決められた運命

第10話 歪

「うん! やっぱり、スペアの作ったシチューは最高だね!」


「そ・そうかな?」


 エクスの純粋な笑顔を見ていると天に召されるような気分になる。まあ、これはこれで幸せな人生だったと胸を張って言える終わり方だろう... ...。


 戦闘が終わり、僕たちは馴染みの宿に帰って来ていた。

 もう、この宿に連泊して3か月が経ち、店のおじさんとも仲良くなり、厨房を自由に使わせてもらえるまでになった。


 なので、たまに僕が夕飯を作って皆に振る舞う。

 今、作れるのはこのシチューくらいだけど、今度はエクスが好きだって言っていたハンバーグってやつを作ってみよう。

 

 エクスの喜ぶ顔を想像して、少し口元が緩んだ。


「なに、ニヤニヤしてるんですか。気持ち悪い。おかわり」


 シェインは眉をひそめながら、小さな器を差し出す。

 シェインとはあの飲み屋の席以来、犬猿の仲。

 女だから殴りはしないけど、もし、こいつが男だったら両腕を千切り取ってやるくらい嫌いだ。


 事あるごとに文句を言うし、一言多い。

 まあ、僕の方が少し年上だからいちいち突っかかっていく事はしないんだけどね。


 ただ、本気でイラッとする事もある。

 そういう時はシェインが気付くことがない程度のイジワルをすると心がスッとする。


「はいはい」


 シェインの差し出した器を取り、シチューをよそって、ワザと器の側面にお玉をつけてシェインが器を持った瞬間に手にシチューが付くようにして渡した。


「うっ... ...。汚いですね。シチューが器に付いてますよ」


「ああ。そうだったのか。悪い悪い」


「なんか怪しいですね... ...」


 いいから。早く食え。

 全く、大人の対応ってやつも疲れるな... ...。


「そういや、姉御。最近、ヴィランの数が多くないか?」


 口に食べ物が入っている中、もごもごとした声でタオはレイナに話しかける。


「ちょっと。口に物が入った状態で話さないでよ。まあ、でも、そうね。カオステラーが近くにいるという事かしら?」


「カオステラーとヴィランは何か関連しているの?」


「あれ? スペアに話していなかった? ヴィランはカオステラーによって姿を変えられてしまった想区の人間達なのよ」


「... ...人間!?」


 僕は、あっけらかんと重要な事を言ってのけたレイナに対して驚き、持っていたスプーンをテーブルの下に落としてしまった。

 

「ええ。そうよ。でもね、安心して。カオステラーを倒したら皆もとに戻るから」


「元に戻る? 人間に?」


「そうそう。それに、カオステラーに操られていたという記憶は何故か消されているの。だから、倒してあげた方が彼等の為なのよ」


「そうだぜ! 早い所、カオステラーを倒してこの想区を調律してやらないとな!」


 彼等の為... ...。

 レイナはまるで、自分達がヴィランになった人間達を救済するかのような口ぶり。

 

 罪悪感といったものはまるで感じられない。

 仮に今はヴィランだったとしても、元は人間なんだ。

 それを剣で切るなんて... ...。

 

「元は人間だから。倒す事に対して少し抵抗はあるけどね。仕方のないことよ」


「... ...仕方がないか」


 僕が侮蔑した表情をした事で、分が悪いと感じたのか、レイナはすかさず言葉を足した。


 _____仕方がない。


 この一言で終わらせてしまうレイナに若干恐怖を感じた。

 ヴィランを倒す。

 僕の中でそれは人殺しと同義語であった。


「はい。スプーン」


 エクスが僕が先程、落としたスプーンをテーブルの下に潜って拾ってくれた。

 そういえば、レイナの話に集中してしまい、落としたスプーンを拾う事を忘れていた。


「ありがとう。エクス」


「まあ、最初は心が痛むかもしれない。でも、ヴィランやカオステラーを倒さない限り前に進めないんだよ。それに、僕たちのやっている事は決して悪い事じゃない」


 悪い事ではない。

 だが、それが良い事という根拠は何処にもない。


「おいおい! あんまり、深く考え過ぎるなよ坊主! そうだ! 気晴らしに明日、森にピクニックにでも行かないか?」


「ピクニック。何とも幼稚な... ...」


「幼稚って! シェイン! お前、まだ、子供だろ! なあ、姉御! どうだい!?」


 タオは身を乗り出して興奮気味にレイナに問いかける。


「うーん。でも、ヴィランに遭遇するかもしれないし... ...」


「えー!!! 固い事言うなよ! 姉御~」


 レイナの言う事は正論だ。

 ただでさえ、ヴィランが多く出現しているというのに森に行くという事はわざわざヴィランに遭遇しに行くようなもの。


 僕もあまり乗り気ではない。


「森に行くのは危険だから。街の東にある丘の上に行くのはどうかな?」


「丘なら周囲を見渡せるからヴィランに遭遇しても楽に倒す事が出来るわね。でも、やっぱり危険じゃない?」


 レイナはエクスの提案に対しても難色を示す。

 仮にもレイナはこのパーティーのリーダー的存在。

 むやみに仲間を危険に遭わす事は避けたいのだろう。


「スペアはどう思う?」


「え? 僕?」

 

 突然、話を振られ少し慌ててしまった。

 ピクニックに行きたい事には行きたい。

 でも、もし、ヴィランに遭遇した時に僕は真っ先に足手まといになる。


 僕を庇って誰かが怪我をしてしまう事を考えたら、「行きたい」と発言することは憚られた。


「ヴィランに遭遇したら足でまといになるし、僕は遠慮するよ... ...」


「よし! 分かったわ! じゃあ、みんなでピクニックに行きましょう!」

 

「え!? だから、僕はいいって」


 レイナの提案に僕は戸惑った。

 だって、レイナは足手まといの僕も一緒にピクニックに連れて行くっていうのだから。


「誰もスペアの事を足手まといなんて考えてないわ。それに、ピクニックに行きたいとタオが言ったのは、スペアを元気付けようと思ったからだと思うの。私達に遠慮する事なんてないのよ!」


「でも... ...」


「スペアはピクニックに本当に行きたくないの?」


 エクスが優しく問いかける。


「い・行きたいよ... ...。そりゃあ... ...」


「じゃあ、行こうよ!」


「でも... ...。僕は... ...」


「ああ! じれったいわね! ヴィランの一体や百体、あたし達にかかれば瞬殺よ! スペアは私達を信用してないの!?」


 歯切れが悪い僕に対して、レイナは机をバンと叩き一喝。

 レイナの剣幕に押され。


「信用してます... ...」


「じゃあ、明日、9:00にここを出発! いいわね!」


「あ・はい」


「なんだ! 姉御! 結局、行く気満々だったんじゃねえか!」


 タオは椅子にもたれ掛かりながら、レイナの発言を茶化すように言った。


「行く気満々じゃないわよ! これは訓練よ! ピクニックの最中にヴィランに遭遇する事もあるだろうからそれに向けての予行練習!」


「へいへい。練習ね~」


 タオは何故かしたり顔。

 ピクニックか... ...。

 初めての体験。


 心なしか心臓の鼓動が早く感じる。

 ああ。何か今から楽しみだ。今日は寝れそうにないな。


「ピクニックと言えば弁当だ! スペア! 俺、サンドイッチが食べたい!」


「あ。僕はベーコンを挟んだやつがいいな」


「あたしは、キノコを挟んだやつで」


 タオのリクエストにエクスとシェインも続く。

 

「えーっと。エクスがベーコン。シェインがキノコ... ...」


 覚えられるか心配だ。

 何かメモを取らなくちゃ... ...。

 あたふたしながら周囲を見渡すがペンはあるが紙がない。


「さあーて。明日も早いことだし、もう、寝るかな」


 タオは大きなあくびを掻いて椅子から降りキッチン脇の階段を上って二階の寝室に向かった。


「ふあ... ...。あたしも眠くなりました... ...」


 シェインもタオの後に続いて二階に上る。


「サンドイッチ作るの僕も手伝うよ。明日、早くに起きればいい?」

 

 エクスは僕の事を気にかけてくれたようだ。

 エクスと一緒にサンドイッチを作る... ...。

 まるで、夫婦みたいじゃないか。


 ピクニックもそうだが、明日の朝が尚更待ちきれなくなってしまった。


 明日の集合時刻を決め、エクスも二階に上って行った。


 そして、僕はレイナと二人きり... ...。


 レイナはスッと立ち上がり。


「私、全部ミックスしたやつが食べたいんだけど... ...。作れそう?」


「え? あ・うん、多分」


 そう言うと、レイナは幼子のような無邪気な笑顔をみせ、軽い足取りで階段を上って行った。


「ふう~。ピクニックか」

 

 ニヤニヤしながら、薪がくべられた暖炉を見て、ある事を思い出した。


「そうだ! サンドイッチに入れる具材をメモするんだった!」

 

 辺りを再び探すが紙が見当たらない。

 途方に暮れていると、自身の運命の書の存在を思い出した。


 そうだ。これにメモしとこう。


 もう、既にそれは運命の書と言われる由緒ある書ではなく、ただのメモ帳になっていた。

 

_____ベーコン。キノコ。ミックスのサンドイッチを用意。


 そのように運命の書に書き記した後、みんなの後を追って階段を上った。



 □ □ □



 カーテンの隙間から零れる朝日が寝ている僕を優しく起こし、自然と目が覚める。

 恐らく、集合時刻には大分早い時間帯だろう。


 普段なら寝足りないので二度寝をしているところだが、今日はピクニック。


 興奮して二度寝する事は不可能だった。


 シーツを丁寧に伸ばし、慣れた手つきでベッドメイキングをして誰もいない厨房に向かう。


 皆にリクエストされたサンドイッチを作るという重要な仕事が僕にはあるのだ。

 シェインに作ってやるのは少々、シャクだが今日は折角のキャンプだ。上手いモンを食わしてやろう。


 そんな事を考えながら階段を降りていくと、テーブルの上に既にサンドイッチが用意されていることに気付く。


「あれ? サンドイッチ... ...」


 誰かが朝早く起きてサンドイッチを作ってくれたのか?

 いや、でも、誰が... ...。


 昨夜、ふいに自身の運命の書に記した事を思い出し、テーブルの上に運命の書を広げた。


_____ベーコン。キノコ。ミックスのサンドイッチを用意。


 サンドイッチは左からベーコン。キノコ。ミックスの順番でテーブルの上に並べられている。

 運命の書に記述した通りに狂いなく並べられていたのだ。


 これは... ...。一体... ...。

 僕の運命の書はこの世界では意味のない物だったはず... ...。

 導きの栞に対しての要望が叶わなかったのがその証拠だ。

 

 しかし、運命の書に記した通り、サンドイッチは目の前に存在している。

 運命の書が直ったという事なんだろうか... ...。

 疑心を抱く中、誰かが階段から降りてくる気配を感じた。


「あれ? スペア... ...。もう、起きたの?」


 レイナは寝ぼけた様子で目を擦りながら僕に話しかけてきて。


「ああ。おはよう」


 僕は振り向きざまに自身の運命の書を隠した。

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