第3話 あなたに会いたい



 ただ淡々と目的のためにそれをこなし続け、十年近く経っていた。


 死ぬのは怖くなかった。誰かを殺すのも何とも感じなかった。別に生きたくて戦っているわけでもなかった。ただ、彼女が生きるこの世界を、守りたかった。


 だから 戦って戦って戦って戦って戦って、実の人生を守るためにだけ戦った。


「全機撤退、全機撤退せよ」


 通信が入るが、まだ撃ち落とせる機体が残っている。他の同機たちが順次母艦へと下がり始めるのを無視し桂は機体、バトルドールと呼ばれる人型をした戦闘機械を敵の方へ向かわせる。


「RF807、戻れ」

「二十秒でいい」


 電子刀を勢いよく腰から手に取り、瞬時に超加速。相手パイロットは桂のバトルドールに狙われているアラートで知った時はすでに距離を詰められており逃げる間も応戦する間も無く、自分の機体が破壊されていく恐怖と絶望を感じながら死に行くしかない。コクピットをすれ違い様に流れるような優雅な動作で切り抜ける。機体の速度は落とさずそのまま桂は母艦へ戻るコースへ入る。


 十七秒だったと計器を確認する。他の帰投する仲間機に何食わぬ顔で合流しそのままバトルドール発着ゲートへと帰還、誘導員に従いいつものスタンバイヤードへ移動させる。戦闘による破損とシステムの異常簡易チェックを走らせながらコクピットのロックを外す。音を立てて開く扉の先は明るい。スタンバイヤードには他にも数十機のバトルドールが待機しており、先ほどの戦闘から帰った機体は順次整備班により正規点検が始まる。桂はしばらく居心地の良いパイロット座席に座りヘッドフォンをしてぼんやりとしているが数人がコクピット口から覗きこんでくる。先ほど共に出撃したバトルドールパイロットだ。

「相変わらず無茶をするなあケイは」

「今頃また作戦指揮部隊様はお怒りだぞ」

「落とせるから落とした、それだけだ。問題なんかない」


 素気なく答えるとパイロットたちは肩をすくめ笑う。ひとりが上から手を伸ばしてくれたが、なんだかその手を掴みかえす気になれず桂は自力でコクピットを出た。ヘッドフォンとゲーム機を持って。通路を歩く間も同じ部隊のパイロットが話しかけてくる。


「しっかし良く最後のあれやる気になれたな、あと少しでも深追いしていたら敵に囲

まれて袋叩きに合っていたぜお前」


「されないと判断したからやったんだ」


 機械のように感情のない声でそう答える。


「その判断で貴重なバトルドールパイロットをひとり失うと所だった」


 作戦指揮部隊の隊員が冷たい目と声で廊下の先から答えた。桂はため息をつく。できると思ったし実際できた、何の問題があるというのだろうか。一機でも撃ち落とせればよいではないか、敵を全滅させるための戦争なのだから。早いに越したことはないだろうと思う。


 しかし作戦指揮部隊の男性指揮兵士は相当頭にきているらしく、カッカッとわざとらしく足音を立て桂に詰め寄る。アフリカ系とヨーロッパ系のハーフだなと桂は関係無いことを考えていた。


「バトルドールを失う事がどれだけの損失に繋がると思っている、ケイ・アオツ、お前は自分の力を買いかぶりすぎだ、もし最後のアタックを失敗していたらどうなっていたかきちんと考えたのか!」


「そんなミスしませんから、俺」


「何の根拠があってそんな適当な事を言っているんだお前は!少しは自分の身を守る

という事を覚えろと何度言えばわかる、バカのひとつ覚えのように敵を倒して、それで何になるというんだ?いくら勝利を重ねた所で武力により戦争は終わらない、いつまでこんな死に急ぐような戦い方を続けるつもりなんだ、管制室で見ている方が生きた心地がしいない」


 最後の方はいつもの愚痴である。


「ほらな、ケイ、指揮官どのもこうして心配してくださっているのだしもう少し戦い方を考えてだな」


 パイロット仲間が間に入って自体を収めようとする。別にそのような事してくれなくとも、余計なお世話だとしか桂には思えない。


「戦争を少しでも早く終わらせるのが自分の目的ですので、それで死ぬのならば本望であります」


 このような言い争いに何の意味があるのだろうと思いながら適当に敬礼をし管制員の横を通り抜けデブリーフィングへ向かった。後ろで桂を呼び止める声がしたが無視して帰投パイロットメンタルカウンセリングルームへ向かう。必要ないと毎回思うが義務付けられている。こればかりは逃れるわけには行かないので仕方がなくカウンセリングルームの入り口で自分のIDチップをかざす。七番の部屋へ行くように表示され入る。中には四十代のめがねをかけた女性が座ってカルテをめくっている。


「またやらかしたそうねえ、アオツ少尉」


 含み笑いで、桂を迎える。桂はこの女性がどうにも苦手であった。そもそもカウンセラーというもの全般が苦手なのだが。母親をどことなく思い出すからであろうか。


「時間の無駄だ、さっさと終わらせようエオリア少尉」

「さすが連合きっての最強パイロットは言い事が違うわね」


 桂は気が付いた時には、世界連合政府直轄艦隊所属バトルドールのエースパイロットという座にいた。そんなことなど、どうでもよかった。


 いくら探せども探せども、実の名前はどこにも無かった。データが一部破損しているせいなのか。それとも、実はもう存在しないからか。いいや彼女は絶対に、生きている。それだけは信じられた。


 誰かと結婚し、子どもがおり、小さいながらも幸せな家庭を築いているのだと。実はきっとそういう人生を送っている。今の自分とはかけ離れたどこか別の場所で、穏やかに生きておりこの戦争が終わるのを願っているだろう。


 桂にとって守りたいのは実。

 そのためにまだ死ねなかった、戦い続けなければならない、実の生きるこの世界を守るためなら進んで戦闘の最前線へ立てる。何も怖くなどない。


「ぼくはきみのためだけに戦う」

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