第8話 ぎくしゃくメジローずで、ましまし(4)


 その部屋の壁際にずらりと並ぶ鳥籠の光景は、実に壮観であった。

 白とグレーの文鳥。

 十姉妹じゅうしまつの一家。黄色と赤のカナリヤ。丸く赤い頬をしたオカメインコ。

 そしてみどり。きいろ。しろ。あお。色彩豊なセキセイインコ。


「うへえ。凄い」

 早崎くんが驚きというには、いささか呆れた唸り声をあげる。

 同感だ。確かに凄い。他に部屋にあるものといえば、本棚と観葉植物。椅子が二客。後は鳥籠だけの、とり部屋だ。

「冬は窓全開で換気とはいかないので、匂いが気になる方は居間で待っていて下さい」

 永井さんが言う。

「早崎さん、どうします?」

 斉藤さんが名指して訊く。

「居間にいます」

 素直に早崎くんはひとり戻った。

 残ったのは我ら三名と三羽のメジロ。

 永井さんはメジローずに、にっこりと微笑みかけた。

「いらっしゃい。さあ、どうぞ」


「母方が祖父母の代からの鳥好きで。それで森や川へ行くのは、家族そろって野鳥の写真を撮る為なんです」

 永井さんに招き入れられ、メジロ共は永井家の小鳥たちとご対面だ。

 まっしーは興奮の坩堝るつぼといったていで、「凄いでましまし。かわいいでましまし」と呟きながら、部屋中をぶんぶん飛び回る。


 籠のなかの小鳥たちはこの珍事ちんじに、ストレスがかからないかと危惧するものの、得に騒ぎ立てる気配はない。

 落ち着き払って、それぞれの籠のなかでマイペースに餌をついばみ、水を飲み、あるいはうつらうつらとしている。

 カナリヤは喉を震わせ、澄んだ歌声を朗々と響かせている。

 集団の十姉妹一家はわらで編まれたツボ巣のなかに、これでもかと入っている。見えるだけで六、七羽もいる。鳥たちの籠はどれも皆清潔だ。余程永井家はとり好きなのだろう。

 わたしは一籠一籠を覗いていく。小鳥たちは各々満ち足りた顔をしている。

 まっしーのみが、はしゃいで部屋中を飛び回る。

 一方やっくんとにーくんは、やや気圧けおされた感じで、今のところ大人しい。二羽でぺっとりとくっつき合い、何やらヒソヒソと囁きあっている。

 そこ。わたしの頭のうえだからな。粗相そそうはするなよ。


「ココさんのそっくりさんで、ましまし」

 まっしーは、インコの籠の前に降り立つと飛び跳ねだした。

 そこにいるのは、みどり色のセキセイインコ。鼻の頭は……茶色である。

「キウイちゃん」

 永井さんがインコを紹介する。

「キューリ? で、ましまし?」

「キウイ。フルーツのキウイよ」

「なるほど。みどりだからで、ましまし」

 ふんふんと頷きながらまっしーは、キウイちゃんの籠を覗き込む。

 いや、待て。まっしー。わたしはキウイフルーツなんて、食べさせた事ないぞ。どこで無駄な知識を、蓄えてくるのだ。

「きいろが、ポポくん。あおがソラくん。しろが、ユキちゃん」

 永井さんが指差しながら名を呼んでいく。

 みどりと、きいろ。

 あおと、しろが同じ籠にはいっている。わたしはそれぞれの鼻の頭を確認して、「つがい同士ですか?」永井さんへ尋ねた。

「そうです」

「なんだ……ご夫婦で、ましましか」

 惜しそうにまっしーが言う。


「卵を生んだら、まっしーちゃんに紹介しようか?」

 まっしーの失恋を知っているからか、永井さんがそんな事を言う。

 いや、永井さん。それは困ります。

 わたしは焦った。なにせメジロとインコ。種が違う。インコがお嫁にきても、上手くいくとは思えない。

 まっしーは、さぞや有頂天で喜び、飛び跳ねるかと思いきや、「うーーん」と首を傾げた。

「ココちゃんそっくりの、みどりのインコがきっと生まれるわよ」

「うーーん」

「生まれた時から一緒なら、きっとまっしーちゃんの事、仲間だと思うわよ」

 永井さんは、まっしーを甘い言葉で攻めていく。

 頭のうえが、一気に動き出す。やっくんと思しき脚がさっきからばたばたと騒がしく動いている。

 やめろ。髪が抜けるじゃないか。てっぺんからハゲてきたら、どう責任をとる気だ。

 インコのカップルは永井さんの遠大なる計画など気にもせず、オスのポポくんが、キウイちゃんの首筋をくちばしでカリカリと甘噛みしている。気持ち良いのだろう。キウイちゃんはうっとりと、目を瞑っている。

 人間でいえば、いちゃいちゃしているカップルの雰囲気である。


「仲良しさんで、ましまし」

 まっしーが二羽の様子に、ぽつりと言葉を漏らす。

「うん、とっても仲良しだよ」

 永井さんが頷く。

「やっくんと、にーくんも仲良しで、ましまし」

「そうなんだ」

「そうで、ましまし」

「まっしーちゃんも仲良しでしょう?」

「……まっしーは、おみそで、ましまし」

 悔しさのにじんだ声で、まっしーが言う。

「そうなの?」

 永井さんが訊く。

「まっしーは一羽だけ生まれた時期がずれていたで、ましまし。ホントなら、やっくん達とボールに入れなかったで、ましまし」

「だから三羽で一緒だったんだ」

 永井さんの発言に、わたしが「は?」斉藤さんが「え?」と言う。


「メジロボールは基本一個に二羽なんです」

 永井さんがわたしの方に向き合い説明する。

「そうなんですか?」

 蓋を開けたら、三羽でぬるんっと出てきた。

 だからそんなもんだと、思っていた。

「母が産まれる前に、祖父がメジロボールを持っていました」

 そう言って永井さんが本棚から、一冊のアルバムを取り出した。

 白黒写真の貼られた、古いアルバムだ。写真の縁取りが白い。

 そこに写っているのは、着物姿の男性だ。着物といっても、かっきりと着ているわけではない。褞袍どてらのようなもので、かなり着くずしている。合わせからは肌着が覗いている。

 男性は満面の笑みで、レンズに向かって、両の掌を差し出している。

 見間違いようがないものが、右手にごろんと乗っている。丸いフォルム。へたのついた蓋。白黒だが、緑いろのはずのソレは、一見アイスのメロンボール。そして左の掌に乗るものは、二羽のメジロ。

 という事は、メジロボールなのか。


やつがれらの、先輩であります!」

「まさに。まさにっ!!」

 興奮したように、やっくんとにーくんが、頭のうえで、横っとびに跳ね回る。

「祖父の若い時代は、今よりずっとメジロボールが普及していました。それでも滅多に当たりません。当てた祖父は、それはもう喜んでいたそうです」

「当てた?」

 わたしの問いに永井さんが頷く。

「新年の福引きであたったそうです」

「福引き。わたしと同じだ」

「当たり前であります」

 やっくんが言う。

「メジロボールは、運次第。全てくじで当たる仕組みで、あります」

「お前ら全員くじの商品なのか!?」

 わたしの叫びに、

「吾らは、羽鳥組みのメジロであります」

 にーくんが言う。


「組みまであんのか?」

「あります」

 永井さんが重々しく頷く。

「祖父のボールは天鳥組みのものでした。ほら」

 そう言って指差した別の写真には、メジロボールの底面がアップで写っている。裏側に「天鳥あとり」と書かれている。こうして観ると、素材はプラスチックではない。組み木細工だろうか。

「知っている限りで、天鳥。大鳥。高鳥。羽鳥。真鳥まとりの五組がメジロボールを制作していました」

「五組? 制作?」


 永井さんの発言は、わたしの度肝を抜くものだった。

 制作という点においては、ある程度は推測していた。メジロが好き好んでボールのなかに入り込み、あまつさえ日本語を解し、福引きの景品になるとは思っていなかった。

 しかし。なんというか、こう。現実を突き詰めと色々と複雑な思いがこみ上げてくる。情報に頭が混乱しそうだ。


「……まっしーがボールに入れたのは、やっくんと、にーくんが内緒でいれてくれたで、ましまし」

 まっしーが項垂うなだれたまま、ぼそぼそと話しだした。






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