『白紙の書』と『空白の書』

おっぱな

エピローグ

第1話 プロローグ①『スペアの日記』

「すげえ! また、スペアがぶっちぎりで一位だ!」


 寄せ集まる歓声を横目にスペアと呼ばれる大きな瞳の栗毛でくせっ毛の少年は呼吸を整えるそぶりを見せ、あたかも疲労困憊と言わんばかりに両手を腰に当て天を仰いだ。

 スペアの周りには麻生地で出来た運動着を身に纏った12~15歳ほどの男女が数名、スペアを取り囲み、英雄へ送る言葉の数々送った。


 しかし、スペアがその賛辞の言葉に笑みを浮かべる事はない。

 

 _________なぜならそれはスペアによって全て予定されていた事だからだ。



□ □ □



 スペアが住む町は人口3000人にも満たない小さな街。

 年季の入ったレンガ調の家々が大通りに面して立ち並び、この街のメイン通りでもある道の脇には幾つもの出店が並ぶ。

 夕刻時にもなると街の住人の殆どが集まっているのではないかと思うほど人が集まり、街は活気に満ち溢れる。


 メイン通りの先には重厚な石壁を持った外観が特徴的な大聖堂が街を見守るかのように君臨していて、この街を象徴する建築物となっている。


どこにでもあるようなこの街でスペアは生まれ、そして、今も過ごしている。


 スペアは人混みを慣れた様子でかわし、出店の裏にある薄暗い道を通って大聖堂の後ろに出た。

 大聖堂の後ろは小高い丘になっており、そこから街の全景とまでは言えないが、大部分を見渡す事が出来る。

 しかし、スペアは橙色に染まる街の幻想的な様子に目を向ける事無く足早に丘を下っていく。


 丘を下る最中、街から発する光が次第に見えなくなり、段々と辺りが暗くなって行く。丘を最後まで下ると目の前にレンガ造りの小さな家が見える。

 周囲に明かりがない事から、家はポツンと一軒立っている事ようだ。

 その家は街のメイン通り沿いにある家々と比べると大きさも外観の造りもどこか安っぽい。

 スペアはその家に向かって真っ直ぐ歩いて行き、木製で出来た扉の前で立ち止まり、

 

「ただいまー」


 と大きな声で誰かを呼ぶ。


 しばらくして、ガコンと扉が外れるような音が聞こえ、中からスペアの母親らしき女性がニコリと笑ってスペアを家の中に入れた。


 

 □ □ □


 

 8帖ほどの狭い空間でスペアの両親とスペアが体重をかけるとギシギシと音を立て、今にも壊れそうなテーブルを囲んで夕食を取っている。

 テーブルの脇にはススだらけの暖炉があり、三人はそれで暖を取っている様子。


 家の外観・内感。彼らの着ているもの。テーブルに並ぶ食事を見た所、彼らが裕福ではない事は何となく推測出来る。

 

「あなた。仕事は順調なの?」


「ああ。今はクリスマスマーケットの時期だからな。ツリーがよく売れるんだ」


 部屋の片隅には商品であるクリスマスツリーが数個置かれている。しかし、可愛らしい装飾が無数に付いている訳でも、赤青緑の電球が付いている訳でもない。何も色が塗られていない木製のリンゴの形をした飾りが申し訳ない程度に一個付いている事がより一層粗末さを際立たせる。

 

 彼らの住む地域では森は街の銀行とも言われ、生活に欠かせないもの。

 お腹が減ったら森に入り、木の実を取ったり、野ウサギやシカを狩る。

 靴がなくなれば、木の皮を剥いで、ヤドリ木のツルで結べば雪道でも滑る事のない頑丈で丈夫な靴が作れる。

 そして、皮を剥いだ丸太を売る事によって現金を獲得する事が出来、その丸太を売って出来た金で森で手に入らないものを外部から購入する事が出来る。


 この森の木の平均寿命は200~250年と言われ、どれも高さが30m超もある大木。

 それ故に、この一本の木が寿命を迎え、倒れてしまうと周りの木を巻き込む恐れがある。スペアの父は寿命を迎えそうな木を見付けては倒れる前に伐採をするという事と切り倒した木を加工して製品にするという事を主な仕事としている。


 俗にこの手法は間伐(まばつ)とも言われ、森を守ることにおいては重要な作業。

 また、大きな木があり過ぎては森全体が影に覆われてしまい、新しい木が育たない。木を切るという事柄は少し残酷に見えてしまうかもしれないが、新しい生命を生み出すには仕方のない事でもある。


 

 ◆ ◆ ◆


 

 僕は暖かいホワイトシチューを木で加工されたスプーンですくって口元に運びながら父さんの話に耳を傾けていた。

 

 父さんが行っている森を守る為の作業に対して、僕は≪この世の理≫に似ていると常日頃、感じている... ...。


 この世界の住人は生まれながらにして『運命の書』という自分の運命が記された本を持つ。

 そして、それに抗う事もなく、淡々と人生を終える。

 新しい命が生まれ、それを生かす為に消える命もある。


 だが、失われる命に対して本人は「仕方がない事」と捉え、周りの人間も同様に運命を受け入れる。

 これは別におかしな事でも特異な事でない。

 この世界にとっては当たり前でかつ、普遍的な事。


 父さんと母さんが出会い結婚して僕を生む事だってお互いの運命の書に記されているし、今日の晩にホワイトシチューを出す事も決められている。

 ホワイトシチューを出す事も何気ない会話もする事も死ぬ事も生きる事もこの世界では運命という『見えない他者』に委ねないといけない。

 

 _____僕はこの世界がたまらなく嫌いだ。


 生まれてこなければ良かった。

 そう思いながら眠りにつく事も少なくない。

 

 父さんの話を聞きながら食事中にも関わらず、イライラとしてしまい、食べる事に集中を切らした為に持っていたスプーンを母さんの足元に落としてしまった。

 考え事をしていると他の事がおろそかになってしまう。僕にとってこれが自分の最大の欠点だと自覚している。


 僕は母さんに向かって、


「母さん。スプーン拾って」


 と伝えた。


 それは何気ない食事中の家族のワンシーン。


 しかし、母さんは足元に落ちたスプーンを見る事も、「スプーンを拾って」と告げた息子の方を見る事もない。

 僕はため息をつき、自らテーブルの下を這いつくばってスプーンを拾う。


『ああ。そうだった。スプーンを拾うという事は記していなかったな... ...。うっかりしてた』


 母さんが僕の事を嫌いなわけでも、耳が遠い訳でもない。

 悪いのは母さんに予定されていない事を言った僕がいけないんだ。

 

 僕はスプーンを拾い、早々に自分の部屋に戻ることにした。

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