第9話 もっふん・ぽっちゃり・デブ疑惑で、ましまし


 その事実は唐突にわたしの目をひいた。

 近くにいると、とかく分からないものである。だが一旦知ると、事実から目をらすのは容易ではない。

 どうしたものか。

 答えは未だでていない。



 新年があけ、世の中はとり年。

 メジロもまた鳥。

 我が社の新年の年賀状に当然のように採用されたのは、メジロ共であった。

 十二月某日。写真撮影会は行なわれた。当日用意されたおおきな鏡餅を中心に、メジローずがはしゃいでいる写真を撮ったのはわたしだ。


 今でもはっきりと覚えている。

 撮影会はただただ面倒であった。

 なにせ相手はあのわがまま気侭きままメジローず。

 朝からわたしは、めろーーんとした気分であった。しかも所長命令の写真撮影会という名目に、すっかり気をおおきくしたメジロ共は、やたら威張りくさっていた。

 この撮影会のすぐ後に、例の「インコのココちゃんを巡るメジロ仲たがい事件」は起こるのだが、この時は三羽そろって仲がよく、騒ぎまくっていただけだった。


 午前十時から始まった撮影会は、既に一時間が過ぎていた。

 一体全体いつまで続くんだ。そもそも今日は土曜日だ。会社は休み。むろん我々も休み。なのに休日出勤。

 これって休日手当つくんですよね。いつもなら真っ先にそうきり出す早崎くんまでが、率先してメジロ共の世話をやいている。

 だらしのない奴め。

 休憩時間。わたしは壁にもたれ、メジロ共と早崎くんのやり取りを、ぼんやりと眺めていた。


「ここは蒸し暑いで、ましまし」

 まっしーは広瀬さんが用意した、カピパラさんハンドタオルのうえに寝そべりながら、そうのたまう。

「そう? 暖房弱めようか?」

 甲斐甲斐しくも早崎くんが言う。

 お前は、そんなつくしキャラじゃないだろう。


「ライトのせいでありますよ」

 にーくんがマジメくさった顔で言う。

 いや、ライトって言っても撮影用大型ライトとかじゃないから。社内のデスクライトで照らされているだけだから。

「みかんジュースが欲しいでありますな。皆も喉がかわいてないでありますか?」

 にーくんが言う。すると途端に、

やつがれは、りんごジュースが良いであります」

「午後ティーでましまし。ミルクティーで、ましまし」

 注文をしだす。

「みかん。りんご。午後ティーね」

 早崎くんがメモにペンを走らせる。


「他に甘味も欲しいで、ましまし」

「甘味?」

 早崎くんが聞き返す。

「おっ! いいでありますな!」

 にーくんが賛同する。

「あんのうさんが、いいであります」

 やっくんが注文をつける。

「焼き芋かあ……安納あんのういもじゃなくても良い?」

「まさかっ!」

「考えられないであります!」

「あんのうさんの前に、あんのうさん無しでましまし!」


 三者三様。

 いや、三羽三様の我が儘は限度を知らない。飼い主として、ここはわたしが注意をすべきだ。


「おまえらなあっ!」

 わたしの怒号一歩手前の叫びにも、メジロ共は涼しい顔だ。

 まさに鬼に金棒。虎の衣を借りる狐。背後の松岡所長。


「おや、ご主人はなにを怒っているのでありますかな」

 やっくんが澄ました顔で言う。

 しかもこいつ、ティッシュボックスのうえで足組んで座っているよ! 

 メジロの分際で、足組んで! 

 どこの銀幕のスター気取りだよ!! って、言うかどういう脚の構造しているんだよ!?


「おや、おやおやおや」

 理性派にーくんまでが尻馬にのる。そして隣に座り足を組む。

「おやおや、ましまし」

 無論まっしーも右に同じ。

 わたしにしてみれば、腹が立つだけの仕草も社の人間の歓声を呼ぶ。


「うわあああ。可愛い!」

 広瀬さんが黄色い声で叫ぶ。

「所長。ホラ、見てください! ナイスポーズです!」

 早崎くんも叫ぶ。

 なんだよ、その態度。メジロ共のパシリと化したお前を哀れに思っての行動だったのだぞ。

「おい、カメラマン、なにやってんだっ! シャッターチャンスを逃す気かっ!」

 そう言いながら、松岡所長は既にスマホを構えて連写している。

 いやもう、所長のスマホで良いじゃないですか。だがそんな事を言ったら最期、バッシングの嵐は目に見えている。


「へーーい」

 わたしはせめてもと、声にイヤイヤな気配をのせながら、一眼レフのカメラを構える。

 全くもって、誰だよ! 

 とり年なんて考えだしたやからは。とり年じゃなくて、つる年とか、たか年で良いのに。

 しかしそんなこんなで作製した年賀状は好評だった。


 あの可愛いメジロちゃんって本物なんですか? 

 年始の挨拶に行く度に声をかけられる。早崎くんの報告に、松岡所長は「そらみた事か」と胸をはる。


「当然の反応でありますな」

 メジロ共の自惚れは天井知らずだ。

 所長は引き延ばした写真を自分のデスクのうえに飾り、あまつさえ事務所の高性能コピー機を使って、ポスターまでつくってしまった。

 図柄は三枚。


 鏡餅とメジロ。

 足組みメジロ。

 最後の一枚はおじいちゃんと一緒。もとい。所長の肩に鎮座するメジローず。

 それがばばばんっと事務所の壁に貼られている。もはや研究機器販売なのか、野鳥愛好事務所なのか分からぬ有様だ。



 そして、松がとれた月曜日の朝。

 朝礼でわたしは気がついた。

 純然たる事実。動かしがたい現実に気づいてしまった。


 所長を前に半円になり、我々は朝礼をおこなっていた。

 足を肩幅にひらき仁王立ちの所長。その横には今週の予定を読み上げる斎藤さん。わたしの目は、彼らを通り越し、背後の壁に釘付けであった。


 メジロポスターを確認。

 そして右を見る。

 ポスター。

 さらに左を見る。

 ポスター。

 再度右確認。

 まるで新一年生の横断歩道指導のような動作をしていると、所長から声がかかった。


「前迫くん。君、なにやっているんだね」

 避難するような声色に、咄嗟に後先も考えずに、思った事が口からぽろりとでた。

「いや。太ったなあ、と思いまして」

 途端。右横から、「なんですって!」とんがった声があがる。

 広瀬さんだ。しまった。

 わたしは慌てて右横に並ぶ広瀬さん相手に、これでもかと首をぶんぶん振った。無論横向きにだ。


「いえ。広瀬さんではありません!!」

 誤解されてたまるものか。

 広瀬さんは経理担当者。彼女の不快を買うは、すなわちなんだかんだといちゃもんをつけられ、多くの領収書が戻されるという金銭的死を意味する。

 それでなくとも、わたしは年上の女性が苦手なのだ。いや、正直に言えば女性全般の不興を買うのを極力避けたいのだ。


「けど、二回も私の方を見てたわよね! 二回も!!」

 ああ。気づいていらしたんですね。

 けど違うんです。わたしがやんわりと否定しようとした時だ。


「ご主人。女性に失礼でありますよ」

 右肩にとまっていたにーくんが、わたしをとがめる。

 多分にーくんにしてみれば、仲裁に入ってなんとか穏便な方向へ。の配慮だったかもしれない。にーくんはそういう奴だ。仕事できる系の気配りメジロなのだ。しかしそこで、やっくんがしゃしゃりでた。


「ご主人はデリカシーが足りないと、常々感じておりました」

 にーくんの隣で、さも偉そうに言うではないか。わたしはその余計な一言に、血管が切れそうになった。

 なんだよソレ。生意気メジロめ。偉そうな態度をしているくせして、くちばしにバナナのかすがついてるぞ!! 

 しかしここは我慢。我慢である。


「ちがうってば」

 わたしは小声で、やっくんの発言を否定する。

 広瀬さんの目がある。頭ごなしにメジロを怒るとわたしが怒られる。

 なのにやっくんは空気を読まない。と、いうか、こいつの場合は空気が読めない。基本、やつがれの空気をお前らが読めよ、というスタンスのメジロなのだ。


「我が主が申し訳ないであります」

 わたしの代弁もきかず、やっくんは広瀬さんの機嫌をとりだす。

 つまりわたしの株を落とす行為にでた。

「前迫くんのデリカシーのなさは新入社員の頃からよ」

 広瀬さんは慈愛に満ちた目でわたしを、いや、わたしの肩のうえのメジローずへ語りかける。

「だから彼女さんができないで、ましまし」

 まっしーが自分の事は棚にあげ、高らかに言う。

 こいつ音痴のくせに、声の通りは妙に良い。その台詞が事務所中に響き渡る。


「あら、ホントね」

 広瀬さんが笑う。

「主任、しょうがないですねえ」

 早崎くんまでが笑う。その顔がやれやれと語っている。

 どついてやりたいが、奴はわたしと遠く離れた壁際。くそ、忘れないからな、その態度。


「はいはい。おしゃべりはそこまで」

 所長がぱんぱんと両手を打ち鳴らす。

「正月あけで気が緩んでいるかもしれないけど、そこはびしっとしめていって下さい。では今期の数字目標読み上げて」

「はい」

 場の空気が元にもどる。

 皆の視線は資料を読み上げる斎藤さんへ注がれる。

 そのなかでわたしは、彼女の背後で生意気にも足を組んでいるメジローずのポスターに注がれる。


ーー腹だ。腹。


 右肩のうえでバナナの残りかす野郎が、くわっと欠伸をする。


ーー腹が違うんだ。


 そう。わたしが気がついた現実とは、やつがれやっくんのデブ化であった。

 そもそも年末から年始にかけ、やっくんのぐうたらぶりときたら酷いものであった。

 食べてはごろり。飲んではくたり。

 寒風を受け、なお雄々しく生きている野鳥の皆さん方に合わす顔がお前はあるのか!? そう詰問きつもんしたくなる、ぐうたらぶりであった。

 それに輪をかけて、にーくんがまた甘やかす。

 元々にーくんは世話焼きポジだ。やっくんの暴言をさらりとかわし。まっしーの我が儘に根気よくつきあってやる。

 メジローずのえんの下の力持ち。おうぎかなめ的メジロである。

 そのにーくんの甘やかしが、これでもかっ、と炸裂している。

 思い起こせばクリスマスの蜜柑も、強請られるといくらでもくれていた。わたしお手製のバードケーキだってそうだ。


「お前ちゃんと食えよ」

 二羽がむしんむしんとついばんでいるのを、おっとりと眺めるばかりのにーくんに、わたしは声をかけた。すると目を細め、

「やっくんとまっしーが食べてからいただくであります」

 そう言うのであった。


ーーお前はやつらのおかんか! 

 内心そう思いつつ、口にだすと、これまたやっくん辺りが五月蝿く反論すると思って、「そうか」わたしはひきさがった。

 しかしこの頃のにーくんは度を超している。裏返せばやっくんの甘えも天井知らずだ。

 メジロにはメジロの暗黙のルールというものがあるのかもしれない。

 餌の食べる順番なども決まっているのかもしれない。

 やっくんは自称リーダーであり、まっしーは末っこだ。だからこそにーくんは二羽に譲っているとも考えられる。だからといってーー


 わたしは広瀬さんに注意しつつ、右肩のやっくんを横目で確かめた。

 間違いない。冬毛で今まで騙されていたが、事実だ。腹がそれを物語っている。

 ぽっちゃりと言えば聞こえは良いかもしれない。だがあえて言おう。

 デブだ。こいつはデブになっている!



 朝礼後、わたしは三羽を肩に外出した。

 遊びではない。営業だ。しかしその前にやる事がある。

 近所のスーパー「なりさわ」へ行く。ここは冬になると店内で焼き芋を売る。芋の種類も豊富である。メジロ御用達の安納芋がある。


「あんのうさんで、ましまし!」

 店内に入るやいなや漂う甘い匂いに、まっしーが肩のうえで浮かれ騒ぐ。

「お店では、しーでありますよ」

 にーくんがやんわりと、まっしーをたしなめる。流石にーくん。心憎い気遣いである。わたしは代金を払い、寒風のなかぞうさん滑り台のある公園へ行った。

 公園は寒いにも関わらず親子連れがちらほら居る。子どもは風の子。しかしお母さん方は寒そうだ。大変ですね。わたしは胸の内でひっそりと呟く。


「あんのう」

「あんのう」

「あんのうさん!」


 ベンチに座ったわたしの肩のうえで、三羽はラインダンスを踊る。どんだけ芋好きなのだ。


「芋はやるぞ」

 わたしは重々しい声で言った。

「流石はご主人」やっくん。

「太っ腹で、あります」にーくん。

「早くで、ましまし」まっしーが催促する。

 早くはやくと急かす三羽を、片手をあげて制す。

「まあ、待て。やるが条件がある」

「なんでありますか?」

 にーくんが聞く。

「お前らアレをやれ。三羽そろって足組みだ」

「なんだ」やっくん。

「そんな事で、ありますか」にーくん。


「はいで、ましまし」

 まっしーがいち早くベンチに下りて、ちょこんと座り足を組む。

「それ」

 にーくんが次に続く。

「ほれ」

 かけ声と共に、やっくんがーーこけた。


「え?」

「ええ?」

 にーくんとまっしーが目を見開く。


 やっくんは足を組もうとして、後ろにどでんとコケたのだ。無様。なんともぶざまな姿に笑いそうになった。

 ひっくり返ったやっくんは、無言で蒼白な表情だ。あまつさえ、ぷるぷる震えている。プライドが山ほど高い、やっくんだ。二羽の前でコケた自分が許せないのだろう。しかしこれで決定だ。


 デブは足が組みづらい。これが現実だ。

 そして足が組めないメジローずなど、普通のメジロと同じであろう。


「ダイエットだ!」

 わたしは立ち上がると叫んだ。

 叫びながら芋をふたつに分ける。芋の断面からほっかほかの湯気があがる。

「ふつう体型に戻るまで、あんのうさんはお預けだ!」

 大きな方をにーくんに。もう片方をまっしーに渡す。まっしーは芋の魅力に目が眩み、やっくんをほったらかして、すぐにも喰らいつく。一方のにーくんは、芋とやっくんをチラチラと見比べている。

「ほれ、おまえは喰うんだ」

 わたしがせかすと、「いや。でも、やっくんが……」にーくんが言い淀む。

「やっくんの為!だ。残さず喰っちまえ」

 わたしのだめだしに、「それならば」おずおずと、にーくんが食べ始める。


「うううううう」

 やっくんが悔し涙を浮かべた目で、恨めしそうに芋を。芋を食べる二羽を見る。

やつがれはデブではないであります。ぽっちゃり愛されメジロであります」

 北風がぴゅうと吹く。仰向けになったやっくんは、ジタバタと両の足を動かす。そんな言葉に騙されるものか。わたしは白日の元に晒されたやっくんの腹を人差し指で、そっと押した。指先はふわりとした冬毛に包まれた肉に埋まる。


「デブだ」

 真実を告げる。


 ベンチで小鳥の腹を押すアラサーに、砂場に居た親子連れが帰り際に、冷たい視線を投げかけてくる。

 構うものか。真実の追求は残酷で、いつだって情け容赦がないのである。








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