名探偵財田成香の探検(3)

「この屋敷の見取り図、覚えているかしら?」

「覚えて……いるようないないような」

 私はあやふやに答える。三津首氏の顔を見るが、三津首氏もなんだか曖昧な顔つきだ。

「まあいいわ。見なさい。これよ」

 そう言うと成香さんはどこからともなくスマホを取り出し、画面に見取り図を映し出す。


 1F: http://www.fastpic.jp/viewer.php?file=1280565275.png

 2F: http://www.fastpic.jp/viewer.php?file=8118973028.png


 いつの間に。私の困惑を見抜いて、成香さんは言う。

「細かいことは気にしない。そうね、どうしてもと言うならさっき船の中で隙を見てスマホで写真を撮っておいたものを見せてることにしてもいいわ。それでね、この見取り図を見て、何かおかしなところはない?」

 いや、ミステリで細かいことを気にしないってそれはどうなのか。

 とにかく私は気を取り直し、改めて見取り図を見直す。


「おかしなところって……。いや形は奇妙ですよね。なんで星型なんでしょう?」

「なんで星型か、ね。悪くないわよ。理由の一つははっきりしてて、たぶんからね。そしてもう一つの理由は、その方が目立ちにくいからね。だから50点。まあでもそれはこの館が奇妙だということであって、見取り図のおかしいとこではないわよね?」

「目立ち――にくい」

 さすが探偵、いつの間にか見取り図の写真は撮っているわ、星型の巨大な建物を目立ちにくいと言うわで、私はほとほと感服した。感性が違う、で片付けていいのか疑問なところであるが、しかしとにかく、成香さんの推理には――少なくとも、見取り図のおかしい点を見つけることには――館が星型であることはあまり関係がないようだ。


「ホールの入り口が不便な位置にある――というのは、さっき成香さんがおっしゃってましたよね」

「そうね。たぶん、玄関に面した壁に隠し通路でもあるんじゃあないかしら(寝室に面した壁と考えられないこともないけれど、そうだとしたら玄関に面した壁にドアをつけない理由はないものね)。黒星、ちゃんと見た? あの部屋、広くって絵とか彫刻とかイヤというほど飾られていたけれど、玄関に面した壁のところだけ、ぽつんとスペースが空いていたわよ。まあ、フェアと言えばフェアね。そういうセンスの人ってことよ。あたしだったらもうちょっと分かりにくくするけど」

 正直言って、私自身は物の価値にとらわれていてその配置にまで気が回っていなかった。さすが成香さん、と思いながら(言うまでもないが、さっき拗ねまくっていたのに今は元気いっぱい余裕しゃくしゃくの成香さんに対して、今泣いたカラスがもう笑った、ということわざがぴったりだな、などということは全く思わなかった。しかし、カラスが笑うというのはどういうことだろう? 確かに成香さんの服は黒一色で、カラス風味が無くはないけれど)。と、私は(もちろん全くそんなことを思ったわけではないが、だからつまり次に私の脳裏に生じる出来事は単に天啓、と思っていただくとよろしいと思う)、そもそも成香さんがなぜ拗ねていたかを思い出し、あることに気づく。


「あ、そうか。つまり、この見取り図に――という点がおかしい、おかしいというか、それもある種の、中村――誠司氏のフェアネスの現れではないか、と言うことですか?」

 成香さんは出来の悪い生徒が一生懸命問題に取り組んでいるのを見守る教師のように優しく微笑んで、「そういうこと」と言う。

「まあ正解、と言ってもいいけれど――そう考えたときに気づくことは、もう一つないかしら?」

 そう考えたときに気づくこと? まあ窓が小さい理由だろう。結局のところ、「おかしい」ということは分かっても、なぜ窓が小さいのかは私にはわからない。


 と、その時、「あ」と三津首氏が短い声を上げた。

「あ、はあ、いやその。いやちょっとだけ不思議だったんですよ。あの執事クンは、僕に、三津首さんの部屋、ちょっと窓がちっちゃいスけどだいじょぶスか? みたいなことを尋ねて来て――いやもちろん構わないと答えたんですが――、その時ちょっとだけ思ったんですよね。こっちの中村さんは、中村誠司さんの娘さんで、だから身内ですよね。で僕は一応しがない作家ですが、ゲストではあるわけで――どうしてゲストのほうに、たとえわずかであっても不便な部屋をあてるんだろうって」

「おお」

 私は思わず声を上げる。さっきとは違った、正当な意味でさすが推理小説作家、と思う。二人で鼻を垂らした生徒のように、成香さんの顔を見ると、成香さんは目を閉じてふわりと微笑んでいる。


「その通り! 良く分かったわね、二人とも。偉い偉い。なかなかやるじゃない! ということは?」

 良かった、褒められた、と思って安心した私たち(いうまでもなく、私と三津首氏だ)は、きょとんとして、思わず顔を見合わせる。

「ということはと」

「言われましても」

 まるで言葉を分割して喋る双子になったかのように、私たちは間抜けに述べた。


「ええー。そこまで分かっても分かんないの? なぁんだ。落ち込んで損した。まあいいわ。あたしもまだ、百パーセントの確証を得たわけじゃあないからね。それじゃあ、確認のための探検に行きましょ!」

 成香さんはそう言って、ひらりと身を翻した。

 不出来な生徒であるところの私は、もちろん黙ってついていくことにした。

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