ぐるぐるーぷ

 ミキの結婚式の二次会が終わり、わたしと知佳は繁華街のはずれ、ちいさな居酒屋で飲みなおしている。新郎友人の面子のなかでいちばんカッコ良かったひとの左手薬指に光るものを発見して、それでもうかわいこぶって甘いカクテルばかり飲むのもあほらしくなって、今、わたしと知佳はサシで焼酎の水割りを酌み交わしているというわけ。

「つーかイケメンはみんな売約済みってなんなの」

 知佳がくだを巻く。相当酔っている。はじめて訪れた街のはじめて訪れた繁華街、適当にふらりと立ち寄った居酒屋はこじんまりしてて、でも料理がおいしくて当たりだった。せまいカウンターで三十前の独身女がふたり、肩寄せ合って焼き鳥なんてつついてる。厨房からふとい腕が伸びてきて、わたしの前におかわりの水割りを置いた。本日のラストオーダー。

もくもくと調理をしている彼は頭にタオルを巻いて、アルバイトらしき店員に指示をとばしている。ここの店主なんだろうか、見た感じわたしよりうんと若いのに。ふーん、すごい。したたか酔ってぐらぐらの頭でそんなことを考える。

 ウエディングドレスに身を包んだミキはキレイだった。だけども、わたしもこの年だし、何度も何度も結婚披露宴に呼ばれて色んなひとのを見て来てるわけで、なんだかどの式もパターン同じっていうか似たり寄ったりで記憶がごっちゃになる。わたしももし誰かと結婚することになったらあんな式あげるんだろうか。ま、当分ないだろうけど。あーあ。

「お客さん、そろそろ」

 店主っぽい男の人がぼそっとささやくように告げる。あーもうおしまいか。うん、水割り空だし。ラストオーダーって言われてからかなり経ったもんな。

 店の外に出ると、ぬるい初夏の風が揚げ物とアルコールのにおいと混じりながらまとわりついてきた。知佳はタクシーに乗ってホテルまで帰ると言ったけど、わたしは歩いて行くことにした。ここから近いし。たしか、つぎの角を左に曲がってまっすぐ行ったら大通に出る。ホテルは通りを渡ったところにあるローソンのとなり。うん。酔って足もとおぼつかないしわたしはミラクル方向音痴だし、地図を見ようにもスマホの充電は切れてて使えないけど、それでも間違えようのない道だ。うん。知佳と別れてふらふらと歩きだす。街のあかりが、客待ちをしているタクシーのテールランプが、にじんで見える。酔っぱらいの大声や客引きの女の子の声、側溝にえずいているひと。知らない街の繁華街の夜。

 ヒールを鳴らしてふらふら歩く。はやくシャワー浴びてベッドにダイブしたい。疲れた。

 こつこつ。こつこつ。…………あれ?

「居酒屋ほおずき」の看板。さっきまで飲んでたお店。の、前に、出た。あれ? 迷った?

 おかしいなーと首をひねりつつ、わたしは角を左に曲がってまっすぐ歩いた……、けど、大通りに出ない。そのかわり、

 居酒屋ほおずき。また、さっきの店に出た。なんなの、わたしそんなに酔ってる?

 店から店主の男のひとが出てきて看板のライトを消した。頭にはもうタオルは巻いていない。のれんを仕舞っている。ああ……、もう閉店業務終わったんだ、わたしが迷っているあいだに。店主さんはわたしの顔を一瞥し、頭をぴょこんと下げた。どうも、と会釈を返す。

 しかしおかしい。三度目の正直だ、とわたしは角を左に曲がる。

「もー、なんでこうなるのっ?」

 何度、あの角を曲がったことだろう。そのたびにまた振り出しに戻る。いい加減歩きすぎて足が痛い。ただでさえ履きなれない靴だ。わたしはついに「居酒屋ほおずき」の前でへたりこんでしまった。泣きたい、泣きたいよ。どうして大通りに出ないんだろう。どうして歩いているうちにまたここに戻ってきちゃうんだろう。

「おねーさん、どうしました?」

 背後から低い声が降ってくる。涙目で振り返るとほおずきの店主さんだ。

「もしかして帰れない?」

 真面目な顔で聞かれてわたしはうなずいた。店主さんはため息をついた。

「あー。俺もっす。俺も歩いて来てるんすけど、道がおかしくなってるみたいで、帰れなくて」

 思わず目をぱちりとしばたいた。まじ?

「時々あるんすよ。歩いても歩いてもぐるぐる同じとこ回ってるだけで、帰れないこと」

「そんな、そんな奇妙なことって」

 しかもなんでそんな平然と受け入れてるんですか? あなた。

「なんか変なのがいたずらしてんのかも。妖怪袋小路みたいな」

「面白くないです」

「いやまじでこの奥にちっさい鳥居とかあるし、何かいるのかも」

 いるのかも、って。どうすればいいのよ。わたし、いったい。

「朝日がのぼるころには普通に戻ってますよ。いつもそうっす」

「慣れてるんだ」

「ああ、まあ」

「朝、まで。ああ……」

 今何時だろう、腕時計を見ようとしたところで店主さんが言った。

「もう一度店開けるから、中入って休んでいいっすよ。冷たいお茶飲みたくないすか? い

や、お金とりませんから」

店主さんは視線を落とした。

「痛いんですよね、足」

「……あ、は、はい」

 踵すげー赤くなってますよ、冷やしたほうがいいっすよ、と店主さんはわたしの腕をとって立ち上がらせた。つかまっていいっすよと言われて、かあっと顔が熱くなる。なんだこれ。まだアルコール残ってる、の、かな。

 朝まで。朝、まで。酔いがさめるまで、ぐるぐるが消えるまで。うん。消えるのかな。わたしのぐるぐる。

店主さんがお店のドアを開けた。


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