第3話 愛の伝道師 真打
「ヨリンデ……」
「ふぅっ……これで全部か……」
全てのヨリンゲルを倒し終えた調律の巫女一行は肉体的というよりも精神的に非常に疲れたので休憩に入ることにした。そんな彼らを見て告白して来た男は狂喜している。
「やった……! この兄ちゃんたちがいれば俺はヨリンゲルにされなくて済むかもしれない。村の皆に報告してやんねぇと!」
「……村の場所を教えてくれるかしら?」
レイナの言葉に一も二もなく男は頷いて喜び勇み進もうとするが、捕縛したヨリンゲルの一人が声を張り上げる。
「待ちなさい! 愛を知らぬ鳥たちよ……何故、ヨリンゲルになるのを拒むのです!?」
「いや……普通に嫌だからだろ……気味悪いし……」
タオのドストレートな発言はこの場においてヨリンゲル達を除く全員に肯定された。どれだけ動いても宙返りしても前髪が顔から退かず、表情は口元からしか伺えない胡散臭い愛の伝道師はしばらく何か言っていたが、彼らでは力が及ばないと判断して最後に告げる。
「僕らは新参のヨリンゲル……例え僕たちを倒そうとも、第2第3のヨリンゲルがあなたたちに愛を伝えるでしょう……その時こそ、僕たち新米ヨリンゲラーのやってきたことの意味を思い知るのです……! あなた方がヨリンゲルになった時を楽しみに待ってますよ!」
「知りたくないですし、待たないで欲しいですね……これは絶対に負けられませんよ」
「そもそも第2第3どころか第36までここにいるんだけどな……」
人口減少の村と言う話を聞いていたが、多過ぎる気がする。尤も、独身男性が全員ヨリンゲルになっているのであれば分からなくもない数かも知れないが。
「さて、行きましょ?」
「この悪夢を終わらせないとね……」
「お待ちなさい」
ヨリンゲルの声がした。いや、大勢のヨリンゲルがいるがその中でもかなりこれまでと響きの異なる声のヨリンゲルの声がしたのだ。
「! まだいやがったか!」
「あ、あれは……ヨリンゲル様!」
タオがすぐに倒そうとするが、周囲のヨリンゲル達が一斉に頭を下げる様子を見てどういうことかと輝くヨリンゲルを見る。すると、頼んでもいないのに縛られているヨリンゲルの一人が説明してくれた。
「あれはヨリンゲルではない。ヨリンゲル様だ! 我々の目指すべきヨリンゲルの姿であり、ヨリンデ様の恋人であられるオリジナルの……オリジンであるお方だ!」
「ちょっと何言ってるのか分かんなくなって来ましたね……シェインはここの言語を理解できていないのでしょうか?」
説明を受けた神々しいオリジン・ヨリンデはゆっくりと調律の巫女一行に近付くとその場に跪き、深々と頭を下げた。
「どうか、僕のお願いを聞いて欲しい」
「ヨリンゲルになれとか言うのだったらお断りよ」
「レイナ、一応聞いてあげようよ……いや、ヨリンゲルになって欲しいとか言う願いだったらだったら聞かないで正解だけど……」
タオがオリジン・ヨリンゲルの咄嗟の動きも見逃さないように警戒する中でオリジン・ヨリンゲルはエクスに宥められたレイナに静かに頼む。
「僕の恋人、ヨリンデを救ってほしい……」
「任せて。カオステラーになったのなら僕たちがすぐに何とかするから!」
「坊主、安請け合いはあんまり好ましくないな……だが、それでいいぜ!」
「どっちなのよ……」
一行は村へと向かい道の中で話を聞くことになった。そして、後悔することになる。
「つまり……鳥たちの姿から解放した若い女の子たちにヨリンゲルが盗られるかもしれないと思ったヨリンデの心の隙間にカオステラーが乗り込んで今回の事態に陥ったらしいということにしていいかしら!」
レイナは誰の言葉も間に入れられないように早口でそう捲くし立てた。それを聞き届けたヨリンゲルは重々しく頷くと続ける。
「そう……山よりも高く、海よりも深いヨリンデへの愛が疑われたことが今回、心優しく世界が見惚れる美しいヨリンデが悲劇を引き起こしてしまった原因でしょう……悲しいことです……この僕の世界を覆い尽くさんばかりのヨリンデへの愛が疑われるなんて……しかし、嘆いてもいられません。彼女のガラスのように繊細な心はもっと傷ついていることでしょうから……あぁ、僕が愛をもっと伝えることができていたら、このような事態には……」
「……いいのよね!」
道中ずっとこのようなヨリンゲルの話に付き合わされていて戦う前から力を削がれている気分の一行はヨリンゲルがカオステラーの手先なのではないかという疑念を抱きながらも進まざるを得なかった。
「あぁもう! この想区は疲れるわ! すぐに調律してさっさと出て行きたい!」
「まぁまぁ……確かに疲れるけど……」
「もうすぐ村だ……頼んだぞ。皆さん」
愛を囁いて来た男がげっそりするくらい濃密な愛の語らいを続けてきたヨリンゲル。しかし流石に村の前に来てからは少しだけ自重しているようだ。
「……待っていてくれ。すぐに全世界における男女の仲ナンバーワンであるベストカップルに戻ろう、ヨリンデ……」
「……もう、何でもいいから突撃しましょう?」
光るヨリンゲルの言葉など無視してレイナがそう合図を送るとタオが頷いて手を鳴らす。
「タオ・ファミリー、喧嘩祭りだ!」
「ぶっ飛ばしていきますよ……」
「この悪夢を、終わらせる……」
全員の台詞が出揃ったところで村へ……その直前、視界に入った物質を見て全く以て入りたくなくなった。
「……どう、する……?」
「いやいや……マジですか……?」
「嘘だろ……」
気合十分だった一行を止めたのは巨大なヨリンゲル。文字通り、3メートルはあろうかという巨大なヨリンゲルの姿だった。服装はその辺にいるヨリンゲルで、杖はもはや棍棒になっている。
「……あの僕は既に僕ではありません。愛の力を使えないはずです。他の僕の愛の力はヨリンデを最も想う力の強い僕の愛の力で封じさせていただきました。さぁ皆さん、愛を伝えに参りましょう!」
「あっ! おい、バカ……」
光るヨリンゲルは突撃して行った。しかも背後にいた男もいつの間にかヨリンゲルになっており、村に居るヨリンゲル達に一行の居場所を叫んだ。これにより、もう隠れても居られなくなったので仕方ないとばかりに全員で突貫する。
「喋らせると精神が参る! 瞬殺で行くぜ!」
「援護はシェインにお任せを!」
「目指すはあの大きなヨリンゲルよ! 大きな混沌の力を感じるわ!」
「はぁっ!」
ヨリンゲルがこちらに気付き、交戦準備を整える。それが迎撃態勢に移るよりも早く調律の巫女一行は突撃し、巨人ヨリンゲルの下へと進んで行く。
「オラオラァッ! 雑魚に用はねぇ!」
「愛、愛、愛、愛、愛、愛……」
「うわっ! 超不気味なこと言ってます……」
巨人のヨリンゲルに近付くと彼はぶつぶつと何か言っていた。それは兎も角として何らかの術の媒介になっているのは間違いないので大きなヨリンゲルを倒すために全員が奮戦する。
「お嬢! 周囲の雑魚は俺が食い止める! 討ち漏らしは勘弁してくれ!」
「そっちも棍棒に当たらないように気を付けなさいよ!」
それだけの最低限の打ち合わせとも言えないような会話をした後、エクス、レイナ、シェイン、ヨリンゲルは巨人と対峙した。
「取り敢えず僕が足を狙って動きを止める!」
「ではシェインは頭と肩を狙います」
「魔術の準備が出来たら合図するわ!」
巨人たちを前に臆することなく前に出る3人。ヨリンゲルはその場に跪いて祈りを奉げている。その近くにいると少しだけだが疲れが取れる気がした。
しかし、それ以上に敵であるヨリンゲルとの見分けがつかずに非っ常に邪魔だ。ストレスが溜まる中で巨人の動きを封じつつ戦いが進み、ついにその時がやってくる。
「新入りさん! 合図です!」
「わかった! 邪魔だぁっ!」
斬撃で周囲の敵を吹き飛ばし、その場から下がるエクスと既に下がっていたシェイン。それを見てレイナは呟く。
「……あなたに罪はないわ……でも」
雷鳴が轟き始める。そして。
「退いていただける?」
巨人を焼き尽くさんと空から白い稲妻が紫電を伴い閃光となって舞い落ちて来る。それが決まった瞬間、巨人は膝から崩れ落ちた。
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