第2話 愛の伝道師

 ヴィランたちを追い払った後、事情を聞こうと戦闘の衝撃で呆けていた告白して来た男を我に返らせると、露骨に怯えられたレイナが「わ、私悪い人じゃないもん」などと供述し、エクスがレイナを、タオが微妙に引きながらも男を宥め、正気に返らせてから話が始まった。


 話はこうだった。


 男がいた村は森にある資源、木材や獣、果実や山菜などを採って生活を成り立たせている村だったが、近ごろは人口減少に悩まされていた。その原因が、魔女であり日頃は深い森の奥に住んで昼はネコの姿で日向ぼっこをして眠っていたり、夜はフクロウの姿で遊んでいたりするらしいが、森の奥にある彼女の城に近付くと怒って若い娘を鳥に変えて鳥籠の中に閉じ込めるらしい。


「……そこまでは、この想区の物語だから諦めもつくんだ……」

「『ヨリンデとヨリンゲル』ね……」

「知ってるのか?」

「えぇ、魔女が特徴的な変身をするものだから……でも、その話だと羊飼いをしながら生活していたヨリンゲルが不思議な夢で見た花を持ってその恋人であるヨリンデを救うついでに皆を救うはずじゃ……」


 レイナがヨリンゲルの名を呼んだその瞬間、男はパニックを起こしたかのように大声を上げる。


「うわぁぁぁああぁぁっ! そ、その名を呼ぶなぁっ!」

「え?」

「ひぃっ! か、勘弁してください魔女様!」

「姉御、脅さないであげてください」

「べ、別に脅してないわよ!」


 単にどういうことか訊こうとしただけなのにと落ち込むレイナを再びエクスが宥めている間に男の話は続く。


 そろそろ主役の出番だと思っていた村の人々が呑気に戻って来た後の生活を考えて食べ物などの備蓄を整えていると、そのヨリンデとヨリンゲルが生活用品を買いに村にやって来て噂を聞き、言ったそうだ。


「娘がいなくなるのは男が娘が森に行かざるを得ない状況を作ったことが悪い」と。


 男たちが全員ヨリンゲルのような頼れて、面白い人になれば娘たちは食料採取のために森の中に行く必要もなく、娯楽を求めて森へ行かずに済むという何とも恐ろしい言葉を並べたヨリンゲルの彼女であるヨリンデ。当然、村長は反論した。


「まぁその流れが当然よね……だって、ヨリンデだって魔女に捕まってナイチンゲールにされるんだから……」

「看護師か? 何か聞いたことあるけどよ……」

「あはは……鳥だよ。綺麗な声で鳴くんだけど……」

小夜啼鳥さよなきどりのことですよ。ウグイスみたいに鳴くんです。シェインが聞いた感じだとこんな感じでぱたぱたしながら『ほーきょほーきょ』って……何でそんな見るんですか?」


 鳴き声の真似を鳥の羽の動き付きで見せたら視線を集めてしまい、照れるシェイン。それに男が答える。


「いや、告白とかそう言うの抜きで素で可愛かったからよ……まぁ話に戻るが……」


 やり場のない形容しがたい気持ちでシェインは少し場を離れた。その間に男の話は続く。


 村長の皮肉的な反論に対し、ヨリンデは一歩も引かずにヨリンゲルの素晴らしさを語り始めたらしい。それもそれだけで分厚い図鑑が出来るかのようなヨリンゲルの一日の生態から好み、面白かった出来事に至るまで。忙しいことを理由に家に帰ろうとする村長にヨリンデはヨリンゲルの素晴らしさを理解できたか尋ねる。そして村長は話をさっさと切り上げたかったが故に頷いてしまった。


「それが、ダメだったんだ……ヨリンデは、なら皆ヨリンゲル様になればいいんですよと言ってその場にいた若い独身の村長の息子を全員ヨリンゲルに……! 3人とも良い男だったのがものの見事にヨリンゲルに……!」

「そいつぁ……」

「カオステラーの仕業ね……」


 新しい形のカオステラーだと思った。そして、出来ればあまり関わりたくはないが、彼女たちの目的を果たすためにはそれを通らねばならないだろう。


「そこから、ヨリンデは宣言した。『人々に好みはあることは認めます。ですが、彼女も配偶者もいないということは誰からも好かれていないということ。それならば皆……いいえ、この世の全てから好かれるヨリンゲル様にしてあげましょう! 明日より検査を始めます。検査結果で誰とも付き合っていないことが判明次第、皆さんにはヨリンゲル様になっていただきましょう……世界はヨリンゲル様によって救われるのです!』ってな……」

「何つーか……」

「一刻も早く止めましょう。これ以上、ヨリンゲルが増える前に……」


 なんて酷い会話なんだと思ったが、現実はもっと酷いのでこの歪みは是が非でも直さねばなるまいと一行は立ち上がった。それに男は縋りつく。


「頼む……今日は俺が検査を受ける日なんだよ……昨日、ずっと好きだった子に振られた挙句に今日はヨリンゲルにされるなんて俺の人生……」

「あ、姉御! 大変です! 変態が編隊を組んで来ました! まさに地獄絵図です!」


 男が号泣し、言葉にならないような状態になってタオに慰められて艶っぽい流し目をしてしまいタオから引かれている間にやり場のない気持ちを処理しに席を立っていたシェインが息せき切って全力で戻って来た。その後ろには同じ顔をした男たちが微笑みを湛えながら一糸乱れぬ行進でやってくる。


「よ、ヨリンゲルだ……こうやって、ヨリンゲルになっちまうと自由意思はなくなって皆がヨリンゲルになるように……」

「愛する者よ……何故逃げるのです? この上ない名誉と言うのに……」


 亜麻色の長い髪を目に掛け、白い袖の開いたトゥニカを着用している。一般的なトゥニカ、修道服はくるぶし程までの丈があり、ワンピースのようになっているのだが、彼の物は太腿までしか長さがない。そんなトゥニカに白い頭巾を乗せ、赤い花をあしらって腰にベルトを巻いている。

 また、その太腿辺りから脛に掛けてはスパッツと思わしきものを履いており、非常にどうでもいいがすね毛などの無駄毛は一切存在しない。

 更に茶色のブーツは何故か上部がガン開きしており、僕の足を見ておくれと言わんばかりのファッションセンスになっている。


 そんな彼が片手に羊飼いの持つベルの付いた杖を持ってざっと見36人がの衡軛の陣、白兵部隊における敵を包囲するのを得意とする段違いの2列縦隊を以て存在していた。


「……た、タオ。あなた喧嘩好きでしょ? この前、桃太郎の想区の時だってリーダー役をやりたがってたじゃない。今回も譲ってあげるわ」

「いや、この前は俺が目立ち過ぎてたからな! 今回は譲るぜ!」

「愛を知らぬ鳥たちよ……一人一人ではなく全員に僕の愛は行き届くだけあります。さぁ皆さん一緒になって僕の胸へと飛び込んで来なさい!」


 こちら側は何となく譲り合いをしたい気分で責任の押し付け合いのようなものを発生させていたが、向こう側はやる気満々らしい。


「愛の力は偉大なり! 皆さん平等に愛して差し上げましょう!」

「く、来るよ! こっちも何とかしないと!」

「わ、分かってるわよ! ヒーローたちとコネクトしたらこの程度の困難くらいはすぐに……」


 【導きの栞】を手にして戦闘準備を整える一行。そんな折にタオがポツリと呟いた。


「お嬢……頼むから、ヨリンゲルだけは宿さないでくれよ……?」

「頼まれたって嫌よ!」

「お二人さん、コントやってる場合じゃないですよ!」


 迫り来るヨリンゲル。森という遮蔽物の多い場所だったが、現在はレイナの暴虐によって開けた場所が存在しており、そこでヨリンゲル達に囲まれているので逃げられない。


「と、取り敢えず、はっ!」

「ぅっわ!」

「大丈夫かい!? 僕すぐに治してあげるからねぇっ! 愛の力は偉大なーり! はっ!」

「や、やり辛いな……」


 ヨリンゲル達は妙なステップを踏んで無駄に身のこなしが軽い。その上、回復魔術まで使えると言うのだから面倒な相手だ。何より、攻撃した後の反応が鬱陶し過ぎる。


「これはカオステラーに操られたヴィラン……ブギーヴィランの一種よ……」

「ブギーヴィラン? 僕は愛の伝道師ヨリンゲルですよ? 可哀想なヘヴンっ!」

「姉御、意識したらダメです。無心になって戦うしかないですよ……」


 近付きたくないらしいのでシェインが木の上からヨリンゲルたちを狙撃していく。


「……狙いよし……」


 程なくして、ヨリンゲル達は戦闘不能になるのだった。




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