましまし。ショートカットで、可愛いで、ましまし」


「紅茶はレディーグレイで、ウエッジウッドで、あります。やや少女趣味が難ではありますが、無類の鳥好き。しかもメジロボールを手にいれた家系。いやはや、ご主人が狙うのも分からんではないであります」

 にーくんがいらぬ情報をもらす。

「あら、いいじゃない!」

 山田准教授の熱心さに、わたしは項垂うなだれる。だがここで心を折るわけにはいかない。


「そんな事実はない!」

 わたしは叫んだ。

 もしこんなガセネタが社内にまでおよんだら、噂話の餌食になってしまう。広瀬さんあたりに知れたら、骨さえ残らない。下手をしたら。いや確実に、信金まで広がってしまうだろう。

 ここは速やかに。かつ穏便に誤解を解き、尚かつやっくんにお灸をすえなければならない。頑張れ、わたし。ふんばるんだ、前迫篤。

 わたしは内心で荒れ狂う(おまえ巫山戯んな。それ以上デマを吹聴したら、焼き鳥にしてやるぞオラ)的な嵐を抑え、穏やかな声をだした。


「こらこら、やっくん。嘘を言うのはダメだぞ」

 叱るときは冷静に。あくまで教え諭す気持ちで子供には接するべし。どうだ。読書効果だ。わたしは既に、いっぱしの理解あふれる父親だ。

「そんな事を言うと、皆が誤解をするし、わたしも永井さんも迷惑をうける。分かるだろう?」

 慈愛さえにじませてそう告げてやったというのに、やっくんときたら反省するどころか、「でも連絡をこまめにとっているで、あります」

 さらに爆弾をおとしやがった。


「昨夜も布団にはいったまま、遅くまでラインをしていたで、あります。ご主人の顔はにやついて、やつがれは大変気持ち悪かったで、あります」

 まるい黒目をくりくりさせて、やっくんは言う。その様子は頑是無がんぜな幼子おさなごの様だ。

 だが、わたしは騙されんぞ! その目の奥にある、ずる賢いひかりはなんだ? お前アレだろう。先ほどわたしにデブと言われ、それを根に持ち嘘八百で仕返しをしているんだろう。くそ。なんという腹黒メジロなんだ。


「そう言えば、遅くまでスマホの明りがチカチカしていたで、ありますな」

 にーくんが唸る。

「あの光は目に刺さる感じで、好きじゃないで、ましまし」

 まっしーが不満そうに言う。

「春ねえ」

 山田准教授はすでにすっかり信じきっている口調だ。まずい。かなりまずいぞ、わたし。


「わたしは潔白だ!」

「……ライン」

 わたしの台詞にかぶせるように、ぼそっとやっくんが呟く。横目で睨むと、やっくんはふいと視線を外す。くそ、くそ、くそ。


「ああ、そうとも。昨夜はラインしていました! はい、そうですよ!」

 もう、やけくそだ。わたしは大声でやっくんに怒鳴った。

 すると、どうだ。こいつは気圧けおされた風もなく、かえって意地の悪い感じでこちらに向き直ると、目の玉をひからせたではないか。


「ほら。事実であります」

 そして得意そうに胸をそらせる。

「だが、永井さんとしていたのは、お前等の相談だ! やましい事などナニひとつない」


「吾らの?」

 にーくんが首をかしげる。

「相談?」

 つられてまっしーもかしげる。お得意の無意識での可愛いポーズだ。

 ああ、この二羽の純粋さあふれる仕草が、ささくれだった心に染みる。

「そうだ。やっくんのダイエット相談だ。恋愛うんぬんはいっさいない」


「……なんだ」

 にーくんが半目になる。

「相変わらずもてないで、ましまし」

 まっしーも半目になる。なんだよ。さっきの可愛いポーズはどこ行った。疑いが晴れてもちっとも嬉しくないのは、バカにされているからなのか? そうなのか?


「しかし、やつがれらの相談とは。まるで夫婦のようで、ありますな」

 やっくんだけが、まだ食いついてくる。なんてしつこいメジロだ。スッポンか。


「お前らに関しては、永井さんが適任だっただけだ。それ以上勘ぐっても、なんのネタもでてこんぞ」

 終いにはわたしもバカらしくなってきた。


「しかし……」

 やっくんはまだ言い足りないようであったが、「まあまあ」にーくんがそっと間にはいる。ここが潮時と心得ている的確な対応。まさにできるメジロの面目躍如めんもくやくじょだ。

「よくよく考えるで、あります」

 にーくんはやっくんに、向き合う。


 そうだ。やっくんよ、にーくんにさとされてよくよく考えろ。わたしはふかく頷いた。


「ご主人はいたって真面目な性格。そして平凡。全てにおいて平凡」


 ちょっとひっかかるが、まあ、いいか。わたしは更に頷いた。


「さらに少々ネガティブな思考の持ち主で、あります。そんなご主人が一回りも年下の女性に果敢にもアタックするとは、ちと考えられないであります」


 ……かなりひっかかるが、まあ……いいか。


「万にひとつ。好意を抱いたとしても、それを器用に伝えるなど、できようはずもないのが、現実。

 では永井さんはと言えば、彼女がご主人に惹かれる要因などほぼ皆無。キュートな永井さんがお付き合いを考えるような、若くて前途有望な男性は掃いて捨てる程おります。もし。万にひとつでも永井さんがご主人に好意を示す事態があるとしたら、それはまっしー狙いで近づくくらいで、ありましょう」


 ……段々物悲しい気持ちがわきあがってくるぞ。おい。なんでそんなシビアな事言うんだよ。にーくんよ、お前はわたしの心の友だったんじゃないのか。 


「それも……そうで、ありますな」

 やっくんが、渋々といったていで頷く。おい、こら。それで納得してしまうのかよ。チクショウ。


「分かってくれるで、ありますか?」

 にーくんが、やっくんの羽をぽんと叩く。

「分かったであります」

 やっくんが、にーくんとまっしーに、「やつがれの誤解だったでありますな」と言う。

 

 どうにもこうにも釈然しゃくぜんとはしないが、なんとか話しはまとまった様だ。ではこれで、よしにしよう。にーくんのとんだスナイパー発言に、わたしのメンタルが瀕死ひんしになる前にケリがついて良かったよかった。

 やっくんはわたしにも頭を下げて、「悪かったであります」一応謝ってくれた。律儀にも山田准教授の手にとまり、「すみませんで、あります」こちらにも頭を下げる。よし、めでたしめでたし。そう思った。なのにーー


「よくよく考えたら、ご主人の好きな女性は真希さんであったで、あります。やつがれのうっかりで、ありました」

 てへ、という感じでやっくんが舌をだした。

 わたしは凍り付いた。

 いや、お前ソレ確信犯だろう。ゼッタイ最初からそこに話題をもっていくつもりだったろう。永井さんルートは単なる前座であったろう。

 わたしのハートは、やっくんの放ったメガトン級爆弾に打ち砕かれた。

 

「えっ!?」

 と、山田准教授が目を見開く。

「そういえば、ご主人は……」

 そこまで言って、さすがににーくんは言い淀んだ。しかし、

「真希さんの写真をこっそり持っているで、ましまし」

 まっしーが追い打ちをかけやがった。こちらはあくまで天然であろう。

 しかしまっしーから放たれた大陸間弾道ミサイル級発言に、わたしは自分のしかばねを見た思いであった。

 顔が赤い。

 鏡を見なくたって分かる。体中の血流が、ざあざあと轟音をたてて顔面に一点集中していくのが分かる。


 わたしはナニも言えなかった。

 ひと言の弁明もできなかった。山田准教授の顔さえ見られなかった。この場でわたしにできる事は数少ない。誤摩化すか、逃げるか。

 中学生ではないのだ。逃げは無駄だ。逃げても商談で今後も会う相手だ。よし!

「あ、え〜と。写真ってアレですよ。アレ」

 声が完璧裏返っている。気後れするな、前迫篤。堂々としていれば良い。写真一枚手元にあったところで、(まだ)犯罪行為ではない。大丈夫だ。

「昨年。いや、一昨年だったっけな? ホラ、商品展示のブースでたまたま会ったでしょう? あれ、違いましたっけ? とにかく商品の写真を撮った時に、たまたま。もの凄い偶然で山田准教授が写っただけであって。決して盗撮とか、そういうものでは……あれ?」

 気がつくと誰もわたしの話しを聞いていない。山田准教授は丸めた手のひらのなかを、覆い被さるように見つめている。にーくんと、まっしーもだ。二羽の背中越しに、わたしも覗き込んだ。するとそこには思いもかけなかった光景があった。


「いたい……痛いであります……」

 山田准教授の手のひらで、やっくんが唸っている。躯をきゅうと丸め。目を瞑り。ぶるぶる震えている。

「やっくん! どうした!?」

 わたしは叫んだ。

 やっくんは答えない。変わりに、にーくんが「急におなかを押さえて痛がりだしたで、あります」動揺しながらも、的確に教えてくれる。

「ど、動物病院ってどこだっけ」

 山田准教授が青ざめながらも尋ねる。

「だめです」

 わたしは速攻で首を横に振った。

「どういうこと?」

 山田准教授の視線が尖る。

「まさか助けないつもり?」

 にーくんが息をのむ気配に背を向け、わたしはスマホを取り出し、登録しておいた電話番号を押した。コール音がやたら間延びして聴こえてくる。

 でてくれ。頼む。

 祈るように、心中でそう繰り返した。







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