名探偵財田成香の推理と解説(下)

「最後が吉田睦月様ですね。刑事さんということなんですが、いやこれが寡黙な方でして、ほとんど言葉を発さないで黙々と捜査をされているそうです。それだけでも頭が下がる思いですが、この吉田様のすごいところは、黙ったまま事件を解決されるそうなんですね。吉田様の一つ一つの所作が事件解決のヒントになる、とかで、ついたあだ名が『黒猫ホームズ』だとか」

 誠司氏はそう吉田氏を紹介し、満足気に笑った。吉田氏はまるで「ただの偶然が重なっただけですよ」とでも言いたげに肩をすくめて、少し居心地悪そうにしている。そして、何かをごまかすように目の前に並んでいるオードブルの料理の数を数えている。

 

 数えるのもちょっと分かる。

 というのは、これが夕食のすべてといわれても信じてしまいそうな大量のメニューが並んでいるので、何種類あるんだろうなと私も思うくらいで、それを数えてみたくなったのも分かる。もう一つは、ゲスト側で食事をしそうなのは(しそうなのは、という表現がおかしいことは私も重々承知である)私、成香さん、三津首氏、吉田氏、瘧師仁氏の五人であるが、ゲスト席の中心に置かれたオードブルのそれぞれの料理は六人分並んでいるのである。もちろん、と言っていいのか分からないが、それは席も用意されている瘧師理恵氏の分である。

 仁氏は、こほん、と一つ咳払いをして、

「あー、妻は食事を摂れませんのでな。せっかく出していただいたのに恐縮だが――ああ、ん? 吉田さん、ええと? ああ、下げるくらいなら私がということですかな? それではどうぞ。以後は五人分で結構。気遣いいただきありがとう」

 と言う。


 まあそりゃあそうだろう。だって人形だし。どこまで本気なのか分からないが、誰もツッコミを入れないので本人に断ってもらうしかないのである。そして、幸いなことに仁氏は自分できちんと宣言してくれた。 

 というような、少し居心地が悪くなるような出来事はあったものの、ディナーはかなりのごちそうだった。


 誠司氏は、「本来は料理人を呼び出すところであるが、孤島である都合上素材や下ごしらえに限界があって、ほとんどケータリングを温めたものになってしまった」と恐縮していたが、正直言って私にとってはそんなことは問題ではない。なにかしらのスープであるとか、なんとかのテリーヌ、とかを充分堪能させてもらった。それに、とにかく酒が良い。事件が起こらない――というか、正確に言うと、平和な事件というか、ようするにデモンストレーションとしての事件しか起こらない、ということで安心していたということもある。私は充分に楽しませてもらった。いや本当、無料でこれだけ楽しませてもらって良いのかなというところで、やはり例のネックレスを持ってくるべきだったかなと再び考える。


 私の左隣に座った成香さんも、料理に不満はないようで、ぱくぱく食べている――が、その表情は少しだけ退屈そうである。右隣に座った三津首氏が、小さな声で私に問いかける。私もなんとなく、声を潜めて答える。


「探偵さんは、結局謎は解かれたんですか? なんだか少し、浮かない顔をしているようですが――」

「ああ、そうなんですよ。謎を解く瞬間までは楽しそうだったんですけどねえ。『なんか、わかっちゃったらつまんなくなっちゃったわね』だそうで」

「はあ――さすが、と言いましょうか。いやね、窓が小さい謎、私も考えてみたんですけどどうにもさっぱりで。あとで謎解きはあるんでしょうか?」

「ああ、それは、はい。たぶんですね、このあと誠司氏が『謎』を提出するはずですよ」

「ほう。それは――まあそれくらいのイベントがあってもおかしくなさそうですが。では、その時を楽しみに」


「おや。そちらのお二人には、何か秘密の約束でもあるんですかな?」

 仁氏が唇の端をきゅっと上げて問いかける。私たちは悪戯をしているところを見つかった子供のように、いやいやとかぶりを振って、いやその、何か『事件』が起こったりしてとかそんなことを思って、というようなことを、なぜだかしどろもどろになりながら言った。


 それを耳ざとく聞きつけた誠司氏が、うれしそうな声で言う。

「はっはっは。いや、本当の殺人事件が起こっては困りますがね。大丈夫、きちんと『事件』は起こりますとも――皆さんのおめがねにかなえばいいが」

 そしてワイングラスを傾け、高らかに笑う。


 いやあ、どうなんだろう。

 少なくとも成香さんは若干退屈しているけど、大丈夫なんですかね。

 私は成香さんの横顔を窺う。と、私の視線に気づいた成香さんがこちらを見て、「そんなに心配しなくても、つまんないわねえ、とか突然騒ぎ出して何かが起こる前に全部ぶちまけて台無しにしたりはしないから大丈夫よ、あたしだって大人なんだから」と言いたげに軽くウインクをする。いや別に、そこまでは心配していなかったのであるが、それで私も多少安心して、先ほどの「解決編」を思い出す。


                   ☆


「分かったの? 黒星。その壁の中に何があるか」

「まあおそらく、分かった――と思います。つまりですねえ。今気づいたんですが、この館には、んですね」

「ふふん。言うじゃあない。でも、そうね。それはなに?」

「それは――」


 私は改めて、屋敷の後ろに広がる森を見渡す。

 おそらく。というか確実に、誠司氏はこの島を丸ごと買い取ったはずである。そして、この誰の手も入っていなかった島の一部を整地して、広大な屋敷を建てたということなのだろう。それによって失われた貴重な動植物の生態系、のことは今のところ考えないことにして、さて、誠司氏は


 だってそうだろう。

 誠司氏は車いすに乗っていて、二階に行くのは大変だ――と言う。しかし、おそらく建築時には何度か二階に昇って確認をしたりしたはずだ。多分誰かしらの介助を受けて。? 何しろ、島である。どうせこの館だって森を切り開いて整地をしただろうわけで、スペースが欲しいのなら、もっとこの後ろに広がる森に手を入れて、巨大な平屋の星型の館でも、迷路館でも、好きなものを建てれば良かったのだ。階段を昇らなくて良いだけのスペースを確保した。

 百歩譲ってどうしても二階建てにするとしたら、「階段」だけを移動手段にするのはおかしい。スロープにするなり、電気はふんだんに使えるようなのだから(地下に発電施設でも作っているのだろうか)、。どう考えても予算的問題ではないわけで、じゃあなぜエレベータを置かなかったのかと言うと。


「そゆことね」

 と成香さんがスマホを取り出して言う。

 そして画面をなぞる。どうやらペイント・ソフトで見取り図の写真を加工したようだ。こんな風に。


 https://www.fastpic.jp/viewer.php?file=9310431842.png


 そうして、水戸黄門の印籠のように私に向かってスマホの画面を掲げる。ははあ。地に伏せたくなる気持ちを抑えて私は成香さんに尋ねる。

「いやしかし、大したものですよ。さすがは名探偵ですね。私はそりゃあ、成香さんのヒントがありましたけども、館の形そのものが見取り図とは実は違うだなんて、普通は思いつきませんよ。窓に気づいたとしても。そこはノーヒントでしょう?」

「そんなことないわよ?」

 成香さんはそう言って、頭上を指す。

 私はばかみたいにその指された指の方を見る。館の屋根が目に入る。

「えーっと? なんか、一流の名探偵には天啓が降りてくるとか、鳥瞰できる力があるとか、そういう?」

 成香さんは伸ばした指先をちっ、ちっ、と振って言う。

「鳥瞰、は少し近いかもしれないけど違うわね。あのさ、黒星。なんでこの館、屋根があると思う?」

「はい?」


 建物にはなぜ屋根があるのでしょうか。いやそりゃあ、屋根がなければ嵐が来た時にずぶ濡れになってしまうからでは?

「そうじゃあなくてよ。どうして星型じゃあなくて、五角形の屋根にするわけ?」

「え? っとお。どうして、と言われましても。屋根が作りにくい形だからとか、いや、そういうことではないんですね。あ、そうか」

「そ。このご時世、衛星写真ってのがあるでしょ。歩いたり側面から見ただけではパッと分からなくったって、上から見られたら歪な星型だっての、一発で丸わかりじゃあない。google earthとかでね。だから屋根で隠してる、ってこと。逆に言えばね、あたしはこの屋根を見た時に、『屋根で何かを隠したいのかしら』って思ったわよ。あからさまだもんね。それに窓のサイズと、主寝室とその上に不自然に割り当てられた中村氏の身内の部屋。これだけ揃えばわかんない方がおかしいってものよ! 犯人は誠司氏。館の主人ね。二階に上がるには本来、衆人環視のホールを抜けなくてはいけないけれど――誠司氏だけが、誰にも見られずに二階に上がって、雅子氏かしら? とにかく、二階のその部屋にいる人間を殺すことができる。もしかしたら密室になるのかもね? まあ、トリックも何もあったものじゃあないけど。かんたんよねえ。なんか、わかっちゃったらつまんなくなっちゃったわね」

「いやいや。大したものですよ」


                   ☆


 ディナーも終わりに近づいている。

 なんと、驚くべきことに、屋根を叩く激しい雨の音が聞こえだす。

 まさに『嵐の惨劇館』にふさわしい空気ができてきた。


 辺見氏がおもむろに誠司氏の車いすを、ホールの奥に押していく。そうして、そこに中村一族が(やや「やれやれ」といった雰囲気を漂わせながら)集まる。辺見氏は美しい所作でそこから少し離れ、ぼんやりと立っている。ただ、その表情がどうしようもなく物憂げに見えて、私は多少胸を締め付けられるような気持ちになる。まったく彼は、喋りさえしなければ完璧な執事だ。

      

 ディナーの席には雨音だけが響く。静寂の中、誠司氏が言った。


「あー、こほん。それではですね、皆様が楽しみに――してくれていると良いのですが。丁度雨も降って参りました。ちょっとした、我々からの出し物と言いましょうか、余興を楽しんでいただければ、と思います。


 これからある事件が起こります。


 その事件の容疑者も被害者も、これから私が説明する人物以外にはありえません。つまり、皆さんの中に実は犯人がいるとか、皆さんが害を被る――ということはありえませんからご安心を。ただですな、我々はまあ、その、骨肉の争いをしているわけではありませんから。少々設定を変えて説明させていただきます。


 まずは私。私はまあ、このままの私です。ミステリ好きな、少々足が不自由な爺です。それで、横にいるのは妻、ということにしましょうか。マサコです。私とマサコは、ですから同じ部屋におります。そこの主寝室ですな。ただ、まあ見ての通り、(実際にそうなのですが)親子ほどに年が離れておりますから、何か互いに不満はあるかもしれませんな。


 そして私には息子が二人います。

 一人はこちらのソウジ。ソウジと私は少々仲が悪くて――ですから、ソウジの部屋だけは二階の一番北側の部屋で、我々とは少々離れていることになっています。ああ、別に、本来の部屋割りとは無関係ですよ。雅子と仲が悪くてそうしている、というわけではないのでご安心を。

 そして弟のコウジです。コウジは、決して仲が悪いわけではないのですが、今は音楽家をやっておるのですがね。中村家の方針とはちょっと違う生き方をしているもので、多少ぎくしゃくした仲ではあるのかもしれません。コウジだけは、もともとの部屋割りのまま、つまり雇用人室にいることになります。

 ま、他の人間の説明は省きますが、ようするに、誰が誰を殺しても動機の面では問題のない一族だ、ということです。純粋に、トリックだけの問題です。論理的に考えれば解ける謎ですよ。

 

 ああ、謎――をまだお話しておりませんでしたな。これから私たちの誰かが事件を起こし、そして誰かが死にます。

 犯人も私たちの中にいます。


 皆さんは、これから私たちの動向を注視し、この事件の謎を解き明かしてください。それが我々からの――余興です」

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