名探偵財田成香の推理と解説(上)
今夜起こる『事件』の犯人が分かった――。
成香さんのその言葉を聴いた瞬間、私は成香さんの手首を取り、ねじを巻かれた人形のように走り出した。
「ちょ、ちょっと、どうしたの、ねえ、黒星!」
「いや、だって、事件、事件って」
「いいから落ち着きなさい!」
「落ち着いていられますか! 早く、はぁ、解決、して、はぁ、くださいよ」
息が切れる。なんだこの屋敷。大きすぎる。玄関が遠い。
「ちょっと、黒星ッ! いいから、いっかい、とまりな、さい。あんたが、思ってるような、『事件』じゃあ、ないから」
さすがの成香さんも息切れしている。
「私が、思ってるような、事件じゃあ、ない?」
ようやく私は足を止める。息が苦しい。
しばらく私はぜえぜえと息を整える。どうもあれだな、私は何か思いつくと先に体の方が動くタチらしい。成香さんは少し深く呼吸して、まったくもう、などと言いながら(これに関しては私も同意で、私も私にまったくもう、と思っている)息を整え、説明を始める。
「はあぁ、もう。だいじょぶよ、人死には出ないから。『事件』っていうのはね――ううん。いい? 整理してみましょう。あたしが最初にこの『謎』に気づいたのは、もちろん見取り図を見たときよ。どうしてこの見取り図にはわざわざ窓の大きさが描いてあるのかしら、って思ったのよね。そうしたら、あたしたちを除くと、辺見氏が三津首氏だけに見取り図をわざわざ見せて話をしているじゃあない」
人死には出ない、というのを聞いて、私は少し落ち着く。そして、急に走り出したことがなんとなく恥ずかしくなって、冷静に考えようと思う。そこまではさっき、三津首氏の部屋で聞いたところだ。二階では三津首氏の部屋だけが窓が小さく、そうしてなぜかその不便――というほどではないが、多少なりとも欠点がある部屋が三津首氏にあてがわれている。それは一体なぜだろうか。
「それはね。この一番北側の部屋を中村誠司氏の身内に割り当てるため、って考えるのが一番自然よ」
「身内に割り当てる――ため?」
「そう。今まさに、雅子氏がこの部屋に泊まることになっているけれど、ここを動かすことができなかった。できなかった――というより、しなかったのよね、おそらく。それも含めてヒントなんだと思うわ、誠司氏なりの」
「ええと――まだちょっと良く分からないのですが。この2F北側の、雅子氏が入るだろう部屋がどうだというんですか? 女性が入るから窓が大きいと覗かれてしまう? でも、窓は片側にしかないし」
私はまだ良く分かっていない。成香さんは、にこにこと機嫌良さそうに微笑んでいる。
「いい? この部屋には中村氏の身内が入らなければならなかった――ということを前提に、よおく考えてみて。どうしてこの部屋じゃあないといけないのかしらね?」
「どうしてこの部屋じゃあないといけないか――ですか。ううん。ということは、たとえば私たちの部屋とかにも当てはまらない何かがこの部屋にある、ということですよね」
「そうよ」
私たちの部屋に当てはまらない、この部屋の特徴。と、言われましても。私は頭の中で、そう気弱に呟く。
「ええっと、この部屋は一番北側にあるのが特徴なわけで、そう考えるとこの屋敷の北側、今見えているこの――これはまあ、森ですね。これが高いところから見ると、何か秘密基地みたいなものが隠れていて、それを見えないようにしているからとか。ちょうど、三津首氏の部屋の窓のサイズだとどうがんばっても死角になるんですけど、雅子氏の部屋からだと見える、とか?」
「ふうん。それ、ちょっと面白いわね。あとで探しに行く? でも違うと思うわ。だって、誠司氏は『それぞれの部屋を一度ぜひご覧いただければと思います』って言ってたし、現にあたしたちも雅子氏の部屋に入ったじゃあない? その時に、窓の先に不審なものなんてなかったわよ」
「あ――いや、私は全くそんなことを考えていなかったもので、確認はしておりませんで。でも成香さんが何も無かったというなら、そうなんでしょうね。ううん、となると、この部屋だけに何か仕掛けがあるとか?」
私がそう言うと、成香さんはんふふ、と笑いを漏らし、また出来の悪い生徒を褒めるような優しい微笑みを浮かべる。
「そう。おそらくこの部屋には仕掛けがあるわ。さあどんな仕掛けかな? 黒星クン!」
成香さんは随分上機嫌だ。私の手首がぎゅっと力をこめて握られ、成香さんの体温が上がっているのがわかる。ん?
「わああ」
「ん? どしたの?」
「いや。その、手が」
「手?」
「いつの間に」
「いつの間に、って。黒星が先に掴んだんじゃあないの」
成香さんが不思議そうな顔をして言う。うわあ。そうだっけ。いやそうだっけ、ではなくて確実にそうなのだけど。私は突然恥ずかしくなる――が、その手を振りほどくのもおかしいかなあとか、天気の良い内地とは言え今は一月でだから少しだけ外は寒くて、成香さんの手の温もりが浮き上がるようだなあとか、そんなことを考えてしまって、その手を離すことができない。同時に頭を働かせることもできなくなって、私はひたすら困ってしまう。
良く分からないまま全てを保留にして私はなんとなく館の玄関に向かって歩き出す。さすがに多少走っただけはあって、私たちは厨房と玄関の中間くらいの位置にいる。振り返って厨房、それからその上にある私たちのに割り当てられた部屋の窓を見るが、やはり何も分からない。そのまま前を向いて、私は歩く。歩きながら考える。そしてあることに気づく。
この館の周りを歩くとして、この館はかなり大きい。ただ外見を確認したり、玄関に戻ろうとするだけならば、星の頂点を結ぶ線を歩く方が効率的である。外壁に沿って歩くのではなく。
でも、私たちはトイレと浴室の窓を見るまで外壁に沿って歩いていた。私はそこで建物から少し離れたけれど、成香さんはずっと外壁に沿って歩き続けていた。そして、壁に沿って星の頂点に辿り着き、そこで「わかった」と言った。
つまり。
「壁に――何かがある?」
「お?」
成香さんがもう一度私の手首をぎゅ、と握る。その感触にはあまり集中しないようにして私は思考をまとめる。
もう一度思い出してみよう。
私は、あの「小さい」窓を見たとき、「小さくない」窓と同じくらいの大きさのように感じた。それは何故か、ということをよくよく考えてみると、窓と窓以外の壁の比が大体同じように見えたから、という気がしないでもない。
成香さんは、この館が星型なのは、その方が目立ちにくいからと言っていた。何が目立ちにくいのか?
それは――。
「あの。こういうことではないですか? まだはっきり分かってはいないのですが、一か所だけ壁の長さが違うんです。つまり、こういう感じで」
私は(多少名残惜しく思いつつ)成香さんの手首をつかんでいた手を放し、空中に絵を描く。こんな感じの絵を。
https://www.fastpic.jp/viewer.php?file=9772343252.png
成香さんは満足気に私の指の動きを眺めている。だからたぶん、これで正解なのだろう。だから、ようするに。なるほどね。
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