第三話 エーデルを探せ
日は傾き始めると暮れるまでに大して時間はかからなかった。
夕日は徐々にその輝きを増し、空を藍色に染める。
濁った空、朽ちた大地。
その二つのメソッドが彼らに焦燥感を押し付ける。
「またヴィランが弱くなってるみたいだね……」
「仕方ないですね。タオ兄、引き返しましょう」
「これは夜通し歩くことになるな」
日が暮れても宿はない。
宿が無ければヴィランに襲われる。
結局彼らは月が上がっても歩くことにし決め、少なくとも水辺のどこか休めるところに出るまでは進むことにした。
ヴィランを倒しては進み、また倒しては戻りを繰り返す。そのやり方は、むやみに進むよりは遥かに効率がいいが、手間は想像以上だった。実際に進んだ距離は、彼らが思っている以上にわずかなものだ。
しかも、やつらの強さは比較的なものであり、判断が正しいとは限らない。その空を切るような感覚はひどくもどかしく、フラストレーションは上がる一方だ。
けれどもその中で唯一変わらないものがあった。
「――♪」
エーデルは足取り軽く、炭の地面を叩いている。
「……」
この子はどうしてこれほど強いのだろうか?
何もない地で休むことなく歩き続けているはずなのに。
実際いつ倒れてもおかしくないくらいの疲労は溜まっているはずなのに。
レイナはずっとエーデルと離れず隣にいる。初めは気丈に振舞っているだけかと思っていたが、しかし、決して強がっている素振りは見えない。
そんな様子を見ていると、やはりどこかで無理しているんじゃないかと心配になる。
レイナは何か言おうとした。が、なんと声をかければいいかわからない。無理をするなと言っても、もし彼女が本当に何も気負っていなければ煩いだけだ。
胸の蟠りを押し込め、三度、彼らはもと来た道へ引き返す。
*
やがて灯りは月に代えられる。
高い位置に鎮座する満月は黒一色に染められた世界を気だるげに照らす。もう照らす意味など無いのに、それでも義務を
一行の足取りは自然に自然に慎重になっていく。依然足元は
そうやって一歩、また一歩と歩んでいくうちに、視界の最奥部に月光を反射させ、きらきらと輝いているせせらぎが見えた。
「あ! あれ!」
少年が声を上げると、続いて四人もそちらを見る。
すると、その先には月光を浴びて輝く
「川……?」
レイナとエーデルは駆け出した。三人は後を追う。
「ようやく水にありつけたな」
「普通に飲めそうですね……うん、美味しいです」
「ぷはあ! 生き返るよ」
一行はしばしの休息を得た。各々、顔を洗ったり、水を飲み、水を浴びた。彼らが水をすくう度に写された満月がゆらゆらと形を変える。気温はそれほど熱くないが如何せん空気が悪く、歩き、戦い続け、体中に炭が張り付いていた。
代わりに水は彼らを救った。一時の清涼感と乾きが満たされ、精神的回復は非常に大きかった。
最初に腰を下ろしたのはレイナだった。彼女は役職柄、もっとも精神的体力を消耗する。戦闘中、移動中にも披露の色が伺えた。
「やっと落ち着けるわね」
「……いや、そうでもないらしいぞ」
もはや見飽きた光景。無数のヴィランが灰と炭の底から、川を跨ぐように湧いてくる。
「数も増えてきましたね」
シェインの言うとおり、数はもちろん、大型のヴィランの数も増えている。
「ここを乗り越えれば一段落できるよ! がんばろう!」
先陣を切ったのはエクスだった。彼に発現した『
『参りますよ、エクス殿』
エクスの手には刀が握られ、心はどんどんクリアになっていく。
その静けさが実に心地よい。
蝶のように舞い、蜂のように刺す動きにヴィランたちは翻弄される。俊敏な動きで背後を取れば、中型のヴィランでさえも身動きが取れない。
彼の働きにより、驚くほどの勢いで影は一掃されていく。
小型のヴィランが倒されると、それに代わるようにして大型のヴィランが打って出る。
メガ・ゴーレム。鋼の鎧を身にまとったパワー型ヴィラン。奴らに立ち向かうのは
『行きますぞ、タオ様!』
月に照らされ光を散らす槍を匠に回し、メガ・ゴーレムの攻撃を尽く受け流す。
怒涛の勢いで攻める二人をサポートするのが女性陣の役目だ。
シェインは
しかし、最初は勢いのあった攻撃だったが、疲れも相まって動きは徐々に鈍くなっていく。
「グオオオオ」
軽い敵を相手していたエクスの前には、いつの間にかメガ・ゴーレムが立ちふさがっていた。体格差は速さで圧倒する。しかし、その程度では屈強な身体は怯まない。
「うわあああ!」
少年の軽い身体は巨体のタックルに吹き飛ばされてしまう。灰が舞い。灰に埋もれる。月光は炭を冷やし、エクスの身体を一層重くする。
さらに勢いの落ちたところを小型のヴィランが漬け込む。
「うおらああ!」
タオとメガ・ゴーレムも攻防を繰り広げる。シェインはその交戦の援護でエクスにまで手が届かない。
「まず……っ!」
援護射撃に必死だったシェインは背後のヴィランに気がつかなかった。
サポートを失ったタオにも余裕がなくなる。前線に出た二人の体力がジワジワと削られる。
一方でレイナは魔道書を手に三人の回復を行うが、『主役』のガードも兼ねているため十分な回復量を確保できていない。
このままでは……。
「エーデルも……がんばるの!!」
静寂の夜に響いた、無邪気な声。
エーデルを守るレイナが目を丸くした。
小さな両手に魔道書が降りる。
小さな声で呪文を説く。
小さな光が、四人を守る。
「エーデル……」
「サンキュー! ちびっこ!」
再び反抗するエーデルを聞き流し、メガ・ゴーレムとの間合いをぐっと詰める。そして、至近距離から繰り出される攻撃をすれすれで交し、鋼鉄の鎧を力の限り蹴り倒す。バランスを崩した巨体を完全に捉え、鎧の隙間に槍を突き刺す。
その傍らでエクスは先に取り巻きを処理していく、シェインも
残ったメガ・ゴーレムを二人の衝撃斬で切り裂く。
「よし!」
その一時の安堵も束の間。さらにヴィランは湧いてくる。
ジョブチェンジを行い、さらに強力なヴィランにも立ち向かっていく。
メガ・ハーピィ、メガ・ファントム。協力な魔法を操るヴィランも現れた。
「ここらが正念場ってやつだなあ!」
「タオ兄、焦っちゃダメです。ここが終わりじゃないんですから」
「回復は任せるの!」
「川に落ちるなよ、坊主」
「そ、そこまでドジじゃないよ……」
シューターの魔弾とファントムの魔弾が衝突し、弾ける。
光る衝撃斬と灰色の竜巻が混ざり、吹き飛ぶ。
勇者の大盾とゴーレムのタックルが火花を散らす。
閑散とした砂漠は静けさを失った。
*
『空白の書』をもつ者とヴィランの押しつ押されつの戦いはあの空模様と同じく、ゆっくりとだが確かに終わりは見えてきた。
「さあ、あと一息です」
「畳み掛けるぜ」
「待って!」
しかし、その声は爆音にかき消された。
「グゴオオオオオ」
「坊主、任せる!」
「わかった!」
メガ・ドラゴンはかなり強力なヴィランの一種だが、今の三人なら必ず倒せると息巻いていた。
それが油断だった。
少年が迎え撃つと龍は鋭利な牙で対抗する。それを悠々と避け、まずは背中に一撃。唸り声を上げ、もがき、ドラゴンは激しく抵抗する。
攻撃を受けるたびにメガ・ドラゴンは凶暴になっていく。
「まだまだ!」
再び追撃を繰り出そうとするエクスを、しかしメガ・ドラゴンは相手にしない。
「え?」
その時ドラゴンは、エーデルを見据えた。
――まずい。
直感的にそう思った。
このドラゴンは……!
「グワアアアアア」
メガ・ドラゴンの口からは炎が溢れ出す。
「レイナ! エーデル! そこから離れて!」
溜まった炎を火炎球として吐き出す。
シェインはその声に反応しドラゴンに魔弾を向かわせるが間に合わない。
レイナはエーデルに駆け寄る。
火炎球はレイナとエーデルの目の前に着弾した。同時にそれは爆裂し、爆風が二人を襲う。
「お嬢!!」
レイナのカバーは間に合わなかった。いや、正確には効果がなかった。
「レイナあああああ!」
エーデルの身体はその爆風には軽すぎた。
そして、彼女の声は川のドボンという音にかき消される。
「エーデル!」
「レイナ! ダメだ!」
吹き飛ばされ、地面に這いつくばりながらも、レイナは叫ぶ。紅の正装はもはやその色を失い、元の清廉さを伺うことはもうできない。
「でもエーデルが!」
「落ち着けお嬢!」
傷を負ったレイナをエクスが支える。そこに敵を片したタオとシェインが合流する。メガ・ドラゴンは先の魔弾で消えてしまった。
――再び砂漠にはやるせない静寂が訪れる。
「どうしよう……エーデルが!」
ヒステリックになるレイナをシェインが
「大丈夫です。あの子なら、きっと大丈夫です」
「でも!」
「エーデルを追いかけよう」
エクスは落ち着いた、それでいて力強い声で制した。
「焦りは禁物だが、落ち着いて休んでる暇もねえ」
「タオ……」
彼女は泣き出しそうな目でタオを見上げる。いつもは衝突することが多いけれど、今は彼の広い背中が妙に頼もしく見える。
「この川がどれくらい続いているかはわからない……けど」
「ちびっこだって、こんな世界でも走っり回ってたんだ」
「姉御、手を貸します」
欠けてしまったパーティ。しかし、三人に支えられ、少女は再び立ち上がる。こんなにも私の仲間は頼もしかったっけかな?
川は緩やかに流れ、森閑とした世界に涼しげな音が漂う。
いつの間にか全員の変身は解けていた。
お互いの顔を見やり、頷き合う。
必ず、エーデルを助ける。
――ええ、行きましょう。
*
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