名探偵財田成香の解決編
名探偵財田成香の再登場
「あのですねえ」
黄十字はそう言って、首を摩りながら一度部屋を出ようとしてすぐに戻ってきた。
「何してんのよ」
「や、や。例のネックレス持ってこようと思ったんですが、良く考えたらアレは警察に押収されているんでした」
「なんなのほんとにこの会社。良くやっていけてるわね」
「まあなんとか。客筋が良くて。おかげさまで」
「そんなことはどうでもいいのよ。で、何だっての?」
「ええっと」
黄十字は少し思案して、それから言った。
「あの、ネックレスの写真は見ましたよね?」
「見たわよ。『星』要素なんてどこにも無かったけどね」
財田さんは冷たく言い放った。
「いやそれが――でもだったら話は早いです。あれに、ルビーの入った装飾物がついてたでしょう。アレの形は覚えてらっしゃいますか?」
「だから十字でしょう」
「十字です。でも、ただの十字じゃあなくて……なんというか、X字型なんですよね」
「それがどうかしたっていうの?」
「で、それをえっとケースに綺麗にいれると……いや分かりにくいですね。あのですね。ちょっとVサインしてもらってもよろしいですか?」
「はぁ?」
言いながら、財田さんは水平なピースサインを作り、瞳の横に寄せた。ばちっとウインクまで決めて。
「あ、その、えっと、ありがとうございます。でもそうじゃあなくて」
「何よ?」
「その、それがXの半分だとしますよね。一個のXにつき、そのVの部分が一つ取れます。それで、こんな感じで、両手で作って、でそれをこう……人差し指同士で、くっつけて貰えますか? あ、その、先っぽの方を。全体じゃあなくって」
「んん?」
黄十字は胸の前に両手を出して、二つのピースサインの人差し指の先端を合わせた形を示した。財田さんも、それを真似る。
「で。あ、その、Wみたいにじゃあなくて、もうちょっと開いて。そう、そんな感じです。ちょっと申し訳ないんですが、その……探偵さん、横に立ってもらえます? はい。で、中指を、僕の中指とくっつけて貰ってよろしいですか? その、なんていうか……二次元的にというか……二人とも手を地面と平行にしましょう。それで、そう、そのまま、まっすぐです」
黄十字と指を触れ合わせた財田さんは、軽く目を見開いた。そして――
「んっ」
と呻いた。
「え? そういうこと?」
「えっと、はい。一人足りないですが、まあ、その、そういうことです」
「納得いかないよぉ~! でも確かにあった~! 悔しい~~!」
財田さんは大層憤慨し、足を踏み鳴らして(まさに地団太を踏んで)大騒ぎしたらしい。ありったけの甘味を提供して、荒ぶる財田さんをなんとか鎮めたんです、大変でした、と黄十字と赤枡はのちに語った。
さて突然哲学的なことを語るが、人間とは畢竟孤独な生き物である。
あなたも私も、きっと独りぼっちだ。少なくとも、「今・ここ」ではそのはずだ。書かれたものを読むとき、人間はどこまでも孤独だからである。
そういうわけなので、私はなんとか二人(理想的には三人)の頭数を集めて彼らの行為を再現しろ、とは言わない。その代りに、とある画像をお見せしたいと思う。
大変お手数であるが、以下のURLにアクセスして欲しい(という流れで自然にウイルスサイトに誘導する、といった叙述トリックを仕掛けなかった私の良心は、まだ捨てたものではないと思う)。
http://www.fastpic.jp/viewer.php?file=8995652751.png
お分かりいただけたことと思う。
……いただけただろうか?
私は正直、何度もこのことを財田さんに説明しようとした――もしそれを疑うなら、一度読み返してみてほしい――のだが、常にそれは遮られていたのである。
誤解がないよう言っておくが、私は財田さんを尊敬している。あのネックレスは、緑川を除くすべての社員を指していた。だから私たちは、緑川がその中の誰かを指していると思い、お互いにお互いを犯人だと思い、疑心暗鬼になりかけていたが、財田さんは鮮やかにその謎を解いた。つまり、緑川はそれを口の中に隠していた――ネックレスが指す人物が犯人ではないことを示すために――という答えを導くことで。うす曇りの夜空の雲を盛大な風で吹き飛ばして、あたりを柔らかい月の光で満たすように。そしてそれが、まるでなんでもないことかのように。
その発想は私にはなかった。そのような発想ができることが、財田さんを名探偵たらしめている、まさにその部分だと思う。だから私は財田さんを尊敬している。
ここまで言えば、もう事件の真相はお分かりだろう。
犯人は――という言い方が正しければだが――緑川自身だった。
「使い込み」をしていたのも彼自身だ。彼は自殺を計ったのである。彼は比較的高額な生命保険に入り、死を以って罪を贖おうとしたようだ。
ところが生命保険にはだいたい特約があり、自殺では保険金が降りない。降りるところもあるが、免責期間が一年から三年設定されているものがほとんどで、だから自殺では問題は解決しない。
そこで緑川は一計を案じた。強盗被害を装った自死である。「保険金殺人」という言葉があることからも分かる通り、殺人であれば保険金は降りる。そうするつもりだったら、事前に宝飾品をどこかに隠しておいたり、財布から金銭を抜いておいたりするべきだろうが、それをしなかったのが緑川の粗忽なところだ。いや、案外緑川もそのことには気づいていたのかもしれない――自分で自分の腕を後ろ手に縛ってから。
私が実演したように、結束バンドで後ろ手に指を縛ること自体は比較的簡単である(私もそうして見せた。だから、財田さんが両腕を掴んだ時、すこしばかり体が近くて緊張したのである)。少なくとも可能ではあることは立証された。ただ、縛った後でそれを解くのはかなり難しい。
これは推測でしかないが、緑川はまず宝飾品をばら撒き、そしてロッカーの上ぎりぎりに壺を置いたのだろう。それから自分の手を縛り、ロッカーに体当たりをするなどして、壺を自分の頭にぶつける。
意識が薄れて宝飾品の上に倒れこむ緑川は、そこでようやく気づいたのだと思う。––このままでは「強盗」と認定されない可能性に。ひいては、我々社員が疑われてしまうことに。
ところが粗忽な彼は、メッセージを遺すための携帯電話もメモ帳も持ってきてはいなかった。当然といえば当然で、彼は死ぬつもりだったわけだから、職場までの交通費以外は何もいらないと考えたのだろう。慌てた彼は頭を働かせた。しかし、宝飾品で「強盗が入った」ことを示すのはかなり難しい。それで彼は、我々が犯人であることを否定することを考え––御誂え向きに(あるいは御都合主義的に?)我々の名前が全て入ったあのネックレスを「隠す」ことを選んだのだと思う。
私には不思議な確信があった。なんとなく、完全に意識を手放す寸前に慌てる緑川の顔が思い浮かび、私は少しだけ(不謹慎かもしれないが)笑ってしまった。
ある意味では間抜けな行為だったが、もし緑川がソツなく全てをこなしていたら、結果的には警察は架空の強盗犯を追いかけるハメになっただろうし、私が財田さんに依頼して「解決」を迎えることもなかったわけだから、ある意味ではそちらの方が正しい行為だったとも言える。
私は財田さんの推理を聞いてすぐ警察に駆け込み、この『推理』を警察に洗いざらいぶちまけた。はじめは容疑者逃れをしようとしているのかとやや疑っていた警察も、緑川の家宅捜索をするなかで、証券会社からの督促状を見つけたことで「使い込み」の可能性がぐんと高まったようで、そして結局緑川の「使い込み」の使途と金額全てをごく短い間に詳らかにした。結局はほぼ、自殺を目論んだ緑川の行為という形で決着がつき、私たちはそれぞれ、今度は緑川の『犯行』前の様子の聴取のために、何度か警察に通わされることになった。
いい加減同じ話をなんどもするのはうんざりだったが、しかし、警察も仕事であるし、被害者・兼・容疑者から事情を聴くことができないという状況では、それもいたしかたないかとは思った。
とは思ったが、うんざりはした。その日は使い込みに気づかなかったのか、気づいて緑川を追い詰めたというようなことをないかを何度も問われたせいもある。
ようやく私は釈放――というとあらぬ誤解を招きそうなので、解放というのが正確か――され、ため息をつきながら警察署の妙に重いドアを押し開いた。
警察を出たところに彼女はいた。ほとんど顔も見ていないうちから、私はすぐに彼女が誰か分かった。
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