名探偵財田成香の出題編
名探偵財田成香の推理
「現場は私のオフィスでした」
ともあれ財田・いい子・成香さんに現況――『謎』――を説明しなければならない。私は話し始めた。
私は書類・名義上は「社長」ということになっている。どんな社の長であるかというと、主に宝飾品の売買を行う社である。この社を運営するため、市内のオフィス・ビルの7階を借りている。
エレベータを上がると、大きなガラス張りのドアがあり、そのドアを開けると8畳ほどのショー・ルームがある。顧客はそこで宝飾品を見たり、注文したり、時には修理を依頼したり、とにかくそういうことをする。ショー・ルームの奥にはドアがあって、このドアを開けるとちょっとした廊下に繋がっており、廊下を挟んで向かい合う四つの部屋(それぞれ四畳半ほどの広さ)がある。
事件があったのは、そのうちの一つの部屋で、宝石や帳簿の保管庫にしていた部屋である。
「残りの部屋は?」
「一つは給湯室で、冷蔵庫とかを置いてます。それから一応社長室。で、大きな商談をするときなんかのために、応接室も置いてます」
「なるほど」
財田さんはドドドレ、のアクセントでそう言い、顎に当てていた手を私に向けて、続きを促した。
朝、我々が出勤すると、オフィスに鍵がかかっていなかった。不用心だな、と思いながら、念のためショー・ルームの宝飾品を確認したが、これらはすべて無事だった。続いて保管庫に向かうと、経理を担当していた緑川三太夫が、後ろ手に縛られた状態で倒れているのが見つかった。青銅で出来た壺で殴られたようで、頭部から出血をしていた。彼の周りには宝飾品が散乱していた。
私はすぐに救急車を呼んだが、彼の意識は戻らなかった。
「ふうん。宝飾品を扱ってるんでしょう? 警報とかはつけてなかったわけ?」
「はあ、一応ショー・ルームのガラスには営業時間中は警報を掛けてます。営業時間外では、特に。基本的には鍵かかる建物ですし、保険も入ってますし」
「そんなものなの?」
「どうなんでしょう。ウチはそうです」
「で、何かが盗まれたのかしら?」
「いいえ」
盗難にあったものはなかった。何一つ。
また、緑川自身の財布なんかも無事だった。
ただ、見当たらない宝飾品が一つだけあった。
「それは盗まれたわけではないのね?」
「はい、そうです」
その宝飾品は緑川の口の中にあった。
「ふうん。ダイイング・メッセージ、ってわけね」
瞳を輝かせて財田さんは言った。『探偵』と書かれた腕章が揺れ、白熱灯の光を反射させた。だから私は、特に訂正はせず、頷いた。
先に現在の捜査状況についてお話ししておこう。
まず、何も盗まれていないことから、物盗りの線が薄くなった。もちろん、夜盗がオフィスに忍び込んだところ緑川にたまたま遭遇、なんとか緑川を縛り上げたもののもみ合っているうちに壺が頭部を直撃、慌てた犯人は逃走――という筋書きも考えられなくはないが、それでも相当数の宝飾品が散乱しているわけで、それらをすべて置き去りにするというのはどうにも不自然である。
また、緑川の両手には、他人の皮脂が検出されなかった(無抵抗で縛られる人間はいないわけだから、普通は相手を押したり引いたり、とにかく何かしら相手には触れるはずである)。そうすると犯人の皮脂が爪などに付着するわけだが、それがなかったということだ。よっぽど虚をついたのか。顔見知りで、油断していたのか。
「顔見知り」、すなわち、彼の同僚(ようするに我が社の社員)が犯人であるという説には、残念なことに傍証があった。というのは、改めて経理簿を見直したところ(緑川は経理の仕事をしていた)、通帳の残高と経理簿の金額が一致しないことが分かった。ようするに、誰かが使い込みをしている、ということだ。
そうすると自然、こういうスト―リーが浮かんでくる。
緑川が経理簿と残高の不一致に気づき、調査を進める。調査に気づいた使い込みをした誰かが、緑川の口封じをしようとして(あるいは最初は話し合いだったのかもしれないが、口論をするうちに)、彼を壺で殴ってしまう。
慌てた犯人は、宝飾品をぶちまけ、緑川を縛り上げる。このようにして、泥棒が入ったように見せかけてオフィスから逃走する。ただ、物を盗むことが目的ではなかったし、もし家宅捜索でもされて自宅に宝飾品が発見されれば言い逃れはできないわけだから、一つも持ち帰るわけにはいかなかった――こちらの方が、筋としては通る気がする。
私も社員を疑いたいわけではないが、警察からこのような説明を受けて、「そこらに宝飾品が散らばっているのに盗まない泥棒」と、「泥棒を装った社員の犯行」とどちらの信憑性が高いかと言われると――後者を選ばざるを得なかった。
我々は徹底的に調査をされた。ようである。しかし、犯人は特定されなかった。
というのは、我々はみな独り者であったので、事件当夜のアリバイはなかった。全員がオフィスの鍵を持っており、特に警報を付けているわけでも監視カメラがあるわけでもなく、そして全員がそのことを知っていた。保管庫、ならびに宝飾品、凶器の壺には全員が触れたことがあり、だから指紋が残っていてもさして証拠にはならない。
というわけで、誰の疑いが晴れたわけでもないが、誰かが特に怪しいということでもなく、我々は今、通常業務に戻っている。とは言え(当然のことながら)殺人犯、あるいは使い込み犯と一緒に仕事をするのは(ただでさえ、仕事というものはさして楽しいものではないのに)楽しいことではなく、少々気まずい空気が常に流れている。
私はこの状況を打破したいと思い、知人に相談をした。そして紹介されたのが――
「あたし、ってわけね。なるほど。事情は分かったわ。警察は今、何を捜査しているのかしら?」
「おそらく『使い込み』の線からの捜査ですね。急に金払いが良くなった人間がいないかとか――逆に賭博やなんかに手を出した人間がいないかとか。そういうことで話を聞かれた、という話を、知人から聞いています」
「ふん。ま、警察なんてそんなものよね。じゃあ、いよいよダイイング・メッセージの謎を聞かせてもらおうかしらね」
うふふん、と歌うように笑って財田さんは期待の籠った視線を向ける。
と言っても、これが財田さんを満足させられる『謎』であるかどうか。一抹の不安を覚えながら、私は話を続けた。
緑川を除いた我が社の社員は三名。赤枡一郎、黄十字次郎、そして青丸大五である。そしてこの三名が、目下『容疑者』ということになっている。
「なんなの? あなたのところは、名前で採用を決めているわけ?」
「いや、そういうつもりはないんですが。なんというか、偶然」
「それで、緑川が口の中に銜えていたのが、これです」
私は鞄から一葉の写真を取り出した。
金のネックレスに、5つのX型の宝石があしらわれているものだ。宝石は真っ赤なルビー。
「それで、この宝飾品は――」
私は説明を加えようとしたが、彼女はうるさそうに手を振ってそれを遮った。
「分かったわ。ようするに、このダイイング・メッセージが何を示したかったのか、を知りたいわけね? 緑川氏が色を示したかったんだとしたら、このネックレスは『赤い』ルビーだから、赤枡一郎氏を指している。ところが、もし形を示したかったんだとしたら――まあXと言えばXだけれど、『十字』と言えば十字よね。その場合は黄十字次郎氏を指している。それで、わりと『大きな』宝石が『五つ』ある――つまり、数を示したかったとするなら、青丸大五氏を指している。結局、ダイイング・メッセージを残しているのに、全然犯人が絞り切れてないわよね。これが『謎』ってこと。そうね?」
「ええ、まあ、そうです。もともと緑川は粗忽な人間だったんですが、それにしてもこれはずいぶん粗忽というか」
「どうして粗忽な人間を経理に雇うの」
「いや全く。人手不足で」
「まあいいわ。初歩的な『謎』ね――」
そうつぶやくと、財田さんはきゅっと瞳を閉じて、すん、と少し上を向いた。
その表情は、なんだか穢れなく、それでいて神々しいようにも見えて、私はまた少し、茫然とした。
「うん」
ひとつ声を発して、財田さんは目を開けた。そして私に尋ねた。
「その部屋に『散乱していた』という宝飾品、何か写真とかは残っていないかしら?」
「現場の写真は――警察に行けばあるでしょうが。一応、カタログであれば持ち歩いておりますが」
「じゃあ、それで結構。見せてもらえる?」
「どうぞ」
私は彼女にカタログを渡し、その部屋にあった宝飾品を指さして説明する。
彼女は頷き、唇に手を当てて少し遠い目をする。いくつかの宝飾品について、あの部屋にあったかを私に尋ねる。あったものもあったし、なかったものもあった。
しばらくして、彼女はぱたん、とカタログを閉じて言った。
「確認するわ。あなたは、この『ダイイング・メッセージ』が指す人物を知りたい。そういうことね?」
「ええ、まあ、そう、それでいいんだと思います。はい」
「それが誰であっても?」
「まあ、確実に身内であるから、あまり知りたくはないというのが本音ですが――しかし、今のままではちょっと辛いのは事実です。ですから、そう、答えとしては、イエス、ですね」
ふうん、と言って彼女は妖しく瞳を光らせた。
私は彼女に尋ねる。
「つまり、財田さんはもう、この――『メッセージ』が誰のことを指しているのか、お分かりだと?」
「もちろんよ」
そう言うと、財田さんは、ばち、と音が鳴るような強烈な視線を私に向けた。
そして彼女は私を指さし、朗々と宣言した。
「この『ダイイング・メッセージ』が指している人物。
それはあなたよ――黒星六郎太さん」
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