第8話 ぎくしゃくメジローずで、ましまし(5)


「まっしーはおみそのメジロであったで、ましまし」

 まっしーが、ぼそぼそと話しだす。

「やっくんとにーくんがいなければ、メジロボールのメジロにはなれなかったで、ましまし。ぎゅうぎゅうで、きつきつだったけど、どうしてもボールに入ってみたかったで、ましまし」


「メジロは、ぎゅうぎゅうを好むであります」

 にーくんが頭の上から、高らかに叫ぶ。

「まさに、その通り!!」

 やっくんも叫ぶ。叫びながら飛び跳ねる。だからそれ、ヤメろってば。

「まっしーがいたから、ぎゅうぎゅうで暖かであったで、あります」

 と、にーくん。

「終わりよければ全てよしで、あります。まっしーのおかげで、ご主人は何ともレアな三羽入りお得ボールを手に入れられたで、あります」

 と、やっくん。

 いや。わたしは望んでいたわけではないからな。

 ちっとも。これっぽっちも。望んで手にいれたわけではないからな。終わり良ければって、どこも終わってないからな!


「やっくん。にーくん」

 まっしーがふるふると身を震わせる。

「ずっとおみそだと思っていたで、ましまし。肩身が狭かったで、ましまし」

 翼で顔を覆い、まっしーはすんすんと鼻を鳴らす。

「だから意固地になってしまったで、ましまし。まっしーもつがいが欲しかったんで、ましまし。一丁前の大人メジロになりたかったんで、ましまし。けど番うだけではきっとダメなんで、ましまし。浅はかで恥ずかしいで、ましまし」

 ましまし。ましましと連呼しながら、まっしーが言う。

「番を求めるのはメジロの本能。恥ずかしい事ではないで、あります」

 番もちのにーくんが言う。

「まさに。まさに! まっしーはラッキーなメジロ。きっと大きくなれば素敵な番に巡りあえるで、あります」

 右に同じくリア充やっくんが言う。


「吾がラッキーメジロとはっ。途方もない僥倖ぎょうこうで、ましまし」

 単純とり頭のまっしーが叫ぶ。

「そうでありますっ」

 にーくんが頭上から、ずささとまっしーの元へと滑降していく。

「ラッキーメジロ万歳で、あります」

 やっくんも続く。

 三羽で、がしっと抱き合う。


 なんだよ、ラッキーメジロって。宝くじでも当ててくれんのかよ。

 おとぼけメジロ共を前に、籠のなかのキウイちゃんと、ポポくんは我関われかんせずだ。いちゃいちゃモードを崩していない。

 永井さんと斉藤さんは、「仲直りおめでとう」「良かった。よかった」と拍手をしている。

 わたしはその様子をただただ、ぽかんと眺めていた。

 うん、分かっていた。いつか茶番のごとく仲直りをするっていうのは。それよりも、羽鳥組みがどうしたとか。流通がどうのとか。元々景品として製造されていたとか。そっちの方で頭のなかはキャパオーバーだ。

 呆然としているわたしの横に、拍手を終えた永井さんがそっと立つ。


「残念です」

 視線はメジローずに向けたまま、永井さんはひそめた声で話す。

「なにがですか?」

「かなり本気で、まっしーちゃんが欲しかったんですが」

「マジですか?」

「本気でした」

「あーー」

 どういう反応をして良いものなのか、分からない。

 永井家は住み心地が良さそうだ。

 清潔な籠。とり好き一家。大勢の仲間たち。わたしと狭いアパートにいるよりも、充実した環境に思える。

 だからといって、はいどうぞと、簡単にメジロ三羽を押し付ける気には、何故なのかならない。良い厄介払いだ。そう思っても、「どうぞ」の一言がでてこない。


「いいんですよ」

 永井さんがわたしに向き直った。

 逆にわたしが視線をずらしてしまう。今じっと彼女を見つめたら、その瞳に写っている自分の顔を見るはめになる。それだけは、どういうわけか避けたかった。

「本気でしたが、メジロボールの譲渡が叶わないのは知っています。それでも、もし。そう願ってしまっただけですから」

 柔らかく微笑むと、「良かったね、まっしーちゃん」そう言って永井さんはメジロ共の元へ駆け寄って行った。



 居間のソファーでだらしなく寝込んでいた早崎くんを回収して、我らは永井家を後にした。帰り際に、わたしは永井さんへ紙袋を渡した。

「あら、バードケーキ!」

 永井さんが弾んだ声をあげた。

 その様子からどうやら滅茶苦茶な失敗作ではないらしいと、安堵する。

「それホントに美味いんすか?」

 早崎くんが半信半疑な目つきで聞く。

「庭で野鳥の餌付けをしているんですが、バードケーキは一番人気です。皆夢中で食べに来ます」

 永井さんが保証する。


「キウイちゃん達も食べるんで、ましまし?」

 まっしーが尋ねる。

 すっかり元サヤに戻ったメジーロずは三羽そろって、わたしの右ポケットにはいっている。

「キウイちゃん達もあげればきっと喜ぶと思うけど、ダメだろうなあ」

 永井さんが応えた。

「なんでで、ありますか?」

 やっくんが首をかしげる。

「インコや文鳥は、籠で飼っているでしょう? 野性の小鳥たちとは全然違う生活をしているから、油や砂糖を使っているケーキは栄養がありすぎるの」

「栄養のとりすぎになるという事で、ありますか?」

 にーくんが訊く。

「そうそう」

 にーくんの言葉に、永井さんが同意する。

「同じ鳥と言っても、違うものでありますな」

「まったくであります」

 にーくんと、やっくんが共に頷き合う。


「吾らは大丈夫で、ましまし? 食べてみたいで、ましまし」

 まっしーが呟いた。

「まあ、少しなら……いけるだろう」

 わたしはまっしーの丸い頭を突きながら言った。

 野性のメジロは食べると広瀬さんから聞いている。大体最初からやるつもりで、半分は自宅の冷蔵庫にいれている。今更喰わんと言われても、わたしが処分に困るだけなんだ。喰ってもらわなければ、いかんともしがたいではないか。


「ミサちゃん、今日はありがとう」

 斉藤さんが手を振る。

「ごちそうさまでした」

 早崎くんが律儀にお辞儀をする。

「またで、あります」

「楽しかったで、あります」

 やっくん。にーくんが翼を振る。


「また来てね」

 永井さんも手を振る。その肩に、ひょいとまっしーが飛び移った。

「ほんのちょっぴり」

 永井さんの耳元で、まっしーが囁く。

「ほんのちょっぴりでもダメで、ましまし?」

「え?」

 永井さんがきょとんとした顔で、まっしーを見た。

「ココさん。移動できっと疲れているで、ましまし。ご主人のケーキを、ココさんはきっと気に入るで、ましまし」

「……じゃあ、ちょっとね」

 永井さんがふんわりと微笑んだ。

「ちょっとで、ましまし」

「知っていたんだね?」

「恋の力で、ましまし」

 そう言うと、まっしーはわたしの肩へと戻って来た。



「よく分かったなあ。おまえ」

 わたしはビアンキを押しながら、まっしーへ尋ねた。

 本来今日永井家に行ったのは、信金インコのココちゃんをメジロ共に会わせる為だった。

 会わせたからといって、どうなるものとは考えていなかった。このメジロ共がどう感じるかなど、わたしには考えも及ばない。

 ただ正月休みにはいり、暖房のなくなる店内には置いておけないココちゃんを、根っからのとり好き永井家が引き取っていると、斉藤さんに聞いての行動であった。なのに永井さんはココちゃんを、まっしーに会わせはしなかった。本当にまっしーを狙っているのならば、ココちゃんで釣るのが最も確実だと思うのだが、そうしなかった。

 えて自宅の、番っているインコたちに引き会わせたのだ。


「ココさんの匂いが微かに残っていたで、ましまし」

 まっしーが言う。

「そうなのか?」

「きっと吾らが居間に入るまでは、いたんだと思うで、ましまし」

 そう言えば。サイドテーブルの上で、まっしーだけが落ち着きなく辺りを見回していた。あれはそういう事か。

「神経質な子だと、元々いる大勢の子たちの間に置くと落ち着きがなくなるらしいですよ。なのでまずは引き離しておくって聞いていました」

 前を歩く斉藤さんが振り向きながら、そう言う。

「……そうか」

 まっしーを欲しいけれど、二羽から引き離す気のはしのびない。そんなところであろうか。

 まあわたしは女性心理に疎いからな。わたしなんぞより、にーくんの方がずっと分かるかもしれん。第一推測してみたところで、もはやどうにもならん話しだ。


「ところで、お前はナニしにくっついて来たんだ?」

 わたしは斉藤さんの隣を歩く早崎くんへ問いただした。

 本来今日は斉藤さんと二人で、永井家にお邪魔する予定であったのだ。

「茶をしに来たのか?」

「ボクも年末にそこまで暇ではありません」

 そう言って、早崎くんはわたしへ何やら紙袋を押し付ける。

「なんだ? これ?」

 ちいさな。桃色のファンシーな紙袋だ。

「ケーキです」

「ケーキ? なんで?」

「誕生日だからです。主任の」

 早崎くんがにやりと唇の端で笑う。

「誕生日会にバードケーキだけじゃあ、格好つかないかと思って。ボクお薦めのペシュ・ミニョンのカップケーキのセットです」


「なんとっ」と、やっくん。

「初耳で、あります」と、にーくん。

「ケーキ、ケーキ、ケーキでましまし」と、まっしー。

「これ食べて、あとはちゃんと証拠の動画撮って下さいね。でないと所長と広瀬さんが突撃しますよ、きっと」

「……そうだった」

 その指令がまだ残っていたのだった。

 題して「年の瀬/前迫くんのバースデーを手作りバードケーキで家族一緒に祝って仲直り大作戦」

 阿呆らしい。まったくもって阿呆らしい。

 しかし所長がやれというのだ。白いものも黒。それが社畜の心意気だ。いかに馬鹿馬鹿しい茶番であろうが、するしかない。

 わたしは早崎くんおすすめカップケーキを鞄に押し込めると、ビアンキにまたがった。

 メジロ共は「バースデーで、あります」

「ケーキで、あります」

「レッツパーティーで、ましまし」と、すでに大騒ぎだ。

「じゃあな」

 わたしは二人に手をあげると、ビアンキのペダルを勢いよく踏み込んだ。


「とり年」

「メジロ年」

「よろしくで、ましましーー」

 三羽がかしましく翼を振った。



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