名探偵財田成香の出題編
名探偵財田成香の探検(1)
「探検ですか」
「そうよ!」
成香さんは部屋中をぴょんぴょん跳ねながら言う。そういえば今朝、慌しくて年賀状を確認してこなかったことを突然思い出す。成香さんも年賀状とか書くんだろうか? 私の思惑(と呼べるほど高尚なものでは、もちろんない)をよそに、大きな窓辺に立った成香さんは言う。
「ほら、見てみなさい黒星。結構おっきい島じゃあない。どこかに洞窟のひとつやふたつ、あるかもしれないわよ」
「はあ。徳川家康の隠し財産が眠っているとか」
「そんなのに興味があるの? そうじゃあなくてさ、こう、謎の白骨死体とか」
「どっちかと言うと財産の方に興味を持つ人間の方が多いのでは」
そう言いながら私の胸に、また少し不安の影が横切るのを感じる。
名探偵の条件は、事件に遭遇すること。
そしてここには、『名探偵』たる人物が3人(あるいはもっとか?)も集まっている。だとしたら何か事件たるもの、が起きてしまうのではないか?
私はそれが不安だった。
正直なところ、私は平凡な人間だから、もちろん自分は殺されたくないし、誰かが殺されるところだって見たくはないのだ。そういう意味では、過去に殺されてしまった誰かの無念を晴らす、というのがこの中ではもっともマシな選択肢かもしれないが――積極的に「見つけたい」とまでは思わない。
もちろん私が自ら関与しないだけで、人はいつでも人を殺すし、たぶん殺人が無くなることはないのだろう。そこから目を逸らしたとしても、そのことが消え去るわけもない。
そんなことは分かっているが、しかし、やっぱり素朴な願いとして、できれば我が身とその周辺にはそうしたことが降りかからないように、とつい思ってしまう。それはもしかすると、ものすごく利己的な願いかもしれないが、それでも私はそう思う。
私にしては珍しく、観念的なことを考えていたせいだろうか、気づくと成香さんが、少し心配そうに私の顔を覗き込んでいる。私が成香さんの表情を窺うことは良くあるが、逆は珍しい気がする。私は無理に笑顔を作って言う。
「とりあえず、それでは探検に行きましょうか」
「んん……。ま、それは後でもいいわよ。でもね、確認しておきたいことがあるの。それは一緒に行きましょう?」
「確認しておきたいこと?」
「ふふ、ひ・み・つ。『推理を完成するのに必要な手がかりが、ひとつふたつ足りないわ』。これ言ってみたかったのよね」
はて、推理。この段階で? 何を推理することがあると言うのだろうか。
「ふふ。『名探偵』なめるんじゃあないわよ。さ、行くわよ黒星!」
そう高らかに宣言すると、また成香さんは跳躍するように部屋の入り口に向かう。私は冷蔵庫を開け、ペットボトルのお茶を一本抱えて、乾いた口を湿らせてその後に続く。
最初に成香さんが向かったのは、三津首氏の部屋だった。部屋の扉をノックすると、すぐに扉が開く。
「おや、探偵さん。どうしました?」
「ちょっとね。この部屋をもう少し詳しく見たいのと、それから少しだけ話を訊かせてもらえるかしら?」
成香さんは素敵な微笑を見せている。三津首氏は(微笑みが関係あるかは分からないが)しばし硬直した後、どうぞ、と我々を招き入れてくれた。
さてしかし成香さんは、一体何を確かめ、なんの手がかりを手に入れようとしているのだろうか。
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