名探偵財田成香のヒント(上)
「わ――たしが、犯人?」
みたび、私は茫然とした。
「そうよ」
「ど、どうして」
「明白すぎて説明するまでもないと思うけど――特に犯人のあなたには」
「いやいや」
私はパフェを追加注文し、財田さんに勧めた。
財田さんは一瞬呆気にとられた後、「こんなので懐柔しようったって、ダメなんだからね」と言いながら、パフェを頬張りだした。
そして財田さんは、スプーンを掲げてこう言う。
「いい? まいいんむ・めっめーみみままもみまるみゆうま、みっむあむの」
「あ、食べ終わってからで大丈夫です。解説は」
「そ」
もむもむとパフェを食べる財田さんを見守りながら、私は私が犯人である理由を考えた。が、その理由に思い至ることはできなかった。第一、私には緑川を殴った記憶などないのだ。
しかしまあ、ウルチモ・トロッコ(文庫版で「最後のトリック」と全くの改題をされており、特に内容を確かめずに(推理小説の内容を購入前に確かめるバカがいるだろうか?)二冊目を購入してしまったことから、私は未だにこの書物を恨んでいる)の例もあることだし、私が意識していないだけで――彼に何かをしてしまった、ということもあるのかもしれない。あるのかな、そんなこと。
そうした思索に耽っているうちに、財田さんはパフェを食べ終えた。名残惜しそうに、容器にこびりつくアイスをスプーンで丁寧に掬い取っているので、「もう一個頼みましょうか?」と提案するが、「そういうことじゃあないのよ」と一蹴される。
三杯目のコーヒーを一口飲んで、財田さんは言った。
「いい? ダイイング・メッセージが謎になる理由は、三つあるの」
「さっきそんなこと言ってたんですか」
「そうよ。さあ、この三つ、あなたは分かるかしら?」
ダイイング・メッセージが謎になる、三つの理由。
一つは簡単だ。今回のように、それがおそらくメッセージであることは分かっても、そのメッセージが何を指しているのか分からないこと。つまり。
「そうね。一つは、観測者が正しい観測をできていないから、ということ。被害者が伝えようとしたことを正しく理解できていない、ってことね。アルファベットでgって書いたつもりが、数字の9だと思われたりするということ。被害者の意図が、誤って観測者に伝わっているということよ」
「なるほど。今回のケースはそれ、ですよね?」
「まあそうなるわね。一応残り二つを言っておくと、一つ目の理由は被害者に何らかの『問題』があること。例えば死に瀕して思考が朦朧としている、その国の言語が理解できなかった、あるいは犯人を勘違いしていた、みたいな精神的な問題と、今回のケースのように、筆記用具が無かったり、手が縛られていたりみたいな、肉体的な問題にさらに分けることもできるけど、とにかくそういうことでメッセージが伝わりにくくなるってことよね。もう一つの理由は、犯人による妨害があること。ダイイング・メッセージを消されたり、書き換えられたりする、ということね。それから、犯人によってダイイング・メッセージを消されたり、書き換えられたりすることを防ぐために、結果的に謎のようなメッセージになる、ということはあり得るわね。これもここに分類しておきましょう。まあ、今回のケースではあまり考えなくていいと思うけど」
「ああ、でもそうすると『精神的問題』はあり得ますよね」
何しろ緑川は粗忽な人間だったから。容疑者全員に当てはまるネックレスを口に銜えてしまうくらいだ。これは精神的問題、と言って言えなくもない。
「ん?」
そう言うと、財田さんは唇に手を当て、また目を閉じて少し考え込んだ。そして、
「確かにそうね」
と言い、立ち上がった。
「え、っと、どうしました?」
「さっきのその……ミス……の件もあるし。一応確かめておきたいわ。現場に案内して貰える? できるだけ、詳しい状況を見たいの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます