第6話 あなたは私の全てで

「隊長また親衛隊への転属断ったそうじゃないですか」


 食堂で席を探している森山実に席を譲りながら部下であるバトルドール乗りの女性が声をかけてきた。


「一回断ったからムキになってるのよ」


 実はトレーを机に置いて苦笑する。もう何度目になるだろうかと考える、近衛親衛隊への転属を命じられたのは。その度に断ってきた。一応選択肢は兵士側にもあるのだ。それは感謝するべきことであろうと実りはなんとなく連盟の法へ感謝する。連盟は連合に比べれば個人の自由度は圧倒的に制限されているのだがそれ故に団結できている。資本主義の連合とは違うのだと、声を高らかに語る思想教育官の顔を思い出してうんざりする。大して変わらないではないかと思う、連盟とてひとつの目標があるからまとまっているだけであり、それに金銭は関与している、結局は同じだ。


「いいじゃないですか親衛隊、何より安全ですよ。あそこは中央での勤務ですし今みたいに最前線に立たなくても済むじゃないですか」


「まあそうなんだけどねえ」


 目線を空に漂わせながら口ごもる。現在、実は戦闘で最も戦闘の激しい部隊へ所属している。命の保障など無い。一度出撃すれば帰ってこれない可能性が他よりも高く、入れ替えの激しい部隊でもある。兵器であるバトルドールは最新鋭のものではなく少し型遅れになったものをカスタマイズして使っている、近衛親衛隊のキラキラと光輝き傷ひとつないバトルドールとは大違いだ。実の機体は損傷が毎回激しく、整備班は今も急ピッチで修復にあたっている。申し訳ないとは思うがそういう戦い方しかできないのが森山実という人間であった。六つある前線部隊の一つに実は隊長として鎮座している。もう三年になる。その間にどれだけの部下パイロットが死んで行ったかは考えたくないが忘れてはならないことだ。


「また例の人探しが口実ですか?」


 うっと目を瞑る。図星であった。

「隊長本当にまだけいちゃんとか言う人を探してるんですね、あれ言い訳かと思ってました」


「何よ、人が真面目に探してるのにそういう言い方は無いんじゃない」


 怒ったような素振りをしながら席につき、ツンと明後日の方向を向いて見せる。くすくすと部下の女性パイロットは笑いながら謝罪の言葉を述べる。


「すみません、隊長のそういう純粋なところみんな好きなんだと思います」


 実が連盟へ収容後、戦闘専門であるバトルドールのパイロット候補生に進んでなったのは確かに彼女が言った理由からであった。


 実は十年以上前のあの事件の日から、ずっと桂を探し続けている。はたから見れば愚か者に見えるのであろうと理解はしているつもりである。けれど諦められなかった。あの日、桂は多くの同級生と同じように宇宙に放り出され死んでしまっているのかもしれない。だが何度事件現場のサルベージを行っても桂の形跡はひとつも見つからないのだ。こちら側、連盟に別の艦で収容されたか、もしくは向こう側である連合に収容された可能性が高い。しかし何度収容者名簿を探しても、連盟の構成員一覧をサーチしても青津桂という人物は存在しない。怪我で記憶を失っているとか、登録漏れなどさまざまな原因を考えたが結局行き着く答えは、桂は連盟か連合かのどちらかで生きているはず、というものだった。手が空けば連盟の登録されている民間人の画像付きデータに目を走らせ桂を探し続けている。


 何としてでも桂を見つけたかった、あの日、いいやそれよりもずっと前に離してしまったその手をもう一度握り締めたくて。ごめんねと謝りたくて。桂を失って生きていける程、実は強くはなかった。死んでいたらと考えただけで自殺衝動に駆られるほど追い詰められる、だから桂は絶対に生きていると思うことにした。そう思わなければ生きている意味が見つけられなかった。あれほど大事だった人をどうして自分は大切にできなかったのだろうと後悔してもしきれない。


 バトルドールは都合の良い気を紛らわせるための道具だった。バトルドールに乗っている間は嫌なことを忘れられる。桂のために、彼を探し見つけ、再開するまで自分は死ねないと思うと誰よりも過激に戦えた。それを連盟の上部が見逃すわけもなく、中枢の親衛隊に引き抜こうという算段。だがそのような隠居生活に耐えられるわけがないと実は断り続けている。自分は桂にもう一度会うためだけに戦うのだ。たとえそれが社会的に間違っていると言われても構わない。


「森山先輩、ここにいたんですか」


 食堂へぱたぱたと入ってきたのは地球に住んでいた学生時代の後輩でもある女性だ。未だに森山先輩と実のことを呼ぶのが彼女の癖である。懐かしい気持ちになるので嫌いではなかった。


「穂波ちゃんお帰りお土産は?」


 小首をかしげて実はたずねる。彼女は連盟の諜報専門部隊の構成員なのだ。そんな彼女とは長い付き合いということもあり、色々と情報を流してもらっている。


「お疲れ様です」


 席を譲ってくれた女性パイロットと軽く敬礼をし合った後、くるりと実の方へ女性は向き合う。


「お疲れちゃん」


 実もラフな敬礼をしてウインクひとつ。階級は実の方が上であるが、彼女とは所属している場所が違うため滅多に情報交換をする事ができない。実からできるのは、彼女の向こうであった苦労話しを聞くということ、向こうとは連合のことでありいわば彼女の仕事はスパイというやつである。潜入し情報をこっそり閲覧し拝借してくる。おかげで実たちの乗るバトルドールの性能は向上している。どんな時代の戦争においても情報というものは命綱であることに変わりはない。そんな彼女の愚痴を聞くのと交換に、向こうの住民名簿情報を見せてもらうというのをもう長いこと続けている。バレれば大問題になるであろうし現在の階級も何もかも失うことになるが、実のことを知っている上官は大目に見てくれている。それほど実は連盟に貢献しており、また同時に大きな戦力であった。


「どうだった、情報」


「やっぱり青津先輩の情報は見つけられませんでした」


「んー、今回もか」


 申し訳なさそうな顔をする彼女は何も悪くはない、けれど心のどこかで攻めてしまう自分が実は嫌になる。どれほど向こうを探しても、やはり桂の情報はひとかけらたりとも見つからない。こちらにもあちらにも、桂の痕跡は完全に見つからないのはさすがにおかしい。事件の後向こうで死亡していたとしても情報は残るはずである。そうなるともはや持久戦である、何かしらの情報を見つけるまで探し続けなければ実は納得が行けず、この先も戦い続けなければならない。


 こんな戦争早く終わってくれればよいのにと思う一方で、バトルドールのもたらした自分の意外な才能を誇らしくも思っていた。誰よりも自由にバトルドールを操り、他機を落とす。実の持っていた本来露見するはずのなかった才能だ。もはやバトルドールに依存していると言っても良いだろう、あれに乗っている間は本当の自分になれ本能的に桂を想い戦う恐ろしい怪物になれる。狂気であるけれどそれを他人からどうこう言われてもなんとも思えない。自分にとってそれほど桂は特別な存在であり、絶対的な神であった。


 桂が生きていると信じられるから実も生きていられる。どうか自分を見つけて欲しいと桂に願っていた。


「森山先輩、ちょっとここでは話しづらい情報がひとつありまして」

「ん」


 まだ手をつけてないトレーの食事を部下の女性パイロットへ渡してしまい人の居ない区画まで移動する。すれ違うたびに名前を知らない兵士たちが敬礼するものだから、実は仕方が無く敬礼を返していく。本当に階級というものは厄介であるとぼんやり思う。


「この戦争、もうすぐ終わるそうです」


 連盟の資金が底をつきつつあるという話しは耳にしていたし、一般人にとって戦争が暮らしから遠ざかりつつあり忘れられ始めていた。いつまでも戦争を続けてもこれ以上利益があるとは思えなかった。連盟も連合も意地になっているのだ。まるで子供の喧嘩である。迷惑極まりない話しではあるのけれども、実にとっては桂を探す最適な手段であるため、まだ終わられては困ってしまう。だが戦争が終われば今よりも情報公開レベルが下がり桂を見つけることができるかもしれない。この先戦況がどう転ぶにしろ実に決定権は無い。


「いよいよか……覚悟はしていたけれど、ついにね……」

「はい。それで、次の出撃が終わったら先輩に渡したいものがありまして、これなのですが」

「何?」


 こちらへ傾けた端末を覗き込むとシンプルだが綺麗な真っ白いバトルドールが写っている。今まで見てきたバトルドールの中で最も美しい。実は思わず息をのむ。


「なにこれ、新機体?」


 じっと純白のバトルドールを見つめたままたずねる。


「これはもうすぐ完成予定の、戦後先輩が乗るための機体です」

「え?」

「これはメモリアルドールになります、戦争が終わった後の社会を支えるみんなの希望を乗せたドール、そのパイロットに内定しているんです森山先輩は」


 戸惑う実に、子どもを諭すように話す女性。戦争が終わるという予感はしていたが、まさかここまで戦後の用意がされているとは思ってもみなかった実は驚く。この美しいバトルドール、女性はメモリアルドールと言った、これに自分が乗るという姿が想像できない。今乗っている鈍銀のバトルドールとは全く違う。上品で清楚で優しい雰囲気のある不思議なデザインだった。


「私が、この白いのに、乗るの……?」

「先輩意外この機体に相応しい人はいません。ただ一つの目的、青津先輩のためだけに最前線で戦い続けて、昇進もほとんど断り部下にも慕われ上層部にも気に入られている。まるで純白の乙女です」


 実は眉根を寄せる。そのような大層な理由で戦ってきたわけではないのに、ただ桂にもう一度会いたいがためだけに戦い続けてきた血まみれで呪われたエゴの塊のような人間だ、自分はと思う。女性が言うような淑女とはかけ離れている。


「先輩、先輩はひとりの人間として大きな影響力を持つ者になってしまったんです、いい加減に認めてください。あなたは怪物です」


「ええ、ええ、私はとんでもなく怪物だわ。醜くて汚い怪物なのよ」


 私利私欲のためだけに人を数え切れないほどバトルドールで殺してきた怪物だ。心ひとつ痛めずに、桂のためならば仕方が無いと情けを切り捨てた。戦争に飲み込まれその中で踊る血まみれのバレリーナである。


「そうやって自分を卑下しても、現実は変わりません。あなたは連盟にとって希望の光、たったひとりの英雄なんです」

「私にはそんな資格……ない」

「無くてもやってもらいます、戦後の混乱をなるべく早めに収めなければ青津先輩を見つけるのはますます困難になりますよ」


 はっと顔を上げる。それは困る。戦争が終わってくれれば今よりも格段に向こうの情報を得られるだろう、桂を探す手がかりがきっとある、そうなぜか実は信じられた。終わらせなければ、少しでも早くこの戦争を。終わらせて桂を見つけ伝えなければ、この胸の想いを。


「戦争は、いつ終わるの」

「……少なくとも明日には」


 この後の出撃から戻れば自分は桂に会える。また幼なじみの彼に、会える。あの柔らかい微笑みを、温かい手を握り締められる。


「帰ってきたら私にも見せて、この純白のドール」

 時計で出撃予定時刻を確かめながら女性に言う。

「森山先輩……」


「桂ちゃんに会うためなら、私は何だってするわ。この戦争が終わってドール乗りがお払い箱になっても絶対に探して見つけるって、決めたの」


 実の強い言葉に女性は気おされ、黙って頷く。気さくで明るい性格として有名な実のここまで真剣な表情を見たことがなかった。きゅっと唇を結び瞳は凛と光を宿す。同郷の贔屓を抜いても実は美人だ。長いストレートのポニーテールがするすると流れる。


「じゃあ私は整備に行くから。いつも通り、あなたから何の話しも聞いてないし話しもしていない。」


 そう言い通路を移動していく実の後姿を女性は見送りながら、祈った。実の願いがいつか叶いますように、青津桂と森山実が再会できますようにと。

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