第8話 ぎくしゃくメジローずで、ましまし(2)
事の発端は、ましましメジロ。
まっしーの勘違い失恋からだ。
つい先日。まっしーは憧れの相手に
失恋だ。しかも普通の失恋ではなかった。
よりによって、相手の性別を間違えたうえでの失恋であった。
ぶっちゃけ、可笑しい。わたしは背広のポケットのなかで、「ましまし、しくしく。ましまし、しくしく」と泣くまっしーに
しかし身内というものは、いつの時代だって容赦ない。それは人もメジロも同等であった。
今回の
まっしーが事務所に帰って来た時。
残る二羽は、広瀬さんお手製。へびのぱく君のなかにすっぽりと
まっしーは二羽から慰めて欲しかったのであろう。だがやっくんの放った一言は、「はあああ? 信じられないであります」
傷心のまっしーにはキツかった。
「一体どこをどうしたら、そんな間違いをしでかすので、ありますか?」
「……ココさんは、とびきり良い匂いであったで、ましまし」
やっくんの問いに、うなだれた調子でまっしーが応える。
この時のまっしーは、リラックマハンドタオルを海苔巻きのように躯に巻き付け、頭の先っちょだけが見える状態で二羽の間にいた。
おかげで、まっしーの声はいつもより、くぐもって聞こえた。
へび。
のり巻。
へびのシュールな絵づらで寝そべりながら、三羽の会話は続く。
「匂い?」と、やっくん。
「ああ。匂いでありますか」と、にーくん。
そうして二羽は顔を見合わせると、互いにヒソヒソと話しだした。まだ下半身は靴下へびに入ったままだ。全くもって、ぐずぐずで自堕落な姿である。
しかもまっしーを間に、ヒソヒソ話しをする意味は全然ない。丸聞こえだ。
わたしは来期の予算見積もりをはじき出しながら、二羽の会話に耳をすませた。
決して暇だったからではない。奴らはデスクの上。イヤでも聞こえてくるからだ。
「インコの匂いって、例のやつでありますかね?」と、にーくん。
「有無。うむ。きっとそうであります」と、やっくん。
「インコさんは、良い匂いをだしますから、
「いや、しかし。
「それはそうでありますが……」
「それさえつかぬとは、まだまだお尻の青いヒヨッこ。それで恋の季節を迎えようなど、
やっくんが厳しく言い切る。
なんだよ、その口調。
お前遠山の金さんか、暴れん坊将軍かよ。わたしが心中でそうツッコンでいた時であった。ガバとタオル海苔巻きが、いやまっしーが起きあがった。
「それは聞き捨てならないで、ましましっ」
「おっ?」とにーくん。
「なんと?」と、やっくん。
靴下へびに飲まれたままの二羽の前に、まっしーは、ば・ばーーんと仁王立ちになる。
「おふたりはココさんの愛くるしさ。美しき姿を知らないから、そんな風に言えるんで、ましまし。一目見れば、ココさんの愛くるしさに、メジロはひれ伏してしまうで、ましまし」
いや。お前。
失恋しても
双方ともに威厳を保った姿をしているつもりなのであろうが、そこはメジロ。ただ単に小鳥が向い合っている、ほのぼの展開にしか見えない。まるで緊迫感がない。
「それは聞き捨てならないで、ありますな」
やっくんが言う。
「真実を言っているだけで、ましまし」
まっしーも譲らない。
「
「躯の大小ではないで、ましまし。美しさでましまし」
「なんと。自らを卑下するばかりか、全メジロに対する暴言ともとれるその言葉。ますますもって聞き捨てならないで、あります」
やっくんが鼻息荒く言いはなつ。
「まあまあ」
靴下へびの中から、にーくんが翼を伸ばして、やっくんの脚をちょいちょいと突く。
「二羽共ちょっと落ち着くで、あります」
「五月蝿いで、あります!」
にーくんの羽を、やっくんが足蹴にする。軽く。あくまで軽くであったが、やられたにーくんの顔が
「
「やっくんがリーダーなんて知らなかったで、ましまし。やっくんがしているのは、威張っているだけで、ましまし」
どうした、まっしー。わたしは我と我が目を疑った。
せせら笑いながら、まっしーが楯突くではないか。
あのまっしーがせせら笑う。これはもう異常事態だぞ。メジロの恋とは、かくも恐ろしいものなのか。おいおい。ホント。大丈夫か。
わたしは思わず、にーくんと目を
「そんな風に思われていたとは、心外で、あります。すくなくとも
「ふんっ」
まっしーが鼻を鳴らす。
メジロって意外と器用に鼻鳴らせるんだ。こんな時なのに、わたしは妙なところで感心してしまった。
「だったら
「なんとっ!!」
やっくんが、まっしーに向かって突進して行く。
「もう、やめろ」
わたしは思わず、二羽の間に右手を差し入れた。
わたしの手を境界線に、二羽は「ひどいでありますっ」「どっちがで、ましまし」「ひどい」「ましまし」「侮辱で」「どっちが」とヒートアップするばかりだ。しかも口汚く
にーくんが、まっしーの背後に回り込み、「やめるで、あります!!」まっしーを、がっしと押さえつける。
一回り小さなまっしーは、後ろからにーくんに馬乗りにされると、ひとたまりもない。
「やっくんは、まっしーの育ての親同然。感謝こそすれ、そこまで言うのは酷いであります。頭を冷やすであります」
にーくんが
「離すで、ましまし!」
さらに暴れる。なんだコレ、反抗期か。思春期か。
「恩知らずで、あります!!」
やっくんが掌を乗り越え、
もうもうと舞う、メジロの羽毛。机のうえはとんだパニック状態。
気がつくとわたしのデスクを中心に、心配そうに両手をもむ社員がずらりと取り囲んでいた。
あれ以降。三羽はぎこちない。
広瀬さん
三歩歩いたら忘れる鳥頭なんだろう。
忘れろ。わすれろ。鼻の頭の青いインコなんて忘れてしまえ。
家族間の喧嘩なんざ日常茶飯事。気にするな。
そう思うものの、事態は全く好転していないままはや年の瀬だ。
わたしは広瀬さんのお料理メモという名の指令書を見ながら、ラードをぐにょりとかき混ぜる。
ラードは昨夜スーパーで牛肉を買った時にもらって来た。今日はそれで肉豆腐だ。正直年末に手料理なんて面倒だ。そばと、白飯があればそれで良い。だがこれも
ねちょねちょとかきまぜたラードに小麦粉を投入。つぎに砂糖をざざっといれる。分量は無視した。適当で
作業をしていると、子どもの時に、母親の手伝いで作ったハンバーグ作りを思いだす。そう言えば、あれはクリスマスや誕生日の行事だった。主役=子どもに手伝わせるのが、母の流儀であった。
一方。我が家の主役たちは無言で手伝い中だ。
卓上で、松岡所長から預かった各社員の名刺に、足裏にカラースタンプで色をつけては、ぺったんぺったんと押している。
足型を押すのは、一番脚のちいさなまっしー。
まっしーの足元へ、名刺を一枚ずつ置いて行くのが、にーくん。
足型スタンプされた名刺を乾かすために、並べていくのは、やっくん。三羽そろって無言で、
わたしは、まるめた
部屋に漂うのは重い空気。しかしめげてはならない。ここでめげては、元の
「さあ! できたぞ」
わたしのテンション高めの声が
つられた様にメジロ共はわたしを見るも、すぐさま視線を外す。
……なんだか思春期の子どもらに無視される親の気分だ。世のお父さん、お母さんの苦労が忍ばれる。わたしは
親爺、お袋。とんとご無沙汰して、電話一本かけない息子でゴメン。今度美味いものでも送るから。
ああ、親ってありがたい。過ぎし日の、親の有り難味が身に染みる。よし、ここでめげずにわたしもレッツ父ちゃんだ!
「さあ、行くぞ!!」
「……まだ少し残っているで、あります」
にーくんが、残っている名刺の束を見ながら言う。
どれどれ。わたしが名刺を手にとると、まっしーが汚れた脚を浮かせた格好で、「もう、疲れたでましまし」情けない声をだした。
「残りは、早崎くんのか……。後、三十くらいだしやってしまうか」
「では、
そう言って場所を交代すると、にーくんは今までまっしーが使っていたみどりのスタンプへ、やや大きめの脚をぺたりとつける。
「……甘えでありますな」
横でぼそりとやっくんが呟く。
途端にまっしーがきっと、やっくんに向き合う。おい、今まで目も合わせていないくせに、ナニやってんだよ。
「にーくんは、やっくんと違って優しいんで、ましまし。誰かさんみたいな、威張っているだけメジロではないで、ましまし」
ウエットティッシュで脚をふきながら、まっしーが一丁前に嫌みを言う。
「はいはい。そこまで。そこまで」
仕方ない。わたしが間にはいる。乱闘騒動はもうゴメンだ。
にーくんはすぱん。すぱんと無言で足型を押して行く。
「これが終わったら、お出かけするぞ」
「……まっしーはお家で休んでいたいで、ましまし」
まっしーの呟きに、やっくんがナニか一言言いたそうにするも、そこはすかさず
「そんな事言うな、楽しい所へ行くんだぞっ」
「……」
「……」
「……わかったで、ましまし」
無言の二羽。仏頂面のまっしー。
父ちゃんってツライ。胃を痛めそうだぞ、おい。
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