第4話 それを弱さと呼んだとしても


 カウンセリングをいつも通り手短に終わらせたあと、宇宙空間を見下ろせる窓を見つめひとりちいさくつぶやいた。この願いがどこか遠くの実に届く事を強く祈って。広い宇宙のどこかで普通にすごしている大切な愛しい人へ向けて。真っ黒な宇宙に遠くで小さく光っている星たち。


 胸が痛くなる。もしも実がいなければ桂は宇宙にひとりぼっちだ。それならば生きている意味など存在しなくなってしまう。不安に潰されそうになり、首にかけていたヘッドフォンを耳に合わせゲーム機をポケットからひっぱり出した。


 自由時間、桂はいいつも収容されている自分のバトルドールの元へ向かう。

桂のバトルドールは他の機体と並ぶと貧相で見劣りする。濃紺の出荷時から変えていないボディペイント、肩に白字で「K」とだけ。それは自分自身を見失わないために。実が映像で自分を見つけられるように、そう願ってのペイントだ。装備は機動性を優先させ最低限のものである。武装すれば威圧感もありペインティングも凝ればスタイリッシュな機体になるのだが全部断った。自分には必要ないと思ったからだ。


 そういうのはどちらかと言えば敵側の、連盟の方がすさまじかった。ごてごてとした装飾を施したものやなぜそんなに目立つ色にしたのかと聞いてみたくなるようなペインティングなど、見た目だけでも強烈な印象を受ける。まるで神聖な人形、いや実際ドールなのだが、必要の無いようなきらびやかなパーツが多く、見た目にこだわって作られている美術品のような機体が多い。戦うだけの道具になぜそのような事をするのか理解できない。


 理解できないいのは外見だけではなく、彼らが支持する思想、連盟の、考え方での戦いは捨て身での攻撃が多く、自陣側の損害を気にせずこちらへと突っ込んでくる。その異様な戦闘スタイルに桂は嫌悪を覚えていた。自分が生き残ることなど考えず、自分が死んでも全体が生き残れば良いという考え方は理解できなかった。


 桂は、ただ自分が死ねば実が悲しむだろうと思うと死ぬような戦い方はできなかった。どのような形でかはわからないが、実が自分の死を知った時、彼女が少しでも心を痛めてくれるのならば幸いだと思っていたけれど、彼女の暮らす連合を連盟の攻撃から守るためには生きなければならないと思う。


 生きて実のために尽くしたかった。遠く離れていても実のためならどのような事でも努力できた。


 厳しい訓練を耐え抜き、実戦でも記録的な成果を上げ、正式に軍へ配属されてからも連盟のバトルドールをできる限り撃ち落とした。


 黙々と、努力を続けた。


 いつの頃からか部隊でも孤立しがちになっていたが、戦場に出ればそのような事ど

うでも良いのだと学んだ。

「アオツ少尉も整備同伴ですか」


 声をかけてきたのは同じ部隊の女性パイロットであった。女性のパイトロットはまだ半分とまではいかないが連合創設時よりも確実に増えている。桂は答える気になれず少し首をひねって適当に流す。女性は苦笑すると整備班が集まっている一機を指さす。隊長機だ。


「レムシ大尉のバトルドール、オーバーホール決まったそうです」

「へえ」


 いかつい武装をしたバトルドール、ヨハネス・レムシ大尉の専用機を目を細めて眺める。だからどうしたのだろうと思いながら。桂がまったく会話に興味を示さない事に慣れている女性は言葉を続ける。


「そうなるとうちも少し厳しくなりますよね。あ、でもアオツ少尉がいますし平気ですけど」


「ふうん」


 こちらの戦力が削られるのは問題だがまあ隊長であるレムシ大尉が抜けても補欠パイロットは山のように控えている、気にする事でもないと思った。


「アオツ少尉のバトルドールは、損傷が少なくて整備が楽だとよく整備員たちが言っているのを聞きますよ。さすがですね」


「ふうん」


 先ほどから明るく朗らかに話しかけてきているこの女性も、バトルドールに乗り戦っている、つまり人を殺している。それを誇りに思い、他人より自分たちが優れていると、とくに最精鋭部隊であるこの隊の者は思っている節がある。桂にはそれがよくわからなかった。何のために彼らは戦い続けているのか、わからない。目的など無いと言う者もいれば、復讐だと言う者もいるし、平和のためだと言う者もいる。

「君は、なんでバトルドールに乗るんだ。なぜ戦っているんだ」

「乗っていると楽しいからです!」


 桂から質問されることなどまず無いため女性パイロットは明るく顔をぱあっと輝かせる。


 無邪気な答えに桂は少し驚く。乗っていると楽しいからというのは、桂にもわかった。バトルドールは搭乗者の意識とリンクし思うがままに自由自在動かすことができるものだ。バトルドールの指先が自分の指先でもあるのだ。宇宙空間を高速で移動するというのは快感であるし、目の前の敵を倒した時の達成感はたまらなく感情を興奮させる。


 一種の戦争依存症のようになっていた。それに気がついていながらも、大半の人間たちは大丈夫だの一言で終わらせた。考えようとしたがらなかった、十年続いた戦争は、戦場から遠く離れた場所に住んでいる者にとっては他人事になりつつある。それは問題であると桂は思ったが、実が戦争の影響をなにひとつ受けず平和に暮らし居ているのだとしたら、余計な負担はかけたくないと思った。だから最前線で自分は戦い続けなければならないのだと最終的に辿り付くのである。


「アオツ少尉の戦い方はすごいです、憧れますあんな風に動かせたらなあといつも一

緒に戦っていて思います。ほんと、戦争のおかげですよね私たちがこうしてバトルドールに乗っていられるのも。戦争もうすぐ終わるっていう噂も聞きますけど、終わったら私たちどうなっちゃうんですうかね」


「さあ」


 昔から定期的に戦争がそろそろ終わるという噂は流れていたが終わりはしなかった。だがここ最近、その噂は大きくなりつつあり信憑性を帯びてきている。もしかすると今度こそ戦争が終わってくれるのかもしれない。


 桂はふと考えた。戦争が終わったら自分はその後どうするのかと。


 実は未だに見つかっていないけれど探すべきではないのかもしれないと思う、実の幸せを考えれば。戦争に携わっていた自分と関わる事で彼女の負担になるのならば、静かにこのまま戦場で消えてしまうべきなのかもしれない。そんな風に思う。


「私からも聞かせてください。アオツ少尉はなぜ戦っているのですか」


 顔を覗き込むようにして尋ねられる。


「俺は」


 なぜ戦っているのだろう。


「俺は守りたい人がいるから」


 そうだ、それだけだ。戦後の事は今は考えるべきではない。余計な事を考えていれば死ぬ。


 ただ戦い続ければ良い、大切な人のためだけに。個人的だと批判されようともそんなやつらは放っておけば良い。実を守れるのなら、何だってかまわなかった。


 女性パイロットと別れ自機の元へ向かう。


 これまで、自分でなくとも戦うのは他の誰かでも良いのではないだろうかと何度も考えた。バトルドールに乗りながら考え続けていた。自分以外の誰かが戦ってくれて実の幸せが守られるのならば別に自分が戦う必要などないではないかと。そう思いながら訓練や実戦を続けてきた。けれど誰も自分ほど強くはなく、これでは実は守られないと酷く不安になった。


 桂にバトルドールの才が備わっているという事実。連盟の中でも桂と互角に戦える者は数少ない。もっと必要だと思った、戦力が。


 守るためにはそういう汚いものが必要で、自分はそれに相応しい才能を持ち合わせていて、ならば自分が戦うのが一番戦争を終わらせるための近道であると、思ったのだ。


 自機の足元へ辿り付き、その無機質な機体を見上げる。なんだか自分と似ているなと桂は思った。戦う事以外役に立たないバトルドール。実を思う事しかできない自分。備え付けの鉄製階段を上りコクピット口へ行く。整備はすでに終わっており機体の周りには誰もいない。


 時間が空けばたいがい桂は機体の中に居た。そこが一番落ち着くからだ。


 居場所が他に無いのだと桂は思う、こいつも自分も。


 父と母は地球で、妹は宇宙で死んだ。肉親はもう残っていない。


 いつもコクピットへ持ち込むものは、音の鳴らぬ古いヘッドフォンと、動かぬ古いゲーム機。実が誕生日にくれたもの。視界が歪む。



「みのりちゃん」

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