ヨリンゲルラプソディー

迷夢

第1話 愛の伝道師 見習い

 深い深い森の奥に迷い込んだ調律の巫女一行。原因は調律の巫女であるレイナの方向音痴だ。道があるのだからこの方向で正しいはずという彼女の主張に流石に道を歩いて行けば大丈夫なはずと任せてみた一行たちはものの見事に迷子になっていた。


「おかしいわね……木が斬り倒されてる場所に辿り着いただけだわ……」

「……樵さんが仕事に向かう道だったんじゃないですか?」


 とうとう道がなくなったところまで移動してしまったレイナの独り言に応対するのは黒髪の少女、シェインだ。彼女は溜息をつきながらレイナに告げる。


「姉御、やっぱり道を戻りませんか? シェインたちここで野宿とか嫌ですし」

「……仕方ないわ。今回は、私が間違えているみたいだしね……」

「その自信はどこから来るんだよ……」


 同じく調律の巫女に同行している灰色の髪をした青年でありシェインの義兄弟であるタオが呆れたように突っ込みを入れると予定調和のようにもう一人の同行者である青い髪をした少年、エクスがまとめた。


「それじゃ、反対方向に……」


 その時だった。道の向こう側から息せき切って走ってくる男の姿が見え、その音に警戒した全員が緊張感を高めて相手を見る。


「おいでなすったか……?」

「……少しだけど、カオステラーの気配が……」


 タオとレイナの短い会話の間で既に戦闘準備が整えられる。しかし、相手は人間でありまだ敵意も何も示していないので警戒するに留まりこちらから声をかける。


「おーい! あんた、何かあったのか!?」

「! 若い娘……! たっ、頼む! 俺と付き合ってくれ!」

「えぇっ!?」


 レイナを見た途端、男は更に馬力を上げて走って来てレイナの目前にまで迫るとその場に跪き、愛の言葉を軽々しく言い放ち始める。


「おぉっ! 姉御、モテますねぇ……!」

「え、えっと……その、どういうことかしら?」


 シェインが囃すが、見ず知らずの人間からいきなり告白されても困るだけだ。レイナは説明を促す。しかし、男の告白は止まるどころかエスカレートして来た。


「一目惚れだ! 愛してる! もう結婚しよう! 言っていてなんだが、本当に可愛いなお嬢さん。本気で結婚を前提に付き合ってくれ!」


 勢いに押されて困るレイナ。それを見ていたエクスだがシェインが密かに耳打ちする。


「新入りさん。このままだと姉御が盗られちゃうかもしれないですよ……? いいんですか? ここはびしっと……」

「あの、お断りします」


 シェインがエクスを|嗾(けしか)けようとした丁度その時、レイナが男の求婚を断った。必死な男に対して微妙に罪悪感を覚えつつレイナは言葉を続ける。


「私たちにはやることが……」

「そうか! じゃ、じゃあ黒髪の君! 君でもいい! お願いだ! 俺と付き合ってくれ!」

「……はぁ?」


 急速な男の切り替えに思わず声を漏らすレイナ。それに対してシェインは驚いてただでさえ大きな目を真ん丸に見開いている。


「シェインですか?」

「そうだ! 君の艶やかな黒髪にあどけない表情。声も可愛らしくてキュートだ! 是非俺と結婚を前提に……」

「え、嫌ですけど……」


 怒涛の褒め言葉を並べようとし始めた男をにべもなく斬り捨てるシェイン。女性陣に振られた男にタオは気不味そうに声をかける。


「ま、まぁなんだ……その……」

「……ならば、最終手段だ……そこの君!」

「……え、僕ですか……?」


 呆けているがすぐに怒り状態になって復活しそうなレイナを宥める準備をしていたエクスが急に声をかけられて戸惑うと、その男は全力で宣言した。


「君でいい! 俺と付き合ってくれ!」

「えぇっ!?」

「おいおい……」

「マジで言ってるんですか……?」


 驚きのあまり続く言葉を発せないエクス。最早あきれるしかないタオとシェインのコンビのことなど眼中にないかのようにエクスへの口説きが始まる。


「まだ少年らしき蕾の可愛らしさ、君ならたとえ男だったとしても愛せる。さぁ俺と一緒に海の見える崖に行って……」

「いやいや……」


 エクスがようやくそれだけ言うと男は不屈の闘志で最後の標的とばかりにタオを見据えた。既にタオの腰は退けている。そんな時だった。


「鳥たちよ、愛する人の居場所を教えておくれぇぇえっ!」


 森の奥から妙に印象に残る男の声が聞こえた。瞬間、男の顔面が蒼白になる。


「ま、待ってくれ! 俺はまだこの男に求婚している最中だ!」

「くる、くるるる!」

「これは……コッコ・ヴィラン!?」

「……お、おいでなすったか……」


 よそ者を排除しようとする番人、ヴィランが現れた。しかし、今回現れたヴィランは珍しく鳥形のヴィランだ。その奥からウィングヴィランが続き、更に奥にはメガ・ハーピーが見受けられる。

 それらとは基本的にいつも戦っている様なものなので別にいいのだが、隣にいる男の存在がいつ、どんな求婚をしてくるのかがかなり不気味でタオの腰は退けている。


「と、とにかく……まずはあいつ等を倒してからだ! 求婚とかそういうのは置いておかねぇとな! 身の安全が一番大事だ!」

「貞操も大事ですけどね……」

「と、取り敢えず行こう!」


 告白のショックから復活してまさに怒り出そうとしていたレイナを連れてエクスたちの戦いが始まった。


 エクス、レイナ、タオ、シェインは手に【導きの栞】を持つと彼らと契約しているヒーロー、ヒロインたちの力を宿しヴィランを迎え撃つ。

 まず、襲い掛かって来たのはコッコ・ヴィランだ。ぴょんぴょん跳ねながらあまり強くない攻撃を受けつつ何となく申し訳なくなりながらそれらを殲滅すると今度こそ戦闘が始まる。


「シェイン! 援護は頼んだ!」

「合点承知です。タオ兄はちゃんとシェインのこと守って下さいね?」

「……私のとっておきなの、あげる……!」

「レイナ!?」


 連携を組むために声をかけていたタオとシェインの後ろからおどろおどろしいレイナの声が聞こえると彼女は魔導書に力を込めて何やら恐ろしい目をしていた。エクスが驚いてタオとシェインに警戒を促す意味でも声を上げると直後、黒炎を伴う爆発が上がった。


「殺れば、できるはず……」

「……レイナ……悪役みたいだよ……」

「コントやってる場合じゃありません! メガ・ハーピー、来ます!」


 シェインの鋭い声が飛ぶ、既にエクスの眼前にはメガ・ハーピーが起こした竜巻が迫っていた。


「うわっ!」

「私の一番凄いやつ……あげる……」


 間一髪でメガ・ハーピーの技を避けたエクスに対し、レイナはその場から動くこともなくさらに詠唱を続け、黒の火柱を上げる大爆発を起こした。


「上手にできたかなぁ……? うん。ばっちりね……」


 消し炭になったメガ・ハーピーをゆらりとした動作で見るとレイナはそう言って嗤ったのだった。それを見て思わずエクスは呟く。


「レイナ……完全に悪役だったよ……」



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