名探偵財田成香の解説
「さて。もう一度整理しましょう。この事件の容疑者は、誰?」
「ええと――」
外部犯の可能性を除外するとすれば、赤枡一郎、黄十字次郎、青丸大五。その三人、そして。
「黒星六郎太さん。あなたよね」
一応そうなる。ただ私は、私が犯人でないことを知っているから、自然容疑者から私を除外していたけれども、外からみればそれはそうだろう。
「そして、緑川氏が口の中に銜えていたネックレスは、『赤』枡氏、黄『十字』氏、『大五』氏の全て、つまり容疑者の全員を指しているから――だから犯人が分からない。そうあなたは解釈した」
なんだか微妙におかしな方向に話が向かっている、何かのボタンの掛け違いがある。そんな気が、している。私の動悸が、少しだけ高まる。ただ、財田さんの結論は間違っていないから――私は、頷いた。
「えっ……と、まあ、そうです」
「そう?」
「そう、とは」
「このネックレス、あなただけは指していないじゃあない――違う?」
「え? いや、その、それはですね」
やはり、話が何かおかしな方向に向かっている。私が弁解、というか説明しようとするのを遮って、財田さんは言葉を続ける。
「そう考えたら、緑川氏のメッセージは明白よ」
財田さんはまた、「不敵な」と形容するのがふさわしいような素敵な笑顔を浮かべ、わずかに残った大福を平らげ、間をあけた。
私が口を開こうとしたまさにその瞬間、財田さんは凛とした声で言った。
「緑川氏は、ネックレスを口の中に隠した、と考えればいいのよ。すぐに見つからないように、大きなネックレスを、完全に口の中に頬張って」
緑川は・ネックレスを・隠した。
その考え方に、私は電撃に撃たれたような気持ちになった。
なるほど。緑川は、(粗忽だったのではなく)あのネックレスを選んで――そして、それを『隠した』のだ。
「つまり、そのネックレスが指す人物は、イコール犯人ではないと示すために。このネックレスが指していない人物は――」
みたび、財田さんは言った。
大福の白い粉がついた指先を、私に突き付けて。
「あなたよ。黒星六郎太さん」
そして、にひ、と今度は無邪気と言っていい、素敵な笑顔を見せた。
私はまた、茫然とする。
「なるほど」
と私は呟き、そして頭の中に閃く様々な光景に翻弄された。あれが緑川の『メッセージ』だとして。あのネックレスによって、誰かを名指ししたのではなく、その人物が犯人であることを、否定したのだとして。
つまりそれは。それが意味することは。
私はがたん、と音を立てて、応接間の椅子から立ち上がった。衝撃で湯呑みが揺れ、少しお茶が溢れる。財田さんは大福を片手に、目を丸くしている。
「どうしたの。暴れたって無駄よ? あたしは、探偵なんだから――」
「あ――いえ、すみません。おい、赤枡! 赤枡! いるか?」
どたどたと足音が聞こえて、ガチャリと応接間のドアが開く。顔を出したのは宝飾品の修理を担当する黄十字だった。赤枡さんは接客中です、と慌てた様子で言う。
「すまんすまん」
私は素直に謝り、黄十字に耳打ちをする。
「あのな、悪いが――えっとな、まずこちらのお嬢さんはこう見えて探偵さんなんだ。それもとびっきりの腕利きの、だぞ。いいか、それでだな――探偵料の相場を伺って、そうだな、十万までなら即金で払ってくれ。悪いが一応領収書も貰って。それ以上だったら分割か――まあ、ちょっと可能ならさ、なんとか値切ってみてくれ。そういうの赤枡の方が営業で慣れてるかも分からんから、ちょっと手が空いたら交代してな。あ、甘いものが好きそうだから、追加で大福を出すとかして。頼んだぞ」
「え? あ、え? は、はあ。え、えっと、一体何が?」
黄十字が狼狽した様子を見せる。まあ、それはそうだ。突然小娘――探偵、とは告げたものの――を連れてきて、腕利きの探偵だから(それなりの)大金を払え、と言い出して、狼狽しない人間はあるまい。
どうやら私はかなり取り乱していたようだ。財田さんの導いた答えが鮮烈で、そしてその答えが私にとって余りにも明白なものだから、説明する必要はないと思ってしまっていた。とは言え、説明するには時間がかかりそうだったし、私はとても気がは
やっていた。
だから私は、
「まあ、その。後でな。とにかく、警察に行ってくる」
とだけ言って、その場を後にした。
社長室に飛び込み、数枚の書類を毟り取るように掴む。そうして、保管庫に入り、置きっぱなしだった鞄にそれらをくしゃくしゃになることも厭わず詰める。扉を開け、接客をしていた赤枡と、それからいらしていたお客様に眼もくれず(当然私は社長、なのだから、普通ならお客様に名刺の一枚でもお渡しし、顔繋ぎをするところである)、エレベータが7Fに到着するのももどかしく、非常階段の扉を開けて階段を駆け下り、タクシーを捉まえる。
はあ、はあ。
息が切れた。いや急ぐ必要はない。ないんだが、この天啓のような正解を、とにかく早く警察に伝えたい――そう思うと、体が勝手に動いてしまったのである。
しかし、そうだからとはいえ、なんだか小説に出てくる名探偵みたいな振る舞いをしてしまったな。
私は運転手に行き先を告げたあと、窓を開け、火照った顔と頭を少し、冷ました。警察に、すべてをうまく説明するためにも。
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