名探偵財田成香の憤慨
私が警察に洗いざらいを(昂奮しながら)話している間、黄十字はかなり気まずい思いをしたらしい。というのは、どうも財田さんが怒っていたらしいからである。
私が駆けだした後、部屋に残された黄十字は、財田さんに曖昧な笑みを浮かべ、そして尋ねたらしい。
「ええと――その、ウチの社長はどうしたんですかね?」
財田さんは目を閉じて、冷たい口調で答えたという(この「らしい」とか、「という」というのを続けるのは面倒なので、以下は伝聞であるが私が見たことのように書こうと思う)。
「知らないわよ。自首でもしに行ったのかしら? あたしに分かるのは、あたしたちがあなたの修理作業の邪魔をしちゃったことくらいね。悪かったわね、黄十字さん」
「え? そ、その、僕、名乗りましたっけ?」
黄十字が狼狽すると、財田さんは薄く目を開いて、その反応を満足そうに眺めた。
(おそらく、黄十字が訂正しないのを確認したうえで)財田さんは軽く鼻息を漏らして、なんでもないことのように話した。
「あたしはこの会社の社員の名前は全員聞いてるの。で、表にいたのが赤枡さん。残った二人はあなたと青丸さんだけれど――あなたはスーツを着ていない。赤枡さんも社長さんも、わりに仕立てのいいスーツを着ていたのに、ね。ということは、基本的にあなたはお客さんに接することなく、この奥の方の部屋に居て作業をするのがお仕事ということになるわよね。
それで、そこの壁には古物商許可証が二枚――黒星さんと青丸さんね――と、貴金属装身具製作技能士(なんだか舌を噛みそうな名前ね)の資格が貼ってるわよね。そこにあなたの名前があるわ、黄十字さん。それから、この部屋の隅っこにほら、何やら作業途中の貴金属も置きっぱなし。まあそれはそうよね。ショールームの奥には、保管庫と給湯室、社長室とこの部屋しかないわけで、保管庫はあたしたちが使っていて、社長室で作業するわけにはいかないでしょうから、必然この部屋で作業をするしかないでしょうね(スーツを着てないから、ショールームには出にくいでしょうしね)。で、あたしたちが応接間で話をするってことになったから、あなたは慌てて外に出て――給湯室にでもいたのかしら? まったく、妙な社長を持ってあなたたちも気の毒ね」
「は、はあ。す、すごいですね。さすが、その、探偵さんで」
「ふふん。こんなの推理とは言えないわ。ただの観察よ。普段はあたし、凄いんだから。あなたのとこの社長がなんか調子狂うのよ」
「そ――れは、僕に言われても。いや、その、なんだかすみません。と、ところで社長が『自首』をするというのは――」
「それね。あたしは緑川さんの事件の相談に乗っていたの。それでね――」
財田さんは黄十字に(得意げに)『推理』を披露した。黄十字はその推理を聞いて、訝し気な顔をする。
これは私のミスだった。
慌てていたので、探偵料を払えとしか伝えていなかったが――推理の内容は気にするな、と言うべきだった。しかし今更後悔してももう遅い。黄十字は言った。
「その――財田探偵。えっと、その、あなたの推理は――間違っています、と――思うんですけど」
言ってしまった。
当然のことながら、財田さんは憤慨したらしい。眦をつりあげて、ばん、と机に両手を叩きつけた。
「またぁ!? なんなの、あなたの会社は!」
「いや、これうちの会社の問題なんですか?」
「そうよ! おかしいじゃない。ちょっとあの社長呼び戻しなさいよ、文句言ってやるわ。そもそも色と形と数字の名前がつく社員ばっかり集めたり、粗忽者を経理に雇ったり、何考えてんのあの社長は!」
「いや、僕に言われても」
「だから社長に言うって言ってんじゃあない! いいから呼び戻しなさい」
「い、いやその。あの、社長は財田探偵に探偵料をお支払いしろって仰ってましたから。その、ええっと、はい、へへ」
「曖昧に笑うな。そういうの嫌いなのよあたし」
「す、すいません。あの、だからその、いや、僕の勘違いですね。え、ええっと、財田探偵、その、探偵料の相場はいかほどで?」
「あのね。あたしはお金のために『探偵』名乗ってんじゃあないのよ。あたしはあたしの脳細胞を満足させる『謎』のためだけに『探偵』やってんの! お金がどうこうとかそういうのは問題じゃあないわ。それより――あたしの推理が間違っているってどういうこと!? そこを白黒つけないと、あたしここから動かないわよ」
「え、ええとですね、その」
黄十字は再び狼狽し、素直に話すべきか、大福の追加を持ってくるか迷った。しかし、財田さんの眼光に負けて――ついに白状した。いや、白状するようなことではないし、私だって何度か説明しようとして、そのたびに財田さんに妨げられてきたことなのだが。
「あのですねえ。その、例のネックレスには、社長の名前も、しっかり入ってるんですよ」
「待って」
凍り付くような声で、目を据わらせた財田さんはそう言った。
「あ、はあ」
「それは、ルビーで『赤』枡、十字で『黄』十字、5つあるから『青』丸大五の赤・青・黄の色の三原色が揃ってるから『黒』みたいな話じゃあないわよね? 一応言っとくけど、現実的には理論上の三原色なんてそろわないんだから、この三色混ぜたって濃い茶色くらいの色にしかなんないのよそもそも。第一、それだと『黒』星だけネックレスからの情報じゃあなくなって、急に社員の名前全体を使うことになるじゃあないの。アンフェア!」
「や、や、違います。ちゃんと、その、ネックレスからの情報で」
「はぁ?」
「あのですね――」
「黙りなさい」
財田さんは再び、周囲の気温ごと下げるような低い声を出し、黄十字の背筋を震わせた。
しばらく沈黙が流れ、唇に手を当てた財田さんは言った。
「まさか、『スター』ルビーだから、黒『星』だ、とか言わないわよね」
「い、言いません。スタールビーってのは、その、そもそももっと透明度が低いですし、いわゆるカボション・カットという、丸型の加工をしないと『スター』が見えないですし。普通のルビーですよアレに入ってるのは」
「じゃあ本体が1個、十字が5つで合わせて『6つ』で六郎太?」
「なんで本体を合わせて数えるんですか」
「知らないわよ。じゃあなんだって言うのよ」
「え、ええと――言っていいんですか?」
「どうぞ」
黄十字は息を少し整えて、心なし財田さんから距離を取って言った。
「あの――ネックレスの名前、『星のカケラ』というんです」
財田さんは縮地でも使ったかのように黄十字に詰め寄り、その細腕のどこにそんな力が、というような剛力で黄十字の胸ぐらをつかみ、そして、黄十字を吊り上げ、叫んだ。
「ふざけんじゃあないわよ舐めてんのそんなの認めないわよ名前って何バカにしてんのいい加減にしなさいよこのあほんだらげッ!! 大体名前はカタログに書いてなかったしそんな情報聞いてないからこれはアンフェアよ間違いないわほんっと付き合いきれないわよそんなのッ!! 手掛かりはすべて作中で提示されてその中で灰色の脳細胞を使って謎を解き明かすのが『探偵』の醍醐味なのよアンタちょっとそのへんのことちゃんと考えてんの!? なぁにが突然『名前』よそんなの後出しも後出しじゃあないこのまま絞め落とされたい訳ッ!? さっさと社長を呼びなさいあのアホ社長そんなのイの一番に説明しなきゃあダメなやつじゃあないのほんと非常識なんだから信じらんないッ!! ばーーーか! ばーーーーーーか!」
「ひ、ひがいまふ」
「何が違うってのよ」
「く、苦しいでふ、まず降ろして」
財田さんは黄十字を降ろし、しかし胸ぐらには手を掛けたまま、尋ねた。
「な・に・が・違う・ってのよ? 心して答えなさいよ?」
「げっほ、げほ。え、ええとですね。その――その『名前』はカタログに書いてないのは当たり前で――社長がつけたんです。ああッちょっと待って。違うんですってば。その、ちゃんと、なんていうんですか。手掛かりは作中で提示されているっていうか――ネックレスを良く見れば、分かるんです」
財田さんは不承不承といった感じでゆるゆると手を放し、半眼になって言った。
「どゆこと?」
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