名探偵財田成香の第三種接近遭遇(3)
なんだかずいぶん時間がかかった気がするが(文字数にして7200字くらいかかったような気さえする)、ようやく私たちは嵐の惨劇荘に到着した。
見取り図だとイメージしにくかったが、かなり大きな屋敷で、しかも星型の中央部に向かって壁が狭まっていくものだから、なんとなく自ら蟻地獄に突入していくような気分になる。
玄関の扉を開くと、車いすの主が出迎えてくれた。
「長旅お疲れさまでした。ようこそ、『嵐の惨劇荘』へ。私がこの館の主の――こほん、中村誠司、と申します。一応申し上げておきますが、これは本名です。はは。本来は私も向こうまで出向きたかったのですが、何しろ足がこれですから。辺見に無礼はありませんでしたか?」
「ま、それも含めて味、というところね。財田です、このたびはお招きいただきありがとう。よろしく」
成香さんが代表して答える。
「いやはや、味ですか。これは失礼。実は彼は新参ものでして。やはり館には執事が欲しいところで急遽雇ったのですがね、履歴書の顔写真を見たときは彼だと思ったものなのですが……いかんせんね……。ま、とにかく皆様、まずは部屋へどうぞ」
やや非難をされているのを全く意に介す様子もなく、辺見氏は中村氏の車いすにとりつき、それを押す。で、すぐに分かったのは、辺見氏はどうもものぐさというか、それが普通なのかもしれないが、車いすの背側から体を乗り出して引き戸を開く。なるほど、これはボタンがほつれる道理である。
玄関から一度雇用人室の方に向かってドアを開くとそこがロビーだ。とにかく広い。私の借りているオフィスがすべて入りそうな広さだ。豪華な調度品や絵が並んでおり、私はつい商売柄(みなさん、私が宝飾品店を経営していることを覚えておられるだろうか? 私自身は正月早々遊び惚けているから、半分忘れかけていた)、目利きの真似事のようなことをしてしまう。私のポンコツの審美眼でも、7桁以下の価格の調度品はなさそうで、美しさを楽しむというより、もしつまづきでもしたらどうしようという気持ちが先に立って、少し身が強張ってしまう。
「ご主人。一つ伺っても?」
私の緊張をヨソに、成香さんが中村氏に尋ねる。
「ええ、なんでしょう」
「このホールに入るドアの位置、どうしてここなわけ? 玄関から直通でないのはまあいいとしても、あなたの寝室からも遠いし、何より厨房から一番遠いってのはどうなの? 不便じゃあない?」
「ほう! さすがは探偵さん、お目が高い!」
中村氏は少し上ずった声でそう言い、拍手をした。
「はあん……例の『隠し通路』ってわけね?」
隠し通路。そういえば招待状には、「いくつかの仕掛けや、隠し通路」があると書かれていた。いやはや、まったく、呆れるやら感心するやらである。呆れる7、感心する3、と言ったところだ。
「いかにも、その通りです。ま、詳しくはディナーの時に」
「ふうん。ちょっと楽しみね」
「それは何より。しかしこうも早く見破られるとは、少々これは手ごわいですな」
中村氏は非常に楽しそうだ。さっきからあれこれと緊張していたが、良く考えるとこれは単に金持ちの道楽で、呼ばれているのも中村氏の家族と、バイトの介護士兼執事、それから(少々風変りではあるが)各界の名士(なのだろう)(もちろん、私は例外だ)。そう考えれば、事件の起こりようもない。素直にこのミステリ的雰囲気を楽しめば良いのだ。
「さて、私が階段を昇るとなると一苦労ですからな。下で少し休ませていただきます。一応、それぞれの部屋には趣向も凝らしてありますから、荷解きをする前にそれぞれの部屋を一度ぜひご覧いただければと思います。夕食は18時から。それまではどうぞ、ご自由にお部屋でおくつろぎください。――ああ、ただ無人島の悲しさ、各部屋に水道の配管をするのがちょっと大変でしてな。飲み物は各部屋備え付けの冷蔵庫に入っているものをご自由に飲んでいただいて構わんのですが、その、手洗いが一か所しかないのです。浴室も、ですな。内鍵がかけられるので不慮の事故はないでしょうが、風呂に入るタイミングだけは少々後で相談させていただきたい。ご不便かけて、申し訳ない。手洗いはここを出て、左に向かって進んで一つ目のドアです。今急を要する方は――大丈夫のようですな」
正直ちょっとトイレに行きたいところではあったが(年をとるとトイレが近くなるのだ)、そこまで爆発的な事態ではなかったので、私は黙っていた。辺見氏の先導で二階に昇り、それぞれの部屋を見せてもらう。成香さんは、「あれは斜め屋敷のおにぎり型のレリーフね」「あ、女王のイニシアルのピストル痕だ」と楽しそうにしていて、何よりだという気分になる。
私たち(と、ご丁寧にも瘧師『夫妻』)にはツインベッドが置かれており、このベッドをどのように手配したのかと思うが、そこにかかったであろう金銭のことは深く気にしないことにする。まあ何しろ、趣味に生きる金持ちなのだ、私が気に病む必要はない。
最後に見取り図では中村、と書かれた部屋のドアを開けると、そこには3人の男女がいた。
「やあ。皆さん、名探偵さんなんですってね。父の我儘にお付き合いいただきすみません」
父、というところを見ると、なるほどこちらが中村家の息子たちのようだ。年のころは三十台と言ったところだろうか。
「いえいえ、何しろワタシはしがない勤務医ですからねえ、こんなところで正月を過ごせるなど、ありがたい限りで。楽しませていただいております」
今度は瘧師氏が代表してあいさつをする。なるほど、瘧師氏は医者らしい。確かになんとなく、外科医の風貌がある。ここに呼ばれたということは、法医学か何かの専門家なのかもしれない。
「いや、そう言っていただけると。僕たちも皆さんのお話を楽しみにしています。と、ご紹介が遅れました。僕は光る司で、
名前を呼ばれると兄妹それぞれが会釈をする。
光司氏はやりてのサラリーマンといった清潔な身なりなのに対して、荘司氏は無精髭を生やした雑駁な恰好をしている。何かしら芸術家の関係の仕事をしているのかもしれない。雅子氏は、いかにも育ちの良いお嬢様(というには少々年季が入っているが、これは私が言えた口ではない)といった様子で、上品に微笑んでいる。兄弟久しぶりに水入らずで会話を楽しんでいた、というところだろう。見る限り、特に遺産を巡った骨肉の争いがあるという様子でもなく、みななんというか裏表がなさそうな様子だったので、私は更に安心する。
辺見氏に鍵を渡され、私たちは散り散りにそれぞれの部屋に向かった。
はあ。移動も長かったし、初対面の変わり者にも結構あったしで、少々疲れており、このままベッドで夕方まで眠りたいような気分だ。
ベッドを割り当てた後、私は靴を脱いで、ベッドに横たわろうとしたが、成香さんんに非難される。
「ちょっと黒星。何のんびりしてるのよ。やることがあるでしょう?」
「え、やること、ですか」
「そうよ」
そう言うと成香さんは、どこからともなくデジタル・カメラを取り出して、こう高らかに宣言した。
「探検よ!」
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